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逆さまの迷宮  作者: 福子
第一章 ◆ 世界
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第四節 ◇ 象徴



 ボクはトキワと、歩きながら色んな話をした。


「ねぇ、トキワ。どのくらいここにいるの?」


 近くを飛んでいたトキワは、ボクの周りをクルリとまわって、ボクの肩にふわりと止まった。


「いつ、ここに来たのかわからない。君も気づいていると思うが、この世界には、朝、昼、夜という区別がない。時計はあちらこちらにあるのだが、同じ時刻を指しているものは一つもない。この世界は色んな意味で『永遠』だ。ただ──、」


 トキワは、タンッとボクの肩から飛び立ってボクの周りをくるくる飛んだ。


「この世界は()()()()()ということだけは、はっきりと言える。」


 この世界は()()()()()


 言葉ひとつひとつの意味は理解できるのだけど、それが何を意味しているのかが理解できない。それと同時に、ボクの胸の奥がざわついているのも分かる。


「トキワ、よく解んない。」


 トキワは、フッと笑ってボクの目の前に降りた。


「世界というものは、まるで生きているかのように、刻々とその姿を変えるものだ。」


 それなら、なんとなくボクにも理解できる。ボクは、うなずきながらトキワの話を聞いた。


「だが、この世界は違う。」

「……違う?」

「そうだ。」


 トキワはボクに背を向けると、名探偵よろしく、コンクリートの道を歩きながら話を続けた。


「この世界は気まぐれだ。今まで見えなかったものを突然見せたり幻の道を見せたりするように、この世界は文字通り刻々と変化を続けているんだ。だから、さっき私たちが見ていた景色が振り返ると違う景色に変わっている、なんてこともよくある。」


 トキワの言葉で後ろが気になったけれど、もし変わっていたらという不安と恐怖が好奇心に勝った。


「それだけじゃあない。」


 トキワはボクの足元で立ち止まり、ボクに座るようにうながした。そして周りに誰もいないのを確認すると、ヒソヒソ声で続けた。


「君も感じなかったか? 他に生き物がいるような気配はないのに、何故かいつも誰かに見張られているような気がするんだ。」


「それは、ボクも感じていたよ。」


 いつも誰かに見られているような感覚。

 孤独なのに、誰もいないはずなのに、いつも誰かがボクを見ている気がする。

 あの風もそうだ。ボクの願うもの望むものを、あの風は運んでくる。


「そういえば、君の姿を見る直前に爽やかな風が吹いたな。誰かに会いたいと強く願った直後だった。」


 トキワは、周りを気にしながらボクと話し、そして、大きくうなずいた。


「やはり、この世界は生きているようだ。比喩ではなく、文字通りな。」


 この世界が生きているとは、()()()()()()か。

 トキワの言葉に納得したボクは、今度は周囲を警戒しながら、コンクリートの道を再びトキワと歩き始めた。


 何もない、真っ直ぐ伸びた『道』。ボクたちは、なんとなく感じる気配に警戒しながらも、のんびりと歩いた。

 さっきまではつまらないと思っていたけれど、トキワと一緒ならどこまでも歩けそうな気がする。


「ねえ、トキワ。元の世界のトキワも、白いカラスなのかな?」


「さあな。もしかしたら私は人間かもしれないし、君は人間じゃないかもしれない。」


 その通りだ。何もかも不確かな世界。ボクが人間かどうかもあやしい。でも、どうしてだろう。そんなことは、取るに足らない小さなことだと、ボクの心が言っている。トキワはトキワで、ボクはボクだ。

 でも──、


「ねえ、向こうに戻ったら、トキワに会えなくなるのかなぁ。」


 ボクは、急に寂しくなった。

 ここを出てしまったら、せっかく出会えたトキワと、会えなくなってしまうのだろうか。ボクは、トキワを心のどこかで頼りにしている。離れたくない。


「私は、必ず会えると信じている。」


 トキワは、ボクを見ずにつぶやいた。


「というよりむしろ──、」


 ふわりと方向転換をして、ボクの足元に降りた。


「初めて君を見たときから、ずっと感じていた。私はどこかで君と出会っているように思う。それも、かなり親しい間柄のような気がするのだが……。」


「ボクが? トキワと?」


「そうだ。……気のせいなのか? いや、違う、そんなはずはない。私たちは出会っている。」


 トキワは首をかしげてブツブツ言いながらボクの前をトコトコ歩いた。

 ボクたちの道は、きっとこの道のようにずっと続いているはず。ボクは、道の先に視線を動かした。


「ねぇ、トキワ! 道がとぎれてる!」


 永遠に続いていると思っていたコンクリートの一本道に、終わりがあった。

 ボクとトキワは道の終わりまで行き、コンクリートの道の端から『空間』を見下ろした。しかし『空間』は『空間』でしかなく、道の下には何もなかった。


「何もないね。」


 視線を道の下から来た道へ戻し、ボクは腰に手を当て短くため息を吐いた。


「さて、このあとどうしたものか……。」


 ボクとトキワが途方に暮れていると、あの爽やかな風が背後からひゅうと流れて、ボクの髪を乱した。


「風、だな。」

「トキワ、何が起こると思う?」


 この風は次の展開を運んでくる風だ。

 ボクもトキワも、きっと何かが起こると、辺りを注意深く見た。


「おや?」


 何かを見つけたのか、トキワは一点を見すえたまま飛び立つと大きく旋回し、コンクリートの道の下で何かをキャッチした。そして、また大きく旋回してボクの肩に止まった。トキワの嘴には、白い封筒があった。ボクは、トキワからそれを受け取った。


