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079話 一触即発

 上品な茶葉の匂いが鼻腔を挑発的にくすぐる。

 閉塞された精美な空間に招かれ、騎士団員の誘導により高級なソファに身を沈めた空髪の少女は周囲を見回した。目立った備品もなく、用途が会談に限られているかのような机とソファ、お気持ち程度に生けられた二輪の黒花が片隅に置かれている。

 これから始まる都合七名による会合を為すには十分すぎる容積を誇る部屋で、【夜光騎士団】で平穏を取り戻したマシュロはスケールの違う騎士団本拠に少々戸惑いを馳せていた。外套こそ身に羽織ってはいるものの、正体を隠すかの如く頭にフードはない。


 時刻にして午前十時。場所は魔界リフリア【クロユリ騎士団】第二会議室。

 上座に座するのは【クロユリ騎士団】団長ソアラ・フリティルス。窓から侵入する柔らかい風を灰髪に受け、定刻を感じ取ったソアラは場を取り仕切るように立ち上がった。



「本日は多忙の中お集まり頂き感謝する。本来ならば会合申請したこちらが赴くべきなのだろうがな」

「何、構わない。ステラⅡの【クロユリ騎士団】にわざわざ夜光の本拠まで来てもらうのも申し訳ない。それにカロンの件でも大変迷惑をかけた。この場を借りて首領として謝罪する」



 ソアラの挨拶に対して、茶髪と赤色のマフラーを垂れ返答したのは【夜光騎士団】団長に復帰したキャメル・ニウスだ。

 ラウニー・エレオスが消息を絶ってから一週間以上が経過しているが、未だに行方は掴めていない。ラウニーの事は気懸りではあるものの都市は回り続ける。隊商護衛任務の受注に、崩壊しかけていた騎士団の再興、何より数名の団員達の騎士団脱退申請があり、ラウニーの件だけに傾注している暇などなかった。


 更にラウニーの放任主義によって騎士団から暗殺犯カロン・アテッドを出した代償は大きい。騎士団は実力が必要とされるものの、やはり信頼が肝要であることは事実だ。カロンが暗殺犯だった事実は当然喧伝され、団員の管理体制や騎士団としての在り方をキャメルは理不尽に問われた。しかしキャメルは都市へ頭を下げるだけで陳弁など一切口にせず罰則を受けることを認め、多額の賠償金及びステラⅣへの階級降格を呑んだ。


 下位ステラⅣと中堅ステラⅢの差は目に見えるほど大きい。依頼料にしろ依頼量にしろ、隊商達は安全を求めてはいるが、安く済ませようと足元を見る傾向にある。その基準となるのがやはり騎士団階級であるのだが、今回の降格で隊商達は大幅な値下げを要求した。実力が備わっていることは理解している筈が、やはり彼等も生活の為に削れる出費は削りたいというのが本音なのだろう。

 ただ、彼女等の実力を知る者達からの信頼は『夜昇』もあることから相当厚く、己に危害が加わらなければいいと見ている商人達は値下げ自体は行うものの、依頼自体は継続して行う者が多い。故に依頼量は増えたが収入が減るといった身体的負荷により団員達も『移籍』を検討し始めていたのだ。


 全てが悪方向へと推移したラウニー独裁政権にキャメルは辟易していた。そんな多事多端の日々に一通の親書がソアラから届いた。内容は都市が頭を抱える『魔物達の夜祭(モンスターナイト)』の元凶が禁足地ヒンドス樹道に隠されているかもしれない、そのための情報を共有したいとのことだ。

 ラウニー政権による騎士団凋落を防ぐべく『子供達の偉業達成の周知』という先手を打ったキャメルは好機と捉え、二つの騎士団による合同会議に至っていた。



「そんなに畏まらないでくれ。確かに私達も手を焼かされ都市の人々を恐怖に陥れていたが、今では日常が戻りつつある。犠牲になった者達には申し訳ないが、過去に縛られるより今はマシュロ・エメラの無実が証明されたことが何よりだろう」



