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旅立った天音と怪しい青年3

 ガズ―ルは相当嬉しいらしい。

彼の声色は喜びに満ちていた。それが演技でないなら國への反逆心を募らせた亡命ではないらしい。

そういった者は大抵国の皇太子の話などしたがらないから。

したとしても表情の機微に一瞬嫌悪感が出るものだ。

彼にはそれはなかった。


「え………?ん………?」


天音を見つめる彼の瞳が輝いている。


(あ………。彼皇太子信者かしら?

それなら当たり障りないこと言わないとだわ。

良いこと………。良いところ………)


天音はレディらしからぬ自覚はあったけど唸った。

そんなに興味深い話をした自覚はなかったから。

皇太子の情報を思い出した。


「彼は「賢王」になるのではないかしら。

皇国の皇太子もおちおちしてたら負けてしまうかもしれないわね?ヒイズ國が羨ましい限りだわ?」


「へえ………?何故そう思うんだい?」


「え………?」


彼がますます真剣な瞳で前のめりになったから天音は首を傾げる。

世間話にしては熱の入った講義の問答のようである。

昔の女学院時代の教授とのやり取りを思い出した。


(御茶ノ海教授お元気かしら)


何やら奇っ怪なカラクリ人形を開発されていた研究者の恩師を思い出してしまった。変人だけど面白いおじ様だった。

知的好奇心旺盛な淑女らしからぬ天音を相手してくれた稀有な教授だった。


そんな彼とのやり取りを思い出しながら天音は頭の中の引き出しを色々開けてみた。

リップサービスも込みで知る限りの功績を並び立ててみようと思った。


「この国の新聞の情報レベルよ?そこはご了承くださいね?」


一応天音は予防線をはる。

天音も皇太子過激派のヒイズ國民と争う気はない。

適当な返事も出来たのだけどカズ―ルの瞳は真剣だった。


(異国の地で自国のことを知っている人に逢う。

彼も孤独なのかもしれないわね。

孤立無援………。寂しいものね)


これは命の恩人へのリップサービスだ。

彼の容姿などを褒めそやすのは悪手だ。

会って間もない女からの賛辞などおマヌケこの上ないだろう。それに褒められ慣れている気がする。


相手の興味のあることを知ったのならそれを生かさない手はない。

天音はにっこり微笑んだ。

ヴェールがなく微笑むのは何年ぶりだろうか。

少しカズ―ルの頬が柔らかくなったのを見て取れた。

好感だ。

良好な関係にはよい反応である。


(今は彼の喜びを優先しよう)


そう決意して話しだした。


「皇太子様の『氷のような冷徹さ』は民を裏切って汚職に濡れた高官や貴族にむけられたもの。

愚かな兄二人が策に溺れて自爆するよう仕向けた狡猾さもあるわね。

無血で皇太子に成り上がった実力があるの。

彼なら。暗殺だろうが謀殺だろうが兄弟に仕掛けられたはずなのよ。

それでもやられたから倍返ししたの。狡猾に冷徹に誇り高く。気高いわ。

優しいだけでは大切なものは守れないものね?王は冷徹さも必要だわ。そういう意味でも彼は皇太子に相応しい。

武芸も達者と聞くわ?自ら海賊討伐に赴いたりするそうじゃないの?


彼が打ち出した政策は素晴らしいものばかりよ。

彼のお陰で皇国との貿易は円滑になるよう法改正されたのよ?

そこらへんうちの国の大臣も見習ってほしいくらいだわ?

我が國の天子様とも親しいらしいのよ。

あのお方は気難しいので有名な方よ?気に入るなんて相当将来性があるのね?

まだお若いのに内政も外政も外交もそつなくこなしている。


その結果の皇太子の地位よ?それも彼が堅実に王宮での王子の務めを果たした結果でしょう?尊敬するわ」


自称カズ―ルがぽかんとしている。

その反応が予想外で天音はしまったと思った。


(あれ。噂では麗しい方だと聞いているとか。

そっち方面の賛辞をご所望だったかしら?)


皇太子の容姿もわからないのだ。政治などの功績しか並べられなかったのだ。


でも女が政治の話をすることをこの国の貴族は嫌がる。


どうも女を大事にする神の教えを歪曲して男尊女卑思考になりがちな殿方は多いのだ。

女はか弱いのだから力の強い男より一歩下がれの教えを出しゃばるなと解釈する輩が多い。

女は知ったかぶるなという風潮がある。 

彼の國もそうなのかもしれない。


(悪手だったかしら?)


恐る恐るカズ―ルの表情を探る。

でも彼から漏れたのは思わず身震いするほどの甘いため息だった。

隣の侍女達が悲鳴を上げた。

天音も一瞬彼を直視できなかった。


「君は本当に聡明な人なんだね?

