月乃神社8
「最近集中していませんね。経も間違いが多い。なにか心配事ごとでも?」
私とツウトは座禅を組み、むかい合い話し合っていた。
「いえ、別に。なにもありません。」
私の目をまっすぐに見て答えるツウト。しかし一瞬目を横にそらした。彼が嘘をつく時の癖だ。妃奈里は相変わらずツウトに付きまとっている。「そろそろ限界がきたのかしら?」私はそう思いツウトに妃奈里のことを尋ねてみることにした。
「あの...。」
私が口を開くよりも先にツウトが口を開いた。
「なにかしら?」
「巫女様はこの辺りには詳しいんですよね?この神社で過ごしていますがこの辺りのことは俺はなにも知りません。その...。秘境というか...。驚くような場所はあるのでしょうか?」
なるほど、誰かを連れて行きたいのね。ちょうどいいのかもしれない。私はそう思いさっと立ち上がった。
「では少し歩きましょうか。」
「えっ、あ、はい!」
ツウトはさっと立ち上がり私のあとに続いた。
あの時と全く変わらない。十数年ぶりに黄色の花々が咲き誇る池に続く山の中に足を踏み入れた。この山の奥までは濁龍の被害を受けなかった。ツクヨミが守ってくれたのだ。
目の前には記憶に残っているままの景色が広がる。キラキラと太陽の光を受けて光り輝く澄んだ池。周りにはあの当時と変わらず美しい黄色い花が咲き乱れていた。
「お前のような花だ。美しい黄色」
愛する人の声が耳に響く。
「すごい!こんなところがあるなんて。巫女様!」
「巫女様!?どうされたのですか?」
私はやはり泣いてしまった。頬に涙が一筋流れた。私の涙を見てツウトが動揺している。
「なんでもないのよ。ただ、昔を思い出して。」
微笑みながらツウトの顔を見る。彼の目線は高い。私よりずいぶんと背が高くなった。どうしようと困った顔をしているツウトはかわいらしい。
ツクヨミのこんな表情は見られなかった。いつも達観していて全てにおいて落ち着いていた。最後の時でさえ悲しみを堪え笑顔を見せていた。「早く逢いたい...。あなたがいなくなって私は寂しくてたまらない。」
「巫女様っ。」
「うっ...。」
胸が激しく痛み始めた。私に残された時間はあとわずかなのだと思い知らされる。私は胸を押さえその場にしゃがみ込んだ。心配し、かけよるツウトに声をかける。
「神社へ...。連れて帰って。ツキシト...。」
私はそのまま意識を失った。
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巫女が倒れてから数日が経っていた。幸い望和が隣村にいたため、大事には至らなかった。次にまた発作が起こらないように無理をしてはいけないとのことだった。ツウトは自分が巫女に無理をさせてしまったのではと気に病んでいた。こんな時、誰かと話がしたかったがツウトの周りにはそんな話ができる相手が誰もいない。気付くとツウトは海夕のいる薬膳室の作業場に来ていた。すると楽しそうな海夕の声がする。
「そんなに力をいれてはだめよ。少し実を残している方がいいの。そう、そんな感じ。」
「難しいな。簡単そうに見えるのに。」
飛源が海夕の手ほどきを受けながら薬草を煎じているようだ。作業台の前で器を挟んで隣に腰をかけ、一緒に作業をしている二人はとてもいい雰囲気だ。海夕が器を支え、飛源がかき混ぜる。とても近い距離で。
ツウトの目には先程から飛源が海夕の顔をチラチラと見ているような気がした。すると海夕もようやく飛源の視線に気付いたようだ。
「なに?」
飛源が海夕の顔にかかるサラ髪に手を触れた。
「君はかわいい。接吻してもいい?」
「ああっ、痛いっ!海夕、腹がすごく痛いんだ!薬をくれ。」
ツウトは咄嗟に口から出まかせを言い、まるで今ここに来たばかりというように腹が痛いと海夕に薬をせがんだ。飛源と海夕はぱっと離れた。飛源はいいところを邪魔をされ、ツウトに恨みのこもった一瞥むけ「俺はこれで。」と言って去って行った。
「なにかよくないものでも食べた?それとも食べ過ぎ?」
「痛くて...。」
ツウトはこのどさくさに紛れて海夕のそばに腰を下ろし、彼女の膝に頭を乗せた。海夕の太ももはとても柔らかくツウトはずっとこうしていたい気分になった。
「ちょっとっ!」
いきなりのツウトの行動に海夕は驚き慌てふためいたが、病人だから仕方がないというふうにじっとしていた。しばらくするととても遠慮がちにツウトの頭を撫で始めた。それはとても心地よくツウトは知らぬ間に眠ってしまっていた。
目を覚ますとツウトは薬膳室の寝台の上に横に寝かせられていた。
「こんなとこでおさぼりかい?例の彼女から逃げてるの?」
薬膳室を管理している年配の女性がツウトに声をかけた。
「はぁ?」
ツウトは起き上がり海夕の姿を探すが見当たらない。
「ほら、これ。腹に効く薬だよ。いい男なんだから腹にため込まずに女に発散してもらいな。」
彼女はなにか勘違いしているようでクスクスと笑いながらツウトを薬膳室から追い出した。
そしてそれから...。ツウトは海夕から避けられるようになった。いるべき時間にいるべき場所に海夕に会いに行っても彼女はいなかった。妃奈里の目を盗み限られた時間で動くことに無理があったツウトは、海夕に避けられる理由がわからず彼女に腹を立て始めた。
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