 唐突なソアラの淡い笑みに、マシュロはおずおずと軽く頭を下げる。

 団長殺しの容疑をかけられていたマシュロはキャメルの生存により第一級犯罪者の指名手配は取り下げられ、同時に暗殺犯としての容疑もカロンが真犯人だったことで白日の下に晒された。今では都市を歩けば、惻隠からか話しかけてくれる者もいるほどだ。

 隣で笑いかけてくれるクレアに、己は何もしていないが、と少々笑みが引き攣ったのは見られていただろうか。



「さて、早速だが議題に移らせて貰おう。本日招集をかけさせて貰ったのは都市が問題視している『魔物達の夜祭(モンスターナイト)』と禁足地の関連性についての情報を照合したいと思ったからだ」

「あ~、それで禁足地に入ったサキちゃんとマシュロちゃん、ゼノン君がここに呼び出された訳ね~」



 ソアラの端的な目的の提示に、自派閥でもなければ幹部でもない者達の面々が揃っていることに、レラは頭の上で手を組み得心を漏らす。



「そう言う事だ。百聞は一見に如かず、私達がどれだけ憶測を働かせても彼等の見たものには到底及ばない。現場を知っている者の意見が肝要だと判断した」

「お力になれるか分かりませんが……が、頑張りますっ」



 頼られることに嬉々としているのか、マシュロはむんっと意気込む。廃屋暮らしの時には見られなかった、少々空回りつつも笑みが零れるような姉の姿にゼノンは頬が弛緩した。



「じゃあウチは? なんで?」

「お前はクロユリの幹部だろう……」

「え~、副団長とかアルちんとかもいるじゃん~、ウチ護衛依頼明けだし寝てていい?」

「駄目に決まっているだろう、馬鹿者。皆それぞれに任務に繰り出しているのだ、所労はあるかもしれんがお前もこのような場に慣れておけ」



 本拠とは言え自由過ぎるレラの発言に誰もが苦笑する。ラウニーが消息を絶ち、キャメル主動で再興を計る【夜光騎士団】幹部へ昇進したクレアは「ああは絶対にならないでおこう」と肝に銘じたのだった。



「本題に入る前に一ついいか」

「どうしたキャメル」

「半年ほど寝込んでいた為、世情に疎くて申し訳ないのだが『魔物達の夜祭(モンスターナイト)』とは何だ?」

「それは俺も思った」

「あ、(わたくし)も……」



 キャメルの質疑を皮切りにゼノンが同意し、マシュロも小さく手を上げる。

 リフリアで生活しているのであれば既知も当然だと思って話を進めようとしていたものの、よくよく考えればキャメルは言葉通りに半年間の意識は無く、ゼノンとマシュロは逃亡生活で都市外の問題にまで耳が行き渡らなかったのだとソアラは認識を改めた。

 この場に招集した者達の半数近くが都市の悩みを知らない状況に、まずは説明から始めなければならない事に意識を切り替えソアラは口を開く。



「ここ数か月ほど満月の夜から二日間、都市近郊に能力が激上した魔物が出現するようになっているのだ。二日という制限があるとは言え、やはり隊商の足が止まるのは都市にとっても不利益。護衛依頼を敢行した者達は多くが被害に遭っている状況なのだ」

「『夜昇』を持つ俺達でさえもその二日間だけは流石に得体が知れなくて依頼を断っていました。噂によると普段の五倍は強化されているとか……」



 夜に強い小熊猫(レスパンディア)であるクレア達が慄くほどに凶悪な現象と聞き、マシュロとゼノンは耳と尾を丸めて戦慄を紅茶で流し込む。実際に身を持って体感していることを忘れているのは、過去の恐怖として封印しているからか、不知な為か。



「五倍は流石に誇張だとは思うが、厄介であることには変わりはない。都市も隊商達が滞ることを嫌厭したのか、先月クロユリに魔物討伐と原因究明の任務を明け渡して来たのだ。任務に当たった結果、目撃情報が寄せられていた北東から西方へ向かうほど強化種の数は増加。団員達の証言もあり、私達は『魔物達の夜祭(モンスターナイト)』の誘因が禁足地にあると推測した。間違いないなサキノ?」

「はい。それにヒンドス樹道内は九割方強化種が跋扈しており、私達が担当した北東部とは比になりませんでした。そのため禁足地に原因があり、禁足地から強化された魔物達が流れてきているのであれば、強化種の分布図に辻褄が合うのではと感じたのです」



