第六節 ◇ 階段
ボクたちは、紙飛行機から見える景色を楽しんだ。
「なつかしいな、ニュートンの揺籃だ。」
「ロープが短くなって通れるようになる、工夫の『象徴』ね。あの下を通るとロープの長さが元に戻るのよ。ちなみに、一回でもあの下を通ったことがあれば、近づくだけでロープが短くなるの。まるで自動ドアね。他にも、あの『象徴』なんかは──、」
「さすが、亀の甲より年の劫……。」
「ちょっと、どういう意味よ。」
ヒマワリは、トキワをきっと睨んだ。
「ねえ、トキワ。それって、どんな意味なの?」
「ああ、それはな──、」
「もう! そんなこと教えなくていいわよ!」
ヒマワリはほっぺをふくらませた。トキワは大きな声で笑っている。ボクは、トキワの笑い声を聞きながら、ボクたちが旅をしてきた世界を見渡した。
紙飛行機は、ボクたちの思い出の場所をまわった。木の道の巨大な階段では、四つの双葉たちがジョウロのシャワーを楽しそうに浴びていた。欲求を表す美しい試験管は、その長さを変えながら輝いていた。ボクたちは、『象徴』を見ては思い出話に花を咲かせた。
「あ、手紙だ。」
ボクの膝に『象徴』の手紙がポトンと落ちてきた。
「相変わらず神出鬼没ね。」
「みんな慣れっこになっちゃって、誰も驚いてないけどね。」
そんなことを言いながら、ボクはいつも通り、封を切って手紙を読んだ。
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『気づきの音』
隠者と太陽を乗せた
緑の風が通過する、
目覚めるまでのカウントダウン
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「三枚目のカウントダウンだな。」
「ねえ、トキワ、見て!」
ボクは、右の人差し指で空間の一点を指さした。紙飛行機は、ボクが指し示すほうへと向かった。
一羽の真っ白の鳥が、真っ白の空間で、円を描くように飛んでいた。エメラルドグリーンの瞳に生気は感じられない。目を開けているというより、目を閉じていないという表現がピッタリで、ただ正面に目を向けているだけだ。
紙飛行機がその鳥の近くを通過した。すると、そのエメラルドグリーンの瞳に煌めきが宿り、上空をキッと見据えて強く羽ばたいた。そして、高く高く飛翔した。
「もっと羽ばたけ。もっと高く、もっと遠く! 頭脳をフル回転して眠る知識を呼び覚ませ! お前はこれから、かけがえのないものを守り、導く存在となるんだ!」
紙飛行機からエールを送る白い鳥の、エメラルドグリーンの瞳は揺れていた。
そして紙飛行機は、ボクたちを次の場所へと運んでいった。
「見て! あっちに『愛の象徴』があるよ!」
今度は、鉄錆の道でクモを絡めた向日葵を咲かせた『愛の象徴』が遠くに見えた。紙飛行機は、ボクの声を受けてハートの時計に近づいた。
「これは、私たちの知っている『象徴』ではないな。向日葵もなければクモもいない。」
「確かにそうね。それに、『椅子の象徴』も無いわ。じゃあ、いったい――。」
「ねえ、ハートの時計の上に誰かいるよ!」
時計の上に、体はオレンジで耳は茶色の、小さなウサギがぼんやりと佇んでいた。バラ色の瞳はくすんでいる。
紙飛行機が大きく旋回してハートの時計の真上を通過したときだった。バランスを崩したヒマワリが、小さな何かを落とした。
ハートの時計に落ちたそれは、『愛の象徴』の水を浴びると黄金色に輝き出した。そしてあっという間に芽吹き、生長し、小さな向日葵を咲かせた。
小さな向日葵の正面に佇むオレンジのウサギのバラ色の瞳が、徐々に生気を帯びる。そして、目の前の小さな花を潤んだ瞳で見つめた。
「あなたはこれから、この世界で長い時を過ごすの。そして、その花の名前で呼ばれるようになるわ。だから、どうか、どうか――。」
紙飛行機で祈るバラ色の瞳を持つウサギの最後の言葉は、風の向こうへ消えていった。
緑の紙飛行機は再び大きく旋回し、次の場所へとボクたちを運んでいく。
「ちょっと、あれは何?」
少し先に、コンクリートの道、鉄錆の道、木の道の、それぞれの階段が立体交差している、あの場所が見えた。
「すべての階段が立体交差している場所だよ。そら豆の時計もあるんだ。知らなかったの?」
「ええ、初めて知ったわ。」
「そういえば、木の階段は、君が気がついた場所だったな。」
トキワの言葉に応えるように、紙飛行機は、高度を下げて木の階段に近づいた。
木の階段は、火の鳥になったヒマワリがボクとトキワを背中に乗せて通り過ぎた場所だ。だから、そら豆の時計があるかどうか確かめることができなかった。
「見ろ!」
ボクたちは、トキワの視線を追って木の階段の真ん中あたりを見た。そこには、そら豆の時計が浮かんでいて、その五段ほど下で五歳くらいの子どもが足元を見つめて立っていた。大きなTシャツをワンピースのように着ている。
紙飛行機が、その子の傍を通り抜けた。ショートカットの髪がふわっと浮かび上がり、人形のような顔が見えた。少年のようにも少女のようにも見えるその顔が、ふっと上を向いた。
すべてが、スローモーションのようだった。
「……君、今のは……、」
「……うん、間違いない。」
その子は、あたりを見回している。もう人形のような顔じゃない。不安そうな顔をしたその子は、感情と自我を持っている。ボクは、その子をまっすぐ見た。
「大丈夫、君はひとりぼっちじゃない。君はこれから素敵な仲間と出会って、不思議で壮大な旅をするんだ。」
さわやかな緑の風が、ボクのエールをこの世界のどこかへと、運んでいった。




