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花鳥風月の神様  作者: るち
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月乃神社11

 「どうしよう。からかわれているわけじゃないよね?」夕餉を取り終え、海夕も風呂に入り汗を流し終えた。そろそろ弟子たちは就寝時間になる。「もう大木のところに行ったほうがいいのだろうか。」かなり迷ったが、海夕は自分の気持ちに踏ん切りをつけるため大木の元へと向かった。


大木の枝葉は立派で、辺りは余計に深淵(しんえん)の闇に包まれていた。神社の周りの松明(たいまつ)でかろうじて足元が見える。


 海夕はこんなところまで来たのは初めてだった。ツウトはまだ来ていないらしい。空高くそびえる大木を見上げる。木の枝の間からは美しい夜空と月が見えていた。


 「そうか。今夜は満月なんだ。」しばらく月を眺めていると首元になにかがあたった。海夕はなんだろうと不思議に思い首に手を触れた。「え?」触った途端に海夕は理解した。それは手の平ほどの大きさの蛾だった。


「いやっ!!」


虫が苦手な海夕はパニックになり、自分の足元を確認せずに大木の大きな根に足をとられ(つまづ)いた。後ろに倒れると思った瞬間、背中を固いものに支えられた。神社で使う(こう)がほのかに香る。


「鈍くさいな、本当に。」


「ツウトっ!」


海夕の体はツウトの腕に支えられていた。華奢な海夕の体は今やすっぽりツウトの体に納まってしまっている。


「蛾が!すごく大きな蛾がいて!!」


顔を真っ赤にして話す海夕は今が夜でよかったと思っていた。


「ああ、それ寿蛾(ことぶきが)だよ。すごく縁起がいい蛾なんだ。」


「え?本当に?」


「羽を広げたときの模様が亀の甲羅のようなんだ。長寿の象徴だろ。この神社のまわりでしか見られない。珍しい蛾なんだ。手の平ぐらいの大きさだったろ?」


ツウトが大きな手のひらを海夕に見せた。なぜかそうしないといけないと思い、海夕はツウトの手に自分の手の平を合わせた。


「ほんと、大きい...。」


ツウトの手は指が長くとても大きい。それは重ねた海夕の手をすっぽりと隠してしまうほど。ツウトはそのまま指を折り海夕の手を握った。


「ちょっと歩くけど?」


「うん。」


 海夕は不思議な感覚に陥っていた。手をつないだだけで何故か気持ちがふわふわし、心が満たされて気持ちがよかった。「この感覚はいったいなに?」自問自答している間に神社からそんなに離れていない小さな丘の上に着いた。ここからは神社の(あか)りがよく見える。


 大木のそばとは異なり月明りを遮るものはない。お互いの姿もうっすらと確認できるくらいだ。大きな満月の光がツウトと海夕を優しく照らしていた。

二人は草むらの上に腰を下ろした。手はまだつないだままで。


「嫌なことがあるとよくここにきたんだ。なぜかあの大木を見ると心が穏やかになる。」


 大木をまっすぐに見つめるツウトの横顔は神聖な感じがし、海夕は見とれていた。今は二人きりでだれも邪魔者はいない。忙しいツウトが自分のためにわざわざ時間を作ってくれたことに今さらながらに気付いた海夕は胸がドキドキとしていた。


「わたしも今日初めてじっくりとあの大木を見たの。すごく立派な木だね。」


 ツウトは海夕に視線を移し優しく微笑みこくりと頷いた。そしてそのまままた視線を大木にむける。しばらく沈黙の時間が流れた。どうしようかと海夕が思った瞬間、ツウトが息を吸い込むのがわかった。


「あのさ...。今度...、昼間に少し抜け出さない?とても素敵な場所を見つけたんだ。海夕も気に入ると思う。」


「そうなの?」


思いがけないツウトからの誘いに海夕の胸は高鳴った。俯き胸の鼓動を感じていると、ツウトとがじっと海夕を見、その視線に気付くのを待っていた。


「ツウト?」


海夕はツウトの視線に気付き、彼を正視した。するとツウトは瞼を閉じ、意を決したように瞼を開いた。ツウトの眼差しは真剣なものだった。


「海夕...。俺、お前が好きだ。」


自分にも言い聞かせるようにツウトは一言ずつはっきりと言った。海夕の反応が鈍いため、ツウトはずっと気にかかっていたことを尋ねた。


「海夕は...。飛源のことが好きなのか?」


海夕と飛源はしょっちゅう一緒にいる。飛源は海夕に気があるに違いない。もし海夕もそうなら...。


「え?」


海夕は目を丸くして驚いていた。ツウトは彼女の返事を緊張の面持ちで待つ。二人が両想いなら...。あきらめるしかない。


「そんなこと、あるわけないでしょ。わたしはずっと...。」


海夕が顔を下にむけしどろもどろに答える。


「ずっと?」


「なんと言おうとしているんだ?」先を促すが聞くのが怖い。ツウトは生まれて初めて経験する気持ちに心臓が口から飛び出しそうだった。


「私はずっと...ずっとツウトが好きだった。」


海夕は俯いたままやっと聞き取れるぐらいの声で答えた。彼女の返事を聞き、ツウトは顔を空にあげた。そして「やった!」と拳を握りしめ小さく呟いた。


「海夕、ありがとう。」


ツウトは海夕とつないだ手をもう片方の手で包み込んだ。


「ツウト...。」


 ツウトは海夕への気持ちを自覚してからずっと落ち着かなかった。海夕は自分のことをどう思っているのか?飛源との仲は?妃奈里とのことを誤解していないか?などなど。


 海夕といると素の自分でいられる。彼女の女性らしい華奢な体も、サラサラの髪も、笑ったときに華やかになる笑顔も。全てが愛おしかった。もう我慢しなくていい。

嬉しさのあまり、ツウトはそっと海夕の頬に触れた。暗闇でよく見えないが、ツウトはいますぐそうしたかった。

ツウトは海夕が拒絶しないことを確認し、ゆっくりと自分の顔を彼女に近づけた。唇同士が軽く触れ、いいようのない幸せな気持ちになった。海夕もツウトを同じ気持ちだった。二人はそのまま遠慮がちにお互いを抱きしめた。瞼を閉じ今の気持ちを確かめ合う。


 海夕はそっと目を開ける。空には大きな満月が自分たちを見下ろしていた。月の神のために焚かれている神社のかぐわしい(こう)の香り。ツウトからは月の神の匂いがしていた。

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