ただの天音とただのカズール4
「舞姫天音様……。素晴らしい医薬の知識に采配。
噂に違わず立派な女傑だ。
ですが何故下手人を見もせず弓を放ったのが狩人の子供だと?」
副団長のオレグは天音に疑問をぶつける。
天音は懐から白布に包まれたものを出した。
布を寛がせると中にあるのはカズールの腕を貫いた弓矢だ。
それを指し示しながら天音は説明しだした。
「この矢は大変特徴的なのです。普通の狩猟用ではない。この矢尻にこの地にしか生息しない極彩色の雁の羽を施されていて。その矢は側面に繊細な文様が彫られていた。実用の矢ではないの。
矢の長さは短く。大人用ではない。
それらの特徴から狩人が子供に施す熊避けの御守「猛獣殺しの矢」だと推測しました。
直前に子供の怒号も聞こえましたし。
ならこの地域特有の毒草で毒を調合している可能性が高かった。味も匂いも特徴的なものでした。そう………。判断いたしました」
「『猛獣殺しの矢』………。」
騎士たちが青ざめる。
熊や虎、獅子を猛獣を倒す意図で作られた矢だ。
猛獣が皇国より多いというヒイズ國出身で、これらと戦ったこともあるであろう騎士たちのほうがその威力たるや明確に想像出来るらしい。
口々に解毒出来た天音を褒め称えだした。
あまりに熱を込めて褒め称えられることに慣れない。
天音は照れ隠しに捲し立てる。
なんともむず痒かった。
「ドルジ様は優れた『毒耐性』をお持ちだった。
幼少期から毒に慣れる訓練をされているか、そんな家系なのか。
だから幸い即死は免れました。それと体力と気力が常人のそれを上回りましたね。それで診察も調合も間に合いました。
ドルジ様のお力ですわ。
わたくしは。息をしないものは決して治せませんもの。
手助けをするだけ。わたくしの治療など些細なことですわ」
騎士たちが意外そうな顔をする。
「『舞姫』は『不老不死』を司ると伝承にありますが?
未知なる珍妙な技に薬と知識を操り、全ての民を救う神話の………」
「え?あんなの信じているの?
ヒイズ國、少し夢見がちなのですね?」
天音は吹き出す。
「失礼………令嬢じゃなくなったら気が緩んだわ」と天音は口を抑えた。
カズールはそれを眩しそうに見つめている。
その視線が熱く痛いほどだけど天音は冷静に話を続けた。
「貴方の国の『癒者』と何ら変わらないと思いますわ?
ただ………。『神殿』や『神話』に私達は結び付けられている。
そのほうが実績を見る目のない愚か者を御しやすかったのですね?
わたくしも信者には『妙術なんて嘘よ〜。研鑽すれば貴方も出来ますよ〜』と言っているわ?
その妙術も秘匿にはしていない。
我が『神殿』は教育機関でもあるのです。
単に尊く神聖だから崇められているわけではありません。
神の民はそこまでおめでたくないのです。
わたくしは研鑽の先を民に広く伝えるための『舞姫』。
舞や奇跡は『呼び水』なのですよ。
そこから民にどう役立つかが神殿の真骨頂ですの」
騎士達は言葉を失っている。
舞姫は神官の頂点だ。
その舞姫が自分の神聖さを貶めるのだ。
(帝都の神官長フランケル様には怒られるよね………)
天音はカズールの包帯を清め終わりため息を付いた。
「『皇國の『舞姫』は〝不老不死〟の妙薬と秘術がある』。
そんなものありましたら。
わたくし色んな国から拉致監禁された挙げ句の傀儡にされますわ?
『皇国の知識を叡智を学歴問わず学べる』ことが舞姫の特権です。
平民からしたら知識持ちは『魔法使い』なんですよ。
疑問は晴れましたか?
