ラウロ・セルヒ・デュウト~事のはじまり~
「・・・メアリ。・・・もう知っていたのか」
エルザの格好をしたスケラテスは自身の声ではっきりと聞いた。
「はい。私は見てしまったのです。エルザ様の格好からスケラテス様に戻る姿を・・・」
「そうか・・・あのとき・・・部屋の前に荷物を置いたのは・・・メアリだったのか」
スケラテスは落ち着いた声でそう話すとメアリに問う。
「では、メアリよ? 何故この俺がエルザ様の格好しているのか・・・知っているか?」
「いいえ。だからそれを聞きに来たのです? どうしてスケラテス様がこの部屋で女装してエルザ様に成っていたのかを・・・」
メアリは率直だった。あのとき、スケラテスが付けまつ毛に付け髪を取り、化粧を落としていくその姿を見たときから思っていた疑問。
「・・・メアリは、知らないだろ? 本物のエルザがどうしているか?」
「・・・」
「・・・エルザは、この部屋の上にある小部屋・・・まあもともと王室の物置部屋として扱っていた部屋に居るんだ・・・眠ったままね?」
「眠ったまま?」
「もう3年近く経つな・・・」
「・・・」
「意識が無いだ? 本物のエルザには・・・」
それを聞いたメアリは気づいた。何故エルザが急に長年その姿を消した理由を。
「・・・でも何故ですか? 何故意識が・・・?」
「・・・事故だ。数年前、王アルトと妻ハミニアは娘エルザと共に王室での日頃の疲れを取る為に別荘のあるキリゴ・サレスに出向いていた。休暇という形で。そこで3人は、静かに過ごしていたんだ。ただ信じられないかも知れないが・・・娘エルザは王室で見るときとは違いアルトとハミニアの前では大変ワガママだったらしい。妻ハミニアもそのことで随分手を焼いていたらしい」
王女エルザ。彼女の存在は、時期女王として捉えられていた。でもそんな彼女も結局は普通の女の子なんだ。メアリはスケラテスの話を聞いてそう感じていた。
「・・・事故が起こったのは、キリゴ・サレスで4日目を迎えた日の朝だった。そこにやって来たときからワガママを言って母のハミニアを困らせていたエルザがその日は1人で帰ると言い始めたんだ。それを止めようするハミニアと押し問答になり・・・好い加減エルザのワガママな態度にハミニアも感情を抑えられなくなったんだろう・・・声を上げエルザの頬を力強く打ったんだ。話はそれで終われば良かった。別に珍しいことじゃない・・・そんなもの。ただ運が悪いことに・・・そこは2階の階段前だった。エルザは打たれた瞬間にバランスを崩してその階段から転げ落ちた。ハミニアは急いでそのエルザを抱きかかえ心配するもエルザは気絶したまま耳から血を流していた・・・」
スケラテスから淡々と語られた真相。エルザはその後、同伴していた使用人や医師による早急な処置によって一命は取り留めた。しかし、意識は戻らぬまま1週間が過ぎ、王アルトは休暇を延ばし駆けつけた専門医たちと何とかエルザの意識の回復に努めるも何も変わらず、2週間目を終える。そして、その事を伏せて王国ルガーナに帰城し一刻でもエルザの状態回復に力を入れる。が、専門医に告げられたのは、彼女はこのまま意識が回復する事は無いという悲しいものだった。
・・・言葉を失うメアリにスケラテスは更に話しを続ける。
「・・・そんな中、王であるアルトと妻ハミニアは、この事実を知る者たちに一切の口止めをするように命令し、ルミナーぐはおろか他の国でさえこの事は知られる事はなかった。ただこのままエルザの事を秘密していてもいずれは知れ渡ると考えたハミニアは、ある名案を浮かべる。・・・その事をアルトに話し、王アルトも妻ハミニアの名案に賛同し直ぐさま・・・それを実行しようと準備を始めた・・・」
黙っていたメアリがようやく口を開く・・・
「スケラテス様。それは・・・もしかして・・・」
メアリの質問にスケラテスは間を置いて・・・
「そう替え玉さ? ・・・本物のエルザに代わる。ハミニアの考えに考えた末に見つけた答え・・・それがエルザに似た者を探し見つけ、その者にエルザの代わりをやらせる・・・そんな単純な計画を2人は目論んだ。そして実際にそれを実行した」
「それが・・・・・・スケラテス様だった・・・」
遠くを見る目をして語るスケラテスにメアリの言葉。静かに頷くスケラテスは、更に話しを続ける。
「・・・アルトとハミニアは、用事と言って遠くに出掛け、自身の目でそのエルザの替え玉を探し続けた。だが、2ヶ月以上が過ぎても・・・訪れる町や村で・・・その替え玉になる者は見つからなかった。2人に焦りの見えた先で訪れた22番目の村・・・スアル。そこは体を休める為に寄った村だった。ただそこでアルトとハミニアは、1人の少年を見つける。その時の事を2人は・・・雷に打たれたようだと語る。その男の名前は・・・ラウロ・セルヒ・デュウト。・・・スケラテス・・・いや俺の・・・本名だ」
