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092話 決闘しよや

 思わず外を駆け出したくなる程の快晴。照り付ける太陽がじりじりとアスファルトの路面を焼く。

 久しく快晴という概念を忘却していた下界リフリアを模した薄蒼の世界――秘境(ゼロ)で二人は一体の幻獣を追いかけ回していた。



「返しな、さいっ!」

『ピギエエエッ!?』

「サキノ、九時の方角だ!」



 美麗な白騎士サキノ・アローゼの白刀が宙と戯れる。上段から振り下ろされ空振りに終わった刀はキィンっ、と影に冷やされたアスファルトを叩く。狙った幻獣は刀の下へ。そう、影に()()()()()()幻獣をルカは橙黄眼の未来予知で幻獣の出現方向を先読みして、サキノへと伝達する。


 影鳥ペリュトン。

 白い羽毛に覆われた鳥の胴体と翼、鹿を彷彿とさせる細い四肢。強さを誇示するかのように幾度も枝分かれした二角が牡鹿の頭部に生えているが、その武器は一度も牙を剥かない。それもその筈、ペリュトンは影場を逃げ回り、一向にルカ達と戦う姿勢を見せないのだ。

 特別な能力と言えば影場へ潜れる事、そして影を奪うことが出来る事。初撃の突進に折衝を試みたサキノの影へと潜り込んだペリュトンはサキノの影を奪い、それ以降二人から逃走を繰り返していた。

 影を強奪されたサキノの身体に外傷は無いが、照り付ける太陽の元へと身体を出した時に異様な熱波を感知し、長時間の日面に立つことが苦になっている。


 翠眼を解放したルカや、白光による強化を施したサキノの移動速度に敵う影鳥ではないため逃げ切られる事はないだろうが、怯えながらも逃げ惑う姿は少々罪悪感を感じずにはいられなかった。

 影下に潜ってはひょっこりと顔を出し様子を窺う。まるで遊び相手が欲しいとでも言うかのような素振りだが、当の本人であるサキノはそれどころではない。幻獣が口に咥えた黒き影らしきものを取り返さなければ、架空の吸血鬼(ヴァンパイア)のように日の下を歩けなくなるという嫌な想像が頭に湧き上がる。


 影の切れ目――影間の移動――では一度身体全てを現さなければならないようで、狙い目はその瞬間しかない。ルカの未来予知と弓矢や電磁砲といった遠距離砲の組み合わせで仕留めても良かったが、サキノは己の失態は己で取り返すと気迫の籠った気炎を吐き今に至る。

 というのも驚異的な成長を遂げ【暴君】と畏怖されるラウニー・エレオスを自力で倒したルカにサキノは感化されていたのだ。流石に影下に潜り込んだ敵を探知する術はサキノには無かった為、ルカが位置情報を伝達するといった連携が出来上がっていたがどうにも捉えきれない。



「んー……未来予知は便利だけど連携には不向きか……?」



 ルカが推測した未来予知の難点。先読みすると言っても僅か先の未来しか前借することが出来ない為、口頭で指示するには時間差(タイムラグ)が生じてしまう。ルカが自身のみで予知と行動を完結するのであれば伝達という過程を無視して行動に移すことが可能だが、他者を動かすとなれば伝達、理解という過程を経由しなければならない。例えコンマの世界の遅滞であっても戦場ではその差は何よりも大きく、サキノがペリュトンを捉えきれないのはその僅かな遅滞にあるような気がした。


 その一つの明確な実体験がヒンドス樹道での出来事――リキッドリザードを囮にしたミノタウロスの奇襲だ。リキッドリザードの妨害があったとはいえ、未来が見えていたルカが危険をマシュロに疾呼した時には既に遅きに失していた。偶々マシュロが絶対防御という能力を保持していた為に救えた命達であったが、絶対防御がなければ確実に子供達もマシュロも命を落としていただろう。

