王国の一人娘
三日後、
この日の王国ルガーナは、朝から騒々しかった。
それは、王アドルとその妻ハミニアが王国と隣接する町コナルバークに感謝祭と題された面目で出向く事になっていたからだ。その為に王族の警備や町の民に配る食品などの準備に余念がなかった。
使用人たちも当然、王国の感謝祭の為に全員駆り出されていた。
そんな中、メアリは相変わらずドジを踏みながらもひとまず手配する食品準備を終え、誰も居ない部屋で昼を過ぎに勝手に一人涼んでいた。
「ふー・・・・・・終わった。ここは涼しい。今日は何故か忙しい・・・ふー・・・」
ホコリ臭いソファにもたれかかりため息をつくメアリ。
早起きのせいか徐々に眠気が襲って来る。
「・・・ふー・・・ここは気持ちいいよ・・・涼しいし・・・暖かいし・・・」
「・・・涼しいし・・・暖かい? ・・・で、どっちなんだ?」
眠気で遠のいていくメアリの意識に誰かが語りかけた。
「・・・・・・ええ? ・・・涼しくて・・・暖かいんです」
「いやだから? ・・・どっちなんだ?」
「・・・どっちでもよろしい・・・気持ちいいからね? はは・・・」
「ふん! ・・・いかにもお前らしいな? その考え・・・」
「・・・・・・そう・・・私らしい・・・わた・・・し? ・・・・・・わぁぁっ!!」
遠のく意識がその声によって戻って来るとメアリはびっくりして飛び起きた。
その声のする方に見える、綺麗に磨かれた黒のロングブーツ・・・そこから伸びる長い脚。ピチっとしたシワの無い上品なズボンを履いて、キュッした腰周りに程よい胸元。それが強引さのない力強さを感じさせる。少し下がった両肩に細い顎の上で唇が意地悪そうにしていて・・・綺麗な目が何かをからかうようにして伺っているのが分かった。
「・・・怪我は?」
「ええ? ・・・私ですか?」
「お前以外に誰が居る?」
「・・・そうですね? あの・・・大丈夫です? び、びっくりしただけです・・・」
「びっくりだと? ふん・・・そりゃびっくりするよな? 一人勝手にサボって寝ている所に・・・いきなり貴族の者が入って来たんだからな?」
「・・・申し訳ございません! スケラテス様! そのつい・・・魔が差して・・・」
突然現れたスケラテスに、メアリは頭を下げる。
「・・・今日は何の日か知っているな?」
「はい! 町の人々を労う為の感謝祭です!」
「・・・そうだ。で、あと二時間後ほどしたらその出発前に王室で王族たちの挨拶がある事も知っているな?」
「はい! 王族の方々が集まる為に私たち使用人も参列するよう伝えられています!」
「・・・よろしい? 分かっていればそれでいい?」
スケラテスはメアリの返事に納得したのか背を向けその部屋を出ようとする。
「・・・・・・あのスケラテス様!」
「・・・何だ?」
「・・・大変お見苦しところをお見せする格好になってしまい・・・本当に、本当に申し訳ございませんでした!」
「・・・今日は仕方ないな・・・皆早起きだったしな? そう言う俺も・・・実は凄く眠いんだ?」
メアリは不思議に思った。今日のスケラテスは・・・何故か優しい。いつもだったら意地悪な台詞のあと・・・打ったり蹴ったりするのに・・・・・・
「あっそうだ? 忘れていた・・・
────ほら? これでも塗れ?」
「・・・はい?」
気づいたようにメアリの所へやって来たスケラテスは、そのメアリに何かを差し出した。
「あのう・・・これは?」
「塗り薬だ? ・・・見て分からんか?」
「・・・塗り薬?」
「そうだ? お前のその口元に塗っておけ?」
「・・・スケラテス様」
「王族の前だ? 少しマシになるだろう・・・では、絶対に遅刻するなよ? 何せあのアドル様とハミニア様の一人娘エルザ様もお見えになるのだからな?」
「はい、分かっております」
スケラテスはメアリに伝えたい事を伝えると今度はドアの取っ手を引いて出て行く。
メアリは、一人になった部屋でさっきスケラテスから渡された塗り薬をしばらく手のひらに乗っけたまま眺める。
・・・何だかそうしてみたかった。
だってそれは、メアリにとってプレゼントと一緒だったから・・・
「・・・スケラテス様・・・・・・ありがとう」
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隣接する町コナルバークに出発する前、王アドルと王妃ハミニアの挨拶を控えたルガーナの王室は、既に王族関係者や傭兵、使用人たちが集まっていた。
その広く豪華な王室では、普段は入る事が出来ない者たちが興奮の為か声を上げている。
王アドルと王妃ハミニアが玉座の前に姿を現すと一斉にそのざわつきが止んだ。
「皆の者よ、今日はわざわざご苦労であった。知っての通り今日はこの王国ルガーナを支える町コナルバークを労う気持ちを込めて開かれる感謝祭の日である。その為、我々王族たちも町に出向き、自ら食糧などを贈り言葉を送る為に出向きに行ってくる」
王アドルの長い挨拶が始まりメアリもその話を真面目に聞いている振りをして立っていた。
しばらくし、まだ長話を続ける王アドルの後ろをブロンドのロングヘアーの王族の者が通る。そして王妃ハミニアの横に立つと、その長い髪のブロンドヘアーをハミニアは大事なものに触れるように撫でた。
「・・・あの方が・・・エルザ様?」
王アドルと王妃ハミニアの一人娘"エルザ"
この王国ルガーナを背負う次期王女であり、その才能だけでなく人々を魅力する容姿にも恵まれた唯一無二の存在である。
しかし若くして大病を患うと長年その姿を現す事は無くなり
王族やコナルバークの人々を不安にさせ、
中には・・・もう駄目ではないのか? ・・・と言う者もいた。
そんな憂いをよそに、エルザは久しくその姿を見せる。去年の涼しくなった頃、彼女は長年の看病の末にようやく大病を克服して群衆の前に現れたのだ。
「・・・綺麗な人・・・あの人が・・・エルザ様」
メアリは、長々と続く王の話を無視してエルザの存在に魅了されていたのです。