張り裂けそうな思い
「ねえメアリ? 私たちは食器を片付けておくから・・・あとの方はお願いね?」
アリシエンヌたちは、ほんの30分ほど前に王族の者が食事を済ましてあとにした食卓の片付けをしていた。
「・・・うん! こっちの方は任せて?」
メアリは頼まれた通りに濡らした布巾で長く大きなテーブルの上を拭き始めた。
その動作を止めては考え事をして・・・
数日前からメアリは、こんな感じだ。何をやっても考え事をしては、その事から逃げるようにしてまた動き出す。
周りはそんなメアリの事を・・・
まあ・・・メアリらしいと言えばメアリらしい。ただその回数が多いけど・・・どうせ彼女は、今度こそ本気で気になる人でも出来たんじゃない? ・・・くらいにしか思っていなかった。
でも・・・そう言った一人のアリシエンヌは、少し心配に思っていた・・・(らしい)。
・・・だってここ数日、メアリは余り食欲が無いのか昨日の食事の時に出たステーキを半分に切って、その半分をあのデルピノに・・・
「これ・・・食べる?」
・・・って聞いて、もちろんデルピノは大きな返事をしてそのステーキをバクバクと食べていた。
別に大した事では無い。でもあれだけメアリの大好物でもある(いや! ・・・私たちの大好物と言ってもいい)ステーキを半分しか食べないなんて・・・
何か変だ?
・・・そんな風にアリシエンヌは思っていた。
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王国ルガーナの王アルトとその妻ハミニアの結婚記念日から1ヶ月余りが過ぎても、この王国では次から次にへと祝祭が開かれた。
1つは、その王とその妻の娘であるエルザの誕生日、2つ目にトルサード王国との25年目の交流を祝う祝賀会、そして3つ目に、スケラテスも参加した王国ルガーナの貴族の者たちによる慰労会等、王国ルガーナに休みは無く、その度に使用人たちは汗を流す羽目になって愚痴をこぼし疲れてその日の夜を迎えた。
一方メアリは、そんな中でも考え事しては止まっている事があり、他の使用人たちから・・・
「やる気無いんだったら空き部屋で寝ていろ!」
・・・と怒鳴られたあとのメアリの・・・
「す、すいません! ごめんなさい! 次は・・・次は注意します!」
この光景を5回見たアリシエンヌは、休憩の際にそのメアリを連れて静かな場所を見つけに移動する。
「・・・ねえメアリ?」
「・・うん?」
「どうしたのよ?」
「・・どうしたって?」
「・・・うーん・・・何か面白い事でも考えてるの?」
「面白い事・・・」
「最近ずっと動き出したと思ったら・・・考え事して・・・また動いたら・・考え事! ねえ・・・何を考えてるの? 教えてよ?」
「・・ごめんなさい・・・本当に」
「謝らなくていいからさ・・・何があったの? 考え事ばっかして?」
「・・・」
「言いたくない?」
「・・・言いたくない訳じゃないけど・・・」
「私にも言えない?」
「・・・うん・・・今は言えない」
「・・・・・・分かった? メアリは言いたくないんじゃなく? 今は言えないだね? 私にも?」
「・・うん・・ごめんなさい」
アリシエンヌは困った仕草をするメアリをそれ以上に責めようとせず、表情を切り替えてメアリの手を引いて・・・
「なんか・・・甘い物でも食べようか?」
それにメアリも表情を変えて・・・
「・・・うん! 食べたい。・・・ついでに甘い飲み物も?」
「よーし・・・甘い物尽くしと行きましょう!」
「賛成!」
そう笑顔に戻った2人は、近くの厨房へと足を運んだ。
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静かで穏やかな毎日を過ごすコナルバークの町の人々に支えられ、
王国ルガーナもまた穏やか日々を送っていた。
そんな中でも明るい声は城内に響き渡り、それがこの穏やかさに優雅な時間をもたらすのであった。
しかし、そんな日々の中で使用人のメアリだけは違ったのだ。日に日に元気を無くして周りを心配させていた。
ただでさえ、ここ最近のメアリの行動は不安定でいた為に、周りもどう声をかけていいのか分からずにいた。
