表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
逆さまの迷宮  作者: 福子
第二章 ◆ 本道
5/47

第一節 ◇ 氷

『最も安定したコンクリートの道。』


◇-------------------------------------------◇



 この道は、本道だと思うのだ――。



◇-------------------------------------------◇



挿絵(By みてみん)




 ボクは辺りをきょろきょろしながらトキワに尋ねた。


「どうして、道が三種類もあるのかな。」


「今はまだ分からないが、それぞれの道にも意味があるのだろうな。そのことを含めて、私たちが考えなければならない問題が山ほどあるのだけは確かだ。」


「そうだね。どんなに謎がたくさんあったって、ボクたちなら大丈夫だよね。」


「そうだな。」


 トキワと話をしていると、ボクたちは道の真ん中に二枚目の封筒が落ちているのを見つけた。急いで拾って封を切り、メモを読んだ。



 ┏━━━━━━━━━━━━┓


    『閉ざされた者』


    留めておくことが、

    全てとは限らない。


 ┗━━━━━━━━━━━━┛



「留めておくことだけが、全てとは限らない……?」


 これは、どういう意味だろう。


「近くに、それを表す『象徴(シンボル)』があるはずだ。」


 ボクとトキワは、辺りを一生懸命探したけれど、どこにも『象徴(シンボル)』らしいものは見当たらなかった。


「ねぇ、トキワ。『留めておくこと』って、わざわざ書いてるように見えるんだけど、それって、本当は動いているはずなのに、わざと留めておいてるっていうことを表してるんだよね?」


 トキワは、目をまん丸にして驚いていた。ボクの言葉を聞いて驚いているのか、それとも別の何かに驚いているのか、ボクには分からなかった。


「トキワ? ボク、何か変なことを言った?」


「あ、いや、何でもない。どうやら気のせいだったようだ。そうだな、初めから留まっているものなら『留めておくこと』なんて書いたりしないだろうな。」


 トキワは何に驚き動揺しているのだろう。ボクを見て驚いたように見えたけれど……。


 トキワの動揺の理由を考えていたそのとき、冷たい空気がボクの背中をスッとなでた。ボクは回れ右をして、冷気が流れてくる方向をじっと見た。ぼんやりと影らしいものは見えるけれど、辺りに湯気のようなものが立ち込めてよく見えない。


「風が吹いてくれればいいのに……。」


「同感だな。でも、どうやら期待できないようだ。」


 トキワは翼を広げて飛び立つと、ボクの周りで力強く羽ばたき飛び回った。しばらくすると、立ち込めていた湯気のようなものはなくなり、《《それ》》は姿を現した。


「氷……?」


 姿を現したのは、金の延べ棒のように山積みにされた大量の氷柱。よく見ると、何かが氷の中でモソモソと(うごめ)いている。


「何だ、アレは。」


 ボクの肩に戻ってきたトキワは眉をひそめた。もっとも、カラスに眉があるのかどうか分からないけれど。


「ちょっと嫌な予感がする。君は見ないほうがいいかもしれない。私が見に行こう。」


 トキワは、まっすぐ氷を見ている。

 ボクはちょっと不機嫌になった。


「イヤだよ。ボクも一緒に旅をしているんだ。あの場所で何が起こっているのか、ボクも知りたい。そもそもこんな世界、安全だなんて思ってないよ。」


 しゃがんでトキワの目をじっと見つめた。ボクの必死の訴えに負けたトキワは、仕方ないな、とため息をついた。


 そのとき、何かモノが動く気配がした。驚いて顔を上げて、さらに驚いた。氷柱の山積みが、こっちに近づいている。氷柱は、道のそばでピタリと止まった。手を伸ばせは、触れられる位置だ。


「……え? これって、どういうこと?」


 心臓までも凍りついてしまったのかと思うほどにゾッとした。トキワも、顔をこわばらせている。

 氷の中には、カニや魚が閉じ込められていた。カニさんたちは、中でモソモソ動き苦しそうにうめき声をあげていた。お腹がギューッと押し潰されたように痛くなって、お腹をさすった。


「トキワ、お腹が痛いよ。」


「それは、お腹の痛みではなくて、心の痛みだ。」


 まっすぐ氷の山を見たまま、トキワはそう言った。


「お腹じゃなくて、心……?」


 お腹をさする手を、胸に当ててみた。トキワは、そんなボクに視線を移して、そうだ、とにっこり笑った。


「心が痛いと感じるのは、とても大切なことだ。」


 トキワは、ゆっくりと視線を氷に戻した。


「『留めておくことが、全てとは限らない』か。」


 ぽつりと言って、トキワは歩きだした。


「トキワ! あのカニさんたちのこと、助けないの?」


 手が届きそうなところで苦しむカニさんたちを、ボクはどうしても放っておけなかった。あのカニさんたちを何とかして助けたかったし、トキワも同じ気持ちだって思っていたのに、トキワは歩き出してしまった。ボクには、それが理解できなかった。


「あの『象徴(シンボル)』に手を加えることはできない。いいか、私たちには何もできないんだ。」


「な……、なんで?」


 トキワの言葉に、ボクは納得できなかった。


「だって、すぐそこにいるよ? カニさんたち、苦しいんじゃないの? 困ってるなら助けなきゃ。」


 ボクが必死に訴えても、トキワは、ボクの目をまっすぐ見て首を横に振るだけ。


「彼らをあの氷から出してやることはできる。しかし、私たちがいくら助けたいと思っても、自ら出ようとしなければ新しい氷は次々につくられてしまい、彼らは再び氷の中だ。つまり、彼らが望まない限り、本当の意味で外に出ることはできない、ということだ。」


 トキワは、ボクが理解できるように、できるだけ易しい言葉を選んでいる。そんなトキワの優しさは、ボクにじゅうぶん過ぎるほど届いてはいるけれど、それでもやっぱり、何かが引っかかって理解できなかった。


「トキワ、……ごめん。ボク、よく解らない。」


 ボクは素直に謝った。トキワは、大事な話をしているんだ。解ったフリをするのは、よくない。


「彼らは、誰かに閉じ込められたのではない。自分で自分を閉ざしているのだ。外に出るのを望んでいるように見えてはいるが、心の奥底では、そこに留まっていたいと願っているんだ。」


 トキワは、あえて易しい言葉を選ばずに話している。だから、さっきより、ずっと難しい。だけど、さっきの言葉とあわせて考えたら、トキワが伝えようとしていることが、今度は解った気がした。


「じゃあ、『留めておくことだけが、全てとは限らない』っていうのは――。」


 トキワがうなずいた。トキワの顔を見て、ボクの心がほんの少し踊った。


「そうだ。彼らは、自分で自分を閉じ込めていることに気付こうとしない。おそらくあの氷は、寒ささえ我慢すれば絶対的に守られた安全な場所なのだろうが、その寒さに対処することも、慣れようとすることも、氷の中から出るなんて考えることもなく、苦しんで不満を訴えるだけ。そうすれば、絶対的に守られたまま、可哀想な自分でいられる。彼らは、自ら進むことをやめた『自分自身から閉ざされた者』たちなんだ。」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