3
あの夢を見てから数日が経っていたけどそれ以来不思議な夢を見ることはなかった。そのせいでわたしの中であの夢は遠い記憶の一つとなっていた。
今日は久しぶりに祖父に会いに行く。ずっと具合が悪く入院していたけど、ようやく面会の許可がおりたから。大好きな祖父に会えることが嬉しくて早起きして出かける用意をしていた。
「ミコト、もう起きたの?出かけるまで時間があるからもう少し寝てれば?」
「おはよう、おかあさん。もう、目が冴えちゃったから。起きてる。」
「ほんと、おじいちゃんこね。おじいちゃんも喜ぶわ。」
わたしの母は大学でも有名な美人だったらしい。父が一目ぼれをして猛アタックをしたのだとか。父の実家は琴の有名な家元だから、二人の交際について祖父と祖母はあまりいい顔はしなかった。娘の苦労を見越していたのだろう。
両家の反対を押し切る形で二人は結婚した。でも祖父母たちが心配していた通り、母は父の実家と折り合いが悪く、その結果二人の仲までおかしくなった。ちょうどそのころわたしができた。
ほぼ別居状態で暮らしていた父は、わたしが三歳の頃に亡くなった。だからわたしは父の顔をあまりよく覚えていない。優しい人だったと母は言っていたけど。
これは昔、祖父がこっそり教えてくれた話だ。祖父はわたしを一人の人間としてちゃんと扱ってくれる。だから知っておくべきだと話してくれた。
「ミコト、そろそろ出かけようか。」
「うん。」
病院に着くと、医者や看護師がバタバタしている。看護師の一人が母に気付きどこかに連れていってしまった。一人その場に残されたわたしは不安に押しつぶされそうになる。嫌な予感がした。戻って来た母の顔色が悪い。
「どうしたの?」
「ミコト。おじいちゃんの容態が急変したの。今日が峠かもしれないって。」
わたしに話しながら母の目が潤んできた。それを聞いてわたしも涙が溢れてくる。
祖父にもう会えないなんて嫌だ。そんなの堪えられない。わたしは神様にお願いする。「おじいちゃんを助けて。月の神様、まだおじいちゃんを連れていかないで。わたし、そのためならなんでもするから」わたしは無意識に耳飾りを握りしめながら必死に心の中で叫んでいた。
母と二人、待合室で手を握りしめ合ってその時を待つ。時間が永遠のように感じる。
「月生さん。」
「先生、父は?」
「持ち直されました。奇跡です。」
「ありがとうございます。」
わたしは心の中で月の神様に感謝する。母もわたしも涙を流しながら笑った。
「もう少ししたら目を覚まされると思いますので。」
数十分後、わたしたちは病室に案内された。祖父にはたくさん管がついていたけど目はしっかりとわたしたちを捕らえ、思ったより顔色も良かった。そしてわたしたちを見て優しく微笑んだ。
その夜、わたしは再びあの不思議な夢を見た。前よりも声がはっきりと聞こえる。
「ミコト、ミコト...」
「誰なの?姿を見せて。」
「ミコトの後ろにいる。」
「えっ!」
振り向くとそこにはわたしより二、三歳年上にみえる男の子が立っていた。でも服装が違う。昔の人の服なのだろうか、歴史の教科書で見たような。恐らく古墳時代か。長い髪は耳の横で束にして結われていた。とても整った顔立ちの男の子だ。
「誰なの?あなたがわたしをずっと呼んでいたの?」
「うん。ミコトが俺の耳飾りを見つけてくれたから。」
「耳飾り?あっ!」
よく見ると彼の右耳にはわたしが拾ったものと同じ耳飾りがついていた。あれは彼のものだったのだ。
「どういうこと?」
「ミコト、俺の半身を見つけてくれ。どこかにいるはずなんだ。」
「えっ?」
「すでに転生している。記憶だけが取り残された。それではダメなんだ。だから。」
「ちょっと待って。あなたはいったい何なの?どうしてわたしが探さなければいけないの?」
「ミコトはその理由を分かっているはずだ。俺の名はツクヨミ。でも現世では違う名だ。姿も違うかもしれない。でもミコトならきっと俺だとわかる。」
「すごい無理難題言ってるよ!だってどこのだれだかわからないんでしょ?探しようがないよ。」
「ミコトが願ってくれたおかげで月の力が少し回復したんだ。耳飾りが導いてくれる。だから...。」
「えっ?なんて?声が聞こえないよ。ツクヨミ?」
そこで夢は終わり、目が覚めた。その日は夢の内容をしっかりと覚えていた。
読んでくださりありがとうございます。