黄花4
桃花ったらあんなこと言うから。本当にそんなことするの?わたしは桃花たちから聞いた男女の肉体関係について衝撃を受けていた。自分もいずれは経験することなのだろうか。わたしにとっては相手はツクヨミ様しかいなかった。ぐるぐると頭の中でよからぬ妄想をしてしまう。
「黄花、ぼぉっとしていたらまた転ぶぞ。」
声をかけられてはっと顔を上げるとツクヨミ様が既に木の下に来ていた。わたしはいつの間にか大木の下に着いてしまっていたようだ。心の準備をしたかったのに。
「ツ、ツクヨミ様。」
変に意識しすぎて声が裏返ってしまう。
「おまえは相変わらずおかしなやつだな。」
ツクヨミ様がそっとわたしに近づいてきた。
バタバタバタバタバタバタッ...
大木にとまっていたカラスたちが一斉に飛び出した。
「なにっ?」
木の上を見上げる。ふと横を見ると、わたしより視線の高い位置でツクヨミ様も上を見上げていた。長く伸びた首には男らしい喉仏がある。わたしより腰の位置が高くて、手も大きい。こんなこと今まで意識したことなかったのに。ツクヨミ様の外見は出会った時から変わっていない。まだ成長途中で時が止まったままだとしても、男女の区別がつくには十分な程度で成長が止まっている。変わったのはわたしの心。ツクヨミ様を男だと意識しすぎて頭が変になりそうだった。
「今日は無理っ。わたし、帰った方がいいかも。」そう思ってなにか用事を作って家に引き返すことをツクヨミ様に伝えようと思ったら、ツクヨミ様が話し始めた。
「黄花。今日はもうすぐ嵐が来る。だから鳥たちが飛び立ったんだ。もっと安全な場所へ避難するために。」
落ち着いた低い声。次の瞬間にはわたしに視線をうつし手を差し出してきた。
「少しだけ歩こう。おまえはすぐに転ぶから。」
手なんて今ままでに何度も繋いだのに。今日はすごく恥ずかしい。ゆっくりとツクヨミ様の手の平に自分の手を重ねる。わたしの手は彼の手にすっぽりと収まってしまった。
ツクヨミ様はわたしの手を繋いだまま大木の裏の山へと歩いていく。この山へ入るのは始めてだ。全く人を寄せ付けない山は神がかっていて全てが美しい色をしていた。十分ほどすると澄んだ池がある場所に出た。その周りには美しい黄色い花が咲き乱れていてとても綺麗。
「ほら、おまえのような花だ。美しい黄色。」
「え。」
今なんて言ったの?もう一度聞きたい。そんなわたしの気持ちに気付くことなく、ツクヨミ様は花を一輪手折り、ルーズに結ったわたしの髪にかんざしのように刺してくれた。
「よく似合う。」
「あ、ありがとう。」
穏やかな風が吹き、花の香が二人を包み混む。ツクヨミ様が笑っている。わたしの大好きな笑顔。今ってそうなんじゃないの?わたしはツクヨミ様と。ツクヨミ様とキスしたい。ツクヨミ様、しないの?わたしの心臓はドキドキと鼓動が速まっていた。しかしツクヨミ様がそれ以上わたしに触れることはなかった。
「行こうか。そろそろ戻らないと。」
ツクヨミ様はこれから来る嵐が気になっているのか空を見上げた。わたしは彼の意見に素直に従い、そのまま家に帰った。
「はぁあ...。」
「あんた何回ため息ついてるのよ?」
「え、そう?」
「無意識なの?やぁねぇ。こっちも滅入るからやめてよ。」
今日は豊作を祈る祭りの準備のため、村の女たちは総出で食事の用意をしていた。憂那と二人で作業をしているときに私は無意識にツクヨミ様のことを考えてしまっていた。
「例の男でしょ?相変わらずあんたに手、出してこないわけ?」
「そんなんじゃ...。」
「あんたぐらいの年頃から男は女とやりたくて仕方ないのよ。そいつ、あんたのこと本当に好きなの?」
「まじない花を渡して赤い花が咲いたもん。」とは言えなかった。ツクヨミ様は普通の人の男とは違う。年だってわたしと近いとは決して言えない。
押し黙ったまま作業をしていると憂那が言い過ぎたと思ったのかわたしの様子をうかがった。
「珍しいけどすごく奥手なのかもね。そういう時はあんたからいけばいいのよ。男からって決まっているわけじゃないんだし。」
「えっ!」
「あんたね、欲求不満なんでしょ。その男にあんたの欲求受け止めてもらいな。」
「ちょっとぉ。他人事だと思って。」
憂那はケラケラと笑った。
わたしがこんなにツクヨミ様のことを思っているのに、次にツクヨミ様に会いに行ったときに思いもしないことを言われた。
「もう、ここには来てはいけない。」
「どうして?」
こんなに仲良くなったのに。わたしがいけないことをしたのなら直すから、そんなこと言わないでほしい。
「ただ、俺たちは違うから。」
違う?どこが違うというの?神と人だから?ツクヨミ様はわたしと会えなくなっても平気なの?
「もう知らない。」
わたしはその場にいるのがつらすぎて急ぎツクヨミ様の元から立ち去った。
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