内政のみならず外国の政策のことにも造詣が深いなんて。なんて素晴らしい女性なんだ」


彼の瞳が柔らかい蜂蜜を蕩けさせたように細まった。

その温かな陽だまりのような笑顔を見たら天音は急に落ち着かなくなった。

少し視線を彷徨わせて声が震えないように努めた。

幼き日の和家が言った言葉を思い出したのだ。


〝あんちゃん。

君はきっと聡明な素敵な女性になるよ。

待っててね。絶対に迎えにいくからね?

お勉強サボったらいけないよ?〟


彼の優しい優しい微笑みを思い出す。

そんな彼に見合いたくて頑張ってきたのに。

他の男性に褒め称えられるためではなかったのに。


嬉しさより虚しさが勝ってしまった。 

また彼の鳶色の瞳が天音を忙しなくさせる。

和家を思い出させる鳶色から逃げたいのに。

鳶色をみるたびに天音の初恋の甘やかさは蓋をしてもぶり返すのだ。



(これは社交辞令。社交辞令。

ヒイズ國の民は快活で褒め上手と聞くわ。

こんなに深く心に言葉が刺さらないようにしないと。

自意識過剰………自意識過剰)

 

なんとか平常心に戻した天音は自嘲した。

そしてカズ―ルに微笑み返した。


「聡明な………。そうなりたいとは思っていたのだけど。

本当にそうならわたくしは今この馬車には揺られてはいないわ。買い被りすぎよ」


「天音様は優しく聡明な方ですわ」


「そうでなかったらわたくし達、とっくに屋敷から出ていってましたもの!それか殺されてました」


侍女の琴乃と綾乃は口々に天音を褒めそやす。

屋敷では場所を選ばないと声高だかに天音を称賛できなかった彼女達は、これから褒め倒すことに決めたらしい。


天音のために不遇な扱いを受けていた彼女達を救い出せただけでも今回の成果だろう。


侍女達がどれだけ天音が優秀で可愛らしいかをカズ―ルにプレゼンしだした。

その喧騒を子守唄に天音はウトウトしてしまった。


(疲れちゃったな………。

人前で眠くなるなんて。本当に気が緩んでるんだわ………。

彼がいるのに………)


カズ―ルは柔和な笑みを天音にむけた。

その瞳が何故か天音を労っているように感じた。

彼が今日の怒涛の出来事を知っている筈がないのに。

その鳶色の瞳が優しくて不覚にも泣きたくなった。


「安心してお休みになってください。

貴女は必ず守りますから」


(お願いね。報酬の半分貰えなくなっちゃうよ)


「………………………………ありがとう………ございます」


辛うじてお礼を呟くけど睡魔に勝てなかった。


(おかしいな………。私不眠症なのにな)



夢現の中ですら天音の頭は休まらない。


後悔はないはずだ。

後悔はしつくした。

最善を尽くした。

それでも駄目だったのだから諦めるべきなのだ。


心残りがないとは言えない。

神殿は箱物だから何処でも舞姫は出来るけど、敬虔な信者を置いてきてしまった。

天音の手塩にかけ起こした事業を置いてきてしまった。

これから和家ともっともっと盛り立てていくつもりだったのに。


領民と信者を見捨てていくのは忍びなかったけど、桔梗院家の跡取りの自覚が芽生えた運命の二人なら大丈夫だろう。

領民も信者も。

出自を偽った天音より正当な桔梗院家の血筋が良いに決まっている。


罪悪感はあったけど天音は財産は半分ほど頂戴した。 

天音が稼ぎ出し生み出した財産だ。

自由にはお金は必要不可欠である。

それくらいなら赦されるだろう。


彼等が豪遊せず堅実に回せば赤字にはならない事業ばかり残してきた。

天音の肝いりは凍結して売り払ってしまった。

あちらの銀行に移したからしばらく天音達は暮らすには困らない。


(これから家族だからと庇ったり尻拭いしていたことが一気に桔梗院家に降り注ぐわね。


でもそれらはもう私には関係ないわ。

家族ではないのだもの。あの家の自浄能力に頼るしかないわ。遠くから祈るしか出来ないよね)


馬車の窓から見える一番星を眺めながら天音はそっと目を閉じた。



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


 「かず………くん」


馬車の中の静寂の中、鈴のような声が響いた。

怒涛の1日だったのだろう。

天音も侍女二人もすっかり夢の中だ。


カズ―ルは涎を垂らし眠る侍女達にブランケットをかけてやり、天音は自身の外套で包んだ。

昼間は汗ばむ季節とはいえ夕刻には流石に冷える。


彼女の目尻に涙が滲んでいた。

その真珠のような雫を指で掬う(すくう)


フ―ドを目深に被っていて今まで見えなかった天音の髪が開けて顕になっている。


その白い絹糸のような髪を一房取るとカズ―ルは口付けた。


「俺が守ります。安心して休んでください。

頑張りましたね………。頑張り………すぎた」


呻くようにカズ―ルは呟いた。






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