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婚約破棄は催事の日に

短編版『さよなら初恋。虐げられた令嬢は偽りの恋から愛を得る』の連載版です。


感謝!週間ランキング84位。



結末は変わらないのでハッピーエンドが約束されています。

始まりはほとんど変わりませんが加筆されております。


短編の世界観が好きな方には蛇足的な話になります。


覗いてくださりありがとうございます。

 「桔梗院 天音(ききょういん あまね)嬢。

本日を以て貴女との『婚約関係』は破棄された。

私はこの真の桔梗院家の姫華音(かのん)嬢と新たに婚約する。

よって。

この祭事の『舞姫』も退任しろ。そなたには荷が重い」


「………………………」


そう名指しされた桔梗院男爵家長女天音(あまね)は言葉を失った。

彼女の周りの神官や巫女たち、親族一同唖然としている。

まさかこの目が回るほどの忙しい催事直前の一族の(みそぎ)を清め払う儀式の前にこんな茶番が始まるとは思わなかったのだから。


今日はこれから一族をあげて執り行う『大舞姫祭(一大イベント)』の準備の真っ只中なのだ。

国の絶対君主『天子様(てんしさま)』に舞を奉納する日。

各地にある数多の神殿の中で桔梗院家神殿の奉納の舞が選ばれたのだ。

誉れ高い催事でありこの一ヶ月天音が心血を注いだ催事。

天音の研鑽と尽力が報われる晴レノ日なのだ。



それなのに、天音が一番大切にしている仕事を手伝いも敬いも研鑽もしてこなかった人達。

そんな人達がすでにこの催事を穢し始めているのだ。



この国『皇国』は八百万の神(やおよろずのかみ)という土地に根付いた様々な神たちを信仰している『多神信仰』国家である。


そして他の国と類を見ないのが国の頂点に燦々(さんさん)と君臨する絶対君主で在らせられる『天子様(てんしさま)』は〝八百万の神の頂点を治める女神様の子孫〟だということ。


そのためこの国は『神殿』の力が強く民は『神民(かみのたみ)』と呼ばれる。

その神殿の催事を取仕切るのが国から認められた神官でありその最高位が『舞姫(まいひめ)』なのだ。

八百万の神を慰め清め(みそぎ)払う。

神民の心の拠り所になり祝詞(うた)で字も読めない貧民にも神の恩恵を慈悲を贈る。


そんな誇り高い『舞姫』の役職を彼等は手渡せと愚かにも発言しているのだ。


もう婚約破棄の衝撃よりも悲しみよりもこの誇りを穢されたことに天音は愕然とした。

言葉は出ず、出るのは自嘲めいたため息のみ。

催事のために被っているヴェールの中で隠れている天音の眉間はヒクリと戦慄いていた。

今までここまでの怒りを感じたことがあるだろうか。


(なんでこの二人は日を改める(・・・・・)ということもできないんだろうか。

何も今日この日じゃなくても良いのに。

もう………本当に。救いようがないんだわ)