スケラテスではなく・・・・・・それが彼の本当の名前。
「ラウロ・・・セルヒ・・・・・・デュウト」
メアリは、復唱する。彼のその名前を。
「・・・・・・エミリ、その名前の意味を知っているか?」
「・・・名前の意味?」
「ああ・・・」
スケラテス・・・いや、ラウロはエミリに聞いて背を向けて話し始める。
「・・・俺は、この名前を付けられ・・・物心がつく頃には・・・・・・よくからかわれ・・・笑われたよ?」
「・・・笑われた?」
「・・・ああ。このラウロ・セルヒって名は・・・あの有名な童話「狩りをする者」に出て来る盗賊の名前なんだ。・・・主人公に擦り寄って、隙を見て主人公が大事にする水晶が入った袋を自分の小汚い袋と入れ替え・・・そのあと・・・その水晶をめずらしい骨董品として売ろうとしたが、水晶の中に住む龍がそれに気づき怒ってそのまま食われてしまった盗賊の名前・・・ラウロ・セルヒ。・・・だからその付けられた名前の意味を知った時・・・どうして俺の名前を聞いた者が笑うのかを知った。・・・・・・そして俺は、自分の名前を嫌って・・・・・・そんな名前を付けた親を憎んだ」
「・・・・・・スケラテス様」
メアリは、彼をもう1つの名前で呼んだ。
「・・・でも親は親で笑ってたけどな? ・・・この野蛮な者が何処からともなく移り混んで来た村スアルという村に産まれたお前のようなガキにはお似合いだってさ?」
「・・・・・・」
「・・・・・・俺は、早くこんな親から・・・こんな村から出たかった。早く大人になって・・・こんな下品な親がいる村から・・・だからルガーナの王アルトと王妃ハミニアが・・・俺を見て直ぐに引き取り・・・城に連れ帰りたいと親に申し出た時は、俺は・・・俺は・・・いても立ってもいられなかった!」
「・・・スケラテス様の親は、反対しなかったのですか? 自分の子を・・・引き取るなんて」
メアリは、率直疑問を口にする。
「反対? ・あの親が・・・反対? ・・・笑わせるな。あの親たちは、喜んだ。自分の子供が金になるんだったら喜んで・・・と。だから・・・俺にとってただ1人の理解者・・・それも大事な・・・大事な妹も・・・他の村の老人に売ったんだ。嫌がる妹の手を強引に引っ張り・・・まるで家畜を売るように・・・・・・」
「・・・スケラテス様」
「・・・だから・・・だから・・・俺は、王国ルガーナに売られる事を・・・こころの底から喜んだんだ!
そこで、野蛮な者たちの住むスアルとは違い贅沢で優雅な生活が待っていると期待して! ・・・でもそこで待っていたのは・・・アルトとハミニアの娘エルザになる為に女装して王国の民を騙す事だった。幸せだと思えたのは・・・最初の1週間だけ。その後は・・・ひたすら王国の貴族スケラテスになっては・・・女装しエルザの姿に成りすますだけの生活・・・・・・1ヶ月も経たずに俺は、そんな生活に嫌気がさして城を抜け出そうとした・・・だが直ぐに捕まり罰として部屋に閉じ込められ・・・アルトとハミニアは、そんな俺を次第に見た目以外は、出来損ないのように扱い始め・・・数ヶ月後には、俺の体は・・・アザだらけになっていた・・・」
「・・・スケラテス様」
「何か気に食わない素振りを仕様ものなら・・・アルトもハミニアも俺を自身の部屋に呼び・・・殴ったり蹴ったりするのさ? ・・・これを見ろ・・・・・・火傷の跡さ? これが・・・これが・・・俺の王国ルガーナでの・・・・・・
本当の姿なんだ!」
スケラテスは、シャツのボタンを外しめくって胸元に出来た酷い火傷の跡を見せ、顔を歪め叫んだ。その表情は、使用人メアリは疎か、このルガーナにやって来て以来、決して誰にも見せた事の無いものであった。
肩を震わすスケラテスにメアリが近寄ろうとした時、この部屋の扉をノックする音が響き、メアリとスケラテスはハッとしてその扉に目を向ける。するとその扉の外から遠慮気味な声が届く。
「・・・あの・・・エルザ様? もうそろそろ・・・出発のお時間ですので・・・」
その声を聞いたスケラテスは、ドレッサーの前に行き、そこの引き出しから1つのクシを出し、ドレッサーの横をそのクシの先で・・・
(トントン・・・)
叩き・・・音を出す。
「・・・了解しました。・・・どうかお急ぎを・・・」
それを見ていたメアリは、この行為がスケラテスが演じる口の聞けないエルザの返事なんだと感じ取る。
少しの間が出来、扉の前から気配が消えた事を確認したメアリは口を開く。
「・・・スケラテス・・・・・・いえ、エルザ様? さあ、出かける準備を」
