第一節 ◇ 向日葵
『生命の宿る暖かな道。』
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きっと、これからもずっと、
ありとあらゆる可能性を秘めたまま、
たくさんの選択をしながら
自分の道をまっすぐ進んでいくのでしょうね。
……あなたのように。
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愛の『象徴』で咲いた向日葵の葉っぱは、ボクがおもいきり手足を広げて寝転がっても、じゅうぶん余裕があるくらい大きい。
ボクたちは、葉っぱをすべり台にして木の椅子の座面に降りた。
座面は、細長い木の板が横に五枚並べられてできている。板一枚の長さはボク二人分くらいで、幅は両手を軽く広げた分くらい。 遠くからでは分からなかったけれど、かなり使い込まれた古い椅子だ。たくさんの愛情が注がれたものだということは、ボクの足を通じてしっかり伝わる。
椅子の背もたれを背にして正面を見ると、さっきまでボクたちが歩いていた鉄錆の道が見える。鉄錆の道の『象徴』たちも、小さく見えた。
「ちょっと休憩しましょうか。」
ボクたちはヒマワリの言葉に賛成して、腰を下ろした。
「あらためて自己紹介するわ。わたしはヒマワリ。この世界でそう呼ばれているの。理由については、そのうち話すわ。そのときを楽しみにしてね。」
ヒマワリが、ぴょこんと頭を下げた。
「ボクには名前はないけど、こっちの白いカラスはトキワっていうの。ボクと一緒に、この世界の出口を探す旅をしてるんだ。ボクも名前が欲しいと思ったんだけど、トキワが、ボクはボクでいいって。」
「そうね、あなたはあなたでいいと思うわ。」
ヒマワリは、にこにこしている。どうして、ふたりとも同じことを言うのか分からない。
でも、もしかしたら、この世界でのボクの役割と何か関係があるのかもしれないから、ボクはボクのままでいよう。
そうだ、とボクは、よじ登ってきた大きなヒマワリを見上げた。
「クモに会う前に拾った『象徴』の手紙に、あの大きな向日葵のことも、この椅子のことも書かれていたっていうことは、間違いなく『象徴』なんだよね。」
「『象徴』の手紙って?」
ヒマワリが首をかしげている。どうやら手紙のことを知らないらしい。
ボクとトキワは、これまでのことをヒマワリに話した。ヒマワリは、耳を揺らしながらボクたちの話を聞いていた。
「『象徴』の手紙に書かれている『象徴』について、私たちは、常に考えをめぐらせて答えを出してきたのだ。きちんと答えを出せなかったのは、鉄錆の道の時計だけだ。そのかわり、影人間の発した言葉については考えたのだが。」
ヒマワリは、トキワをまっすぐ見た。
「話を聞く限り、そのことはしかたがないと思うわ。でも、『象徴』の手紙をもとに考えて答えを出しているから、気にしなくていいと思うの。」
ヒマワリは、つまり――、と言いながら立ち上がって背伸びをした。
「この椅子と、あの向日葵についても考えないといけないってことね。」
「あの向日葵は、もう答えが出ているから大丈夫。ヒマワリと出会うことを教えてくれていたんだ。」
トキワが、そうだとうなずいている。
「でも、この椅子は、まだ分からないんだ。」
「それなら、簡単よ。手紙の一番最初に書かれていたわ。『次への懸け橋』って。」
ヒマワリは椅子の端っこまで走ると、ボクたちを呼んだ。ボクたちはヒマワリのそばに行き、ヒマワリがしているように椅子から下を見た。
「あっ! 木の道だ!」
大好きな木の道が、椅子の近くにのびていた。
「ここからあの道に飛び降りて、脱出成功よ。だから、手紙も言っているのよ。次への懸け橋って。」
オレンジ色の身体をキラキラさせて、ヒマワリは木の道へと飛び降りた。
「君、先に降りるといい。私がここから見守っているから、心配ない。」
ボクはうなずいて、椅子から下をのぞきこんだ。高さはボクの身長くらいあって少し怖い。でも、トキワが椅子の上から、ヒマワリが木の道から見守ってくれるから大丈夫と言い聞かせて、勇気を出して飛び降りた。
「これが、君が最初に立っていたという、木の道か。たしかに優しさを感じる道だな。」
まもなくトキワが降りてきた。初めての木の道を楽しむようにトコトコ歩いている。
トキワの言葉に返事をしようと思ったときだった。
ボクは、自分の体がドクンと跳ね上がるのを感じた。
細胞のひとつひとつがドクドクと脈うっている。
体中からメキメキと音がする。
――苦しい。
――痛い。
――息もできない!