天音(あまね)は呆れはしても驚きはなかった。

予想はしていたこととはいえこの状況にため息をつく。

想定もしていた。

あの浅はかな妹なら必然(・・)だったのだから。

だけど改めて対峙してみるとあまりに馬鹿らしくて二人を見ると頭痛がしたから眉間を抑えた。


その様に彼女はいたくお気に召したらしい。


目の前にいる義理の妹華音(かのん)は一見すると困り顔でこちらを伺っている。

烏の濡れ羽のような艷やかな髪を惜しみなく風に晒している。

これから姉が催事のために神事(おどる)というのにその姉より艶やかな衣装を身に着けている。

自分こそ『舞姫』に相応しいといった顔だ。

確かに華やかで美しい。

だけど性根の悪さは隠しきれていない。

扇に隠された紅がさされた小さな口は愉快そうに歪んでいる。

彼女は今までその美貌と愛嬌で数々のものを手に入れてきた。

彼女は長女の天音よりも多くのものを望みそれは与えられてきた。

欲しい物は奪ってきたのだ。

そんな強かな妹が姉の婚約者で将来有望な見目麗しい青年を欲するのは必然だった。

彼女は強欲なのだ。

だけどその大きな瞳を潤ませながらか細い声を出している。

隣にいる気弱そうな男に縋り付いている。



「ッ…………お姉様。ごめんなさいッ…………。

和家(かずいえ)様がまさかお姉様ではなくわたくしを見初めるだなんて」


「華音………。僕の姫。君が謝ることはないんだ。

僕等のことは『運命』なんだ。


それを引き裂こうとすることのほうが罪だと思わないかい?」


鳶色のサラサラの髪を揺らめかせながら天音の『婚約者』徳島 和家(とくしま かずいえ)はその美貌を惜しみなく甘くして華音を見下ろしている。華音を後ろから抱きしめている。

その甘い瞳を見たら否応なしに彼が『本気』なことはわかった


ただその本気を発揮する場所を間違えている。


この人は実家の徳島家から『桔梗院家』への婿入りの打診兼当主補佐見習いとして来たのだ。

すると父が帝都に行って留守だと知ると見目だけ(・・・・)は麗しい華音と意気投合。

本来の婚約者の天音が今日この祭事のためにあくせく働いているのを余所に乳繰り合っていたのだ。

天音はそこは目を瞑った。

貴族の家の中で姉妹がお手付きになることは良くある。

寧ろ忙しい姉に代わり『身体の関係』は妹が担ってくれるなら万々歳だとすら思った。


だから放っておいた。

それが最悪のタイミングで我が家の恥を晒す形になったのだ。


「お母様。このことは徳島の伯父様もお父様も勿論ご存知ですよね?」


「何が問題なの。

徳島家は『桔梗院家の姫(・・・・・・)との婚約』を打診されたのよ。

我が家の姫は華音よ。

貴女ではないのだから、被害者面はお止し。

その地味な装束(しょうぞく)で舞うの貴女よりうちの可憐な華音のほうが『舞姫』に相応しいのよ。

貴女みたいな白子症(アルビノ)の奇人がまともな花嫁になれるとでも?

ヴェールでその醜さを隠してまでその役目にしがみついている憐れな子。

今日は『天子様』が拝聴なさる我が神殿の『大催事(晴れの舞台)』なのよ。

いくら舞が一番優れているからと。天子様のお目汚しになるでしょう。弁えなさい」


天音は『運命の二人』の後ろでほくそ笑みながら喚き散らす女を一瞥した。

彼女もこの場に相応しくない華美な装いだ。

何回彼女の夫が諌めても変わらない下品な装い。

彼女は『大陸』の貴族の出自だ。

あちらには神がいないらしく『祭り』と『神事』の区別が出来ないのだ。


この桔梗院家の後妻として入ってもう二桁の歳月なのに変わらない人だ。

妻としては正解なのだ。

当主はそんな彼女に惚れたのだから。

『簡単には折れないし死ななそうな妻』を望んだのだから。

早くに最初の妻を亡くした反動なのだろう。

愛する最初の妻と真逆な妻だ。


そんな彼女もこの場に相応しくない『運命の二人』の味方なのは確かだろう。


天音は背後に控えている一族の者や侍従一族と目を合わす。

青ざめている者賛同している者憤慨している者の三つ巴と言ったところか。

天音はため息をついた。


「当主のお父様がいない場。催事がこれから執り行われる場ということはお分かりの上の告発(・・)ですね?」


「まあッ…………。いつまでも当主の父親の権威に縋るなんて。卑しい子ッ…………。

貴女を庇う優しいお父様には見せないようにこの場を設けたのよ?