 どうにかしてこの時間差(タイムラグ)を埋めることが出来ないものかと、ルカは自身の力量不足を懊悩へと変換するものの具体的な解決案は浮かばない。

 自分が見た未来を仲間にも見せる事が出来れば随分と楽なのになぁ、とサキノの後を追いながら無い物ねだりに耽る。



「あーん、もうっ。動き自体は早くないのにぃ……」



 ルカの指示に何度も突き動かされるが、あと一歩が届かないサキノは難渋に柳眉を顰めてしまう。困惑顔も膨れた頬も戦場では滅多にお目にかかれないサキノの表情に、ルカは場を弁えずに苦笑を漏らしてしまった。

 そんなルカの苦笑を余裕と受け取ったのか、サキノはペリュトンを追いかけながら益々膨れっ面を激化させる。



「なーにルカ、その余裕の笑みはー? 早く倒しなさいって思っているんでしょうっ」

「え? そんなこと思ってないって。それに笑ってるだなんてとんでもない、サキノの成長を感じてただけだぞ?」

「ほら! 成長してない事を笑っていたんじゃない!?」

「話が噛み合わないな!?」



 むーっ! と風船のように膨らむ柔らかそうな頬。

 遺志という仮面を被っていた頃と比べて物腰柔らかになったサキノの内面的な成長を伝えた筈が、戦闘面での成長を衝かれたと誤認したサキノ。

 決して成長していない訳が無いのだが、ルカの進境の著しさを目の当たりにしているサキノにとっては、己の成長など霞んで見えるのも当然だった。



「先を歩いていた筈がいつの間にか置いて行かれてるような気にね……」

「うん?」



 横に並ぶルカが許可を得ずに顔を除くと、儚く悲し気な表情を取るサキノが。

 速度に乗じた風音がサキノの小さな呟きを掻き消し、ルカの鼓膜へと届くことは無かった。

 そのサキノの表情を理解出来なかったルカは小首を傾げるも、サキノは一瞬でパッと顔を振り上げて地上へと飛び出た幻獣へと刀を振るう。またしても白刀は空を斬ったが、サキノは周縁の地形を確認すると脚を止めた。



「本当はまだそこまで制御出来る自信は無いのだけれど……ルカだけが強くなってる訳じゃないってところ見せてあげる」



 決意を胸に、ふぅ、と短く大きく息を吐いたサキノは刀を鞘へと納刀し。



紫紋(しもん)



 短い呟きとトンッという足鳴りを右足で一つ叩き落とす。

 そのサキノの予備動作を契機に周縁の空気が一変した。

 まるで止水の水面に一つ水滴が落とされたかのように魔力が拡散し範囲を広げていく。直径にしておよそ二十メートル。サキノを中心に展開された『領域』の中では張り詰められた糸のように空気が緊張していた。表情も、纏う空気も変容したサキノにルカは出現位置を伝達する事が出来ない。それほどまでにサキノの集中力は高まっていた。


 瞑目して時を待つサキノは左手で鞘を、右手で柄を持つ。

 そのサキノの姿勢にルカは覚えがあった。武芸部で学んだ極東の武術『居合』だ。

 出身地が極東であるサキノが居合術を知っているのは道理だが、ミュウや幻獣、ヒンドス樹道で魔物と交戦した際には見なかった攻撃風景に、ルカはようやくサキノが発した『制御』の言葉の意味を理解した。

 決着の時はそれほど遅くは訪れない。

 ペリュトンが影場の移動の為、僅かに顔を出した瞬間。



明鏡紫水(めいきょうしすい)



 ルカの指示も無しにピクリと右方に抜刀一閃、()()()()()ペリュトンの首を両断した。



『ピ――ェッ?』



 転瞬の出来事だった。影鳥ペリュトンも何が起こったのか理解出来ないままに血飛沫を上げて肉塊へと成り下がる。



「マジでか」



 影鳥が口に咥えていた影らしきものが地へと落とされると、音もなく凄まじい勢いでサキノの足元へと帰還を果たす。

 呆気ない幕切れにルカの感嘆の声が戦場に落ち、サキノは残心の構えを解いて再び納刀した。



「ふー……、どうルカ? 私もちゃんと成長しているんだからねっ!」

「いや凄いよ……領域内に踏み込んだ敵を遠距離から斬断する技か?」

「そうね。ただ混戦時は使用不可だし、魔力を領域として展開出来る相手には打ち消されたり、射程距離外の攻撃からは弱かったりと改善点はあるから多用は出来ないけれど。でも条件さえ整えばほぼ必中の技よ」



