2.とある宿屋の夜
さて、時はすぎて宿。
2人は氷の檻で捕らえた6人を街のギルドに売りつけると、早速宿に向かった。
予定外の闖入者に、宿に着いた時には時計の針は気付けば夕方まで後少しな所まで進んでしまっている。冒険者にとって衣食住は必須。特に宿は早めに押さえないと良いところはすぐに埋まってしまうのだった。
本来は昼頃到着予定で余裕を持って宿を、のつもりだったのだが、あの野盗のせいで、思いの外時間が後倒しで2人は宿に着いた。
ちなみに、いっそもう少し遅く街に着いたなら、いっそ街の野営スポットや逆に街の門の外で野営をした方が建設的な時間になっていたが、まぁ、まだそれほどではなかったのは唯一の救いだろうか。
そう、だから、悪いのはあの野盗なのである。
「……ニファ、狭くない?」
「だ、だいじょぶ」
もぞりと身じろぎした動きすら相手に伝わってしまう同じ布団の中、ニファはやっぱりもっと野盗をボコボコにした方が良かったと顔を赤らめる。
ダブルベットの部屋しか空いてないって、そんなの、大丈夫なワケないじゃん…!
こういうとき、真摯なシズさんはやっぱり、俺はソファで寝るとかそんなの言い出すのだが、旅の疲れを癒すのにソファで寝かすワケにもいかない。というか人としてのサイズ的にもシズさんはどう見てもソファからはみ出す。
好きな人をこんなところで寝かせて置けるか……!こればかりはニファの譲れないところだった。
その為、「大丈夫だから!」とか言ってその手をぐいって引いて、私からベッドにシズさんを連れ込むみたいになったけれど、それはもう、気にしないことにした。恥ずかしい女と思わないでほしい、忘れろ、忘れてください、お願いなので。
ぼふんと2人で布団に転がって数秒。シズさんはしばらく、アルト──私の兄であり、シズさんの友達である──に怒られるちまうとか、これあいつに言うと大変だから言うなよとか、他の人にやるなよコレ頼むから、とモニョモニョとしていたが、手を掴んだままじぃっと圧をかけるニファに観念したのかベッドで休むことを了承してくれた。
了承してくれたのは、いいんだけども。
呼吸の一つの音まで耳に届く、布団からじんわり伝わる隣からの熱に意識をしてしまう。
ちょこんと布団から顔を出せばいつも頼りになる背中が、いつもは少し遠い頭が近くにある。
そう「そっか、こんな近いところで寝ることになるのかー、そうすると、こんなに攻撃力高いんだー」とは数分前の私は思い至らなかったのだ。
遠くで夜の鳥がホゥホゥと鳴く真夜中になろうというのに、私ときたら。
ね、寝れない…!寝れるはずがなかったのである。
頭、手が届きそう。髪がちょっとはねてて可愛い。背中広いなぁ、くっつきたい。
そんな欲がポロポロと転がり出てしまうので本当にダメである。
そう、私たちはただのパーティメンバーである。
シズさんにとっては友達の妹の私。そして、私にとっては兄の友達であるシズさん。
それだけの関係でしかない。
──ただ、私がそんなシズさんに、どうしようもなく惹かれてしまっている、それだけなのだ。
えーと、その。私こそソファで寝る必要があったんじゃないかな……?
やがて、連れ込んだくせに、そんなドキドキ特等席から逃げ出したくなってしまう。
隣からの整った寝息に、体温に、変な気を起こす前に。撤退は敗北ではない戦略の一手でもあるのだ。
そろり。
もう無理だよと、毛布から戦略的撤退をしようと動いたニファの体が、囚われたようにピンと止まる。
さっきまではなかった、なかったはずのカチリとした温もりが、ニファの左手にしっかりと離さないとばかりに、まとわりついていた。
ニファはその危機的状況に頭が急回転する。
え、あ!?シズさん、これは寝ぼけてますね──!?
そう、それはシズの右手だった。
シズは低血圧なのか、寝起きの時はスイッチが入るまでが長いのだ。勿論野営などでは気を張るからそのようなことはあまりないのだが、宿で休んでの翌朝は寝癖があったり、どこかぽやぽやとしていたり、まだ寝たいと寄りかかってくるような、そんな可愛い姿を目撃することもしばしばであった。
きっとこれはその延長だ。絶対寝ぼけている。そして、可愛い。可愛いけど、それにしては同じくらい恋する乙女には凶悪だった。
それはどこか私の存在を確認するように、大きな手のひらの中で味わうように、ニファの指をにぎにぎと刺激した。
跳ねそうになる肩を堪えるニファのことを何も考えてくれないその指は、やがて収まりが良いとばかりにじわりと指同士で絡まっていく。シズの長い指の一つ一つが、何もできずにいるニファの指を撫でなるように絡んでは水かきを覆うようにして落ち着くのを、ニファは真っ白な頭で何もできずにいることしかできない。
もう、詰みであった。
あったかい、くすぐったい、嬉しい、きもちい、ドキドキする、たすけて。
キャパシティ・オーバーのニファはやがて、意識を飛ばすようにして眠りに落ちた。