これ以上の恥を晒されたくなかったら『舞姫』の役を降りなさい」


「…………。確かに。優しいお父様が聞いたら卒倒しそうですわね。こんな茶番は確かにお見せできないわ」


「大事にしたくないんだ。天音嬢。

何も君をこれ以上貶めようなど思っていない。

舞くらい良いじゃないか。今日は我が婚約者に譲ってくれないか」


いつも大人しく従順な天音の言葉が意図しなかったのか。

それか未だに動揺もせずのらりくらりな天音が予想外だったのか。

和家こそ動揺しているようだ。いや未だに彼等を冷ややかに見つめる小娘の瞳に臆している。ヴェールに隠されているのに睨んでいるのはわかるようだ。

こんな大それたことをやらかした割に肝が据わっていない男である。その様子から今日のこの茶番は妹の発案なのがわかる。


(特に秀た所はなくとも程々に勤勉で優しく大人しい。そんなアクのない無個性な所を婿としてお父様が見込んだのに。

今やその長所すら霞んでしまったわ)


天音は呆れながらも対話は試みた。

彼等は催事場への通路を塞いでいる。

無視して通り過ぎることも出来ないのだから。


「ちなみに。

『舞姫』は役職なのです。天子様から賜った地位。

それを譲ることは不可能なことはご存知?」


天音が粛々と述べる姿がお気に召さないらしい。

天音が『舞姫』をすぐ譲ると疑わなかったのか。


(この人達は本当にわたしを取るに足らないものだとおもっているのね)


父が帝都に行き留守がちなのをいいことに家で天音は下女よりも待遇が悪かった。

そんな天音を使用人達も扱いに困っていた。

天音の不遇を嘆く者。実質女主人の奥方の意を組み冷遇するもの。そんな奥方に服從し虐げられた令嬢が今日初めて我を通すのだ。

彼等は怪訝そうである。


確かに天音は彼等の行く末などどうでも良かったから基本事なかれ主義であった。

今までは。

でもこの場を穢されたことで天音は目が覚めたのだ。

己が大事にしなければならない誇りを。

しがみついていた家族も初恋も幻想だったと残酷にも思い知ったのだ。


天音がいつまでも譲らないのがますます華音の癇に障ったらしい。「お姉様の恥は隠したかったのだけど………」と心にも無いことを呟きながら前進する。

華音は扇子に隠していた可憐な口火を歪ませながらほくそ笑みだした。


「貴女が賜った地位は『桔梗院家の令嬢』だから。

貴女のように『お父様の血を受け継いでいない娘』が偉そうに!」


「華音ッ…………。何もそこまで人前で明かすことはないじゃないか」


「不義の子が偉そうに天子様から賜った役職に付いているのよ?貴方もわたしのほうが相応しいと言ったじゃないの。

天子様が今日はおみえなのよ?わたしが舞うべきなの」


これはさすがの天音も虚をつかれた。

その反応が正解だったのだろう。

やっと天音の動揺を引き出せたものだから華音は至極ご満悦である。天音は背後に控えていた神官や巫女たちに神具の鈴を譲り渡した。彼等こそ可哀想なほど狼狽している。泣いているものまでいる。

彼等は天音の戦友であった。

でも一介の雇われ神官や巫女たちが声を荒げて何が出来るだろうか。

そもそもこの催事。

舞姫以外私語厳禁なのだ。神の怒りを買う。


そのことだけは華音も継母はわかっているらしい。

催事の真っ只中こそ、天音の味方は誰も声が出せないのだ。

敬虔な信者でもある彼等こそ神事を穢せない。

今この場でこの愚かなものに物申せる味方はいなかった。


(ここまでとは………ね)


「………なるほど。和家様。良く調べましたのね」


「和家様はわたくしのために調べてくださいましたのよ。偏に我が家の恥を天子様に知られないためよ」


(その中途半端な有能さをお支えしたかったのに。

それも愛する華音のために発揮した力。

その力はあるのに。何故もう少し思慮深くなれないのかしら。恋は盲目なのね)


妹がますますせせら笑う。

その場の一族の者の表情は強張った。

さっきまで天音に同情的だった者の一部も心変わりしたらしい。



(それが切り札なのね。

本当に恥に恥を上塗りするのが得意な方たちね)


