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逆さまの迷宮  作者: 福子
第一章 ◆ 世界
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第三節 ◇ 常盤



 どうやら階段は、そら豆の時計周辺だけだったらしい。階段は途中から道になった。曲がり角もなければカーブもない、どこまでも真っ直ぐ伸びるコンクリートの道が、何もない、ただただ真っ白な空間に浮かぶ。

 どこまでも続く変化のない景色。進んでいるのかさえも分からない。


《……つまんない。》


 頭の後ろで手を組んで、その場に大の字で寝転んだ。コンクリートの(かた)さと冷たさが、背中に伝わってくる。

 空も地平線も何もないただの空間。あるのは道のみ。


《つまんない! つまんない! つまんない! 違う道がいい!》


 誰もいない空間であおむけになって駄々をこねるなんて、さすがにちょっと恥ずかしいなと思ったけれど、自分のイライラをぶつける方法はこれしかなかった。情けないなと思ったけれど少し落ち着いて、身体を起こした。するとまた、ひゅう……と風が吹いてきた。ただボクの背中をなでた風は、さっきまでと違って爽やかなものではなく、生ぬるくて湿ったものだった。


《こ、この風は……。》


 金属の軋む鈍い音が聞こえ、ボクの背後で何かが動く気配がした。


 ボクの首を冷や汗が流れる。


 この世界は、五感を敏感にさせる力があるのだろうか。ボクの背後にあるものから伝わるのは、希望を奪い去る闇。振り向いちゃいけないと頭では分かっていたけれど、振り向かずにいられなかった。


 おそるおそる振り向くと、毒々しく朱い道の端がコンクリートの道のすぐそばに姿を現し、丁字路を創り出している。間違いなく、あの鉄錆の道だ。


 さっきは気持ち悪いと思った道も、刺激の欲しい今のボクには魅力的に見え、生唾をごくりと飲み込んだ。

 ボクは、引き込まれるように足を伸ばした。



 ──行くのか?



 突然、空間中に響いた低い声に驚いて、ボクは足をひっこめた。


「誰かいるの……?」


 白い空間で響いたのかボクの頭の中で響いたのか分からないけれど、たしかにボクの声以外の声だ。さっきから誰かに見られているような気がしているのだけれど、それはこの声の持ち主なのだろうか。

 そう思って辺りを見渡してみたけれど、それらしい姿は見えない。


 それじゃあ、いったい、誰──?


「その道は幻だ。行くべきではない。」


 同じ声だ。やっぱり誰かいる。


「ねぇ! そこにいるのは誰?」


 あらゆる場所で響くから、どこから聞こえくるのかまったく分からない。だからボクは、真っ白の空間に向かって大声で問いかけた。ボクの他にも誰かいるなら、それは心強いことだから。

 声の持ち主からの返答を期待して必死に問いかけを続けていると、ほんの少し違和感を覚えた。今までと、何かが明らかに違う。


 あれ……? ボクの声、()()()()聞こえてる……?


 ボクは思わず喉を押さえて、あー、あー、と声を出してみた。ボクの喉から発せられた声は、空間に吸収されたくぐもった音ではなく、子どもらしい澄んだ声としてボクの耳に届いた。


「何があったのかは知らないが、嬉しそうだな。」


 今度はハッキリ、あっちの方から聞こえた!


 声が聞こえてきた方をじっと見つめた。すると真っ白な空間がユラリとゆがんで鳥の形が浮かび上がった。『空間』に突然創り出された真っ白な鳥は、真っ直ぐこっちに飛んで来てボクの足元に着地した。

 その姿はあまりに優雅で、この不思議な世界で、神様か天使に出会ったかのような気持ちになった。



 それにしても──、


 ボクは目の前の鳥をまじまじと見つめた。

 鳩じゃない。

 アヒルでも白鳥でもない。

 この鳥は……、何?


「私がどんな種類の鳥なのかを考えているんだね?」


 目の前の鳥は、愉快そうに笑った。

 ボクは恥ずかしさで顔を赤らめながら、小さくうなずいた。


「私は、カラスだ。」


 カ………、カラス?


 ボクの知ってるカラスは黒い鳥で、白じゃない。


「まあ、信じられないだろうな。」


 カラスだという目の前の白い鳥は、大きく息を吸うと、『カー』と一声鳴いた。さえぎるもののない空間は、その澄んだ声を、ただただ遠くまで運んだ。こだまのように返ってくることはない。


 カラスの声が空間の向こうへと飛んでいったのを見送って、ボクは視線をカラスに戻した。


「ところで、カラスさん。どうして白いの?」


「さあ、それは私にもよく分からない。ふと気づいたら、白いカラスだった。」


 『ふと気づいたら』って、どういうことだろう?

 『生まれつき』とも違う気がする。

 それってつまり、もしかして──、


「カラスさん。もしかしてカラスさんも自分が誰なのか分からないの?」


「君は実に面白いね!」


 そう言うと、白いカラスは心の底から愉快そうに大笑いした。その笑い顔は、とても幸せそうに見えた。


 ひとしきり笑うと、白いカラスはボクの目を見て言葉を続けた。


「君の言う通り、私は自分が誰なのかを知らない。」


「カラスさんも? ボクもね、自分が誰なのか分からないの。」


 心が踊った。自分だけじゃないという安心感がボクの中に生まれ、ずっと心の中にあった恐怖心は、白い空間のかなたへと消えてしまった。


「真っ白な空間を、たったひとりで飛び続けるのは、心細いものだ。この世界にいるのは、もしかしたら私だけなのかもしれないとも思っていた。」


 白いカラスは、広い空間を見渡しながら、雨だれのように言葉を紡いだ。


「……君の姿が見えたときは、本当に嬉しかった。」


 カラスの優しい言葉に、ボクはもっと嬉しくなった。


「ボクも、自分しかいないんだって思ってたの。自分の声もこの白い空間に吸い込まれてしまって、ぼやけた音にしか聞こえなかったし。だけど、カラスさんの声が聞こえてドキドキして、カラスさんの姿を見てびっくりして、カラスさんとお話しできて踊り出しそうになって──、」


 ボクはちょっと呼吸を整えてカラスをまっすぐ見た。


「ボク、カラスさんに会えてすっごく嬉しかった。」


 白いカラスは、照れくさそうに視線を遠くに移した。


「……君は、『常磐(ときわ)』という言葉を知っているかい?」


 ボクは、首をかしげた。


「ううん、知らない。どんな意味の言葉?」


「常磐は私が好きな言葉でね。いつもそのようでありたいと思っていた。そして君と出会って話をして、常磐のような人だと感じた。常磐は()()()()()()だ。」


 白いカラスは、フッと風のように笑った。


「私のことは『トキワ』と呼んでくれ。これからは、名前が必要になるだろう?」


 ボクは顔中を笑顔にして大きくうなずいた。これからは、ひとりじゃない。


「よし、次はボクだ。素敵な名前にするぞ。」


 知っている言葉をあれこれ並べて考えてみたけれど、どうしても、これだというものが思い浮かばない。


「無理に考え出す必要はない。君は君でいい。」


「ボクは、ボク……?」


「そう、君は君だ。」


 トキワは、ぐっと翼を伸ばして、ゆっくり畳んだ。


「さて、出発するか。」


 しばらく休んで、身も心もリフレッシュできたからなのか、また歩こうという気持ちがムクムクわきあがってきた。いや、トキワと出会ったからかもしれない。


「そうだね。行こう!」


 必ず、トキワと一緒にこの世界を出るんだ。


 ボクは、こっそりと誓った。



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