「・・・・・・ああ」
ドレッサーの前に座るスケラテス。その横で化粧を手伝うメアリ。
数分後・・・・・・涙を流していたスケラテスは、完全に王国の一人娘・・・エルザの姿になっていた。
出かける為に立ち上がったエルザに扮したスケラテスは声を漏らす。
「・・・なあ、メアリよ? 私は・・・綺麗か?」
「・・・いいえ。とても・・・悲しいです」
「・・・そうか・・・メアリは・・・とても正直だな」
目を瞑り・・・準備の出来たスケラテスは、3日後の夜に、とある場所で待ち合わせを約束したメアリを置いて1人、王アルトと王妃ハミニアのいる元へ足を向かわせた。
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次の日の午後、王国リハルディカから戻った王アルト一行をコナルバークの民、ルガーナ城の使用人が出迎える。王アルトと妻ハミニアは民に笑みを浮かべ手を振り、その後ろでエルザが表情を変えず歩いている。
ルガーナ城に辿り着き、使用人たちがそのアルト一行に、
「お帰りなさいませ!」
と声を揃えると、王アルトも労いの言葉を返し、使用人たちの前を通り過ぎて行く。
そんな通り過ぎて歩くアルトとハミニアの娘エルザの表情を使用人メアリは、ずっと見つめていた・・・
そして、これがコナルバークの民とルガーナの使用人たちが最後に見た歩くエルザの姿だった。
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その2日後の夜、メアリは城の厨房で忙しく動き回っていた。
10分に1回はドジをして、手に持った食器は今にも床に目がけて落ちそうになっている。
それでも、そのメアリに声をかける者は、誰1人といなかった。
それは・・・まるで無視しているようだった。
19時を前にした厨房は、更に忙しくなって声と声がぶつかり合っている。
「おい! そこに皿を並べてくれ?」
「スープは、まだか?!」
「そんなに焼いたら肉が焦げちまうよ!」
「おーい。今日はワインの日か?」
そんな慌ただしい調理場を1つの声が割って入った。
「今日のゴミ当番。いったい誰よ?」
その声は、アリシエンヌ。
「・・・ああ。私だ?!」
そう答えたのは、メアリ。
「・・・さっさと持って行ってよ・・・ゴミなんだから・・・」
「ごめん。ごめん」
アリシエンヌは、メアリの目を見ず片手に持ったゴミ袋を手渡す。メアリは、手渡されたゴミを持ちそのまま出入口を出て扉を閉めた。
「・・・・・・」
メアリは下を向いて目を瞑る。
その後ろから・・・調理場の中から足音と声がする。
「ほっときなさい! ・・・・・・彼女を思うなら・・・黙って無視するのよ」
みんな知っている。これで使用人メアリとは・・・もう会えないと。
でも、みんなは、そんなメアリの事を思っていたから・・・
だから、みんな黙ってメアリを無視した。
「・・・・・・ありがとう。アリシエンヌ。それから・・・
みんな? ・・・本当にありがとう」
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ルガーナ城、東出入口の外にゴミを捨てる収納庫が置いてある。メアリは、ロウソクの火で照らされたその出入口に着き、辺りを見渡すと騎士の銅像の影から声が響いた。
「・・・メアリ」
「あっ? ・・・スケラテス・・・様?」
そのメアリの反応に銅像の影に身を隠していたスケラテスがメアリの元に出て来る。
「スケラテス様?」
「・・・メアリ」
「シッ!? ・・・静かに? ・・・・・・・・・さあ、こちらへ・・・」
メアリはスケラテスにそう言ってからそのスケラテスにゴミ袋と一緒に持って来た長めの布を覆うように掛け、彼の手を掴んで出入口の扉を開けた。
「スケラテス様。私が・・・いい・・・と言うまで・・・下を向いて・・・身を隠すようにして下さい。私が・・・貴方の手を引いて歩きますから・・・いいですね?」
メアリの呟きにスケラテスは、黙って頷く。
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城の外は僅かな灯火だけで暗く城壁を囲む森は、ほとんど見えなかった。
そこに森に繋がる門の前で見張りをしている兵士が1人、暇そうにアクビをして今にも長椅子があればそこで居眠りをしてしまいそうにだらけているのが見える。
メアリとスケラテスは、東の出入口を出たあと注意しながらゴミの収納庫の後ろに身を隠し、様子を伺う。
門番をしている兵士が・・・その場所から10秒ほどでもいいから離れる時を願って・・・。
