081話 武芸部
「ルカとあたしを引き剥がそうったってそうはいかないんだからぁ!」
「はいはい、それじゃあ勉強も頑張ろうね」
補習。それは油断と怠慢が奔流した帰結。
学生の本分である勉学に抵抗のあるラヴィは方向性を違えた抵抗を行っていた。
終業の鐘が鳴り響き各々が自由に繰り出していく中で、ルカとイチャつこうとしていたラヴィに下された死刑宣告。先手を打つかの如く教師はサキノへラヴィの連行を依頼。サキノの口から告げられた二文字にラヴィは逃走を図ろうとしたが、身体能力差からあえなく捕捉された。
ルカの言う事なら聞くだろうととも画策していたようだったが、ルカの感情の萌芽を知らない教師は、ルカがラヴィの逃走に辟易するだけで追走しないことを危惧していた。故に放縦なラヴィを連行するには使命感の強いサキノが穏当だと判断したのだろう。
滂沱の涙を流すラヴィはサキノにちんまりと抱かれて連れ去られていく。
「ルカぁー! あたしのこと忘れないでねー!」
「大袈裟か。今生の別れじゃあるまいし素直に扱かれて来い」
ガヤガヤと騒ぎ立てる教室。「ラヴィリアを見捨てたぞ……」「ああ見えて意外と薄情だな……」など事情を知らずに好き放題密談するクラスメイト達にルカは居心地を失うこととなった。
悪気がないのはわかっているが居たたまれないルカは鞄を手にし、そそくさと教室を後にして目的地へと向かう。
現在地ミラ・アカデメイア校舎六階。昇降機に乗り、三年生の階層を下る――のではなく上階へと進路を取った。下へと流れていく景色を横目に、大した間を空けず辿り着いたのは九階。多様なクラブが在し、各々練習に励むクラブ場の集階層である。ルカはその一つである武芸部に目標を設定していた。
私服を着用した多くの生徒達がそれぞれの準備を進め、必修科目ではない授業に参加していない生徒達は既に汗を流す。そんな光景が目端を横切りながら、ルカは長い廊下を迷いなく歩を進めていく。
「よっ、ルカ。張ってて正解だったぜ」
「……どうしてここにいるんだアラン。アランも補習じゃなかったか?」
その道中、壁に寄りかかりながら声を打ち、ルカの歩みを遮ったのはアラン・シルスタ。
ラヴィと同じく補習組の筈だが、どうしてかルカの動向を張っていたらしい。
「ラヴィを囮に抜け出してきた。んでもってルカが武芸部部長に稽古相手の勧誘を受けたって、ラヴィと話してること聞いちまってな。武芸部に送り出すくらいならダンス公演に拉致ってやろうと思ったって訳だ」
「やめてくれ……もう約束取り付けちまったんだ……」
「カハハハ! 分かってるよ、冗談だ冗談。俺もルカがやることに少し興味があって同行しようと思ったんだよ」
ルカの肩に腕を回して並歩するアランは、自分の携帯電話を操作しルカへと見せる。
「しっかしまあ、幸樹広場でルカとユニット組んだ後から反響すげえもんだぜ? 幻の少年だとか、ダンスの創始者だとか、色んなこと言われてる。流石ルカだなって思う反面、俺達が築いてきたこれまではなんだったんだって少し悔しい気持ちもあるがな」
眉を下げながら排した言葉は称賛が大半を占めていたが、他の感情も混在しているようだった。
しかしルカとしては、瞬く間に新星ダンスチームとして名を轟かせたアラン達の努力に付随した実績は計り知れないものがある。
「ゼロ・テュピアの地盤があったからこそだろ。俺はたまたまアランに誘われて踊っただけで、便乗したに過ぎない。俺自体の凄さなんてこれっぽっちもないさ」
「そうは言うがな……ま、いいか。ほら武芸部着いたぞ」
自分の能力に自覚のないルカへ反論を処そうとしていたアランだったが続きの言葉を嚥下し、行き着いた道場へするりと乗り込んでいった。
整頓が行き届いた面積の広い精美な空間。壁際には多種多様の模造刀が掛けられており、その上部には多くの賞状――大いなる功績の数々が掲げられている。
道場を仕切る巨大なガラスの先には、木々や塀など障害物が散見される野外を象った射撃場。その至る所には霞的が不規則に様々な場所から隠見していた。
一目で武術を学ぶ場だと理解に及ぶ広間こそが武芸部の鍛錬場だ。
「よーぅ! 来たかローハート! 待ち侘びたぞ!」
数名の部員の内の一人が、ルカの入室を察知し諸手を広げて歓迎する。