 ソアラの説明を引き継いだサキノが禁足地の情報を公開する。既にウトウトし始めているレラの前から資料を手にしたサキノは、【夜光騎士団】とゼノンへ分布図を配布した。



「こう見れば禁足地に原因があるかもしれないと推測するのも納得ですね……」



 一枚の紙に多くの赤いバツ印。下部に都市を据えた分布図は左に行くほど数が増えている。

 もはや明確なまでの強化種資料を目にしたクレアが呟きを漏らし、キャメルもマシュロも首肯を共にする。



「何か引っかかるな……なぁ、サキノ姉ちゃん。禁足地は九割方強化種だって言ってたが、その強化種に特徴ってあるのか?」

「強化種は通常の魔物に比べて力や耐久が上昇しているのよ。外見的な面で挙げれば紅い眼光に周囲を漂う黒い靄かな」

「あー……なるほど。道理で調整して作った炸裂瓶が効かねぇわけだ……」



 都市外へ出向した時の為に作っておいた、対魔物用の炸裂瓶が通用しなかった謎がようやく解けたゼノン。

 そして同士討ちをする筈の魔物達が揃いも揃って徘徊に勤しんでいた事、更なる恩恵を得ようと一箇所に魔物達が会していたこと、ゼノンが危機に陥る要因となった通常種のトレントが強化種から逃れるために擬態していた理由が知識と全て繋がった。



「何はともあれ、こうまで目撃範囲が偏ると禁足地に原因が――」

「原因は円月花(パンセレーノン)だ」

「っ!!」



 場を取り纏めようとしたソアラの声に、ゼノンが特定した原因を被せ談ずる。

【クロユリ騎士団】が知恵を振り絞っても禁足地に原因があるとまでしか推測出来なかった解答を、ゼノンは数分間の内に叩き出し一同を驚愕させた。一名は机に突っ伏し夢の中ではあったが。



「諸説あるが円月花(パンセレーノン)の開花時期は明月の夜、効能は生命力の活性化だ。満月の夜に魔物が強化される『魔物達の夜祭(モンスターナイト)』発生条件に疑いの余地はないと思わないか?」



 皮相だけで会合せず、一見した者に諮問したのは正解だったとソアラは諒とする。ゼノンの確定的な根拠を耳にし、皆が解決に向け快哉を心に持ち始めていた。

 しかし。



「つまり円月花(パンセレーノン)の生息域一帯を焼き払うなり崩壊させるなりすれば、今後『魔物達の夜祭(モンスターナイト)』が発生する可能性は低率だと言う事で間違いないか?」

「……根さえあれば再び咲く薬草だ。根ごと焼き尽くせば再発の可能性は限りなく低くなるだろうな。だが――」



 顰蹙を滲ませた顔付で立ち上がるゼノンはぶっきらぼうに告げる。



「――薬師の俺としてはその軽挙を決して許容出来ねぇぞ」

「都市の問題は最優先で解決すべきだ。君の個人的主観は尊重してやりたいところだが、そうもいかないのがリフリアの現状だ」



 突発的な暗雲。

 ソアラが根本的な解決策を提示するも、ゼノンにとっては人々の命の恵みである薬草達への卒爾であり暴挙だ。ゼノンの薬師としての矜持は並大抵のものではなく、冷静を繕ってはいるが内心憤慨していることはマシュロにも分かった。

 問題を解決したいソアラと幻の薬草を守りたいゼノンの剣呑な空気に、サキノとマシュロが堪らず紅茶で喉を潤す。視線だけをキョロキョロと動かしていたクレアもそれに倣った。

 そんな中、助け舟を出したのは当然でありながら意外な人物だった。



「私もゼノンに同意だ」

「キャメル?」

円月花(パンセレーノン)の薬の効能を私は身を持って経験している。リッタに聞いた話では、私の体の機能はラウニーによってほぼ停止させられ、一糸の意識のみで命が繋がっていたらしい。意識を取り戻すことが出来たとしても植物状態も止むを得なかったそうだ。しかしそれを救ってくれたのは円月花の薬だ。今では生活も戦闘も差し障りなく行える。円月花の薬はこれからも多くの人の人生を救うこととなる筈だ」

