静かなる共鳴
風が二人の髪をやわらかく撫でていく。
リリアーナとルシアンは、静かに向き合い、視線を合わせた。
「それでは、共鳴魔法の練習を始めましょう」
「はい、先生!」
勢いよく返事をしながらも、胸の奥がわずかに高鳴る。
(いよいよ、始まる……)
ようやく始まる魔法の訓練。
期待と、不安と、ほんの少しの緊張が入り混じっていた。
「まず、共鳴魔法とは、力の強さではありません。世界の流れと一体となり、その流れる力を'分けていただく'術です。」
「はい」
「風も、大地も、水も、草花も。すべては流れています。その流れを、まずは体全体で感じ取れるようにならなければなりません」
「はい!」
ルシアンは小さく息を吐き、自らの呼吸を整えた。
「……目を閉じてください」
リリアーナはゆっくりと瞼を下ろした。
「風の音、葉の揺れる音が聴こえるでしょう?」
意識を澄ませる。
(風のそよぐ音……揺れる葉のかすかな擦れ……)
遠くで小鳥がさえずる。
陽光に温められた大地の匂いが、かすかに鼻をくすぐった。
「太陽も大地も、ここにある花も。すべてが生き、流れているのです」
胸の奥が、じんわり温かくなる。
先ほど感じたあの感覚に、少し似ている。
その瞬間――
胸元の水晶が、ほんの一瞬だけ淡く光った。
(え……?)
驚いて目を開けると、光はすでに消えている。
「そのままです。油断せず、続けてください」
「は、はい……」
再び目を閉じる。
ただ、音を聞く。
ただ、流れを感じる。
足裏の奥で、かすかな振動が伝わった気がした。
それは自分の鼓動ではなく、もっと深く、大きな何かの鼓動――。
五分……
十分……
「…………」
無言のまま立ち続ける二人。
(な、長い……)
そっと片目を開けると、ルシアンと目が合った。
「あ……」
慌てて目を閉じる。
(……いつまでやるんだろう。結構しんどい)
やがて――
「よし、もういいでしょう」
その一言に、思わず息が漏れる。
「終わったぁ~」
深く息を吐くと、全身から力が抜けた。
(ただ立っていただけなのに、こんなに辛いなんて……)
「お疲れ様でした。本当はもう少し続けたかったのですが、お嬢様が限界のようでしたので」
「まだやる気だったのー?!」
思わず声が裏返る。
(これなら身体を動かしている方が、まだマシだわ)
「最初はよかったのですが、すぐに集中が切れてしまいましたね」
図星だ。
途中から、いつ終わるのか、ばかり考えていた。
「他に訓練方法はないの?」
「ありません。これが基本なんです。自然の流れを聞けるようにならなければ、次へは進めません」
「そんなぁ~」
つま先を見つめたまま、しばらく動けなかった。
「この訓練は、場所を選ばずできます。ぜひ毎日続けてください」
「……わかりました」
肩をすぼめながら、小さく息を吐く。
(じっとしているのが、一番苦手なんだけどなぁ……)
「成果が出たら、私のところへ来てください」
「成果?」
「お嬢様の中で、変化が生まれるはずです」
(曖昧すぎる……)
ルシアンは穏やかに微笑んだ。
「では、楽しみにしていますね」
リリアーナは半ばぐったりとしながら、その場を後にした。
(あんなに教えるの拒んでいたのに、いざ始まったら……鬼だわ)
帰る足取りも重い。
(別れ際のあの笑顔が、かえって怖いのよ)
魔法使いであることを嫌い、距離を置こうとする人。
優しくて、少し臆病で――。
けれど、魔法の話になると、一切妥協しない。
(本当は、誰よりも真面目で、熱い人なんだと思う)
だからこそ。
(怖いんだけどね……)
顔を引きつらせながら、部屋へ戻った。
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部屋に戻り、椅子に腰かける。
「何もしてないのに、肩が凝ったわ……」
背伸びをしながら、共鳴魔法について改めて考える。
「共鳴魔法なんて、聞いたことないんだよね……」
ゲームの中での魔法は、ただ発動する力だった。
だがこれは違う。
自然――世界に流れる力を受け止め、通す魔法。
(魔法を使わないはずの私が使うから、知られていない部分が表に出てきているのかもしれない)
窓から吹き込む風が髪を揺らす。
目を閉じる。
(風の流れを……音を聞く)
柔らかい風。
遠くの小鳥のさえずり。
陽だまりの匂い。
それぞれが、それぞれの息吹を持ち、流れている。
(あと少し……)
ガチャリ。
突然、扉が開いた。
「リリア!遊びに来たぞー」
大きな足音とともに、ズカズカと部屋へ入ってくる。
(コイツか!)
露骨に不機嫌な顔をする。
リリアーナの従兄弟、セドリック。
二つ年上、八歳だ。
「……ノックくらいしてもらえるかしら」
目を細めて睨む。
だがセドリックは気にした様子もなく、ニヤリと笑った。
(嫌な笑い方!)
「いいだろ?従兄弟同士なんだし」
(コイツは……!)
最近剣を習い始めたらしく、やたらと腕前を自慢してくる。
そして、年下のリリアーナを相手に、いつも優越感たっぷりに木剣を振るってきた。
(自分が少し剣ができるからって……)
「決闘しようぜー」
(またそれ……弱いと思ってるからよね)
リリアーナは立ち上がる。
「……いいわよ。外に出ましょう」
静かな目で、セドリックを見返した。
胸の奥で、何かが熱く揺れた――。