小柄と言う訳でもないが男性にしては低い身長。しかし胴着の上からでも分かる引き締まった身体と剛柔取り揃えた筋肉、鍛錬の賜物であろう雄勁な手からは達人を連想させるものがあった。
左右非対称の薄紅色の髪を携え、嬉々としてルカの入室を持て囃す彼は、ルカの隣で佇むアランの姿に暫時悩む素振りを見せる。
「ん? 君は確か……ダンスチームで一躍有名人の……」
「アラン・シルスタだ」
「そうかそうか! よろしくなぁシルスタ! 我は五年のミアム・アートクラウンだ! 武芸部の部長を務めており、次期部長のローハートを育てている者だ!」
近距離に構わず道場を駆け巡るほど大きい声。若干顔を顰めるルカだったが、そんな自己紹介と願望を兼ね備えた大声におくびも動じないのはアラン。
「おいおい、ルカは直、俺の勧誘に折れてダンスチームに加入する予定なんだ。勝手に叶いもしねえ予定を組み込まれちゃ困るぜ先輩?」
「何自分の事棚に上げてるんだよ。入るつもりないからな?」
「だははは! 身の程を知るのはシルスタのようだったな! どうやらローハートは注目を浴びるより戦闘に飢えているみたいだ!」
「いや、アンタにも言ってるんだよクラウン」
アランの不遜の返答に、そしてミアムの悪態に間髪入れず抗弁を述べるルカへ、二人の「何故?」という視線が会する。何故も何も、一度も希望を持たせるような返答はしたことがない筈である――ラヴィに断固拒否の意思表示をすることを義務付けられていた――が、疑問に思われること自体がルカには理解出来なかった。
「ふむ、ローハートにその気がないのであれば書類上で既成事実を作ってしまえばこちらのものか!」
「そうだな……一日三回の勧誘は絶対ノルマとして、ネットでルカ加入のデマを流して事実に誘導するか……」
「お前等絶対止めろよ!?」
競合という相手を見つけたことで如何にも本気で実行しそうな二人にルカは釘を刺す。知らぬ存ぜぬ所で己の立場が急変することは絶対に避けるべきだ。
特にアランのやり口はあくどい。勧誘が増えれば、ルカを守りたい一心のラヴィの負担は必然的に増え、常時防衛戦線を張る事態待った無しだ。周囲の外堀を固める方法としてネットで虚偽加入報告を行うと言うのも、一時だけでも話題になったルカだと世間の期待値は上がる。加入が虚偽だと明かされた場合矛先はアランにも向くこととなり、これまでの積み重ねが崩壊してしまう可能性だってある。それを踏まえた上での強行策なのだろうが、ルカは己の人生もアランの人生も棒には振りたくなかった。
「まぁ今はいいだろう! して、ローハートだけならばまだしも、シルスタは何用だ?」
「今もこの先もないわ」
盛大なルカのツッコミを機に、ミアムはアランの用件について尋ねる。ルカの来室は予定通りではあるが、アランが同行してくることは予期していなかったのだからミアムの反応も当然だった。
「ルカが武芸部に行くって話を聞いたからな。俺も少し興味が湧いたって訳だ」
「なるほど体験か! いいだろう! 武芸はいいぞ! 武芸の歴史と言うものはな――」
武芸そのものに興味が湧いたのではなくルカが行うからという比較的不純な目的ではあったが、武芸に携わること自体が喜ばしいことだとミアムは鼻高々に口を流麗に動かしていく。
そんな終わりの見えない語りを見聞きしたルカはアランを手招き、他部員に礼をして模造刀の前へと歩んでいく。
「クラウンが武芸の事を語り始めたら超が付くほど長い。あれは放っておいていい」
見方を変えればそれほど武芸に対する愛が強いのだろう。故に成し遂げられる功績だと、賞状に記載されたミアム・アートクラウンの名を目にしてアランは得心した。
一つのものに対する熱烈な情意や惜しまぬ努力。初対面ながら共感できる面を持ったミアムに対しアランは。
「変な人だな」
ふっ、と鼻を鳴らしながら認めた。
本日武芸部へ足を運んだのは有難いミアムの熱弁を聞くためではない。ルカが微かながらも嗜む武芸を経験するため、有限である時間は無駄には出来ない。
「武芸って一口に言っても種類は様々だ。アランの興味あるものを順にやっていこう」
ルカの配慮ある選択肢にアランは一度見回し。
台の上にちょこんと置かれていた薄手のグローブを手にする。
「ああ、サンキューな。よろしく頼むぜ、ルカ」
ニカッと笑いながらアランは親友との一時に興じるのだった。




