078話 知られたくない過去
少年、少女。
少女。
少女、少年。
異様な空気が『あうる』の閉塞した個室に充溢していた。都合五名の少年少女達が晒す不揃いな表情が、場に統一感を作り出すことを許可しない。
黒髪の少年は瞑目しながら珈琲を啜り、金髪の少女は少年にぴったりとくっつき対角の少女を見て依然目を輝かせている。
コの字を左右反転させたに近い座席位置、仲介人のように座る白髪の少女は胸に巨大なハートを携えたエプロンを着用し目線を右往左往。
入り口に一番近い席で赤髪の少女が雅やかに脚を組んで髪を弄り、その横の若葉色の髪の少年は凛とした表情で時折眼前の金髪少女へ微笑む。金髪少女は完全に眼中になかったが。
「一体全体、何だこの状況」
ルカ・ローハートはカップから口を離すと異様な場感に一石を投じた。
各々で自由な休息時間を取る予定が、何故か全員集合と奇怪な不具合が発生している。その元凶はミュウを目の前にしたラヴィの「よろしければご一緒してもいいですか!?」の一言から始まったのだが。
ルカとサキノの死闘を知らないラヴィからすれば、ミュウとの出会いは嬉々としたものだろう。しかし良好ではない関係性の三人が集結したとなると、非常に気まずいものがあった。更に言えば名も知らぬ少年も加えて鼎座しているのだ。ルカの声に解答出来る者はこの中にはいない。
「とりあえず……貴方の名前を聞いてもいい?」
心配になって店長へ無理を言って休憩を貰ったサキノは、無為に過ぎていく時間だけが惜しく、一先ず関係性の不明な少年へと話題を振った。
「僕はポアロ・マートン。つい先日、ミュウちゃんが一年ぶりに学園に来てくれたから近況報告をしてたんだ」
「学園? 貴方達の制服……もしかしてメノ・アカデメイア?」
「ご名答。僕達は『芸能』に精通したメノ・アカデメイアの学生だよ。ミュウちゃんは三年生、僕は四年生なんだ」
メノ・アカデメイア。商業に特化したミラ・アカデメイアとは毛色の異なった難関校で、比較的亜人族達の入学が見送られるケースの多い学園だ。と言うのも、芸能という仕事は極力多くの民から好かれなければならない事から、少なからず反発を受けやすい亜人族達が活躍する未来を考えた際に不都合なのだ。
都市管理機関は亜人族差別の撤廃を渙発しているが、全ての都市民の忌憚が撤廃されることはない。メディア出演にしろイベントにしろ商売であることには変わり無く、亜人族達を雇用している所は稀有である。亜人族達もそれを判っていて入学を希望する者が少ないのも一つの事実だ。
成長速度の異なる亜人族達が入学する機会が少ない事情もあり、芸能分野を養うメノ・アカデメイアは都市で唯一制服を支給されている学園で有名――勿論有名人が在籍していることも有名――なのだ。
「待て。さっきから聞いておればなんじゃその喋り方は」
そんな制服――腰に大きなリボンをつけた清楚な制服をも着こなすミュウは、マートンへと物議を醸す。
「どうかしたのかい?」
「お主さっきまで妾と話しておる際『アカンアカン! 芸能界の金の卵がそんな卑屈でどーすんねん!』とか抜かしておったじゃろ!」
「キャラ変と言うやつだね。気にしないで貰えると助かるよ」
「気にするわ!! 唐突過ぎて別人と見紛うほど気にするわ!! そんなチャラチャラした格好しておいて、その言葉遣いはどう考えても不釣り合いじゃろ!」
脚衣こそ制服を着用しているものの、マートンの上着は白黒の花のような柄が描かれまるでアロハシャツ。鍛えられているのか、最低限で止められたボタンの下に覗く腹筋は美しいとまで形容出来よう。