 遠距離居合。紫電重閃(しでんじゅうせん)が追加斬撃なら、明鏡紫水は自由斬撃といったところか。魔力を周囲に充溢させることによって距離の開いた敵を切り刻むことが出来るサキノの新しい切り札。ミュウの傀儡蠍(スコルピオネット)に苦戦を強いられ、己の弱点(ウィークポイント)を突き詰めた末の新技に、ふふん、と誇らしげに豊満な胸を張る。


 いつの日か文献で目にした極東の『サムライ』を想起させる居合術に、影鳥ペリュトンは身体の色素を希薄にしていき、秘境(ゼロ)で揺蕩う泡沫に呑まれていった。

 ペリュトンの消滅を横目に確認したサキノは肩から力を脱し、己の足元へと眼をくれ、恐る恐る太陽の下へと踏み出た。



「良かった……ちゃんと影も帰ってきたみたいね」

「俺達を襲わない幻獣ってのもいるんだな。全部が全部暴虐の限りを尽くすもんだと思ってたよ」

「今回は本当にレアケースだと思う。私もこれまでに何度も戦ってきたけれど戦意が無い幻獣は初めてだよ? ちょこっと可哀相な気もしたけれど」



 己の影が機能を回復させ、体に異常も現れない事に安堵を漏らす。

 稀有な幻獣の生態により討伐に苦戦しないこともあるのだと、いい意味で想像を裏切られたルカは腕組しながらサキノの背後に佇む。

 振り返ったサキノは天へと帰っていく幻獣へ微かに惻隠の眼差しを一瞬送った。

 同情の余地はないだろう。いくら無害な幻獣とは言えども放置は下界と魔界(ふたつのせかい)が併合してしまう危険性を秘めているのだから。



「そう言えばルカ、ラヴィの勉強の様子はどう? 試験に向けてルカの家に入り浸っているでしょう?」



 哀愁を霧散させたサキノはルカの黒眼を見つめながら淡く笑う。

 親友の頭の足りなさを憂慮して、また、ここ四日程ルカの側から離れないラヴィの様子を窺う。



「残念ながら全くだな……家事は俺がやるからその時間を勉強に充てろって言ってるのに『これは妻の役目だから譲れない!』って……で、いざ勉強するってなったら一時間持たずに夢の中だ」

「ラヴィらしさ全開だね……でもそんな出来る奥さんがいてくれて、ルカも幸せ者じゃない?」

「奥さんじゃないしそんな関係でもないだろ……」

「じゃあ私もルカの家に遊びに行っちゃおうかな?」

「じゃあって何!?」



 くすくすと笑うサキノの動き出しに、ルカは隣に並んで下界行きの妖精門(メリッサニ)を探し始めた。



「ふふっ、でもそのラヴィがべったりだったお陰って言う事もあって、伝えたい事があったのだけれど中々切り出せなくて。遅くなっちゃったけど、魔界でルカ宛に護衛依頼が届いているの。何だか凄い大物……他国の姫って話だけれど、ルカ何か知っている?」



