【とある魔族に伝わる伝承】
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遥か昔、神話の時代。
とある法術に優れた神がいた。
その神は法術を操り、大地を、大海を、大空を、そして世界を創造した。
そして、自身の姿形に似た固有種を創造し、自らの知恵と法術を分け与え、その世界に住まわせた。
それを見ていた他の神々はその法術の腕前を賞賛し、その世界に我らの固有種も住まわせてほしいと懇願した。
《法術に優れた神》は喜んで受け入れ、さらにはその世界に順応した種に進化させる手伝いをし、法術も僅かながら扱えるように助力した。
その様に感動した神々は《法術に優れた神》の配下になることを約束し、未来永劫刃は向けぬと誓った。
しかし、その様子が気に食わない神もいた。
その神は法術は扱えず、ただ、狡猾さのみを持っていた。
〈狡猾な神〉は《法術に優れた神》に頼ることなく、自らの世界を創造できないかと考えた。
しかし己の力のみでは到底世界など創造することはできない。
〈狡猾な神〉はしばらく悩んだ後、妙案を考えついた。
「そうだ、《法術に優れた神》の創造した世界の裏を利用しよう」
〈狡猾な神〉は手癖の悪さで《法術に優れた神》の世界の力を利用し、《法術に優れた神》の世界の裏にそっくりな世界を創造することに成功した。
そして、自らの固有種をその世界に住まわせるだけでなく、力が弱く、《法術に優れた神》の世界にも興味を示さなかった神々の固有種もその世界に住まわせた。
《法術に優れた神》はその様子を見ると、怒るどころか〈狡猾な神〉を賞賛した。
「見様見真似とはいえ、僕の世界の力を利用して世界の裏にこんな世界を造れるとは見事だね」
「それで満足してくれたのなら僕は君を咎めないし、裏の世界に下手な干渉もしないと約束するよ」
しかし、〈狡猾な神〉がその程度で満足などする筈も無い。〈狡猾な神〉は狡猾でありながら強欲でもあるのだ。
〈狡猾な神〉は次に《法術に優れた神》の力、“法術”に目をつけた。
そして、さまざまな策を弄した末、《法術に優れた神》の力を一部盗むことに成功してしまった。
〈狡猾な神〉は、自らの固有種が法術を扱えるように力を与えた。
そして、これで《法術に優れた神》と同じ土俵に上がったと高らかに笑った。
《法術に優れた神》は怒った。
決して力を盗んだことに対してではない。
勝手に法術を順応もしていない固有種に与えたことに対して怒っていた。
「〈狡猾な神〉の固有種は法術を多少扱うことはできても、安全に使うことは難しいんだ」
《法術に優れた神》は、決して盗んだことに対しては咎めない代わりに〈狡猾な神〉の固有種を順応した種に進化させることを承諾してほしいと頼んだ。
しかし、〈狡猾な神〉はそれを《法術に優れた神》の配下になることだと認識し、断固拒否した。
《法術に優れた神》は致し方ないと判断し、世界に使徒を遣わせた。
《法術に優れた神》は使徒に順応進化の権能を与え、〈狡猾な神〉の固有種を適応進化させることを命じた。
〈狡猾な神〉はそれに対抗するために、過剰に法術の力を与えた変異種を誕生させた。
そして、《法術に優れた神》の固有種は悪だと教え、その使徒の抹殺を命じた。
《法術に優れた神》の使徒は始めの内は交渉しようと画策した。
しかし、〈狡猾な神〉の入れ知恵により話し合いすらまともにできない状態が続き、使徒は侵攻を選択した。
そして〈狡猾な神〉の固有種はそれに対抗するといった戦争状態が続いた。
そうした代理合戦を何百年と続ける内に、世界の表と裏の境が徐々に曖昧になり始めた。
互いの世界が互いの世界を侵食し合い、境は時空が不安定な場所となっていった。
そして現在も相互侵食は続いている――。
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―――
「《法術に優れた神》って誰?」
「それは偉大なる魔神様のことだよ。ほら、魔神様の法術だから『魔法』や『魔術』と言うし、配下の神々の固有種は『魔獣』と呼ぶんだよ。」
「それじゃあ〈狡猾な神〉は?」
「それは人間の神様だね。ほら、人間の体は魔族と違って魔素でできていないから魔法は精密に操作しないと魔力暴走を起こして怪我をするでしょ?」
「そして魔神様の使徒が『魔王』様で、人間の変異種が『勇者』ってわけだ。」
―――