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旅立った天音と怪しい青年1

 〝皇国の最上位の『天子様』は神の子(人にあらず)


それが皇国の住民の常識である。


〝昔この国をある女神様がお創りになった。

その名はアマカオルニジノミコ。  



その女神様はこの小さな国を愛し慈しんだ。


彼女の祝詞(うた)は字の読めない人にも受け入れやすく覚えやすかった。


彼女の祝詞は人々を豊かにしたのだ。

時には心を。時には身体も癒やす不思議な秘術を持っていた。

彼女は舞いは多くの穢れ(けがれ)を癒やした。

彼女の舞を見ることだけでも人々は浄化されたのだ。


そんな彼女の血を受け継いだのが『皇国の天子』一族である。


天子の子孫は人にあらず。神の子である。よって『(かばね)』はない〟



「人にあらず………ね。」


天音は馬車に揺られながらボソリと呟いた。

そんな自分に驚いた。

今まで張り詰めていたのに素がでたのだろう。

あの家では『話すな』と常に言われていたから独り言などご法度だった。

ため息や泣き声すら折檻されたものだ。


そんな家とは縁を切ったのだ。

天音は虚しさと心が引き裂かれる喪失感を引き換えに『自由』を手に入れた。


(なんのための自由なのかしら)


少し。いやかなりやさぐれている自覚はある。

あのまま拒否していたらたぶん天音は監禁されていた。

華音と継母の背後には力自慢の男達が控えていたから。

もしかしたら貞操すら危ぶまれた。

だからあの逃亡は敗走ではない。


天音の尊厳をまもるための逃亡だ。


馬車に揺られながら青青とした田園地帯を見ていた天音はあえてずっと視線を感じていたのを無視していた。

だけどそれも思い直した。

旅の同伴者に天音の心中察しろなど傲慢である。


(命の恩人に最低限の礼儀は必要よね)


そう思い直し天音は視線を真正面の青年に移した。

目の前の青年はずっと天音を見つめている。

人懐っこい微笑みを讃えながら。

だけどその瞳はどこか獲物を捕えた野生の動物のような怪しい色を隠している気がした。


それはそうだろう。さっきまで彼は命のやり取りをしていたのだ。



天音がやっと彼を見たからますます笑みは深まった。



「『皇国の神話』の一説ですか?

〝皇国の最上位の『天子様』は神の子(人にあらず)


王様が神の子孫だなんて変わった国だよね。ここ」


「よくご存知ね?ヒイズから来た騎士様の貴方が聞いたら変な国とお思いよね。皆が望む完全な神なんて。いるわけないのにね」


「「おひいさまッ………」」


侍女二人が焦りながら天音の発言を諌める。

〝神の教えを伝聞する伝道師の役目の「舞巫女」が神を否定するなんて〟

と言外に言っているのだ。


「二人共。おひいさまはやめて。

私はただの『天音(あまね)』になったのよ。天音と呼んで?」


二人は赤くなり、まごまごしながらも了承してくれた。


「天音様………。神様も天子様もどこで聞いているかわかりませんわよ?」


「恨みたくなる気持ちはわかりますけれど………」


天音は苦笑いした。

侍女達は天音が神を恨んでいると思っているらしい。


「ごめんなさいね。違うのよ。

神はいらっしゃるのよ。

でもわたくし達を助けては下さる力はないのよ。

全知全能の神などいないってこと。

結局は幸も不幸もその人次第なのよね。そういう話よ」



天音は隣で天音を気遣わしげに伺っている侍女二人に微笑んだ。おかっぱの大人しい可愛らしい子が琴乃。髪の長い強めの美人が綾乃だ。


天音はお付きの侍女と馬車で帝都の桔梗院家の屋敷を去った。

それは大抵の事は見通して行動する天音には予想外のことだった。単身で屋敷を出ていくつもりだった。

まさか天音にそこまで忠義を誓うものがあの屋敷にいるとは思わなかったのだから。

あの『桔梗院家当主の血を受け継いでいない』と暴露された瞬間。屋敷でも天音に同情的だった者たちすら嫌悪を示したのにだ。


(しょうがないよね。彼等を騙していた罰よ。

さすが諜報に長けた『徳島家』。

父が隠し通そうとしたことまで愛の力で和家様は調べ上げた。

その熱意がこれから当主の仕事に向くことを祈るしかないわ。わたしは手伝うことは出来ないのだから)


それでも忠義が変わらなかった彼等には天音が充分手当を渡し推薦状も用意したというのに。それを拒んで天音と共にあることを望んだのだ。


本来それすら突っぱねるべきだった。

単身の方が身軽なことは確かなのだから。彼等もいらぬ苦労をする。

いつもの冷静な天音ならそうする

たった三人の召使いとはいえ身元を偽った一行が大人数では目立ってしまうから。


でも天音は拒めなかった。


(思ったより人恋しかったのね。わたし。

虐げられるのも。どんな理不尽も和家様に再び会えることを希望に耐えたのに。


………………初恋って美化されてしまうんだわ)


天音は和家と再び会えた時には歓喜に震えた。

彼との初めての出会いから五年は経っていた。

和家が13歳、天音が10歳の時であった。

彼は昔と変わらず優しい人だった。

皇国人には珍しい鳶色のサラサラの髪は彼の美貌を引き立てていた。

でもどんなに天音が昔、和家と出逢った時のことを語っても彼は思い出さなかった。

その出逢いの時彼は8つ。天音が5つの時のことだった。

しかたがないのだ。彼にとっては天音など幼き日の思い出にすらならなかったのだ。


それでも良かった。

彼は素敵な青年になっていた。

天子様から賜った舞姫となり家族以外には素顔を隠さなければいけない事情も汲んでくれた。彼は最初は優しかったのだ。


天音が色素の薄いことも気味悪がらなかった。

天音の髪は白銀であるけれどアルビノ特有の虚弱体質ではなかった。

白子症(アルビノ)の特有の日光に弱いこともなく、心臓疾患も視力の悪さもないことも説明したら理解してくれた。

政略結婚だけれど二人で仲良く共に歩もうと言ってくれた。


和家は礼儀正しかった。紳士だった。兄が妹を慈しむように大事に接してくれていた。

今思えばまだ子供の天音に気を遣ってくれていたのだろう。

天音が帝都女学院を自主退学してから帝都にいる彼とは頻繁には会えなくなってしまった。

便りは届かなくなった。

でも彼も天音からの便りの返事がないと何回も父に苦言があったという。 

その時見たのだ。継母と華音がほくそ笑んだのだ。


あの時から不穏な予感はしていた。

でも子供の天音は無力だった。

領地運営補佐、学習、事業の開拓、下女の真似事。

天音は馬車馬のように働いたのだ。

余暇などなかった。


帝都から桔梗院男爵が帰宅する時にはまともな令嬢を装わなければならなかった。

その時だけ唯一渡される和家からの便りは心の支えだった。

五年もの婚約期間に会えた回数は少ないけれどお互いに励まし合って高め合っていたと思っていたのに。


それも彼が可憐に成長した華音と出逢う前の話だ。

天音との信頼の日々など二人の愛の前には無力だったのだ。





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