天音は薄く笑った。

涙目の彼女付きの侍女達も青ざめている。

天音は深く息を吐く。 

この不利な状況でも慕ってくれた数少ない侍女達には辛い思いはさせたくなかった。

そのためにも努力してきたのだけど。


(お父様。ごめんなさい。

もう少し庇い立てしたかったのに。この方達は一線を超えてしまったんだわ)


この人達も一族も。

今日この日を以て他人になるのだ。


「それが。桔梗院家と徳島家の総意でよろしいですね」


「ッ…………そうだ」


「………両人ご当主不在ですがよろしいですね?」


「ッ…………我等を子供扱いするか」


「わたくし達は『跡取り』。貴女よりも上の者の言うことに従いなさい」


華音が天音の横面を叩いた。

『運命の二人』は天音を見下ろすように糾弾した。

二人は何か怯えているようだ。

天音があまりに冷静過ぎるからだろう。


「確かに。『立場が上の者の言うこと』はこの国では絶対ですわね。

なら。わたくしは身を引きましょう」


天音は式典用のヴェールを外した。

だけど背筋は伸ばしたままにした。

どんなに悲しく怒りに震え打ちひしがれていたとしても。

誇りを失いたくなかった。

瞳は逸らさずまっすぐ彼等を見つめた。


目の前の和家は天音の素顔を初めて見た。

驚愕している。

妹から醜女だと聞かされ確かめもせず鵜呑みにしていたのだろう。


式典は『神を慰める儀式』。

『舞姫』は神に見初められないように日頃から家族以外には素顔を晒してはいけないのだ。

それは和家と婚約したときからだ。

後日の婚約式で和家が家族になればお披露目されるはずだった。

それらを勉強不足のものは知らず学ばず聞かず。天音を気味悪がった使用人達も驚いている。


(帝都の使用人達のほうが学があったわね。

こんな些細な常識もわからないような質しか集まらない家門ならそれまでだったのだわ)


背後の桔梗院一族の者に振り返る。

彼等の中にも天音の素顔をしっかり視認したものは少ない。驚きの声がそこかしこに聞こえた。

 

「あれが………?醜女?

髪など白銀の美しさじゃないか………?

単純な………アルビノではないぞ?」


「あれでは『神が攫う』のを危惧するのは納得だ。こんな美貌を隠していたのか?」


「菫色の………瞳?」


「あの瞳はどこかで………?」


一族の中にチラホラ動揺の声が聞こえる中、天音は彼等にお辞儀をした。

その優雅さに皆が固まった。

『色なし』と言われた虐げられた令嬢の素顔のお披露目と相まって帝都式のお辞儀は大変目立ったらしい。

和家の息を飲む音がした。

彼の頬は赤らんでいる。

その様も華音は歯噛みしながら見上げていた。


天音は和家と初めて真に目を合わせた。

今更和家から色よい反応が得られても嬉しくはなかった。

この祭事が終わり正式に婚約式をしたらお披露目するはずだったのだ。

彼も天音が婚約式まで顔を晒せないのを了承したと聞いていたのに。

彼はそれも待てずに華音に惚れ込んだ。


その時に諦めたのだ。

天音はこの状況になることは覚悟していたのだから悲しくもならなかった。

悲しくはない。

あるのは喪失感だ。

美しい初恋は幻だったのだ。

天音が尊敬し憧れ恋した和家はもういないのだ。


「お世話になりました皆様。ご機嫌よう。

桔梗院家と徳島家のさらなる発展をお祈りしております」


天音はお別れの挨拶をした。

最後にもう一度天音は和家を見上げた。

彼の鳶色のサラサラの髪は幼い頃と変わらず美しかった。

この国では珍しい色。

黒髪がほとんどの国民の中で珍しい鳶色の髪。

天音の『鳶色の王子』は妹のものになった。


(さようなら。わたしの初恋)


天音は精一杯微笑んだ後退室した。

背後から和家の静止の声が聞こえたが振り返らなかった。


その場でしたり顔なのは義理の妹と母だけであった。



 

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