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6.ニファの自室


──だ〜〜とか、なんとか!

今頃話してるんでしょうね〜〜!!


ニファは静かに自室に戻ると、手触りがいいクッションを──朝の情報番組のモチーフぬいぐるみをぎゅうぎゅうに持つ芸能人がごとく──シワシワにぎゅうと抱きしめた。

そして、それをベッドに投げるとボスボスと拳を投げ入れながら、ひとりごちた。


ニファは訳あって少し箱入りに育った。それもあってか成人してもしてなくても、兄から見ればきっと自分はまだまだ一人前とは見てもらえてないと、ニファからしても勿論自覚があった。


だが、それだとしても、兄は何にしても抱えてばかりであった。家族のこと、商会のこと、その全てを抱える忙しさが、数年前突然王都から帰省することになった兄にとっては、心の支えになっているところもあるのかもしれないが、それでも。


ニファは頼って欲しかった。

でも、それを兄は望まない。今日と同じく、いつだって兄はニファに何も言ってはくれなかった。


今日だって、別にいいのだ、ニファとシズのパーティに対してのトラブル以前の問題で、依頼主がどこかに飛ばされそうだとか、まぁそうじゃなくたって、ちゃんと言ってくれたら「そうなんだな」とニファも流石に飲み込める。

けれど、きっと兄にとって私はまだ、何年も昔、母を失って泣いていた日の小さい妹のニファのままなのだ。だから、兄はシズさんに話すようなことを私には話してくれない。


しょんぼりしているクッションを元に戻して、ニファはごろんと寝床で転がって天井をぼおっと見上げる。

祖父が亡くなってすぐ、ニファは「兄を、商会を手伝いたい」と言ったことがある。すると、いつだって兄は「お前はお前のやりたいことをやれ」とニファを商会から放り出してきた。


だから成人間近にニファはやっと観念した。

だって、もう“私の要望という名目”で、兄の力になることしかできないじゃないか。


「冒険者になりたい」


心の底からそう思っていたわけでは無い。

でも、冒険者だからこそできることがあるんじゃないか。

論証なんて何もなかった。

ただ、あまり強請ってこなかった私が、声をあげたのがよかったのだろう。兄は稽古をつけてくれたり、ギルド加入を志す私をとてもよく応援してくれた。


「まぁ、ニファがやりたいことを邪魔はしないさ。頑張りなさい」

「詠唱遅い!もう一度!」

「ニファ。これを持っていくといい」

「パーティだが、そこに加入希望をするのか?そこは聞いた前評判としてニファと相性が悪く無いか?」

「そもそもお前は──」


「兄さん、うるさい──!!」


してくれたが、邪魔もされた、うん。

そう、ニファのギルド加入自体は問題なかった。稽古のおかげもあってか、テストでも好成績を取り、後はパーティを組もう、という段、ここが問題だった。

ニファ自身はただの魔法使いとしての登録だがそれでも商会長の妹という色眼鏡はついて回る。他のギルドメンバーからも様子見で遠巻きだったり、逆に取り入ろうという輩がいたりと、“ただの魔法使い”とは簡単には見てもらえない。国規模として見れば小さいといえど、街として見れば大きい商会、その長の家族と関わりを持つのだ、意図しないところで色々な思惑も発生してしまう。

そもそも魔法使いは後衛で、どうしたって前衛よりも求められる人員は少なめだというのに、ニファのような世間一般的な属性魔法よりも、付与をメインとした魔法使い、となると、更に募集は限られてしまった。

そう、ニファは自身の特性と、そして兄アルトからの静かな圧もあり、パーティメンバーがしばらく決まらなかった。


だから──ニファは今こうして、やりたいことができて、それが兄の力になっているのが、本当に嬉しかった。


ニファは布団に潜り込んだ。

私は今、とても幸せだ。


この街が好きだ、街の人も好きだ。

ギルドも、ギルドメンバーも、なあなあで始めた冒険業だが、これも好きだ。

兄が好きだ、家族が好きだ。


パッと脳内に困ったように笑うシズが浮かぶ。

ニファのこの幸せの中に、シズはもう、当たり前のように組み込まれていた。

困ってる人を見逃せないのも、それでいて、マラソンで指定外の裏道通って楽しちゃうような少し狡賢いところすら、ニファの知っているシズの良い所だった。


ふと、静かだった階下から、一瞬の引き攣ったような笑い声とテーブルを叩いた鈍い音がした。深夜だからと彼らが忍び笑う時、その笑いを堪えるのにいつもああやって尊いテーブルが犠牲になるのだ。


ニファはそれが瞼の裏に浮かんで、ムッとしていたのも忘れてはにかんだ。


──ああ、幸せだ。これをきっと幸せと呼ぶのだろう。

そして、これ以上を望んでは、きっとワガママなのだろう。


ニファは少し知っている。

シズは以前組んでいたパーティが男女の縺れで解散したから、パーティ内での恋愛が嫌と言っていたことも。


だから、ニファは知らないふりをする、聞いてない、見てない、気づいてない。


ずっと、このままでいい。

過去の話なんて、知らなくていい。

兄のことも、シズさんのことも。

大切だから、大切だけど、それでもきっと、知ることだけが正解じゃ、無い。


毛布に包まれて、やがて柔らかい微睡がやってくる。

ちょっぴり切ないような、でも大切に持っていたいような、そんな感情が夏場のキャンディのように溶けていく。


2人とも、小さな妹扱いの私に、それでもいつか、抱えた何かを言ってくれる日が来るのかもしれないし、それは永遠に来ないのかもしれない。


それでも、それでもいい。

私は、ただ、今ある大切なものをそのまま持ち続けたいだけなのだから。


そうして、ニファは目を閉じた。


──五年前、多くの被害が出た王都大火災、その翌日に騎士団を辞めて帰ってきた兄に、何も問えないままでいたとしても。


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