まるで『ボク』が爆発しているみたいだ……。
「ちょっと、あなた! どうしたの? 何が起こっているの?」
ヒマワリが、苦しむボクを見てパニックになっている。トキワがヒマワリをなだめているのが見えた。
「今回は、苦しいみたいだな……。」
トキワの顔が心配そうにゆがんでいた。
トキワとヒマワリの顔が、苦しさでぼやけて見える。
ふたりに触れたくて伸ばした自分のぽってりとした手が、細く長い指を持つしなやかな手へ、ぐんぐん変化していくのが見えた。
ようやく、体中の爆発がおさまり、呼吸ができるようになったけれど、体は動かないし声も出ない。なんとか目だけは動かせたから、ボクはトキワを見た。
「何が起こったか、分かるな。」
ボクは、まばたきをして、自分に起きたことを理解していると伝えた。そしてそのまま、ボクは眠った。
やわらかな日差しが心地よくて、うとうとしていたらしい。
『トキワ』は、エメラルドグリーンの瞳をそっと閉じて、ボクの膝で気持ちよさそうにしている。
『トキワ』のフワフワした頭をそっとなでると、《《シッポ》》をゆったりと動かした。
《ねえ、――、》
今、ボクは何と言ったのだろう。まるで、ボクがボクじゃないみたいだ。
でも、トキワではない名前で、ひざの上の『トキワ』に声をかけたことは理解できた。
《生まれ変わっても、また出会おうね。》
ひざの上の『トキワ』は、シッポをゆらしながら、にゃあ、と応えた。
ゆっくり目を開けると、トキワとヒマワリの心配そうな顔が目の前にあった。
今のは、何だったのだろう……。
ああ、そうか、ボクは、夢を見ていたんだ。
「大丈夫? 体は、痛くない?」
ヒマワリが、ボクの手をキュッと握っている。ボクは、にっこり笑ってうなずいた。
「うん、もう大丈夫だよ。」
ボクは、ゆっくり体を起こすと、鏡になりそうなものを探した。自分の、今の姿を見たいと思った。
「今の君は、だいたい十六歳か十七歳くらいだろうか。」
トキワは、安心したように座った。
「ときどき成長するってトキワから聞いたわ。ずいぶん大人っぽくなったわね。」
ありがとう、と、ボクはヒマワリの背中をなでた。
「とつぜん成長したのは、どうしてなのかな。」
「おそらく、君が成長するのにはかなりのエネルギーが必要なのだろう。さっきのヒマワリの話によれば、あの道は立っているだけでエネルギーを吸い取るそうだから、君はずいぶん吸われたと考えられる。もっと早くに成長するはずだったが、エネルギーが足りずに保留になっていた、というところだろうか。」
なるほどね、と、ボクはうなずいた。
「君が眠っているあいだに、ヒマワリといろいろ話して分かったのだが、彼女はこの世界にかなりくわしいのだ。出口を探すのも、ぐっと楽になるぞ。」
ヒマワリは、照れくさいのか、もじもじと身をよじった。
「ヒマワリは、どうして出口を探さないの? こんなところから早く出たいって、思わなかったの?」
ヒマワリは、ボクに顔を近づけて耳をぴょこんと動かした。
「わたしは、ずっと、あなたたちのことを待っていたの。あなたたちと一緒に、ここから脱出するために。」
ボクもトキワも、ずーっと前から、ヒマワリのことを知っているような気持になっていた。
きっと、ボクたちはどこかで出会っている。
そして、この旅を続けることで、きっと答えも見つかる。
ボクはそう思った。