若葉色の髪は整えられており、きちんとした身なりを着用すれば公子のようであるが、性に合わないのか着崩した服装を好んでいる。
外見だけで総合して見るとミュウが指摘する通り、同世代に丁寧語を使うような人物とはお世辞にも思えないというのがサキノの感想だ。
近況報告を受けるなりには学園でミュウと関係性のある二人のようだが、普段の少年を知るミュウは変化に違和感を覚えているようだった。
そんなマートンが、ミュウに盲目になって一切目線を合わそうとしないラヴィへと向き合う。
「久しぶりだね、リアちゃん。元気にしてたかな?」
マートンの言葉が鼓膜に到達した瞬間、キラキラ輝きを持った碧眼は一瞬にして生気を失う。
「……ソウダネ。キミモゲンキミタイデナニヨリダヨ」
「何でカタコト? ……ラヴィ?」
久闊を叙するマートンの騎士然とした笑み、片やどこかたどたどしいラヴィ。誰にでも愛想よく元気が象徴のラヴィが正面に座る少年と眼も合わそうとせず、ぎこちない会話にルカは妙な違和感を覚えた。
「何じゃ、意外な繋がりじゃのう。二人は顔見知りじゃったのか?」
チラとルカを上目で見るラヴィはぶーと唇を尖らせる。それはまるで思慕を抱く相手に、過去の人間関係を知られたくなかったかのように。
「昔にちょっとね……」
普段のラヴィを知らないものの、やけに白々しい様子に聡く勘付いたのは赤髪の少女のミュウだった。
「くっ、ふふふふ。マートンお主、昔の彼女か」
「「ぶっっ!?」」
芸能界に飛び込み一年足らずで人気を総なめ、その代償とも言える『恋愛のもつれ』の陰を脳波として受け取ったミュウが単刀直入に斬り込む。
そんな確信に近いミュウの言葉に、恋愛経験が皆無のサキノと、当の本人のラヴィが噴き出した。
「そう捉えて貰って構わないよ」
「違う違う!! ルカ違うからね!? あたしはまだ純潔だからぁ!!」
「その情報は要らないな、痛っいててて!?」
「要らないって何さっ!? いやそれよりもマートンも否定してよ!? ルカに引かれちゃうでしょ!?」
微笑みながらマートンが迂遠に肯定を呈し、ラヴィが全力で否定する。
ルカが私見を口走るも、己に興味の無さが露骨に現れた言葉に遺憾を孕んだラヴィは渾身の力で腕をギリギリと抱き締める。
何が真実で何が虚構か。情報が憶測によって錯綜する場で、初心なサキノが手で羞恥に侵された顔を覆う。
そんなハチャメチャな場で、様々な者に言い寄られ色情に耐性のあるミュウだけは泰然と紅茶を嗜んでいた。
「あたしがリフリアに来る前に少しお世話になっただけ! やましい事はこれっっっぽっっっっっちもないからぁ!!」
ふむ、と己のファン――ラヴィリア・ミィルを目の当たりにミュウは違和感を覚えた。世話になっただけで、卑しいことがなければラヴィがここまで狼狽するだろうか、と。友達、親友の枠組みで収まり切るのであれば再会をもっと喜ぶものではなかろうか、と。
特に二人の恋愛事情など興味はなかったが知己の揶揄材料として、そして女子の血が騒ぎミュウはカップを机に置いて引き続き耳を傾ける。
「概ねリアちゃんの言う通りで間違いないよ。加えて言うのであれば、僕の好意を何度か断られたくらいだね」
「どうして君は自ら墓穴を掘りに行くの!? 埋めときなよその情報!」
「これ以上告白の墓標達を増やしたくないんだけど、僕とお付き合いしてくれないかなリアちゃん」
「ごめんなさい」
閉塞された空間で展開されるマートンとラヴィの甘酸っぱい空気に、流石のミュウも脚を組み替える。
拘束されていた腕を奪取したルカは腕組みをしながら瞑目し恋愛問題から逃避。赭面が落ち着きを払うサキノは親友の過去にほっとしたような表情を漏らす。
