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073話 負滅救剣(エフティヒア)

 爆発的な加速で接近するラウニーは、しかし振り回される一本の両鎌に攻めあぐねていた。一度の回避で黒刃を回避し懐に踏み込めば、半周したもう一つの黒刃が喉を掻っ斬ろうと飛来する。短刀で弾き返そうが、逆周した黒刃が後ろ首を狙う連鎖に思わず距離を空けてしまう。


 本来の得物ではない筈の得物を使いこなすルカの姿に、そして『傲慢』を味方につけ逆襲を狙う戦闘順応力にラウニーは難渋を噛み殺す。

 百歩譲ってそれらの適応力は認めたとしよう。しかしラウニーには、どうしても解せないルカの変化があった。



「雑魚のくせに……てめェは何で『夜昇』を解放した俺様に着いてこれてんだァッ!?」



『傲慢』は反応速度や勝負勘までをも強化させるわけではない。あくまで運動能力、魔力を激上させるだけで、一度は瞬殺を遂げた筈の速度が通用しないことにラウニーには苛立ちが募っていた。



「お前の攻撃は一度見させてもらったからな」



 ルカは、一度見た。

 ラウニーの超常的な速度を。


 ラウニーの誤算、ひいての失態は、苛立ちによって二日前の夜にルカへ百の速度、力を見せつけてしまったこと。己の力の差を誇示する行為はラウニーの思惑通り、確と両者の間に植え付けられた。


 しかし。しかし、だ。

【クロユリ騎士団】団長ソアラが推測するように『順応力』が最大の武器であるルカにとって、力の差とは実力の差ではない。経験の差でしかないのだ。


 たった一度の惨敗が経験を貯蓄した。となれば残すは反応出来る身体が備わっているかどうか。

 あくまでルカの身体能力の範囲内でしか行動は起こせやしない。しかし、その身体能力の差を埋めるものが戦場に依然として注がれているのだ。

 それが――。


『傲慢』


 経験の差ならばまだしも、実力の差ならばまだしも。ラウニーはたった一度の邂逅によってルカを格下でありながら邪魔をする不調法者として認定し、全てを狂わせていた。

 時が経つに連れ戦況は不利に傾くどころか『傲慢』を全力に貰い受けて強化していくルカの様子に、傍観に徹しているキャメルは一度ぶるっと震えた。



「一度見たくらいで変われる訳ねェだろうがッ!!」

「やってみなきゃわからないだろッ! 現に戦えてる!!」



 キィンと刃物同士が衝突する金属音が鳴り響き、両者の間が大幅に開く。

 衝撃が左腕を苛み、夥しい脂汗を撒き散らすが気炎で押し殺す。ルカはこの間合いであれば、と鎌を思い切り背後へと溜めて投擲の構えを取った。同時に瞳が黒の炎を燃やし、鎌に黒の魔力が伝播していく。戦場で沸々と湧き出る黒泡が喜び弾け、『傲慢』の力も借りた膨大な魔力は木々から生気を奪っていくようにルカへと靡く。



「させるかッ!!」



 一層緊迫した様相でルカの行動を折衝にかかったラウニーの速度は暴走列車のようで。ルカの想定を一歩上回る直進で間隔を一気に詰め、森林一帯を破壊したレラのブーメランを模倣した攻撃の中断を余儀なくされる。



「まだ上がるのかッ!?」



 神速の左脚を右腕一本で持つ鎌の柄で受け止めるが、威力に圧された獅駆真(シグマ)の模倣品は弾き飛ばされた。

 状況を一転させる大技を撃ち逃がした悔悟を孕む暇すら持たず、ルカは翠眼を解放し負傷した左腕を庇いながら肉弾戦へと移行する。



「自分を持たねェ猿真似野郎が!! 所詮てめェもエメラと同じ強者を真似れば強くなれる幻想を持つだけの雑魚だろうがッ!!」

「俺の事は何とでも言え! だけどマシュロは弱くないっ!! マシュロは犠牲の心を持つ強い女の子だ!!」

「馬鹿がッ! 強ェ奴は自己を犠牲になんてしねェ! 自己犠牲が美学だなんていう奴もいるが、そんな戯言はてめェの弱さを正当化したいだけの弱者の言葉だ! エメラなんざその典型例だろ!」

