隠事5
追手の手から逃れるため、人が通らないような場所を選んでの帰路はきついものだった。体は汚れ、体力も限界をむかえそうだ。来るときには感じなかったが、わたしはかなり長い距離を移動していたようで、なかなか村にたどり着けなかった。獣に襲われないよう木の洞に隠れ眠る。木々の実を食べたり時には小動物を捕まえて腹に収める。みじめな日々が続いたがすべては愛するツクヨミ様のため、あの人がわたしを待っていると思いひたすら耐え忍んだ。どれくらいそういう生活を続けていたのか、時間の感覚がなくなりかけたときようやく隣村まで辿り着くことができた。そのころには弱い雨が降り続いていた。この時期にこの辺りで雨が降るなんて珍しいことだ。わたしはここで顔見知りの人の家でしばらく世話になることにした。
「あんた、どうしたの、こんなに薄汚れて。えらくやつれたんじゃない?」
「ちょっとね。しばらくやっかいになっていい?」
「構わないけど。最近雨が続いてみんな気が立っているからね。」
「やぁね、雨って。」
「あんたしばらく見ないから男と駆け落ちしたって噂ながれてるよ?そうだったの?」
「やだ、やめてよ。好きな人なら村にいるよ。その人のためにだいじなことをしてきたの。」
「あらそう。そいつ、男冥利につきるねぇ。」
雨が止んだら村にむかおうと思っていたが、何日経っても雨は一向に止む気配がなかった。この村に住むみんなの様子も次第に変わってきた。ずっと降り続ける雨のせいで川の水量が増え、この辺りはそろそろやばいのではないかという声がでてきた。
わたしはすっかり体力も回復したので早くツクヨミ様の元に帰りたかった。わたしは避難し始める人たちを見て、逃げるのならツクヨミ様と一緒がいいと思い、村に帰る準備を始めた。老人の言ったように花を奪い、わたしのやるべきことは終わった。だから今頃ツクヨミ様が黄花を振ってわたしのことを待っているに違いなかった。早く彼の元に行きたかったがやはり女心で好きな人の前には綺麗な姿で会いたかった。そのためここで養生していたが、そうも言っていられないようだ。
「ありがとう。わたし、村に帰るわ。」
「あんたの村の近くは大川があるだろ?大丈夫なの?あの川の氾濫に巻き込まれるのならあんたの村が最初だよ!」
「でも、男が待っているから。」
「そう、気をつけて行くんだよ。」
わたしは急ぎ自分の村に戻った。さっきの話を聞いたせいか妙な胸騒ぎがした。気持ちが流行る。早く村に戻りたいが、数日間続いている雨のせいで足場が悪い。わたしは自分の村に着くまでまた数日間を要した。ようやく村にたどり着いた時には村はひどい有様だった。でも大川は色は濁っていたがわたしが知っている普段の様子と変わらなかった。河原に立ち、川の様子を確認する。わたしは何故みんなが大川のことを心配していたのか不思議に思った。
その時ふと嫌な感じがして後ろを振り返ると、あの老人が立っていた。彼の目は血走り、口からは泡が吹いている。尋常じゃない様子にわたしは駆け出していた。
ツクヨミ様に会いたい、はやく社に行かなければ。苦労してやっと両想いになれた。そう思いながら社のそばまできてわたしは茫然とした。彼の月の社は跡形もなくなくなっていた。そこにはツクヨミ様が毎夜舞っていた大きな木があるだけだった。
「ツクヨミ様?」
愛しい人を探しても彼の気配は感じなかった。
「ツクヨミ様っ!」
声に出して叫んだ。わたしの声に反応したのか、目の前の泥にキラリと輝くものが目に入る。それはツクヨミ様が毎夜手にしていた光輝く剣だった。泥にまみれた剣を持ち上げると主を失った剣は虚しい輝きを放つだけだった。
「ようもやってくれよった。」
振り返るとそこにはあの老人がいた。彼はわたしの後をつけてきたようだ。
「ツクヨミ様は?」
なにか知っていそうな老人にわたしは尋ねた。
「やつが力が弱まるよう呪いをかけてやったのにまさか一人で濁龍を鎮めるとは。よりにもよってカナウの一番弟子か。イロハ様復活が水の泡に帰してしまった!」
「なに言ってるの?濁流?ツクヨミ様はどこなの?わたしのものになるんでしょう?」
「ばかな女だ。ぬしがツクヨミに与えた粉はやつの力を一時的に弱めるものだ。ぬしの心は醜い。現人神は醜い心に弱いのだ。ぬしの醜い思いが強ければ強いほどやつの力を弱める術の効力は強力になる。それは褒めてやる。おかげで運よく濁龍が誕生したというのに。効力がこの時に切れるとは!」
老人の言い方からして自分の策が失敗に終わったからか、今はなりふり構わずわたしに全てをさらけ出しているようだった。
「濁流ってなによ?」
「濁った龍と書く。この地に災いを巻き起こす存在だ。ぬしが奪った蓮の花は濁龍となるべくものの卵が宿っていた。」
「えっ?」
「ぬしのせいでツクヨミは力を失い、ぬしのせいで誕生した濁龍を鎮めるためにやつは消滅したのだ。」
「消滅?ツクヨミ様が?わたしのせいで...嘘!」
「なぜ嘘をつく必要がある?われはその昔天上に上がる闘いでカナウによって敗北したイロハ様の信者だ。カナウはイロハ様を封印し甦らぬように花鳥風月の強力な守りの陣をかけた。数百年待ち続けたほころびがやっと訪れたと思ったら、ぬしのようなやつのせいで失敗したのだ。」
「どうしてわたしのせいなのよっ、わたしはツクヨミ様を...。」
「ツクヨミのような男がぬしを相手にするかっ。まだ他の神に思いを寄せればなんとかなったものを。よりによって浄化の神とは!」
よくわからなかったが老人は自分の失敗を全てわたしのせいにしたいようだった。そしてわたしはまんまとこの老人に利用されてしまったようだ。結果、わたしは自分の手で愛する人を死に追いやった。こんなことなら素直に彼に気持ちを伝えておけばよかった。そうしたらきっとこんなことには...。今まで経験したことない怒り、悲しみがこみ上げた。目の前にいる老人に対し強い殺意が芽生える。わたしは手にしたままのツクヨミ様の剣を持ち上げ思い切りの力で老人に切りつけた。老人はわたしの行動が予測できなかったらしくよけきれずに深手を負った。
「この売女がっ!」
老人も最後の力を振り絞りわたしになにか術をかけたのかわたしの胸から鮮血が飛び散った。痛いっ。「いやぁ、こんなやつの手で死にたくない!」わたしは手にしたままのツクヨミ様の剣を残りの力を振り絞って自分の胸に深く刺した。せめてあなたの剣で死にたい。
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