「おそらく、爆発はしないだろう。」


 おそるおそる封筒を開けた。トキワの言う通り爆発はしなかった。おそるおそる封筒の中をのぞいてみると、入っていたのは小さな白い紙切れ一枚だけだった。



 ┏━━━━━━━━━━━━━┓


    『始まりのベル』


   全ては、ここから始まる。


 ┗━━━━━━━━━━━━━┛

 


 書かれていたのは、それだけだった。トキワも不思議そうに紙切れをのぞき込んでいる。

 他に何かあるかもしれないと思って紙を持ち上げて透かしてみたけれど、封筒にも紙にも仕掛けのようなものは何もなかった。


 怪しげな封筒と紙を調べた結果をトキワに報告していると、突然けたたましいベル音がボクらを襲った。ボクは耳を塞ぎ、音の主を探した。


「あれだ!」


 何かを見つけたのか、トキワは、勢いよく飛び立つと凄いスピードでそれに向かって行った。音がひどすぎて目もあけていられないけれど、それでもうっすらと目を開けてトキワが向かったほうを見ると、大きく丸い物が(そび)え立っていた。

 目を凝らすと、見たことがあるシルエットが少しずつハッキリしてくる。


「あれは……。」


 驚いたことに、全てを破壊しそうな音の主は巨大な目覚まし時計だった。確かに、どこかで聞いたことがある音だとは思ったけれど、音が大きすぎて気が付かなかった。


 音は、まだ鳴り続いている。おそらくトキワは、音の正体に気が付いたから、迷わずにあの目覚まし時計に向かって、まっすぐ飛んでいったのだろう。


 それから間もなく、強烈なベル音はピタリと止んだ。


 ボクの頭の中は、まだわんわんと反響している。音を払おうと、軽く頭を振っていたところに、トキワが大笑いしながら戻ってくると、ボクの肩に止まった。


「いやあ、止め方が解らなくて大変だったよ。」


 ボクは、おつかれさま、とトキワに声をかけて目覚まし時計を見上げた。


「ずいぶん大きな目覚まし時計だね。」


「『始まりの象徴(シンボル)』だろうな。」


「『象徴(シンボル)』?」


「そうだ。この世界には『象徴(シンボル)』と呼ばれるオブジェがたくさん浮いているんだ。君、さっきのあの手紙を。」


 トキワにうながされて、ポケットから封筒を取り出した。中から白い紙を取り出して、もう一度読んだ。


「始まりのベル。全ては、ここから始まる。」


「なるほど、『始まりのベル』とは目覚まし時計のことだったのか……。」


 トキワは、ボクの肩からポンッと降りると、ボクらを見下ろすように浮かぶ目覚まし時計を見上げた。


「つまり、『ここからスタートしろ』ということなのだろうな。」


 トキワは、肩越しにボクを見て、ニヤリと笑った。


「せっかくここまで歩いてきたのに戻るの?」


 ボクはその場にペタリと座り込んだ。


 ずっと歩いてきたんだ。同じ道を戻るなんて考えたくない。

 トキワも一緒だから寂しくないけれど、心がポキッと折れてしまった。トキワは、そんなボクに寄り添うように座ると、そうだな、と言った。


「確かに、同じ道を戻らなければならない。それは一見、無駄な作業かもしれないが、私は決して、無駄だとは思わない。」


 トキワは時々、よく分からないことを言う。

 ボクは、首をかしげた。


「私たちがここに到達したとき、あの時計は無かった。だが私たちがあの手紙を読んだあと、突然姿を現した。この世界にはこの世界のルールがある。何かのきっかけで、動いているようだ。」


 ボクは、トキワの言葉を一語一句聞き逃さないために、集中した。今、トキワは、とても重要なことを言っている。この世界の秘密に触れているんだ。


「前にも言ったが、ここにいるのは私だけだと思っていた。誰かいるのではと空間を飛んで探してみたが、誰の姿もなかった。」


 ボクは、大きくゆっくりうなずいた。ボクも同じように思っていたからだ。


「だがあるとき、私は同じ場所をぐるぐると回っているだけなのではないかと、ふと思った。」


 トキワは、ボクをちらっと見て言葉を続けた。


「すると、不思議なことに、もっと大きく羽ばたくことができた。私の羽ばたきは、同じところをぐるぐる回るだけの『飛行』ではなく、私を高く遠くへ運ぶ『飛翔』へと進化した。突き抜けたときの高揚感は、思い出すたびに震えるよ。私の考えは間違っていなかったと実感できた。だから、私の他にきっと誰かいると、もう一度信じてみることにしたんだ。」


 トキワはすっと立ち上がると、伸びをするように翼をバサバサ動かして再び畳んだ。そしてボクを見た。


「その直後に、君の姿が見えたんだ。あのときは、本当に、嬉しかった。」


 トキワは、ひとつひとつの言葉をとても大事そうに紡いだ。とぎれとぎれのトキワの言葉から、清らかな優しさがあふれてこぼれる。


 トキワと一緒なら、大冒険になるのかもしれない。

 ボクの胸はドキドキしていた。


「どうした? 来ないのか?」


 トキワの声で我に返った。トキワはずっと向こうを歩いていた。ボクは、置いていかれそうな気がして、あわてて後を追った。



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