「犠牲心は悪じゃない! 身を賭してでも護りたい存在がいる者の覚悟を、願いを、想いを踏みにじるな!」



 ラウニーの歯牙がマシュロへ突き刺さる。

 その通りだ。自分の弱さ故に子供達を護り切れず、身を賭してラウニーと対峙する決断をする羽目になり、ルカまでをも戦いに巻き込んでしまった。自分の行いを正当化する行動だったのは否定しない。


 けれど、ルカが言うように根源である子供達を護りたいという覚悟は、願いは、想いは本物だ。

 一つの覚悟からマシュロは平穏を失ったが、決意は結果的に子供達をここまで護った。

 だからこそルカは、マシュロの味方だ。

 希少種で、力を持たずして、それでいて白き心を持つ彼女の。

 月夜に映える小熊猫(レスパンディア)のように、耀ける彼女の姿を守りたくて。



「エメラのこと何も知らねェくせに語ってんじゃねェぞ偽善者が!!」



 知らないからこそ認めたい彼女がいる。

 知らないからこそ払拭したい過去がある。

 知らないからこそ回帰させたい平穏がある。

 非力な少女が不幸に苛み幸福を望んだように。

 ルカはそんな彼女を心から救いたいと切望する。



「マシュロを知ろうとしない奴に騙る権利なんてないっ!」



 多方から強襲してくる鋭利な短刀を回避し、一瞬の連撃の間を縫って反撃に出るルカは右手を振りながら長剣を創造。想定通りの魔力注入によって使い慣れた長剣と同等の得物を創造するも、ラウニーの瞬発力によって防がれる。しかし膂力の限り振り払ったルカとラウニーの間にはおよそ七メートルほどの空白が開いた。


 狙い通り。ルカが作り出したかったのは両者の距離だった。



(相手の思惑を――超えるッ!!)



 たった数時間で戦闘の手解きをしてくれたミュウの言葉を反復するルカは。

 白と黒の二丁拳銃を創造した。



「「「アーエールだと!?」」」



 銃捌き(ガンスピン)を執行される白と黒の翼を生やした二丁の拳銃に、様々な方向から吃驚の声が飛び交った。

 観戦を決め込んだキャメル然り、ラウニー然り。何より一番驚いていたのは都市門上から鳥瞰する【クロユリ騎士団】の団長ソアラだ。レラ同様、己の唯一無二の武器を簡単に複製してのけたルカの能力に、流石のソアラも驚きを隠せない。


 たった一度、たった一度しか見せていない――いや、寧ろいかなる場合を想定していたのか、騎士団本拠でつぶさに観察を行っていたルカの行動が、今繋がった。


 ルカの創造の能力に誰もが目を見張る中、焦燥に駆られるのは果たして――。



(アストラス然り、【楽戦家(トリックスター)】の得物然り、こいつの能力が本物だとしたら、こいつは百発百中か!? 面倒臭ェもん創造しやがって!!)



 ――敵対しているラウニー以外にはいない。

 一度味わっているソアラとの交戦。アーエールの本領。決して遠くはない過去の苦い思い出(ひきわけ)に、ラウニーは全身の血液を急加速で巡らせ、地面を爆裂させながら七メートルの距離を驀進した。



「殺られる前に殺りァいいだけだろ!!」



 負傷した左腕を何とか持ち上げ二丁の拳銃を前面に構えるルカへ、ラウニーは転瞬の内に距離を詰めた――そう、ルカの思惑を知らないラウニーは距離を()()()()()()()のだ。



「あぁ、お前ならそう言ってくれると思ってたよ」

「は?」

 


 砲撃。

 千載一遇の好機。

 ルカの言葉もラウニーの猜疑の言葉も掻き消す砲撃は、百発百中のアーエールでもなく、空気銃でもなく、ましてや特大の電磁砲でもなく。


『散弾電磁砲』。


 広範囲に飛散する近距離特化型の、アーエールを模しただけのルカオリジナルだ。

 ルカが圧倒的経験不足なのであれば、ラウニーの経験を逆手に取った好手。

 アーエールの百発百中、という固定概念をぶち破ったルカの創造ならではの機転が炸裂した。



「アアアアアッッ!! 小賢しい!!」



 体に火傷を負いつつも眼前を腕で覆い、バックステップで緩和したラウニー。術中に嵌ってしまった己の迂闊さと、小細工を弄するルカへ憤怒を爆発させつつ視界を解放すると。



「ッッ!!」



 すぐそこには黒剣を引ききったルカの姿が。

 


(マシュロを救う。それが俺の【切望】!)



