なあ義妹よ、俺の下着を知らないか?
「あれ……? また下着が無くなってる」
俺はタンスをまさぐりながらそう呟いた。
いつも義妹のコハクがタンスに仕舞っていてくれているはずなんだけど。
定位置にあるはずの下着が一枚、無くなっているのだ。
「どこ行ったんだろうな? 最近、下着がちょくちょく無くなるんだよなぁ」
考えても仕方がないので、リビングでテレビを見ていたコハクに尋ねてみる。
「なあ、コハク。俺の下着を知らないか?」
「いえ……知りません」
コハクはテレビから視線を逸らさずに言った。
「そうかぁ……知らないか。下着がないと困るんだよなぁ、ノーパンになっちまう」
「でも新しいやつを買えばいいのではないでしょうか?」
「そうなんだけどさぁ、それもそれで面倒だしお金がもったいないじゃん」
言うと、彼女はこちらを見てきて、呆れたようにため息をついた。
「はあ……どうせ部屋は散らかっているのでしょう? 整理してみたらどうです?」
「えー、それは面倒だしやめておくよ」
そしてコハクは再びテレビに視線を戻した。
もうこれ以上いうことはありませんって感じだ。
俺は彼女は何も知らないんだろうと思って、頭を掻きながら階段を上がる。
うちは二階建ての一軒家だ。
しかし両親は今、海外出張中で日本にすらいない。
だからこうして二人で家事をしながら過ごしているのだが。
洗濯が彼女の担当で、料理が俺の担当だった。
二階にあるコハクの部屋を通り過ぎて俺は自分の部屋に入る。
ちなみにかなり前からコハクの部屋には『立ち入り禁止』の張り紙が張られていた。
「うーん、やっぱりないな」
部屋中を探してみたが、やっぱり下着はなかった。
あの下着、結構着やすくてお気に入りだったんだけどな。
「……これは事件の香りがする。ちょっと捜査してみるか」
そして俺は下着泥棒の犯人を捜すべく、捜査に乗り込むのだった。
***
まずは張り込みだ。
下着泥棒が現れるとしたら、間違いなく洗濯物を干しているときだ。
俺の下着なんか欲しがる人がいるとは思えないが。
でも間違えて俺の下着を盗んでいる可能性も多少はあるだろう。
コハクが洗濯物を干しているところを眺める。
うん、まだあるな。
それから彼女は鼻歌を歌いながらベランダから戻ってきて、リビングに下りていった。
俺はそれからも隠れて張り込みを続けていく。
しかし数時間たっても一向に犯人は現れなかった。
コハクが二階に上がってきて、再びベランダに出る。
また鼻歌を歌いながら洗濯物を取り入れている。
まだある。
そして洗濯籠に入れてリビングに下りると、テレビを見ながら畳み始めた。
「ふんふふ~ん」
まだあるな。
そして全ての洗濯物を畳み終わると、俺と自分ので分け始めた。
彼女はその二つの洗濯物たちを抱えると、二階に上がってタンスに入れる。
俺は少し時間をおいて二階に上がると、自分の部屋のタンスを確認した。
「……ない」
いつの間に……。
しかし義妹が盗んだとは思えないし、本当にどこへ行ってしまったのだろう。
もしかして相手は超能力者なのではないだろうか。
それから数日間にわたる張り込みも空しく、俺は犯人を見つけられなかったのだった。
***
幼馴染の桜井ハルカが家に遊びに来た。
俺の部屋でダラダラと漫画を読んでいたので、ちょっと知恵を借りようと口を開いた。
「なあ、最近俺の下着が無くなるんだが、どこに行ったか推理の手伝いをしてくれないか?」
「えー、嫌よ面倒くさい。どうせそこら辺の下に入り込んでるんでしょ?」
「それはないと思うけどなぁ……。もう五枚も無くなってるんだぜ。おかしいだろ」
言うと彼女はやれやれとベッドから起き上がる。
「はあ……。それで? 張り込みとかはしてみたわけ?」
尋ねられたから、俺は昨日までの成果を事細かに話す。
すると彼女は少し考えるように顎に指をあてた後、こう聞いてきた。
「最近、コハクちゃんの部屋に入った?」
「いや? 入ってないけど。てか『立ち入り禁止』の張り紙見ただろ」
俺の言葉に頭を抱え始めるハルカ。
なんだというのか。
「あなたって、かなり――いえ、凄く鈍感よね」
「何がさ。どういう意味だよ」
「そのままの意味よ。少し考えれば分かるでしょうに」
「いや、分からんから困ってるんじゃないか」
言うと彼女は処置ナシと言った感じで首を振ってベッドに再び寝転んだ。
なんだというのだ、全く。
「もうこの話はお終いよ。それよりもこの続きを貸してちょうだい」
どうやら彼女は深掘りするつもりはないらしく、漫画をせがんできた。
俺は仕方なくこの話をやめると、一緒に漫画を読むのだった。
***
それから二週間が経った。
新しい下着を買い入れると、その二日後に一枚無くなる。
だからまた新しい下着を買い入れる。
するとその二日後に、また下着が無くなるのだ。
「……どうしろというのだ」
俺は部屋で思わず頭を抱えていた。
何回かさらに張り込みをしていたが、やっぱりタンスに入れるときに無くなる。
俺は再びコハクに聞いてみるべく、リビングに下りていく。
「なあ、コハク。やっぱり俺の下着を知らないか?」
やはり彼女は素っ気なくテレビを眺めながら言った。
「知るわけないですよ。私はちゃんとタンスに入れてますから」
「そうだよなぁ……。うーん、マジで分からん。難解過ぎるぞ、この事件は」
「そろそろ捜査は止めたらどうですか? 面倒でしょう?」
「ここまで来たらやっぱり犯人は知りたいからな。もう少し粘ってみる」
言うとコハクにため息を吐かれてしまった。
「あ、そうそう。父も母もさらに二か月出張が伸びたってさ」
ついでにそう言うと、彼女はチラリとこちらを見て言った。
「……そうですか。分かりました」
俺の言葉がそれだけだと分かると、彼女の視線は再びテレビに移った。
もう話すこともないなと思って、俺は自室に戻るのだった。
***
さらに一週間が経ったが、やはり下着の居場所は分からなかった。
だから俺は更なるアクションを起こすことにした。
「なあ、コハク。これからは週の半分、俺が洗濯するよ」
「……え? いや、いいですよ、全部私がやるので」
俺の言葉に固まってしまったコハクは、何故か絞り出すように言った。
何か不都合でもあるのだろうか?
いや、料理を半分任されるのが嫌なだけだろうな。
「料理は全部俺がやるからいいよ。それよりも犯人探しをしたいんだ」
「……はあ、分かりました。そこまで言うなら仕方がありません」
彼女はどこか悲しそうだったが、ともかくこれで犯人が分かるに違いない。
そして俺は週の半分の洗濯をすることになった。
それからパタリと下着が無くなることはなくなった。
……いったい何だったんだ。
もしかして……義妹が何かしていたのだろうか?
よく分からんが、ともかく消えることがなくなったのはいいことだ。
それから二週間は平穏な時間が過ぎていくのだったが――。
ある日の昼下がり、コハクがパタパタとリビングに下りてきてこう尋ねるのだった。
「ねえ、兄さん。私の下着が最近無くなるんだけど、知りませんか?」
「いや、知らないけど。やっぱりこの家、呪われてるんじゃないか?」