隠事4
わたしは自分がこれからなにをしなければいけないか知っている。そう、これをすればツクヨミ様がわたしのものになる。あの老人が言っていた。イロハ様が全ていいようにしてくれると。
たどり着いた場所は自然にできた岩肌を住居として利用しているような場所だった。外には何人か人がいて、彼らの視線は侵入者を寄せ付けまいと鋭く光っていた。それだけで大切なものが確かにこの場にあるのだということが分かった。その様子から簡単には忍び込めそうにない。でもあの中にわたしが取ってこなければいけないものがある。あれをとってこればツクヨミ様が喜ぶと老人が言っていた。しかし、どうやって忍び込めばいいのか。
目の前の茂みには赤い実が成っていた。それはかわいらしい実でとても美味しそうに見えるが、人が食べるものではなかった。昔幼い黄花がこれを食べて大変だった。あの時は桃花と一緒に一生懸命介抱してやったのに。わたしのツクヨミ様を取りやがって。目の前の赤い実を握りつぶす。わたしはツクヨミ様のためなら命をかけられる。手にした赤い実を口の中いっぱいにほうばった。
「たす...けて。」
赤い実を食べたわたしはひどい腹痛で死ぬような苦しみを味わった。薄れゆく意識の中で岩肌の傍にいる人たちに助けを求める。彼らはわたしを心配し、介抱するために岩肌の中にわたしを招き入れた。三日ほどたち、わたしは命からがら彼らの住居の中で目を覚ました。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
わたしの顔を幼い女の子が覗いた。とてもかわいい子だ。年はまだ幼く8歳くらいだろうか。わたしが起き上がろうとするとその子が止めた。
「まだ起きちゃだめ。ちょっと待って。先生連れてくるから。」
その子と一緒に来たのは中年の白髪交じりの小太りの男だった。こういうことに詳しいのか男はわたしの様子を観察し話し始めた。
「もう大丈夫だろう。美味しそうに見えるけど、あの実は食べちゃだめだよ。危ないところだった。」
「はい、ありがとうございます。」
「君、この辺の者じゃないね?」
「道に迷ってしまって。」
「ま、もうしばらくはここで養生して、元気になったら元居た場所へ帰るといいよ。」
医者はわたしに優しく言った。
「お姉ちゃん名前は?わたしは紫葵。」
人懐っこい子だ。なんだか黄花に雰囲気が似ていてわたしは戸惑った。
「憂那よ。」
数日おとなしくしていると、医者の薬が効いたのかわたしはもとのように体を動かせるまでに回復した。あの医者はかなり有能らしい。ここにいる者たちにも一目置かれているようだ。紫葵もわたしによく懐き、あの医者もわたしによくしてくれた。ここの生活は意外と心地よかった。男たちも優しく、わたしは仕事を手伝いながらこのままここにいようかと思い始めていた。
今日は紫葵と一緒に花畑に薬草を取りに行く約束をしていた。いつもせわしなくいろんな場所に出没する紫葵を探す。わたしは偶然男たちが数人輪になり話しているのを聞いてしまった。
「あいつがもう少し早く生まれていたらなぁ。」
「なに言ってんだ。もう少しじゃ全然無理だ。」
「数日前からからうちに身をよせてる女がいるだろ?」
「あれか?あれはなぁ、体は良さそうだけど顔がな。」
「おいおい、おまえが言うなよ。体だけでもいいんでないの?」
「やめとけ、ああゆうのに限って体の関係もったら付きまとわれるぞ。」
「たしかにな。紫葵が年頃になるのにもう五年はかかるな。」
「馬鹿言えっ、八年ぐらいだろ。同い年のやつらも狙ってくるからな。望なしだ。」
わたしは男たちの話を聞いて自分のやるべきことを思い出した。ここにいてもいいかもなどと馬鹿なことを考えてしまった。人の男ではわたしを愛することはできない。あの人、ツクヨミ様しかわたしを愛せないのだから。あの人はわたしを優しく介抱し、おぶって家まで送ってくれた。黄花よりわたしが先に出会っていたら今頃はわたしと愛し合っていたはずなんだ。きちんと正さなければ。そんなわたしの思いが通じたのかその日、紫葵からいい話を聞いた。
「秘密の花?」
「そう。秘密だよ、絶対に。限られた数人しか知らないことだから。」
「紫葵はどうして知っているの?」
「先生がここの長と話しているのを聞いてしまったの。お姉ちゃん一緒に今度見に行こう?だから、ずっとここにいてね。」
ここの長は遠目でちらっとみたことあがある。わたしなんかが近づけるような相手ではない。医者はやはりここでは重要な役職についているんだ。秘密の花。その響きにわたしのなにかが反応する。それがわたしが取ってくるものだ。
「わかった。絶対に誰にも言わない。それ、どこにあるの?」
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わたしは紫葵から聞いた秘密の場所にこっそり忍び込むために綿密に計画を立てた。まさか普通の女がその花を狙っているとは誰も思わなかったようだ。そんな花には全く興味がない素振りで献身的に医者の手伝いをし、彼の信頼を勝ち得た。彼が厳重に管理する秘密の花がある部屋に忍びこめるまでに。
もともと医者はわたしに気があったらしく、体を重ねたらペラペラと秘密を話し始めた。正確な場所、秘密の花がどんなものなのか、詳細を吐かせるまでには時間がかかってしまったけれど。
唯一の後悔は意に反して医者と肉体関係を持つことになってしまったことだ。中年の男の体は締まりがなく、体臭がきつく行為自体もひどかった。それに比べてツクヨミ様からはいい匂いしかしなかった。彼におぶってもらったときの感触を思い出す。まだ若くたくましいあの体に抱かれたい。綺麗な体でツクヨミ様に抱かれたかったが、目的のためには仕方がない。
しかし、この花にいったいなんの意味があるのか?わたしは手にした秘密の花とやらをまじまじと見た。他の花と特に変わったところはない。ただ異様に大きいだけだ。わたしはそのひと際大きい蕾のままの蓮の花を一輪手にあの老人がいる場所まで駆けていた。頭の中に老人の声が響く。
【よくやった。これでおまえの願いが叶う。ツクヨミはおまえを選び、夫となるだろう。全てはイロハ様が望みを叶えてくれる。急ぎそれを持って来るのだ。】
どれくらい走ったのか目の前に老人の姿を確認した。これでようやくツクヨミ様がわたしのものになる。そう思ったのも束の間、背後から追手たちの声がした。彼らの守りは厳重で、すぐに花がうばわれたことに気付いたようだ。女のわたしの足ではすぐに追いつかれてしまった。
「よこせっ。」
老人がわたしに近づき花をひったくった。
「やったぁ、やったぞ!」
老人はそう叫びそのままわたしを置いて足早にその場を立ち去った。わたしも追手に捕まるわけにはいかない。今こそツクヨミ様のそばにいなければ。わたしは女が避けそうな厳しい道をわざと選び、なんとか追手たちから逃げ延びた。ツクヨミ様の元に行くため急ぎ自分の村を目指し駆け出した。
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