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お姫様ですが、勇者になりたいんです― ヒロイン役を降りて、剣を取りました ―  作者: 亜久美 圭


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19/44

風が通った日

「サ~クマ」


木の影から、ひょこっと顔を出すリリアーナ。


二週間ぶりの練習場は、少しだけ遠かった。

踏みしめる土の感触さえ、どこか懐かしい。


サクマは振り向き、目を見開く。


「……お嬢様」


照れたように頭を掻く。その仕草は以前と同じなのに、声はどこか硬い。


風が通る。草が揺れ、木剣の乾いた匂いが鼻をくすぐる。


「聞いた?」


彼女は一歩、彼との距離を詰めた。


「家族に話したの。ちゃんと許してもらったわ。だからまた……よろしくお願いします」


真っ直ぐな視線。


サクマは息を飲む。


「……団長から話は聞きました。本当に俺でいいんですか?」


軽い問いではない。

騎士見習いが、姫を預かる。


名のある師範を断ってまで選ばれた。その意味を、彼は理解している。


「サクマがいいの」


即答だった。

迷いも、遠慮もない。


サクマの喉がわずかに鳴る。


「……後悔しませんね?」


「しないわ」


その一言に、彼の背筋が伸びた。

胸は高鳴る。だが同時に、責任が重くのしかかる。


――彼女は姫だ。


「俺の指導は厳しいぞ。お姫様扱いはしない」


「望むところよ」


片手を掲げる彼女に、サクマは思わず笑う。

その笑顔を見て、ようやく緊張が解けた。


「……行きますよ」


木剣を構える。


打ち込み。


受け。


踏み込みが甘い。


打ち返された衝撃が腕を震わせる。


「足だ!」


短い叱咤。


「はい!」


額に汗が滲む。


地を踏み直す。だが次の一撃で、木剣が弾かれた。


「くっ……!」


手のひらがじんと痺れる。


サクマが一瞬、動きを止めた。


強すぎたか――?


その躊躇を、彼女は見逃さない。


「止めないで」


真っ直ぐな声。


「本気でいい」


その瞳に甘えはない。


サクマは息を吸い、構え直す。


「……泣いても知りませんからね」


「泣かないわ!」


再び打ち合う。


二週間の空白は、簡単には埋まらない。

だが、迷いは確実に減っている。


踏み込みが鋭くなる。

目線がぶれない。

打ち合う音が、以前より澄んでいた。


「……前より、迷いがないな」


ぽつりと漏れた本音。


リリアーナは汗を拭い、息を整えながら笑う。


「私、まだ強くなるから」


その瞳に、揺らぎはなかった。


サクマは、改めて覚悟を決める。


守るのではない。


鍛えるのだ。


姫ではなく、一人の剣士として。

 

 


┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「ルシアン!」


城内の庭へ駆け込む。


「お嬢様、そんなに走っては――」


言い終わる前に、足を取られた。


体が前へ傾く。

地面が迫る。

 

衝撃を覚悟した、その瞬間。


ふわり。


体が止まった。


(……痛く……ない?)


目を開けると、地面からわずかに浮いている。


ゆっくりと押し戻され、足が土を踏む。


「……だから言いました」


深く息を吐くルシアン。


「ごめん。でもね――」


言いかけて、彼女はふっと頬を緩めた。


「仲直り、できたんですね」


静かな声。


「うん。なんでわかったの?魔法?」


「顔に書いていますから」


リリアーナは頬を押さえた。

そんなに分かりやすいだろうか。


風が吹く。

今日はやけに澄んでいる。


「ルシアン。練習の成果、見てくれる?」


彼は頷いた。


リリアーナは静かに呼吸を整える。


数ヶ月前は、必死に“聞こう”としていた。

今は違う。


ただ、身を置く。


風が葉を揺らす。

地の奥で、ゆるやかな脈が打つ。

陽のぬくもりが頬に触れる。


拒まず、押し返さず。

ただ、そこにいる。


――すう、と。

 

何かが胸を通り抜けた。

一瞬、足元が揺らぐ。

視界の端が白く濁る。


それでも崩れない。


流れは、彼女を通り抜けた。

足元の草が、同時に揺れる。



小さな、澄んだ音。


目を開ける。


ルシアンが、静かに息を吐いた。


「……通しましたね」


魔法を“使った”感覚はない。

ただ、世界と拍が合った。

それだけ。


だがそれは、確かな一歩だった。


胸の奥が、じんわりと熱い。


「もう一度」


間髪入れない声。


「え……」


喜びが引き戻される。


再び呼吸を整える。


同じように。


同じように――。


だが、何も起きない。


さきほどまで笑っていた人とは思えない目だった。


「え……」


喜びが引き戻される。


再び呼吸を整える。


同じように。


同じように――。


だが、何も起きない。


さきほどまで笑っていた人とは思えない目だった。

ルシアンの視線が、鋭くなる。


「掴むな。待ちなさい」


焦りが滲む。

 

心がざわつく。


流れが、遠い。


「共鳴は力ではありません。心です。安定を欠けば、濁る」


額から汗が落ちる。


先ほどの成功が、かえって邪魔をする。


できたはずだ。


なのに。


やがて、彼女はゆっくり目を開けた。


「……はい」


悔しさを飲み込む。


ルシアンは一歩近づいた。


「偶然は、実力ではありません。再現できて初めて力になる」


厳しい声。

だがそこに、見放す色はない。


リリアーナは深く息を吸った。


「頑張ります。コツを教えてください」


俯かない。

逃げない。


ルシアンの口元が、わずかに緩む。


「まずは三日。毎日同じ時間に来なさい。流れは日ごとに違います。それを知ることからです」


「はい!」


声は、先ほどより力強い。


風がまた吹く。


揺れる草を見つめながら、彼女は思う。


――これは始まりだ。


強くなる。


剣も。

魔法も。


そして、心も。

 

 

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