 しなやかな指を顎に当てて小首を傾げたサキノは尋ねる。

 他国の姫、という単語が記憶の片隅に吊り下げられていたルカはたった一人の人物を想起した。



「あー、シュリアか?」

「そう、シュリア・ワンダーガーデン様。一国の姫がどうしてルカに、って団長に聞いても本人に聞けとしか言われなくてね、一体何があったの?」

「魔物に襲われてるところを、マシュロとポアロと一緒に助けただけだぞ? 大したことは何もしてない」

「大したことはしていないって言えるルカが凄いのよ……って、また変わった面子だね……また私のいないところで……」



 最後の言葉はごにょごにょ言ってルカが聞き取ることは叶わなかったが、客観的に見ればどうしてこの面子が揃うのだろうと怪訝に思うのも不思議ではない。

 ルカからすればその場に居合わせた戦闘が出来る者と言うだけの都合だが、サキノにしてみれば一番最初に仲間になった筈の自身が除け者にされているようで心で澱が燻ぶった。それも【クロユリ騎士団】という大派閥に与している為、行動が異々であるのは必然なのだが、どうしてかやるせなさが残ってしまう。



「シュリアが近々会おうって言ってたのはこの事か。俺は構わないが内容はラグロックまでの護衛か?」

(べ、別にルカと常に行動していたいってわけじゃないけれど……そう、これはルカが無茶をしないように心配してるだけだから!)



 自身で考え得る可能性を示唆するルカに対し、悶々とするサキノは話を聞いていない。

 内心で自問自答を繰り返す挙動不審なサキノへルカは訝しげに近寄った。



「サキノ?」

「は、はいっ!? どうし――近いっ!?」

「あ、いや、すまん。なんか様子がおかしかったから……内容はシュリアの都市帰還の護衛でいいのか?」



 驚いた猫のように飛び跳ね、一目散に距離を取るサキノは心臓をバクバクと打ち鳴らす。

 平然としていながらもルカは少しだけ傷付いていた。



(どうしてルカにここまで翻弄されちゃってるの……? 今までこんなこと無かったでしょう!?)



 どうにも最近調子が狂わされている。ルカを信頼した証なのか、仲間を求めていなかった頃に比べて気が緩んでいるのか、サキノは心の調子がおかしいことに難儀していた。

 しかし「私はサキノ・アローゼ、無様な姿は見せられない」と遅きに失した決意を固めて、凛然を取り繕い、白い長髪を背後に流した。



「ごめんごめん。時期や報酬とかの詳しい話は聞かされていないけれど、内容は自国までの護衛だね。とりあえずルカに受諾の意思があるかを確認して欲しいって言われただけだから、ルカにその気があるのなら後は交渉って流れになるね」

「一国の姫、ね……シュリアが俺をご指名だって言うのなら、力になるが。報酬のこさは何でもいいよ」

「わかった、でも報酬面でそれはよくないかな。細かいことに頓着しないのはルカの良いところだと思うけれど、自分の命も懸かっているのだからそこはちゃんと話し合って決めないと。もしもルカがどこかの騎士団に加入を決めたとしても、個人指定で頼めば格安で請けてくれるって舐められちゃったら騎士団にも迷惑がかかっちゃう。勿論ルカの危険は言わずもがな。今回は一国の姫シュリア様だから足元を見るような事はしないだろうけれど、交渉術は身に付けておいた方がルカの為でもあると思うよ?」



 魔界の細事を未だ把握していないルカは依頼されているのであれば全うするだけだと談ずるも、先駆者であるサキノはそれを良しとしない。ルカがこれからどこまで魔界に関わりを持つのか、どんな騎士団に加入することになるのかは不透明だが、後来に不安点を残すのはルカの為にはならないだろう。

 出来る事なら交渉の場にも同伴してあげたいところだが、それを決めるのは団長のソアラであり、交渉相手のシュリアである。一団員が身勝手な真似をするわけにもいかないと言うのが騎士団の団員としての規則だ。



