月乃神社9
「やっと会えた。」
海夕はいつも昼前に神社で飼っている鶏に餌をやりに来る。しかしツウトに待ち伏せをされないように最近は時間をずらして餌をやりに来ていた。この時間、ツウト達は巫女の元で経を写す時間なのだ。いるはずのないツウトの姿を見て海夕は驚いていた。
「...。」
「今度はだんまり?」
「別に...。」
ツウトをほのかに思う海夕にとって、この間からこの神社に来ている妃奈里の存在は脅威だった。自分とはまるで正反対の妃奈里に完全に気後れしてしまっていた。
海夕は夕暮れには神社をあとにし自宅に帰るが、妃奈里は一日中神社にいる。その間暇さえあればツウトにまとわりついていると耳にした。
美しい妃奈里は自分に自信があるのだろう、とても積極的でそんな相手と海夕はツウトを奪い合う気持ちにはなれなかった。しかも妃奈里の家柄はよく力を持っていた。もし二人の婚姻が決まれば月乃神社は大きな後ろ盾を得ることになる。
それに一番の問題は、海夕は自分はツウトに女として見られていないと感じていることだ。ツウトにとって自分は友人の一人でしかない。ツウトと親しく話すようになってはいたが、二人の仲が進展することは一向になかったのだから。
妃奈里は海夕とは異なり凹凸のはっきりとした体で、男が好みそうな体だ。顔も海夕よりは派手だし美しいと思う。全てにおいて彼女より劣っていると思ってしまった海夕は、ツウトへの自分の気持ちを悟られるのが怖かった。そのため、ツウトのそばにいることがつらかったのだ。
「ふーん...。」
ツウトは海夕の言葉をまったく信じていないようで、軽く聞き流していた。そして今日こそは避け続けた理由を聞き出してやる、絶対に逃さないという思いを胸に、いたずらを思いついたような少年っぽい表情を受かべた。
海夕がそんなツウトの様子に気付き身構えた途端、ツウトが一歩ずつ海夕に近づいてきた。ツウトが一歩近づくにつれて海夕は一歩ずつ後ろへ下がった。まるで蛇に睨まれたカエル状態だ。何歩か下がったところで海夕は木に背中ががぶつかった。海夕は逃げ場を失ってしまった。
ツウトがすぐ目の前にいる。距離がとても近い。海夕は俯き自分の心臓が早鐘のように激しく鼓動しているのを感じた。足元に落ちた視線の先には貧相な自分の足と、男らしい立派な足があった。
ダッ!
ツウトが手を海夕の背後の木においたのだ。ちょうど海夕の頭より少し上にツウトの腕がある。二人の身長差はこの数か月でまた大きくなっていた。
「海夕?顔上げて。」
海夕は覚悟を決めて顔をあげた。すぐ目の前には整った美しい顔立ちのツウトがいた。どことなく巫女である黄花を思わせる顔立ち。でもどことなくやはり違う。
吸い込まれるような澄んだ黒い瞳、幅の広い二重瞼に長いまつ毛、形の良い高い鼻梁、艶のある黒髪。背丈はすらっと伸び年々男らしく変化する骨ばった体格。彼の存在自体が見る者を魅了した。娘たちがこぞってツウトを自分のものにしたいと思うのも無理はない。「どうしてこんな美しい人に恋なんてしてしまったんだろう。」海夕は途端に悲しくなった。「今この人の瞳にわたしはどんなふうにうつっているの?」きっと地味でさえない自分が映っているんだろうと思うと海夕はやりきれなかった。
「海夕、なんて顔してんだ。ふふっ。」
ツウトが微笑んだ。海夕は自分が思ったことが間違いではなかったと思い、そんなつもりはなかったが涙が一筋頬を流れた。
「海夕。なにかあったのか?俺、聞くから。」
ツウトは海夕の頬にながれる涙を指でそっと拭う。ツウトは海夕の涙がまさか自分が原因だとは全く思っていない。
「ほら、元気が出るまじない。」
そういってツウトはそのまま涙の痕に口づけをした。
ツウトの唇が海夕の頬から離れた。海夕は驚き目をまるくしていた。ツウトの目はじっと海夕をみている。それはとても温かい目だ。ツウトは海夕の涙を見て本当に心から心配し、元気つけようとしている。そんなツウトの優しさに触れ、海夕は驚きと愛しさでツウトから視線を逸らすことができなかった。二人とも無言で見つめあう。息がかかるほどの距離で今にも唇が触れ合いそうだ。
「ツウトー!いるかぁ?そろそろ戻らないとやばいぞーっ!!」
写経を抜け出したツウトを探しに来たのか出の声がした。二人は咄嗟にぱっと離れた。
「じゃ、俺行くわ。もう避けんなよ。あと、めそめそもなしだ。」
先ほどまでの行為の照れ隠しかツウトはいつも通りの感じで言い放った。
「してないもん!」
「ははっ、またな。」
そう言ってツウトは出の声がした方に行ってしまった。その場に一人取り残された海夕は膝の力が抜け、ずるずると崩れおち地面に尻もちをついた。
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