わたくし。ただの知識だけは豊富な天音です」
「天音様、ご謙遜をッ…………。『舞姫』は名誉職。
何十年も研鑽した舞巫女が一生かけても試験を受けることさえ難しい。難攻不落の国家資格。
貧民ですら試験を受けられる制度で門徒は広いのに合格率は蟻も一匹通れるかどうか。
ここ何百年も資格者がいなかったのを貴女様は最年少で突破し授与された。
貴女様の存在こそ皇国の宝なのですよ?」
カズールが困り顔で部下が捲し立てるのを見つめている。
「これは隊長の受け売りっす」と話した瞬間その部下の首を手刀で叩いた。
その騎士は膝から崩れ落ち気を失った。
あまりに華麗にやってのけるからフルーツを剥いていた天音は初動が遅れた。
「ホルン!」
「勇者よ!英雄よ!」
「女神に魂を抜かれた隊長に果敢に挑んだ英傑を忘れないッ…………!!」
(どこの国も武芸に秀た方の会話は独特よね………)
遠い日の父付きの騎士達との交流を思い出した。
彼等は領地で元気だろうか。
そんなことを微笑ましく考えていたら途端騎士達が犬のように天音に群がりだした。
「舞姫」のこと。「薬医」のこと。皇国の好きな食べ物。それらのたわいない話の応酬。
愉快な彼等に吹き出してしまうと一瞬騎士達の動きが止まった。
「女神の微笑み………」
「え?」
天音が騎士達を見上げて小首を傾げるのと背後のカズールが唸るのは同時だった。
「退室しろ。こいつを連れて行け」
背後から低いカズールの声と抜身の剣の金属音がした。応急処置もままならないまま気絶した騎士を連れ青ざめた騎士達は退室した。
「ドルジ………」
副団長のオレグが何やらカズールに耳打ちした。
それに「頼んだ」と呟いて下がらせた。
カズールの表情は氷のように凍てついていて、天音に接する時の人誑しの雰囲気は皆無だった。
出逢ったばかりの殺気を含ませた金獅子の色を帯びた鳶色の瞳は、冷たく威厳に満ちて部下を見つめている。
(色んな顔を使い分ける。
優秀で冷徹な統率者の顔。それを私に隠しもしない。
わたしが怯えないのを知ったから?)
副隊長のオレグが退室してからしばらく室内は無言だった。
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「あの方たちは愉快だわ。まぁ………。わたくしを宝だなんて。
わたくしは蟻ん子と大して変わりませんわ?同じ命。それでもわたくしはただの人の器であって。神でも女神でもありませんの。
儀式の時以外では敬称も不要ですわ?ただの天音です。
お見知り置きを。ドルジ隊長様」
カズールは苦笑いした。「貴女が蟻ん子なら有象無象はなにになりますか」とクスクス笑う。
「天音さん………。怖い思いをさせましたね。
お詫びのしようがない。
咄嗟の純粋な殺気を感じたので狩人が近くにいるとは気付いていたのですが。
駄目ですね。華麗に避けられなかった。油断しました。
獲物を狩る瞬間が一番油断する。
いやぁ………。あの子はいい狩人になります」
「獲物………」
それは白い髪の世間知らずの女ですかと口に出しそうになって天音はやめた。
肯定されたら打つ手はない。
色事に手練れな殿方との会話の免疫はない。
何が悪手かもわからないのだ。
(怖い思いとは貴方に覆いかぶされたこと?
それとも貴方の死の匂いを感じたこと?
わたしが怖かったのはどちらなの?)
モヤモヤする気持ちを押し殺して天音は微笑んだ。
完璧に微笑むのは昔から得意だ。
「怖い思いはしておりませんわ。
わたくしに怪我はなく、貴方様は快方に向かっている。
謝罪はいりませんわ」
「本当に助かりました。
貴女の永年の研鑽の果ての『妙術』。そのお陰で助かった命です。今後も貴女様に捧げたいのですが?」
カズールは柔らかく陽だまりのように微笑みながら天音を覗き込む。
天音は彼の鳶色の瞳を見つめ返した。
(同じ鳶色なのに。何故彼の瞳はこんなにも温かく美しいと思うのかしら)
前より彼の鳶色が苦手ではなくなってきた。
和家の鳶色と違いすぎるのだ。
天音があまりに見つめ返すからだろう。
カズールが初めて目を背けた。珍しいことなのだ。カズールこそ天音が目を逸らそうが無視しようが天音を見つめる質だったから。それに耳が赤い。
まるで和家が華音と初めて会った時のような照れくさそうな顔。
久しぶりにあの二人のことを思い出した。
これからの苦難を物ともしないと宣言した「運命の二人」
。
(心は軋むけど。私はあの二人を憎めない。愚かだとは思うけど。あそこまで狂える愛の熱情が羨ましい。
その熱のまま桔梗院家を盛り立ててくれると祈ろう。
わたしはわたしの自由と幸せのために足掻かないと。
あと一年で成人する。時間はないわ)
宿屋の一室でいつの間にか天音とカズールは二人っきりだった。あの狩人の兄妹のために「恋人」と嘘をついたのだ。騎士団の人はそれが『虚偽』と勘づいているだろうとは思うのだけど。天音の侍女の琴乃と綾乃は信じ切っていた。
天音を身を挺して守ったカズールはさながら『窮地を救った騎士様』なのだ。
(あそこまで単純に喜べるのがあの子達の純朴さ。良い所だわ。わたしも喜べたらどんなに良かったか………)
未だにうっとり天音を見つめるカズールが天音の白銀の髪を一房掬い上げ口づけた。
いつもキツく結い上げるのにいつの間にか解れてしまったらしい。
「わたくし、いつまで恋人のふりしなくてはなりませんの?」
天音は不快さを全面に出しながら呟いた。
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