兵士は、その場を離れては・・・戻って来て・・・また離れては・・・・・・戻って来るを繰り返していた。
「・・・お願い! ・・・10秒・・・いえ? 8秒でいいから・・・そこを離れて・・・」
願うメアリ・・・・・・しかし兵士は、なかなかその場を離れてはくれない。
「もう! ・・・イジワル! ・・・・・・?!」
その時、向こうから歩いて来る1人の使用人に歩いて来た。
使用人の手には食べ物を乗せたトレイが持たれ、湯気を立ててとても美味しそうだった。兵士もそれに釣られ使用人の方に向かって・・・
それは何か? ・・・と尋ねている。
・・・その門番の兵士は、数秒もしない内に飛んで喜び使用人から手渡された温かいパイに食い付いた。
喜びながら夢中でパイを食べる兵士を前に・・・使用人の1人は、辺りを見渡し・・・ゴミの収納庫の影に身を隠すメアリたちを見つけると・・・・・・
合図を送るように・・・大きく頷く。
「・・・あっ? スケラテス様、今よ!?」
「えっ? ・・・ああ!」
メアリはスケラテスの手を引いて急いで門の前に立ち・・・
そこに背中を向けパイを貪る門番の前にいる使用人が少し顔を傾けてメアリたちに笑顔を浮かべると・・・・・・
メアリとスケラテスは、その門をくぐって外へ走り出した。
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「・・・メアリ! ・・・いったい・・・何処に・・・行くのだ?」
スケラテスは、自分の手を引いて走るメアリに聞く。
「・・・・・・あと少し! ・・・スケラテス様・・・あと少し」
「・・・少し・・・」
森に囲まれた道を2人は走っていた。辺りは真っ暗で月の光だけが頼りで、そんな土の上に出来た道を2人は、走り続けた。
5.6分ほど走ったあと・・・ようやく走る速度をメアリは緩める。
その場所は、ルガーナ城が少し遠くに見える所で崖の下は深い森だった。
急いで走った為に息を切らし膝を曲げるメアリと軽く肩で息するスケラテス。
2人は、しばらく無言のまま、月の光が届く場所で体を休める。
訪れた静寂な時間。そこへ最初に声を乗せたのは・・・スケラテス。
「・・・メアリ。・・・このまま何処へ逃げるのだ?」
「・・・王国ルガーナが・・・見えない所まで・・・」
「逃げてどうする?」
「・・・もうこれ以上・・・スケラテス様が・・・苦しまない為にも」
「・・・・・・無理だ」
「・・・何が・・・無理なんですか?」
「・・・俺が苦しみから解放されるなんて・・・俺には・・・無理なんだよ!」
「どうして?」
「メアリ? 俺が君に・・・何をしたか・・・知ってるだろ?」
「・・・」
「・・・俺は君に・・・痛みを与え・・・苦しめた」
「私は・・・苦しんでいません?」
「嘘をつけ! 何故、我慢をする? どうして俺を助けようとする?」
「・・・」
「・・・君を酷く罵り・・・痛みつける・・・この俺を・・・そんな・・・こころの無い俺を・・・何故」
「では、どうして・・・スケラテス様は・・・私だけを・・・痛みつけたのですか?」
メアリが今まで・・・本当に聞きたかった事。
「・・・・・・妹に・・・似てるんだ。妹のケーシャに・・・メアリの雰囲気が・・・」
「・・・」
「ケーシャは明るい子だった。例え酷い親が自分を痛みつけても・・・彼女は、いつもこう言った・・・・・・時間が過ぎれば、いつかは・・・大人になれる? ・・・って」
「・・・」
「・・・そう言った彼女は、11歳で2キロ先の村に住む老人に買い取られて行った。・・・泣きじゃくってね?」
「・・・その妹さんは・・・」
メアリは、本当は聞きたくない事を・・・聞いた。
「・・・1年も経たずに・・・その老人の元から逃げ出そうとして捕まり・・・そのあと・・・殺されたよ。飼い主を困らせた罰としてね?」
「・・・」
メアリは、気づいていた。・・・スケラテスの答える前から。
「・・・だから俺が苦しみから解放されるなんて・・・そんな事・・・無理なんだ。俺が幸せになるなんて・・・・・・そんなもん無理なんだよ!」
泣き叫ぶスケラテスにメアリは、きっぱり・・・と
「いいえ? 無理ではありません・・・決して」
「・・・メアリ? 俺が憎いだろ? 殺したいだろ? お前に・・・暴力を振るい・・・苦しめた・・・この俺を」
「いいえ? スケラテス様の苦しみを知った私は貴方を・・・決して憎んだ事は・・・ありません」
苦しむスケラテスの前でメアリは、正直に答える。
「じゃあ、このまま俺は・・・人を恨み・・・人に恨まれたまま・・・生きなければいけないのか・・・」
「スケラテス様・・・私は貴方を恨んでなどいません」
「やめてくれ! もう俺を・・・苦しめないでくれ!