 ラヴィが言ったルカの芯。それは適応しようとする心。

 相手の(マイナス)に寄り添い、社会に適応させようとする心。

 これまで社会に排斥されてきたルカだからこそ出来る交友の救済。

 その適応力は今、力に。



「追撃くらい読んでんだよクソがッ!!」



 ルカの黒剣を撃ち落とそうと、若干の遅れを自慢の速度でカバーし、渾身の短刀で迎撃を試みる。

 剣身を加速させ一直線の軌跡を残す黒閃、弾き返そうと体を入れた全力の黄光を帯びる短刀。

 意を決した伯仲の一撃は――蹉跌を来たし、短刀が空を切った。



「な」



 ラウニーから困惑の声が漏れた。

 ルカは既に黒剣を持っていなかった。それもその筈、衝突寸前で『消失』させていたのだから。


 武器を振り切った体勢によって立ち位置が逆転した両者、消失した黒剣の代わりに用意されたルカの手には極彩色の光剣。瞳には神々さえも畏怖する厳格な八芒星が彩色を灯し燃え上がる。


 相手の思惑を超える――二重三重に張り巡らされた想定外の行動。

 烈々な虹彩が夜闇に煌々と輝く一方、ゾクッッッと。

 ラウニーは背後に猛烈な悪寒を感じた。

 これまでに体感したことのない戦慄。体の芯から舐られるかのような凶悪な魔力。

 なりふり構わず、絶対に避けなければならない一撃に。

 ラウニーの一瞬の判断は、矜持と強者の葛藤に呑まれた。



(前面に飛べば直撃は防げるかもしれねェ。だが、こんな雑魚相手にそんなみっともねェ真似を……? ありえねェ、ありえねェ! ありえねェ!! だったらやることは一つだろ!!)



 ラウニーはルカの光撃を正面から受け止める決意を秘め、強引に振り返った。

 悪手じゃな。どこからか妖艶に笑う声が風に乗ってきたような気がするが、ラウニーには関係がなかった。どんな不利対面でも叩き潰してこそ強者なのだから。


 体裁など捨て、ラウニーがもう一つの選択肢に従順であったなら瞬発力を頼りに躱すことは可能だったかもしれない。しかしその明暗を分けた行動の根源はひとえに。


『傲慢』。


 どこまでも、どこまでも。

 彼の傲りが。強者の慢心が。勝負を勝負と捉えない圧倒的実力差の乖離。誇示する筈の能力が、ルカに勝機の道標を示唆してしまったのだ。


 剛毅な心刃(おもい)を力へ。

 光の息吹が空を翔ける。太陽のフレアのように光が漏れれば、周囲の空気を取り込むように魔力の収斂を続ける光剣の向かう先はただ一つ。



「受け止め――」

負滅救斬(エフティヒア)



 光波烈風。

 時空を切り裂くかの如く峻烈な消滅の一刀は短刀をいとも容易に破壊し、極彩色の軌跡がラウニーの肉体をなぞらえた。

 凄まじい衝撃が両者の間で発生し、直撃を受けたラウニーが騎士団本拠へと吹き飛び転がっていく。


 修練場だけがまるで夜を越えたかのような温かな光を撒き散らし、戦闘を眺める誰もが強烈な光の輝きに目を眇める。

 芝が、土が、樹木が震動を放ち、巨大な妖精が通過したかのように気流が発生。ルカの周囲に存在していた有機物はこぞって消滅の力に耐え切れず、姿を無い物としていた。


 そして。



「はっ、はっ! はっっ!!」



 光、粉塵、暴風、少年を中心とした全ての荒事が収拾する中、力を使い果たし片膝を着くルカの姿。魔力の大量消費、調整のために擦り減らし続けた神経、体力、全てにおいて限界を迎えていた。

 対してラウニーは。

 三十メートル程離れた騎士団本拠真下で、擦過した後伏臥で横たわっていた。



 決着。

 


「ルカさんっ!!」



 気概のあるルカの救済は確かに今マシュロへ。

 ルカの勝利を確信し、今にも崩れ落ちそうなルカへと駆け寄るマシュロの表情は晴れやかでありながら憂いが混在していた。愉悦に浸る豪傑なキャメル、はんなりと笑むコラリエッタも格上打倒の祝福をすべく、ルカへと歩みを寄せていく。