そしてそのメアリは・・・この日もスケラテスに呼ばれ、誰も居ない部屋で説教を受けていた・・・。
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「お前は何度言えば分かるんだ!」
「申し訳ございません! スケラテス様・・・」
「これで何度目だ? ・・・このブス女!」
そう言って容赦のない張り手で膝まづくメアリを打つスケラテス。
メアリは、その衝撃で倒れる。
「・・・うう」
「どうした? そんな所で寝ていては、また仕事に遅れて怒られるぞ? ・・・メアリよ」
「・・・今後は気をつけますので・・・どうか・・・お許し下さい」
痛みを我慢して立ち上がるメアリは、そう言って身体を震わす。
「今後は・・・? 前にもそのような事を言っていたがな・・・まあいい、今度は食事を運んで来る時、その食器に入ったスープを出来るだけ揺らさずにしてこぼさないように注意しろよ? 分かったら返事して出て行け」
「・・・はい」
メアリは、スケラテスに言われた通り返事し、頭を下げてから部屋の扉を開ける。
そのメアリの表情は、前のように自分だけに集中して説教をするスケラテスに愚痴をこぼす余裕は感じられず、ただ虚ろな目をして歩いて戻って行く事が精一杯に思えるものだ。
笑顔が似合う者からその笑みが無くなった。
今のメアリは元気を無くし、その言葉通りのものだ。
メアリに異変が起こったのは、あの事のあとであった。
あの王族の者しか入れない7階の部屋でエルザとスケラテスが同居しているのを見たあとメアリは、もちろんその事を誰にも言ってはいないし、秘密にしていた。それにその秘密を覗き見た事をスケラテスとエルザに知られた訳では無い。
しかしその日以降、そんなメアリの行為を見透かしたようにスケラテスの説教は日に日に酷くなり、メアリに苦痛を与えるものにへと変わっていった。
ただスケラテスは、あの日メアリが自分を覗き見た事など本当は気づいていなかったのだ。
スケラテスはスケラテスで苦しんでいる事をメアリは知っているから尚更メアリは説教から来る痛みと交ざって胸が張り裂けそうになっていたのだから・・・
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「ああぁぁぁ! お前ぇ! ・・・あれほど言っただろ!?」
「・・・ス、スケラ・・・テス様・・・苦し・・」
叫ぶスケラテスの両手はメアリの首を絞めていた。怒りでスケラテスの目は血走っている。今までにないその顔にメアリは物置部屋に呼ばれた時から怯えていた。
「・・・げほ! げほ! はぁ・・・はぁ・・・」
首を絞めていたスケラテスの手が離されるとメアリは、そこから床に倒れるように抜け落ち、苦しそうに咳をする。
「・・・貴様が悪いんだ。俺の言った通りにしないから・・・こうなるんだ!」
またスケラテスは叫び、膝をついて苦しむメアリの頬を打ち、勢いよく床に倒れるメアリの唇から血が流れた。
「・・・スケラテス様、どうか・・・落ち着いて下さい・・・お願いです」
メアリのその言葉にスケラテスは、鼻息を荒くして物置部屋を出ようと強引に戸を開ける。
戸を開けた先には、他の使用人たちがびっくりした表情で立っていて、それを見たスケラテスは、その者たちに・・・
「ええい! 邪魔だ、退け!」
・・・と大声を上げ早足でその場を去って行った。
スケラテスが去るのを確認した使用人たちは、直ぐ物置部屋の中を覗いた。そこで膝をついて下を向くメアリを見る。
「おい?! メアリ・・・大丈夫か?」
その使用人の1人の声にメアリは、返事をして顔を上げた。
「・・・! メアリ? あんた・・・いったい何をされたのよ!」
もう1人の使用人が唇に血を滲ますメアリの顔を見て驚いた声を上げ・・・
「うん? ・・・ああ、大丈夫だよ。こんなの?」
「・・・大丈夫な訳ないだろ! 血が出てるのにさ!」
自分を気遣う声にもメアリは笑って無理するように立ち上がり、それを見た女性の使用人は口を押さえ泣いている。
「・・・さあ戻ろうよ?」
「メアリ・・・」
そんな何事も無かったように振る舞うメアリに他の使用人たちは、いったいどうな言葉を用意すればいいのか・・・もう分からなくなっていた。