メアリ・・・俺の為に我慢しないでくれ・・・お願いだ・・・
俺は・・・・・・もうダメなんだ!」
頭を抱え泣き崩れるスケラテス。
・・・その彼に・・・メアリは優しく・・・問いかける。
「・・・スケラテス様? こっちを向いて下さい?
ねえ、スケラテス様? ・・・貴方は決して・・・悪くない。とても優しい人。私は知っていた。最初に貴方を見た時から・・・それに信じていた。だから・・・間違ってなかった。スケラテス様が私を打ったりした事を気にして悩んでいるなら・・・ううん。私、全然平気だから? だって・・・スケラテス様の妹さんに・・・似てるんでしょ? とても前向きだった・・・ケーシャちゃん」
「・・・メアリ」
(この時、メアリは自分の立っている足下を見た)
「・・・だから貴方も・・・スケラテス様も前を見て! 貴方は、幸せになんなきゃダメ! このまま苦しみ終わったら・・・ケーシャちゃんも・・・きっと悲しむよ!
お願い・・・スケラテス・・・いいえ。
ラウロ? 私が貴方の分まで一緒に苦しむから・・・だからお願い・・・」
「・・・メアリ?」
(メアリは、自分の足下を・・・もう一度確認して・・・覚悟を決めたように息を吸った)
「ラウロ・・・生きて? そして・・・こんな私を・・・
1度でいいから・・・愛して下さい・・・・・・」
──フワッとメアリの身体が一瞬だけ中に浮くように・・・──
「メアリ?! ・・・メアリィィィィ!!」
崖の下の深い森へ背を向けて倒れたメアリは・・・
ラウロの差し出した右手を見つめながら・・・・・・落ちて行った。
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『エピローグ』
スケラテスが王国ルガーナから姿を消して・・・
半年が過ぎようとした頃・・・そのルガーナの王アルトと妻ハミニアの実の1人娘エルザは、この世を去った。
そしてスケラテスが姿を消したあと、王国では・・・何者かによって、
王アルトと妻ハミニアが長年隠して来たエルザの秘密がバラされて、王国とその隣接する町コナルバークでは大騒ぎになり、それを隠していた王アルトとハミニアに対する非難が集中する。それによりハミニアは精神的に参って調子を崩すと王アルトまで、自分たちのしてきた行いに傷心してしまい、しまいには弱り切って寝込んでしまった。
そんな王国ルガーナは、王アルトに代わり暫定的ではあるがアルトが回復するまで側近であり大臣を務めるグエル・ザッカードが王の座に就く。
こうしてルガーナ王国は、今日もその王国を支える使用人たちと共に・・・
平静を保ち続けるのだった。
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一方、その姿を消したスケラテスとメアリを心配し続ける使用人たちの・・・ある1人に、差出人の書かれていない手紙が届けられ・・・
その1人は、メアリの居なくなった共同部屋で・・・その届いた手紙の開けて読んでいたところ。
そこへ・・・もう1人の使用人・・・デルピノが遠慮気味にやって来て・・・
「・・・・・・ねえ・・・メアリは、今頃・・・どうしてるのかな?」
そんなメアリを思うデルピノの声に・・・彼女は、
「さあね? ・・・きっと何処かで元気にやってんじゃないの?」
彼女の素っ気ない返しにデルピノは・・・笑って頷く。
「さあ! おやつ時間でしょ? ・・・グズグズしてないでさっさと厨房に戻りましょう?」
彼女は、そう言って手に持った届けられた手紙をメアリの机の引き出しに入れた。
・・・そのしまわれた手紙には、こう書かれていた。
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アリシエンヌ? みんな、元気ですか?
またいつか 何処かで会いましょう。
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