「くっ、ふふふふふ。見事じゃ」



 本拠の頂上で脚を組むミュウの妖艶な声が風に梳かされ消える。



「か、勝っちゃったよ……ルカ君ヤバくない!? 凄っ! うわ~、良いもん見ちゃったなぁ~!」



 都市門上部にて興奮したレラによって首を絞められ、青ざめながら腕を叩くアルア。



「ルカ……っ!!」



 ふっ、と笑いサキノの肩から手を離すソアラだったが、ピクリとラウニーの手が誰にも知られず動きを取り戻す。

 白目で崩れ落ちていた筈のラウニーの双眼にぐるんっ! と意識が呼び戻り盛大にむせ返った。



「ゲホッ!! カハッ……!? ぐ、うううう!? はぁっ、はぁっっ!! 何を……何をしやがったてめェえええええええええッッ!?」



 思わぬラウニーの復活――悪足掻きに一同身体を震わすも、立つことすら叶わないラウニーへと進路を変更したのは団長であるキャメルだった。



「見たところ、魔力枯渇(エナジーダウン)……いや、それ以上か。いやはや、心躍る戦闘を見せてもらった。……さて、格下だと見くびった末、この有り様の貴様は理解しているか? 二人の覚悟に負けたことを」

 


魔力消滅(エナジーロスト)』。

 ルカの負滅救斬(エフティヒア)の真の効力だ。魔界において魔力とは活動源であり、体力に補完すべき重要な代物である。永久に魔力を消滅させる訳ではないが、直撃を被れば戦闘の続行はまず不可能だ。

 更に休息を得れば自然回復する魔力も大幅に遅延を来たし、回復道具を用いても効力は薄い。ルカの切り札(エフティヒア)は魔界人にとって凶悪そのものの技なのだ。


 ルカの幾重にも張った戦術を評価するキャメルはラウニーの前で立ち止まり、強者であるラウニーを見下ろす。

 見下ろされることが限りなく少なく、高場を好むラウニーは不快感を催しながらも抵抗出来ない体で笑って見せる。



「俺様が負けただァ? くっ……くくくくく、俺様はまだ生きてるぜ?」

「彼等にとっては生死だけが全てではない。認めろ、貴様の敗戦を、罪を、傲慢さを」



 マシュロが小さい腕で憔悴したルカを支えながらキャメルとラウニーの口論を見守る。その横ではコラリエッタがルカに労いの言葉をかけながら左腕の損傷を治療し始めていた。



「めでてェなァ、だからてめェ等はいつまでも負け組なんだよ。俺様が生きてる間はまだ戦闘は終わってねェだろうが!」

「くどい。虫の息の貴様に何が出来る」

「何が、だぁ? 何でも出来るさ。 てめェが不死の力を隠し持ってたように『傲慢』だけが俺様の能力なんて――」



 段々と妖しくなる雲行き。ラウニーの意味深な自信に、キャメルは掌を思いっ切り引っ掻いた。



「――不知の領域だろ?」



 生かしたまま更生だなんて見当違いも甚だしい。不敵な笑みに猛烈な悪気を感じ取ったキャメルは、自派閥団員殺害の責任を取ることも辞さず、ラウニーへ血液で形成した巨剣を背部へと突き刺した。

 マシュロの悲鳴、ルカの狭窄、コラリエッタの瞑目を他所に、巨剣はラウニーの背部へと侵入――することもなく、まるで地獄の沼のようにどす黒く劣悪な幻炎に阻まれる。



「!?」

「力っつーのは、使える奴のもとに宿るモンだ。それを理解死ねェ奴はただの臆病モンだ。めンどくせェ……あァ、めンどくせェよ。全員死ね」



 この世の者とは思えないほどに悍ましい空気にキャメルは飛び退く。

 ラウニーの背部から尽きた筈の魔力が続々と溢れ、深紅の巨剣は呑まれるように液状と化した。そして、立つことすら出来なかったラウニーは膝に力を入れ、ゆらりと立ち上がる。

 が。



「おやめなさいな」



 玉音の声音と共にどこからともなく現れ、爆発寸前のラウニーの眼前に立つ二人の人物。花魁のような雅やかな着物を羽織る美女と執事服を着用した白髪の老人。まるで異国の王女とその使用人のような組み合わせにキャメルの眉が顰まった。



「あァ? 誰に向かって命令死てやがる」

「命令ではなく助言ですよ」

「ンなもン要らねェよ。今ここでこいつらを全員殺す。どけ!」



 予期せぬ闖入者に警戒心を雇うキャメルとは正対し、扇子を口に宛がい無警戒な女。まるでこの場の支配権を握っているかのように毅然とした佇まいで、ラウニーと付き人以外眼中に無く会話を進めていく。