「そーゆーもんなのか……」

「そーゆーもんなの」



 面倒臭がっているわけではないようで、ルカは未知の世界に納得を滲ませ会話を繋ぐ。



「それで俺はどうしたらいいんだ? サキノに付いていって詳細を聞けばいいのか?」



 下界への帰還目的がルカの依頼承認によって行き先を変更する。ルカは同行の旨を問うが、サキノは脚を止め、暫時空を仰ぎながら懊悩し、



「いや、報告は私だけで行くよ」



 一人で魔界に向かう事をルカに告げた。



「? 俺もいかないと話にならないんじゃ?」

「今日は団長への報告だけだから私だけで大丈夫だよ」

「そうは言うが俺も内容を――」

「ううん、ルカは下界に帰ってて大丈夫だから。ね?」

「依頼を受ける俺が何も理解してないのはマズいと思うんだが――」



 しかし当の本人である己が出向かないと話にならないだろうと察知したルカは食い下がるも、サキノは断固否定する。

 謎に行く、来なくていい、の問答を数度繰り返し、サキノは声を張った。



「い・い・の・っ・! 何でかわからないけれどレラに揶揄われてるからぁ!? 護衛任務を受けさせない事をオススメするよ~って言われて、意味も分からず揶揄われてるからぁ!?」

「あぁ……そういう……」



 シュリアがルカを評価している事を耳にしたレラの助言且つ揶揄が原因であった。

 本心か否かはシュリアにしかわからないが、ラグロックが復旧出来ればあわよくばを目論んでいるシュリアだ。これほどサキノを弄べる材料はないだろうと判断したレラは「いいの~? ルカ君の貞操のピンチだよ~?」と、ここぞとばかりにサキノへ意味深発言を繰り返していた。「何でルカのて、てい……とにかく! ルカを心配する必要があるの!?」と勢いで誤魔化したサキノは、絶対にこの件でルカを連れては来れないな、と不屈の意思を据えたのだった。



「わかったよ。悪かった……」



 盛大に肩を上下させて感情を乱すサキノの姿に、ルカは譲れないサキノの事情を汲んだ。

 ようやく納得したルカを制しながら目に付いた妖精門(メリッサニ)へと歩みを再開したサキノ。しかしちらちらと背後を警戒する姿にルカは苦笑を浮かべた。



「着いてきちゃ駄目だからねっ!? いい!?」

「それは振りか?」

「ちっがっっうっっっ!!」



 最後まで本心から嫌がっていたサキノを見送り、ルカも下界行きの妖精門(メリッサニ)を探し彷徨う。

 孤独の世界。音も呼吸も心音も一人分しか存在しない秘境(ゼロ)でルカは歩みを重ねる。


 トットッ、と。靴音が歩調に合わせて地を弾む。

 前を見据えるルカは少々早足に。


 トットットット、と。靴音が歩調に負けじと地を這う。

 前を見据えるルカはピタっと脚を制止した。


 トット……。靴音は消えてはくれなかった。



「こんなところまで来てコソコソと何の用だ。アポロ」



 ルカは背後を振り返る。



「やっぱバレとったか。流石ルカりんやな」



 頭を掻きながら建物の陰から姿を現したのは若葉色の髪の少年ポアロ・マートンだった。普段と同じくアロハシャツのような服を最低限前で止めた開放的な格好。変わったところは特に見当たらないが、ルカにはポアロの纏繞した空気の違和感が拭えなかった。

 何事も無い筈がない、そんな違和感。



「バレるも何も、ここ最近ずっと俺の事つけ回してただろ」



 ルカの発言に、眼をぱちくりと開閉するポアロは酷く驚愕する。



「何やの、そこまで気付いてたんかいな。お見逸れするでルカりん~。いやな、機会窺ってたんやけどリアちゃんずっとルカりんにべったりやったやろ? 出るに出れんでなぁ。秘境(ゼロ)で一人になった今しかないなー、思てな」

「俺が聞いてるのは用件だ。俺の事をつけ回して、こんなところを選んで姿を見せた用件は、何だ」



 肩を竦めるポアロは「せっかちやの、与太話くらいええやないか」と呟くも、ルカの対抗するような空気感に宛がわれ溜息を一つ溢す。

 口角を引き上げ、双眸を細めるポアロのそれは。


 怪奇。

 怪しい光を秘めた紺碧の瞳に戦意を宿し、ポアロは笑った。



「ルカりん、僕と決闘しよや」


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