「はははっ、相変わらずの即答だね」
「お主よくそれで成功すると思ったの……」
カラカラと笑うマートンに、ミュウは芸能界一日の長としての半眼を流し目に送る。
自身達の恋愛事情を繰り広げながら、マートンは一人の人間の動向を常に伺っていた。それが想い人であるラヴィが常に密着している隣の少年ルカ・ローハートだ。
思わず眼を惹かれるほどの美少女達が揃う中、緊張も情痴も見られない堂々とした少年にマートンは矛先を向けた。
「それじゃあ僕からも少し質問させて貰ってもいいかな。えっと、確かルカ君って言われてたかな? 君とリアちゃんの関係を教えてくれないかい?」
「ん、俺か? ラヴィとは同学年の親友だ。かれこれ二年ほどの付き合いになるかな」
話を振られたルカは目を開き、焦点をマートンへと合わせる。嘘偽りなく自身とラヴィの関係を告げるも、ラヴィが「今はね」とこっそりとマートンへと告げていたのは筒抜けだった。
「なるほど、じゃあ君の本命はこちらの綺麗な女の子ってことになるのかな」
「ふぇっっ!? わ、私!?」
思わぬ流れ弾が吹っ飛んできたサキノは吃驚していたが、マートンの前席には先程とは打って変わって修羅のような形相をしたラヴィが睨み付けていた。
勿論マートンが示す手の先に座した狼狽えるサキノに視線が向いているため、ルカに気付かれることはなかったが。
「サキノも親友だよ。何を勘繰っているのか知らないが、二人共それ以上でも以下でもない。二人共俺の大切な親友だよ」
雄々しいルカの発言にサキノとラヴィは心温まる。心なしか少々寂しそうな表情も垣間見えたが、自然と漏れる二人の笑顔にマートンはルカの人間性の理解に至った。
「……ふむ。つまり君はこれだけの美少女二人を――」
「おいマートン、順番的に妾にも聞くべきじゃろう! 何故妾を除け者にする!」
「え、選択肢の内にあるのかい?」
この場にいるもので唯一除外されていた美女――それこそ万人億人を虜にした芸能界の卵がマートンに制止をかける。
不平を訴えるミュウの姿に一応聞いておくか、とルカへ目配せをしたが。
「ないな」
ある筈がなかった。
「……し、知っておるわ!」
「何で聞いたんだよ!?」
大物芸能人相手に関係性で勝利している事。道行けば好意靡く妖艶な美女を前に、一切揺らがないルカを更に惚れ直したラヴィは、ルカとミュウのやりとりに隠れて拳を握り締める。
たまたまラヴィの歓喜が目に入ったミュウは「くぅっ!」と歯を噛み悔しがり、ルカとの関係性を軸に置いた謎の位置合戦が行われていた。
敵方として振る舞ったのだから致し方ないとはいえ、己に靡かない屈辱感を思い出したミュウは誤魔化すように咳払いをし、話の責任を一つ違うものにずらす。
「……そもそもマートンお主、人様の色恋沙汰を詮索するのはご法度じゃろ」
「ミュウちゃんもノリノリで聞いていたけれど」
「先程は血迷っていたのじゃ! 良いじゃろ少しくらい恋バナに浮かれても!! それよりお主午後から講義があるんじゃろ! はよう行け!」
己の事を棚に上げて正当化するミュウに押され、マートンは苦笑しながら立ち上がった。
「強引だなぁ。でも、確かにそうだね。ルカ君詮索して悪かったね。僕はこれから講義があるから行くけれど、リアちゃんとサキノちゃんも今日の事はどうか忘れてくれたら助かるよ」
多めの代金を机の上に置き、個室を出るポアロの後ろ姿に、
「「忘れられるかぁー!!」」
ルカと己の立ち位置を再認識させられた二人は大声を張り上げた。
頬を膨らませ、閉まった扉を眺める二人の様子に辟易したルカはミュウと視線が合い、
「騒がしいのう……」
肩を竦めて嘆かれた。




