隠事3
その夜、わたしは月の社に行くことにした。黄花はどうしているのかと念のために彼女の家に様子を見に行った。中からは黄花と桃花の話声が聞こえる。「昼間にひとしきりやり合って夜には帰ってくるわけね。」わたしだったら一晩中そばにいてあげるのに。祈りの舞をしている間だってそばを離れたりはしない。わたしは急ぎ月の社へと歩みを速めた。
まだ月が昇ったばかり。本当にあの男がいるのかと大木に近づいた。まだ誰もいない。あの老人に騙された?そんな思いが頭をよぎり帰ろうかと思いかけたとき、風の様子が変わった。
ふと大木を見上げるとそこには人がいた。あの男だ。彼は一人で一番高くて立派な枝の上に立ち、月を見上げていた。その横顔は清廉でずっと見ていたいと思わせるものだった。手には月の光を受けて白く輝く剣を携えていた。瞼を閉じ、しばらくすると男は祈りの舞を舞い始めた。彼が舞う度に剣がキラキラと輝き、その光は細かい光の粒となって空に舞い上がる。そしてこの辺り一面に光を散らしながら降り注いだ。それはまるで神の加護をこの地に与えているようだった。月の神の表情は晴れやかで美しかった。この世の喜びを他の全ての者たちにも与えようとしているかのように。
「彼の名はツクヨミだ。」老人の声が頭に響いた。胸にしまった薬包に手を当て祈る。「ツクヨミ様、わたしを愛して。ツクヨミ様はわたしのもの。」時間が経つのも忘れ、ツクヨミ様が祈り終わるまで見入ってしまった。朝陽が昇りかける寸前で祈りは終わり、気付くとツクヨミ様の姿は消えていた。
わたしはその日以降可能な限りツクヨミ様の祈りの舞を見に行った。老人が言ったように願をかけて。そうしていると、待ち望んでいた日がとうとうやってきた。黄花がツクヨミ様に手料理を作り始めた。祭りに使う餅を自分の想い人に渡すと言う。
「でもこれ、毒じゃないでしょうね?」
「それは願をかけた相手にしか効力がない。だから月の神にしか効かない。」
老人との話を反芻しながら、黄花が作ろうとしている餅に粉を素早く混ぜた。ありがたいことに粉は白く、餅の色と同じですぐに分からなくなった。あとはツクヨミ様がこれを口にするのを確認するだけ。案の定、黄花はさっさと作業を終わらせて月の社へと向かった。大木に着いた黄花を見ていると次の瞬間には背後にツクヨミ様が現れていた。ツクヨミ様の神がかった力を目にし、わたしはますます彼への愛情と畏敬の念を強くした。
「わたしが作ってみたの。ね?」
「うん、うまい。」
ツクヨミ様がついに餅を口に入れた!わたしの勝ちよ、黄花。しばらく二人の様子を伺う。しかしツクヨミ様からは変わった様子は見受けられなった。時間がかかるのだろうか。そうしているうちに二人が移動し始めた。わたしはあとをつけようか迷ったがツクヨミ様に異変が起きたときにはそばにいたい。少し遅れて二人のあとをつける。距離がひらいてしまったため、二人の姿が見当たらない。引き返そうかと思ったときにかすかに人の喘ぎ声が聞こえた。
そっと声のする方に近づくとまさに二人が半裸で愛し合っていた。美しい自然の景色の中、ありのままの姿で求め合う二人の仲に誰かが割って入る隙など無いように感じた。ツクヨミ様は本当に黄花を愛している。その最中でも黄花に優しく声をかけ労わる姿を目にすれば誰でもそう思うはず。黄花はこれ以上ない快感と幸せの表情をしている。女の顔だ。彼女の体は女の自分が嫉妬するほど美しかった。どうして今そうされているのがわたしでなく黄花なのか。敗北感で全てを手にしている黄花への憎しみが一層強くなる。わたしは見ていられず足早にその場から立ち去った。気付くといつの間にか初めてツクヨミ様と出会った場所に来ていた。我に返ると目の前にはあの老人がいた。
「ね、どういうことよ!あの薬効かないじゃないっ!」
老人に掴みかかり怒りを全てぶつけた。
「いや、よくやってくれた。今夜の祈りの舞を見るのが楽しみだ。これだけの思いならさぞ効力は強い。」
「どういうこと?」
「ぬしにはもう一つ大切な仕事を任せてあげよう。感謝するがいい。イロハ様のご意志に役立てるのだから。」
「え?イロハ?」
聞きなれない名前を聞き返した瞬間、老人からいきなり額を強い力で掴まれた。すごい力で身動きが取れないし声もでない。パニックに陥ったわたしの頭の中にこれからやらなければいけないことが示される。とても重要なことだ。ツクヨミ様とわたしのためにも。わたしはこれをやり遂げなければいけない。必ずやり遂げなければ。わたしの使命なのだから。
意識がはっきりとしたとき、老人の姿はそこにはなかった。わたしは今からやるべきことのために急ぎ目的の地にむかった。
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