黄花2
社の中はひんやりとしていた。なんだか空気が澄んでいるように感じる。木の良い香りもするし、わたし達の家とは違い、広くて不思議な空間だった。あのこ、どこにいったのかな?ウサギを探しながらゆっくりと忍び足で歩いていく。一つ目の角を曲がろうと思ったら人影が見えた。
そこには月の神様がいた。彼はウサギを膝にのせている。あんなに人になつかなかったのに。
「すごい。抱きかかえれるなんて。」
気付くとわたしは月の神様に話しかけていた。
「ここがどこだか知っているのか?」
神様だけど彼からはそんな偉ぶった雰囲気は感じられなかった。
「あなた、ツクヨミさま?」
ウサギはツクヨミ様の膝で安心しきっているのか、わたしが撫でても逃げようとはしなかった。
「人と話すのは久しぶりだ。」
ツクヨミ様はとても優しい話し方をする。ツクヨミ様も寂しいのならわたしが話相手になってあげる。わたし達は独りぼっちで似たもの同士だから。わたしは感じたことをそのままツクヨミ様に伝えた。
「帰りなさい。」
さっきまでは優しかったのに急に冷たくなった。わたしはツクヨミ様のなにか気に障ることを言ってしまったんだろうか。ツクヨミ様から戻されたウサギはもうわたしの腕から逃げようとはしなかった。
ツクヨミ様にあんな風に言われたけれど、わたしは夜には相変わらず彼の舞を見にいった。こんな風に隠れて見ているのだけじゃつまらない。だって、ツクヨミ様と出会ってしまった。もっとたくさん話がしたくてわたしはツクヨミ様にもう一度会いに社に行くことにした。
「我らツクヨミ様は優秀なお方じゃ。」
「当然です。四人の現人神の中で一番神格性が強いのです。ツクヨミ様はただ一人のツクヨミ様。」
「そうでした。最初に決まりこの地に安定をもたらされた。」
今日は社の前にツクヨミ様をやけにべた褒めしているおかしな二人組がいた。年の頃は五歳ぐらい?
でもあの話し方からして中身はかなりの年よりだ。ツクヨミ様と似たような恰好をした二人の童は瓜二つの顔立ちをしていた。
彼らは神事に用いられる榊のようなものを持っている。彼らがそれ一振りすると、社の前の汚れが魔法にかかったように清められていた。
よくわからないが、あの二人組には姿を見られないほうがいいような気がして、わたしは違う方向から社に入り込むことにした。
広い社の中、この間初めてツクヨミ様と会った広間を目指す。
「こんにちは、ツクヨミ様。」
ツクヨミ様の姿を見つけ声をかける。ツクヨミ様はやっぱり少し機嫌が悪そう。お詫びの品を持ってきてよかった。わたしは蓮華の花で作った首飾りをツクヨミ様の首にかけた。振り向いたツクヨミ様は蓮華の首飾りがとても似合っていた。少し機嫌も直ったみたいだ。
「お前、名は?」
わたしとツクヨミ様はこの日をきっかけに仲良くなれた。わたしもツクヨミ様のそばなら自分を偽ることなくさらけ出すことができた。不思議な感覚だった。どうしてだろう?神様だから安心しているのだろうか。
瓜二つの顔をした二人の童はツクヨミ様の魂から作った神使だと教えられた。社の中では神使に見つかってしまうかもしれないので、裏の大木の下で会おうとツクヨミ様に提案された。大木の下は大きく伸びた枝葉の影で薄暗くひんやりとしていた。わたしが先に着いたと思っても、振り向くといつもツクヨミ様が背後にいた。そしてわたしの姿を確認すると優しく微笑む。二人で過ごす時間はとても心地よくてわたしはツクヨミ様にならなんでも話せた。
「黄花は俺が怖くないのか?」
怖くなんてない。とっても優しいし、姿かたちもわたしと同じ。
ツクヨミ様がわたしにどうやって現人神になったか経緯を話してくれた。とてもすごいことなんだけど、少し悲しいお話。一人じゃ寂しいと思っているのもわたしと同じなんだ。わたしが絶対に一人にしない。だからツクヨミ様もわたしを一人にしないで。
「大丈夫。一人じゃない。わたしがいるでしょ。」
気付けばツクヨミ様と仲良くなって二年が経とうとしていた。
わたしの周りの友達は恋の話をし始めた。今まで馬鹿なことを一緒にしてきた男子のことが急に素敵に見えだしたらしい。わたしには理解不能だった。だってわたしには他の男子とは比べものにならないぐらい素敵な人がそばにいるから。
みんながツクヨミ様を恐れていてよかった。きっとツクヨミ様の本当の姿や人柄を知ったら、女の子たちが社に押し寄せるに決まっている。わたしはツクヨミ様のことを自分にはかけがえのない人なのだと思い始めていた。
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