「だが決して『魔物達の夜祭(モンスターナイト)』を繰り返す訳にもいかんだろう。円月花(パンセレーノン)と『魔物達の夜祭』は今や同義なのだぞ。それに禁足地の薬草を守ると言ったところで、開花時期は『魔物達の夜祭』と同時期なのだろう? 強化種の巣窟に乗り込む多大な危険が付き纏う任務、誰が採取に行くつもりだ?」



 ソアラの言う通りだ。現状維持となれば、『魔物達の夜祭(モンスターナイト)』の再発は元より、採取に至っては禁足地へと赴かなければならないのだ。一度生還したサキノ、ゼノン、マシュロとあれども、もう一度採取して帰ってこいと言われれば尻込みもしてしまう。いくら実力がある者に依頼したところで、相手が禁足地であれば命が幾つあっても足りないであろう。

 正論を掲げるソアラに一同は黙りこくってしまう。そんな当惑が脳と場に駐在する一時、サキノの玉声が静謐を切り裂いた。



「あの……根さえあれば再び花開くことは可能なのですよね? 移植は不可能なのでしょうか?」



 維持が困難であれば場所を移してしまえばいい。

 単純かつ真っ当な施策に皆が希望を抱くが、ゼノンの表情からは翳りが消えない。



「出来ないことはねぇ……が、架空上の薬草として認知されていた円月花(パンセレーノン)の生態は未だ謎が多い。一説によれば光雨は必要としねぇが、高濃度の魔力が充満する空間でしか開花しないとも言われてるくらいだ。そんな場所が都市内にあると思うか?」



 苔ですら魔力を宿し、照明代わりになるほどの魔力が蔓延るヒンドス樹道だからこそ咲き得た奇跡。存在すら曖昧だった幻の薬草を栽培出来る環境が別にあるとは考えにくいとゼノンは断ずる。そもそもの話、類似した場所が存在するのであれば円月花(パンセレーノン)は幻の薬草として名を馳せていないだろう。

 尚且つ、魔物達の夜祭(モンスターナイト)の再発防止の為には都市外の移植は論外だ。限定された土地内で保護することが可能な場所など皆無に等しいことは火を見るよりも明らかだった。

 往時までは。



「あの、団長」

「どうしたマシュロ?」

「夜光修練場はいかがでしょうか?」

「修練場? ――あぁ、なるほど。試してみる価値はあるかもしれんな」



 遠慮がちに発案したマシュロにキャメルは同意を呈した。クレアを含めた【夜光騎士団】がマシュロの真意に憂いを希薄する中、事情を呑み込めないソアラは小首を傾げる。



「どういうことだ?」

「先日、ラウニーと修練場で戦った者がいるのだが……その戦禍とも言うべきか、修練場の一角が魔力に汚染された場所があるのだ。時間の経過と共に霧散するかとも思ったが、未だ濃度の高い魔力が立ち込めている。今後の経過次第ではあるだろうが、現状が維持されるのであれば栽培が可能ではないか、と言う事だなマシュロ?」

「はい、その通りです」



 ラウニーの『傲慢』による高濃度の魔力解放、そしてルカの『負滅救斬(エフティヒア)』の衝突によって生まれた異質な魔力地帯。【夜光騎士団】としては難渋物であった空間が、思わぬ形で功を奏す可能性を見出した。



「なるほど……その話が真実であれば全ての問題を解決に導くことも可能、か。どうだろうかゼノン君」

「……上手く行くかどうかなんて俺にもわからねぇし、正しい栽培方法もわからねぇ。だけど現状維持が無理且つ、円月花を永久に失う可能性を考えればやらずに後悔はしたくねぇ。一度その場所を案内して貰えるか?」



 ゼノンの剛毅とした瞳にソアラも笑みを湛え、全てが快方に向かいつつ話が纏まった。

 三人寄れば文殊の知恵。首脳だけで話を進めることも検討していたソアラは、嬉々として笑みを零す【夜光騎士団】達を見て、部下達の有難みをここでも感じたのだった。


 繰り返しになるが、一名は垂涎しながら夢の中であったが。


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