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お姫様ですが、勇者になりたいんです― ヒロイン役を降りて、剣を取りました ―  作者: 亜久美 圭


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小さな居場所

「よく頑張りましたね。流れを“聞く”ということ、しっかり掴めてきました」


ルシアンの穏やかな声に、リリアーナは頷いた。


「はい……まだ完全ではありませんが、自分の中で自然に調和する感覚が、少し分かってきました」


胸の奥で、小さな波が静かに重なり合う。

共鳴魔法――その入口には、確かに立てた気がする。


「共鳴は特殊です。我々の魔法とは違う難しさがある。それをこの短期間で安定させたのは、お見事ですよ」


真っ直ぐな眼差しに、胸がじんわりと熱くなる。


「ありがとうございます」


「では、次の段階へ進みましょう」


「はい!」


そのとき――視線を感じた。


振り返る。


「ラピフェル……まだいたのね」


白い小さな魔獣は、少し離れた場所からじっとこちらを見つめている。


「この子、お母さんいないのかしら?」


「……この時期のラピフェルは、母親と行動します。はぐれたか……あるいは育児放棄か……」


「育児放棄……」


小さな瞳が、何も言わずにこちらを見返す。


(こんなに小さいのに、ひとり……?)


胸の奥が、きゅっと締めつけられた。


「このままでは人に排除される可能性があります。後で森へ戻しましょう」


「……そうね」


訓練はそれから数時間続いた。


「今日はここまでにしましょう。お疲れ様でした」


空は橙に染まり、影が長く伸びている。

挨拶を終え、帰ろうと背を向けた、そのとき。


ぴょん。


小さな跳ねる音。


振り向くと、ラピフェルがいる。


「待っててくれたの?」


長い耳をそっと撫でると、目を細めた。


「でもごめんね。私は帰らなくちゃ。あなたも、ちゃんと森に帰るのよ」

 

くるりと背を向け、歩き出す。


ぴょん。


また、音。


振り返る。


ぴょん、ぴょん。


(……ついてきてる、よね)


「ルシアン!」


ルシアンが抱え上げる。


「私が抱えていますから。あとで森に帰します。」


リリアーナは頷き、再び歩き出すと


「わっ」


ルシアンの声が上ずる。


その腕からすり抜け、小さな影が一直線に駆ける。


すると――


ぴょん


リリアーナの胸元へ飛びついた。


「え……!」


腕の中で、安心したように目を細める。

小さな爪が、きゅっと衣服を掴んだ。


「……ここまで懐くのは珍しい。この種では初めて見ます」


(可愛い……けど)


胸の奥が、静かに揺れる。


(連れて帰ったら、きっと反対される)


 ――それでも。


腕の中の温もりが、答えを決めていた。


「飼えないか、お父様たちに相談してみる!」


「本気ですか、お嬢様」


「だって、こんなに必死に……放っておけないもの」


ルシアンは息をついた。


「魔獣は駆除対象です。私は一概に悪とは思いませんが、世間は違う」


「わかってるわ」


小さな爪が、きゅっと衣服を掴む。


「それでも、この子を置いていけない」


ルシアンはしばらく黙り込んだ。


森の奥を一度だけ振り返る。

危険がないか、静かに気配を探っているようだった。


それでも、腕の中の温もりは離れなかった。

小さな鼓動が、確かに胸に触れている。


(守りたい)


その想いだけは、揺らがなかった。


 


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


城内に絶叫が響いた。

 

「え――!!」


父、母、兄。三人の声が重なる。


「魔獣だぞ」


父は低く言う。


「今は小さくても、成長すればどうなるか分からないわ」


母は心配げに眉を寄せる。


「危険だ」


兄・ヴァルターが手を差し出した瞬間、毛が逆立った。


鋭い爪が閃く。


「いてっ!」


「お前、リリアとは態度が違いすぎるだろ……」


リリアーナの腕の中では、再びおとなしく丸くなる。


「ほら……私には何もしないわ」


「それが余計に不気味だ」


 父が腕を組む。


「責任を持てるのか?」


真っ直ぐ問いかけられ、迷いなく頷いた。


「はい。危険だと判断したら、私が手放します。でも……この子を守りたいんです」


静寂。


やがて父は小さく息を吐いた。


「……お前がそこまで言うのなら、条件付きで許可する」


張りつめていた空気が、わずかに緩む。


「一つ。必ず専属監視下に置くこと」


低い声が、静かに響く。


「二つ。危険な兆候があれば、即座に手放すこと」


リリアーナの指先に、わずかな力がこもる。


「三つ。城外への持ち出しは禁止だ」


「……守れるか?」


真っ直ぐな問い。


リリアーナは迷わず頷いた。


「はい!」


胸が弾んだ。


母は小さくため息をつき、やわらかく微笑んだ。


「怪我だけはしないでちょうだいね」


兄も肩をすくめる。


「まったく……世話が焼けるな」


それでも、二人は頷いた。

 

腕の中の小さな魔獣を見つめる。


(……前世で飼っていた猫のもるに、少しだけ似ている)


ふわふわの毛並み。

丸い瞳。

胸に伝わる、あたたかな重み。


懐かしさが、そっと胸をくすぐった。


リリアーナは小さく微笑む。


「あなたの名前は、モルルね」


その名を口にした瞬間、胸がふわりと弾んだ。


「モルル」


もう一度、そっと呼ぶ。


小さな耳が、ぴくりと動いた。

まるで、自分の名だと理解したかのように。


つぶらな瞳が、まっすぐリリアーナを映す。


リリアーナは、くすりと笑った。

 



┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


その夜。

部屋の隅に、小さな籠が用意された。


「ここがあなたのおうちよ」


最初は警戒していたが、しばらくして。

ぴょん、と自分から中へ入る。


くるりと丸まり、こちらを見る。


「おやすみ、モルル」


籠の中で安心したように目を閉じる。


――しばらくして。


部屋が静まり返った頃。


モルルは、ほんの一瞬だけ目を開いた。


昼とは違う、静かな光を宿して。


だがすぐに、その瞳もやわらぐ。


小さな鼓動が、穏やかに夜に溶けていった。

 

 

 

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