第三節 ◇ 入道
ボクは、ヒマワリを抱きしめ、トキワが連れ去られたほうへと木の道を走った。成長したボクの脚は、鉄錆の道を歩いていたころより長く伸びている。あのころより速く走れる。
――急げ、急げ。トキワを早く助けなきゃ。
「あの手の持ち主のことだけどね、」
ヒマワリは、ボクの腕にあごを乗せて話した。
「アイツはね、入道っていうの。独占欲でできている、白い世界の主と呼ばれているヤツよ。」
「主? それじゃあ、『象徴』の手紙をボクに送っていたのは、トキワを連れ去ったアイツなの?」
「それは違うわね。あんなシャレたことができるヤツじゃないわ。この世界の主人という意味じゃなくて、そうね、沼の主とか山の主とか……、そんな意味よ。この世界に長くいるからそう呼ばれているだけよ。最初の影人間とも言われているけれど、それも単なるウワサね。まあ、そのくらい長い間ここにいるのよ。」
ボクは走りながら、そういうことか、と、呟いた。
「アイツは、影人間以外の存在を、全部自分のものにしようとしているの。欲なんて誰もが持っているものだから、それぞれの心のスキマに入り込めば簡単に仲間にできるのよ。」
あのとき、ヒマワリはクモに、誰にでも欲があると言っていた。
――それってもしかして……、
「ねえ、もしかしてなんだけど、ヘビもクモも、入道の仲間になっちゃったとか?」
ヒマワリは、長いため息をついた。
「その通りよ。あのふたりは、あっさり仲間になったわ。さらにアイツは、わたしのことも仲間にしようと近づいてきたんだけど、心のスキマを利用したやり方は、わたしには通用しなかったの。仲間になるのも手下になるのもゴメンだから、ずっと拒否しているのよ。だからアイツ、あの手この手で無理やり……。トキワが連れ去られてしまったのもそのせいなの。」
ボクは立ち止まって、悲しそうに笑っているヒマワリの頭をなでた。
「違うよ。ヒマワリはちっとも悪くない。仲間にならないからって、トキワを連れ去ってヒマワリを脅すのは間違ってる。それに、ヒマワリの言う通りなら、今回のことがなかったとしても、ボクとトキワも、結局アイツに狙われるってことでしょ? ボクらは影人間じゃないから。」
ヒマワリは、ボクの腕に顔をスリスリした。
「そうね、あなたの言うとおりだわ。なおさら、トキワを取り戻してアイツを倒さないと。」
ボクは、うん、とうなずいて、再び走り出した。
「止まって。なんだかイヤな予感がするわ。」
ヒマワリの耳がピンと立っている。ボクは、少しずつスピードを落として止まった。
「何か、飛んでくるわ。」
ここは一本道だから、逃げるってことは、引き返すってことだよね。
ボクは、すぐにでも逃げられるように、右足を一歩、後ろに引いて身構えた。
ヒマワリの耳がピクッと動いたのと同時に、巨大なハサミが、木の道を横切るように姿を現した。木の道を切断しようとしているのか、二枚の刃が大きく広がると、今度は勢いよく閉じて木の道に食いこんだ。
「切られちゃうよ!」
ハサミが、ギギギ……と音を立てて木の道を襲う。
「心配ないわ。《《わたしの道》》は、簡単に切られない。」
わたしの、道……?
その言葉が気になったけれど、今はそれどころじゃない。ハサミが木の道にぐいぐい食いこむ。それでも、ヒマワリの表情は余裕があって自信に満ちている。
「本当に大丈夫なの?」
「まあ、見ていなさい。」
よく見ると、木の道がハサミを押し返している。ハサミは、それでもぐいぐい木の道に食いこむ。自信満々のヒマワリをちらちら見ながら、ボクは木の道とハサミの攻防戦を、固唾を飲んで見守った。
「そろそろね。」
ヒマワリの言葉の直後、ガ、ガ、ガという音とともに、ハサミの動きが止まった。
「どういうこと?」
「エネルギーが足りなくなったのよ。」
ヒマワリが、おちゃめにウィンクをした。
「この世界だって、動くのにはエネルギーが必要よ。前にも言ったけど、この世界では心の強さと粘り強く考えることからエネルギーが生まれるの。あのハサミは、エネルギーの補給もしないで木の道を攻撃してたわけだから、エネルギーが少なくなれば、いずれ動けなくなるのよ。」
ボクは、ポカンと口を開けたままヒマワリを見た。そんなボクを見て、ヒマワリは楽しそうに笑っている。
ボクとヒマワリは、木の道に食いこんだ状態のままで動けなくなったハサミに近づいた。
「誰かに言われたことに振り回されるのではなくて、もう少し、自分自身について考えたほうがいいわ。あなたの心は、あなただけのものなんだから。」
ヒマワリは、ハサミを真っすぐ見ると、優しく諭すようにそう言った。
「さあ、先を急ぎましょう。」
ボクはヒマワリをキュッと抱きしめると、うろたえているハサミを横目で見ながら、トキワのもとへと走った。




