秘めていた名
あれから数ヶ月――
リリアーナは七歳の誕生日を迎えようとしていた。
あと二週間あまり。
(早いようで、長くも感じた1年だったなぁ……)
莉子からリリアーナに転生して、初めての一年。
戸惑いもあった。
思うようにレベルが上がらず、悔しい思いをしたこともあった。
だけど、立ち止まりたくなかった。
とにかく身体を鍛えた。
昔やっていたゲームのように、剣も魔法も使えるようになりたかったから。
強くなりたい――その一心で、毎日休まず訓練を続けてきた。
それなのに。
城内は、とても慌ただしい。
廊下を行き交う使用人たちの足音。
布を運ぶ者、装飾を抱える者、声を張り上げる者。
時間に追われているような騒然とした空気が、城内に漂っていた。
(静かに次の一年を迎えたかったのに……)
この家族は、リリアーナをひどく溺愛している。
二ヶ月も前から、誕生祭の準備に取り掛かり、二週間前となった今は特に騒がしかった。
誕生祭は国全体で祝われる。
街には屋台が並び、広場には舞台が組まれ、夜には灯りがともされるという。
一週間は祝祭一色。
そして誕生日当日には、城内で盛大な祝宴が催される。
(……子供一人に、ここまでするなんて……)
姫という立場もあるとはいえ、やり過ぎだ。
ありがたい気持ちはある。
こんなにも大切にしてもらえることを、幸せだとも思う。
だが――正直、恥ずかしい。
(こんな大袈裟にやらなくても……)
(家族だけでささやかに祝うくらいでよかったのに……)
胸の奥が、くすぐったいように落ち着かない。
今日は、誕生祭用のドレス選びだった。
一から仕立てられた特注のドレスが、ついに完成したらしい。
父・アルベルト。
母・リュシア。
兄・ヴァルター。
家族全員が揃っている。
「あの……みんなお忙しいんじゃないですか? お兄様も学校があるんじゃ……」
「可愛い妹の大事な日に着るドレスを決めるんだ。行けるわけないだろう?」
ヴァルターは真剣そのものだった。
(お兄様……)
リリアーナはぎこちなく笑う。
「そうだぞ。リリアの大事だ。家族が揃わなくてどうする」
アルベルトも強く頷く。
十歳年上の兄。
もともと絆の強いアルディア・クラウン家に、遅れて生まれた初めての娘。
それはもう、溺愛されない理由がない。
(前の宝石の時もそうだけど、ドレス選びまで総出だなんて……)
(ほんと、うちの家族は私を好きすぎるのよ……!)
デザイナーと付き人が入室し、数着のドレスが披露される。
布が光を受け、きらりと反射した。
上質な生地を幾重にも重ねた、柔らかなシルエット。
細かな刺繍。宝石。繊細なレースやリボン。
どう見ても、立派なお姫様用だ。
(これ、一着いくらするんだろう……)
現実的な思考が、つい顔を出す。
家族は真剣に選び続ける。
「これが似合う」
「この色が素敵」
「こちらの方がリリアらしい」
その度に試着。
何度も着替えさせられ、鏡の前に立たされる。
(まるで着せ替え人形みたい……)
鏡の中の自分は、確かに“姫”だった。
けれど、その姿にまだ慣れない。
ようやくドレスが決まった頃には、リリアーナはぐったりしていた。
一方で、三人はとても満足そうだ。
(つ、疲れたぁ……)
背もたれに寄りかかる。
(着替えるのがこんなに疲れるなんて、思ってもみなかったわ……)
深く息を吐く。
(誕生祭、どうなるんだろう?不安だわ……)
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
早朝。
空は薄暗く、まだ肌寒さが残る時間帯。
いつものように訓練場に立つリリアーナ。その前にサクマ。
「サクマ先生、今日もよろしくお願いします」
深く一礼する。
「……しかし、よく続いたな。最初はお嬢様の気まぐれかと思ってたよ」
「そんなわけないでしょ!私はいつだって本気なんだから」
少し頬を膨らませる。
サクマは小さく笑った。
「だな。よくわかったよ」
サクマは柔らかく笑う。
その一言に、胸がじんわりと熱くなる。
サクマが認めてくれたように感じて、嬉しかった。
ストレッチを始めたその時だった。
「そういえば知ってるか?二週間後、この城のお姫様の誕生祭があるらしいな」
心臓が飛び跳ねた。
額に一筋の汗が伝う。
「たかが誕生日だぜ。しかも七歳だってよ。国全体で祝うなんてな」
顔が上げられない。
「普通じゃ考えられないよな?」
言葉が出ない。
身体が固まる。
「……どうした?リリア」
さらに追い打ちのように。
「そういえば、お前も六歳って言ってたな。同じくらいか」
(言うべき? でも――)
誕生祭では人前に出る。
隠し通せるはずがない。
(今までみたいに、気軽に話せなくなったらどうしよう)
(“姫様”として距離を置かれたら……嫌だ)
喉がひどく乾く。
それでも――逃げられない。
リリアーナは小さく息を吸った。
「あのね、サクマ……」
「ん?どうした?なんかヘンだぞ?」
「私なの……」
「何が?」
不思議そうに見るサクマ。
目を見れない。
だが、震える声で、はっきりと言った。
「その誕生祭の姫って……私のことなの」
「は?」
風が止まった。
早朝の冷たい空気が、ふたりの間を通り過ぎる。
サクマの目が、ゆっくりと見開かれた。
沈黙が、静かに流れた。