「『魔織化(ましきか)』を解放するおつもりでしたね? 馬鹿を言いなさい。貴方如きの実力で今、力を解放すれば間違いなく飲まれることを理解してまして?」

「うるせェ、黙れ。ンなこたァ俺様が決める。てめェに指図される謂れはねェよ雑魚が」



 誰彼構わず高慢な態度であしらうラウニーの表情は僅かに固い。立ち上がり強がってはいるものの、手先は震え、数滴の魔力のみで体を支えているようだった。

 そんなラウニーの罵倒を委細気にせず、女はペロリと妖艶に舌なめずりをして笑う。

 その笑みは。この場にいる誰もが身の破滅を予感し、冷や汗を湛えるに十分な動作だった。



「くぅくっ、減らず口は相変わらずですね。勝手に飲まれて勝手に死ぬのは構いませんが、あまり調子に乗らないことです。『喰べ』ちゃいますよ?」

「……チッ!!」



 ラウニーが、折れた。その現実は、キャメルとマシュロに驚愕を与えた。

 超実力主義のラウニーが横紙破りを断念するという事実は、闖入者である女がラウニーの実力を凌駕しているということ。


 女が名のある騎士団に属しているのであれば名前くらいは知っている筈が、キャメルにはラウニーが屈するほどの実力を持ち、一匹狼のラウニーと交流のある者の正体に思い当たる節がない。どうやら面識はあるみたいだが、三人の関係性がまるで雲のように掴みどころがなかった。



「さて、和解も出来た事ですし帰りましょうラナ様、ラウニー様」

「空気読まないわね、爺」



 パンッ、と手を叩き撤収を推進する紳士の老人に、じとっとした目付きを扇子越しに送る女。

 空気が弛緩する中、ラウニーだけが砕け散りそうなほど歯を食い縛りキャメルを――その後ろで腰を下ろすルカを睨めつけていた。



「待て。貴様等が何者かは知らんが、敷地への不法侵入及び騎士団員の連行をそう易々と宥恕すると思うか? 返答次第では手荒な方法も覚悟して貰うが」



 許可も得ず侵入した罪と自派閥の問題を無断で持ち帰ろうとする女と老人に、キャメルは団長として抑止をかけるが。



「不法侵入はお詫び致します。ですがエレオスを放置していたのはどなたでしょうね? 今更、上長顔しても遅いとは思いませんか? 力ずくで帰趨しても構いませんが、相手の実力が分からない貴方様じゃないでしょう。我とエレオス、そして爺を相手取り、此方の場にいる者、一体何人が生き残れるでしょう?」

「……っ」



 重度の疲労を負い戦力として数えられないルカとマシュロ、戦闘に関しては期待の出来ないコラリエッタ。本拠の中と敷地外からもいくつか視線を感じるが、女の言う通り勝機は非常に薄い情勢にキャメルは口を噤む。


 無言を理解と受け取ったのか女は紳士に指示を出し、紳士は胸に手を当てお辞儀をする。するとラウニーの背後に亜空間に繋がっているかのような円形の門が出現し、一同を幾度目かの驚愕へ誘った。

 舌打ちを弾きながら空間の中へと侵入したラウニーに続き、女が、そして紳士がキャメル達に向け礼儀正しくお辞儀をして、三人全員が門の内部へと侵入する。


 ワープホールとでも言うのだろうか。魔法が当たり前の世界ではそのような能力もあって然るべきだが、眼前で繰り広げられている珍事に動揺は尽きない。

 門の収縮は一瞬、本来あるべき演習場と本拠の夜の姿が残された者達の視界を潤した。


 ラウニーの事は気懸りではあったが、一先ずの難は去ったかと、キャメルは踵を返す。

 邪魔が入り祝福を称える時機を見失ったが、礼は言わなければならない。

 希少種で自己を弱いだけだと思っている少女を尊重してくれたことを。

 危険を顧みず、格上であるラウニーに覚悟を証明してくれたことを。

 そしてマシュロの重責(ゆき)を溶かすために自己を犠牲にしてくれたことを。


 向かう先は大健闘を収めた少年ルカ・ローハートの元。

 現世との接続が切れ、マシュロの小さな腕の中で眠るマシュロの英雄の元へ。


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