小さな手の温もり
「う~~ん」
リリアーナな自室で一人、頭を抱えていた。
あれから何度も、庭師の青年――ルシアン・ヴァルディエのもとを訪ねたが、魔法を教える話は全て断られている。
サクマのときのようにお菓子で釣ろうとしたり、報酬の話も持ち出したりてみたりもした。
けれど彼は、ぴくりとも揺れなかった。
(あんなに優しくて気弱そうなのに……魔法のことになると、どうしてあんなに頑ななの?)
何か、理由があるはずだ。
そしてもう一つ。
(なんで急に、相手のスキルが見えるようになったんだろう……)
リリアーナな首に下げたペンダントを手にとる。
先日、宝石商から購入した水晶のネックレス、
(……おそらく、これよね)
今までと違う点は、それしかない。
コンコン――
「お嬢様、お花を替えに参りました」
専属メイドが花を抱えて入室する。
「いつもありがとう」
礼を言いながら、リリアーナはネックレスの水晶に意識を目を向けた。
(もし、これが原因なら……)
花を活け替えるメイドの背中を、じっと見つめる。
その瞬間――
彼女の頭上に、小さな三角形のアイコンが、ぽん、と浮かび上がった。
(やっぱり……!)
確信する。
意識して、そっと“押す”イメージをすると――
レベル、体力、剣術、魔法。
数値が静かに表示された。
(凄い……!)
戦闘時に、これほど有利な情報はない。
(これは相手の強さが可視化できるアイテムなのね)
思わず顔がほころぶ。
振り返ったメイドと目が合った。
「お嬢様、何か良いことが?」
「うん、お花が綺麗だから、嬉しくて」
メイドは微笑む。
「新しい庭師の方が来てから、花も以前より元気に育つようになりました。まだお若いのに、素晴らしい腕前ですね」
リリアーナは知っている。
あれは、技術だけではない。
花も、草木も、小さな生き物たちも。
確かに“力”に満ちている。
(ルシアンの魔法……)
「では、ごゆっくりお寛ぎくださいませ」
メイドが退出し、部屋は静寂に包まれる。
リリアーナは再び水晶を見つめた。
ルシアンの数値。
――魔法スキル 1200。
(最大は1000のはず……なのに、1200?)
ゲーム『レジェンド・オブ・アルディア』ではあり得ない数値。
そして彼は、本編に登場しない。
(これだけの魔法スキルがあって、主要人物じゃないなんて……ある?)
レベルは36。
他のスキルは低い。
(魔法は凄いけど、戦闘向きじゃないから……?)
確かに体力は、六歳の自分と大差ない。
それでも――
(もったいないよ……)
あの魔法は、本物だ。
「よし!」
拳を握る。
「絶対ルシアンを攻略して、魔法を教えてもらうんだから!」
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
翌朝。
訓練と朝食を終え、リリアーナは庭へ向かった。
「ルシアン、おはよう」
にこりと微笑む。
「……お嬢様。何度来られても、魔法は教えられません。他をあたってください」
「じゃあ、作業を見ていてもいい?」
少し困った顔。
「……それでしたら」
庭園は、澄んだ空気に満ちている。
いるだけで、心が静まる。
「本当に綺麗だね。みんな、生き生きしてる」
「ありがとうございます」
手を止めず、けれどどこか嬉しそうに答える。
「植物が好きなんだね」
「はい。小さい頃から……土いじりばかりしていました」
「そうなんだ。私は苦手なの。好きなのに、なんでかいつも枯らしちゃう」
前世の記憶が、ふとよぎる。
小学生の頃、学校で菊やアサガオを育てていた。
毎日忘れず水をやり、枯れないようにと気を配っていたはずなのに、どうしてか、いつも上手く育てられなかった。
枯れていく葉を前に、理由も分からず落ち込んだ日のことを、今でも覚えている。
「それは、植物の声を聞けていなかったのかもしれません」
ルシアンが振り向く。
「可愛いい、可哀想、という自分の気持ちだけでは足りません。植物の声を聞き、対話しながら育てるのです」
真剣な眼差し。
(本当に好きなんだ)
「どうでもいい話を……すみません」
「どうして? 大事な話だよ」
まっすぐに伝える。
ルシアンは少し照れたように笑った。
そして――
リリアーナは切り出す。
「……なんで魔法を隠してるの?」
空気が変わる。
長い沈黙のあと。
「魔法が、嫌いだからです」
「嫌い?」
「魔法は豊かにする力でもあります。ですが……すべてを壊す力にもなる」
ルシアンの声が震える。
「生き物も、植物も、人も……そこに息づくものが一瞬で消えるのを見ました」
リリアーナの喉が小さく鳴る。
「私には……耐えられない」
彼の身体が震えているのが分かった。
リリアーナはそっと背中に手を置いた。
六歳の小さな手。
それでも、温もりは届く。
(私も身体動かすのが好き。彼はその対象が植物や生き物なのね)
「……ありがとうございます。いつも植物のことになると夢中になりすぎて。皆からうっとおしがられるんです」
照れたように、頭を掻きむしるルシアン。
「私も何かを好き、夢中になる気持ちはよくわかるから。その気持ちは大事だと思う」
嬉しそうに頬が赤らむルシアン。
「……ありがとうございます」
そしていよいよ、本題に入る。
「ルシアン、一つ聞いてもいい?」
「なんでしょうか?」
ずっと気になっていた。
何故頑なに魔法を教えることを拒むのか――。
「なんでルシアンは魔法を使えること、隠してるの?なんでそこまで教えること拒むの?」
ルシアンはしばらくの沈黙の後、ようやく重い口を開いた。
ルシアンの身体が小刻みに震えた。
「私には、それが耐えられない……」
顔を覆い隠すよう手をあてる。
その表情と仕草が、これまでどれほど辛いことがあったのかを物語っていた。
「……ルシアン」
言葉が出てこない。
ルシアンは植物や生き物を愛す、優しい性格だ。
だからこそ、耐えられないのだろう。
リリアーナは、ルシアンの背中を優しく撫でる。
六歳の小さな手。
はたから見れば、幼い子どもに背中を撫でられるなど奇妙に映るかもしれない。
それでも、リリアーナはそうしたかった。
きっと――温もりは届くと信じて。
「攻撃しない魔法ならどうかな?」
ルシアンが顔を上げた。
「守る魔法。癒す魔法。それなら、教えてくれる?」
本当は、攻撃系魔法を学びたい。
強くなることこそが、リリアーナの目標なのだから。
けれど――
今のルシアンにそれを望むのは、あまりに酷だと思った。
「……それでしたら」
小さく頷いた。
「やったー!」
リリアーナの笑顔が、陽だまりのように庭を包み込んだ。
それでも魔法は魔法だ。
彼の優しさから生まれる力。
それを教わることが、何より嬉しかった。




