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逆さまの迷宮  作者: 福子
第四章 ◆ 木道
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第二節 ◇ 手


 ヒマワリは茶色の耳をゆらゆら動かしながら、ボクの話を聞いている。


「ボクね、木の道の階段で気がついたんだ。時計の音だけがあちこちで響いて、すごく不安だった。でもね、この道にいると不安なんかどこかに飛んでいってしまうんだ。不思議であたたかい、ボクの思い出の場所。」


 ヒマワリは、うふふ、と幸せそうに笑った。


「気になることがあるのだが――、」


 トキワは、いつものように翼を広げてのびをして、翼をたたんだ。


「ここは、まるで心を感じない世界なのに、この道には命が宿っているかのような暖かさがある。不思議だと思わないか。」


「確かにそうだね。」


 言われて初めて気がついた。コンクリートの道には安定感があったけれど、どこか他人事(ひとごと)のような冷たさがあった。鉄錆の道は欲という感情があったけれど、そもそもこの世界が作った道ではなく、ヘビが作った道だ。ということは――、


「もしかして、誰かが作った道なのかな。鉄錆の道みたいに。」


「それなら、つじつまが合うな。」


 トキワが感心している。ボクは、嬉しくなってヒマワリを見た。ヒマワリは、そうね、と微笑んだ。


「さて、そろそろ行きましょう。ついてきて。わたし、この道にくわしいの。」


 ヒマワリは、鼻歌を歌いながら、ぴょんぴょん進む。ボクはトキワを肩に乗せた。

 そして、ヒマワリから少し離れて歩き、トキワに耳打ちをした。


「ヒマワリを疑うつもりはないんだけど、ヒマワリって不思議だよね。花の中から出てきたり、この道にくわしかったり。」


「そうだな。だが、いずれ分かることだ。ヒマワリは、必ず、そのことについて話してくれる。」


「うん、それまで待つよ。」


 ボクは、小走りでヒマワリに駆け寄った。


「ねえ、ヒマワリ。この先に何があるの?」


 ヒマワリは、にこにこと楽しそうにしている。そんなヒマワリを見て、ボクは、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。


 ひとり増えるだけでこんなに違うんだ……。


「この先にはね、」

 ヒマワリが話し始めたときだった。



 ヒ マ ワ リ



 突然、生ぬるい風とともに、空気がもれているような不気味な声が、耳ではなく心に響いた。


 ヒマワリを見ると、さっきまでの穏やかなヒマワリではなく、鬼のような恐ろしい顔で空間をにらみつけている。


「あなたの仲間になる気はないわ。わたしは、この世界から脱出するのよ。この子たちとね。」



 ソ レ ナ ラ バ



 声が聞こえた直後、黒くて大きなカタマリが、すごい速さでボクに向かって飛んできた。あまりの恐怖に、ボクは目をつむった。


「危ない!」


 トキワの声と翼の音が聞こえ、ボクの肩からトキワが飛び立つのを感じた。


「トキワ!」


 悲鳴のようなヒマワリの声が聞こえて目を開けると、巨大な手がトキワをしっかり握っているのが見えた。手は黒に近い灰色で、大きな水まんじゅうのようにプルプルしていた。

 不気味な手に捕らえられたトキワは、とても苦しそうにもがいている。


「トキワを放しなさい!」


 ヒマワリは何度も何度も必死に叫んだけれど、不気味な手はトキワをつかんだまま、スーッとすべるようにどこかへ行ってしまった。


「許さない……、許さない!」


 ヒマワリは、光に向かって大輪の花を咲かせる、優しく明るいヒマワリのようなウサギだ。でも今は、トキワを連れ去った手に対して激しく怒り、とてもこわい顔をしている。


「あなたは、ここで待っていなさい。」


 ヒマワリは、そう言って走り出した。ひとりでトキワを助けるつもりだ。ボクは、あわてて追いかけた。


「どうしてついて来るの。ここで待っていなさいって言ったでしょう? とても危険なの。もしかしたら命を落とすことになるかもしれないのよ。」


 くるりと振り向いてボクを叱ったヒマワリを、ボクは、まっすぐ見つめた。


「ボクも行くよ。ずっとトキワと一緒にいたんだ。危ないこともあったけれど、トキワとふたりで乗り越えてきたし、何度もトキワに助けてもらったんだ。トキワが苦しんでいるのに、ボクだけ何もしないで待っているなんて、できないよ。」


 ボクの目から、ぼろぼろと涙が落ちた。


 トキワも、きっと、ボクがここで待つことを望むと思う。でも、そんなのはイヤだった。


「それだけじゃないよ。今はもう、トキワだけじゃないんだ。ヒマワリも一緒じゃないと、ボク、イヤなんだ。さんにんで、この世界を脱出したいんだ。」


「……本当に、困った子ね。」


 ヒマワリは、いつもの笑顔で、いつものように、耳をぴょこっと動かした。


「さあ、行くわよ。アイツからトキワを取り返しましょう。」


 ボクは、大きく大きくうなずいてヒマワリを抱っこした。そして、トキワが連れ去られた道の向こうを見すえた。


「待っててね、トキワ。」


 そしてボクは、走り出した。



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