072話 ルカ・ローハートの武器
宙城での決着が着く一方、ルカと【暴君】ラウニーの戦いは進む。
そんな因縁を決すための死闘を巨大な西都市門上部から静観する影が四つあった。
「心配か、サキノ?」
「当たり前じゃないですかぁ……相手は【夜光騎士団】の【暴君】ですよ?」
「う~ん……まぁ、サキちゃんの心配も尤もだと思うな~。ルカ君には悪いけど、流石に【暴君】相手にタイマンじゃキツ過ぎるよね。でもほら、シチテンバットーで健闘健闘!」
「七転八倒はいい意味では使わないですよレラたん……言いたいのは七転八起のことですよね? ご、ごめんなさい、怒らないで……」
【クロユリ騎士団】の面々。団長ソアラの憂慮の言葉に、サキノが今にも飛び出そうと脚が疼くも肩を制されていては動くことは叶わない。その横では門の上で座り込んだレラが、膝の間に据えたアルアの頭にぐりぐりと顎を捻じっていた。
【クロユリ騎士団】の四人がルカとラウニーの戦闘の開始を目撃したのは必然であり、偶然だ。
クゥラが助けを求めに都市を駆け回り、辿り着いた人物は薬師繋がりで数度面識のあったコラリエッタだった。クゥラの転倒に声をかけたのは【夜光騎士団】団長のキャメルではあったが、付近にいるコラリエッタの存在にクゥラは堪らず助けを請うた。紙袋を持ち騎士団へ帰りの最中であったコラリエッタに、偶々団長ソアラの遣いにて、コラリエッタに用件があったアルアが同行していたのだ。
只事ではない鬼気迫るクゥラの様子に、アルアを除く二人は【夜光騎士団】本拠へ急行。残されたアルアは、繭から抽出した暗殺犯カロンを騎士団総本部へと連行した団長へ報告。その場に付き添っていたサキノ、レラを含めた四人は【夜光騎士団】本拠へと足を向けた。
他騎士団であるが故に手出しは出来ないが、キャメルとラウニーの衝突及び、今や都市の脅威となっている【夜光騎士団】の行く末を見届けようと駆け付けたのだ。そこで展開されていたのはキャメル対ラウニーの派閥内争いではなく、まさかのルカとラウニーの戦闘にサキノは驚倒し、現在に至る。
憂い目を少年へ向けるサキノを横目にレラは、あうあう、と喘ぐアルアの声を喉元に感じながら、ルカの戦況の不利性を再確認のように団長へ向ける。
「この間【暴君】と手合わせにもならない手合わせしたけど、確かに口先だけじゃないっぽいんだよね……団長は一度やり合ったことあるんでしょ? あいつの実力どうだったのさ?」
「あぁ、以前夜光と抗争即発の時期があってその時にな。まぁ、恥ずかしいことに引き分けたが」
「団長が引き分けっ!? そんな相手にルカが――」
勝てるわけがない、思わず飛び出そうになる言葉をサキノは嚥下した。
例え希望が無くても、今は少しでもルカを信じ、応援する他にない。
誰もがルカ対ラウニーの戦闘でラウニーに軍配が上がることを疑問に思わない中、ソアラは再び目下の戦場に視線を落とし、意味深に言葉を続ける。
「あくまで私は、な。【暴君】の能力は相手の能力を激上させる。本来ならば味方に付与し強化させる『傲慢』だが、奴は敵に付与し、その上で完膚なきまでに叩き潰すのが奴の戦闘スタイルだ」
「それ【暴君】さんにデメリットしかないのでは……?」
「いや、逆だ。急激に向上した身体能力、魔力に人は適応出来ない。想像を凌駕する出力に、体力と魔力の消費も嵩み、手を焼かされたよ」
黄金の光を体に纏い一層速度を増したラウニーの攻撃を身体に掠らせ、辛くも往なして続行されていく戦闘。ラウニーの一挙手一投足にサキノの体がビクッと跳ね、ルカが無事であることに度々安堵するサキノ。
ソアラの言うように体力と魔力の消耗が激しいのか、ラウニーとの近接での攻防が増え、まるで詰将棋のように追い込まれる姿は『傲慢』解放時の過剰な動きの見る影もなかった。
時間の問題――誰もがそう思っていた。
慧眼を持つソアラ以外は。
「なに、案ずるなサキノ。恐らくローハートは負けんよ」
ソアラの一家言にバッ、と集中する三つの視線。どこからどう見ても圧倒的劣勢に立たされているルカの姿に、勝機がどこにあるのだろうかと。ラウニーの勝利は揺るがないだろうと「流石の団長の読みでも当てにはならないな~」と笑いかけるレラだったが、サキノの期待交じりの瞳に通りかけた言葉が喉で圧殺された。
「どうして、わかるんですか? 慰めにしては少し横暴な気がしますが……」
半信半疑でサキノが呟く。長年騎士団で共に過ごしているレラですら無信全疑なのだから、サキノの反応も当然だった。
そんな騎士団員達の空気を察し、ソアラの紫瞳に少年だけが映り続ける。
「サキノ、レラとチームを組んで慣れるのにどれだけの時間を要した?」
「え? え、と……未だに……?」
「うそぉーーー!? サキちゃん嘘でしょっ!?」
唐突な団長の質問に戸惑いながらもサキノは正直に答え、レラは発狂したように叫んだ。耳元で張り上げられた声にアルアは牛耳をびくつかせ、クラッと目眩を催しレラへともたれる。
「お前達が組む頻度も元々少ない故もあるだろう。逆にレラ、お前は以前『魔物達の夜祭』でローハートとチームを組み、やり辛さは感じたか?」
「ん~……全然? 気付いたら足場片付いてるし、攻撃したい範囲の中にルカ君絶対入ってこないし、寧ろやりやすかったかな~、昔ながらの団員! みたいに」
「それが何か関係が……?」
嬉々として過去を振り返るレラと、空漠たる問いにサキノは意図を掴めない。
ソアラの視線の先を追うように、苦戦を強いられているルカの姿を目に捉える。
団長には何が見えているのだろうか。わからない。けれどそれはサキノにとって確かな吉兆だった。
暗闇を明るく照らす月が都市に舞い降りる中、ソアラは眼前の少年に目を奪われていた。
「『魔物達の夜祭』での戦闘痕を見たローハートの第一印象……薄々感じてはいたが――」
× × × × × × × × × × × × ×
「てめェ……ッ!」
「ふぅっ、ふッッ……」
ラウニーの超加速の拳砲に対応してのけるルカ。頬に微々たる掠り傷を負うもルカの表情に焦燥はない。次々に飛来する嵐脚や拳打を紙一重で躱しては反撃の隙を狙う。
まるで詰将棋のように追い込まれる姿は『傲慢』解放時の過剰な動きの見る影もない。
その通りだ。サキノ達が憂慮に暮れていたのは、あくまでルカの行動を錯誤していたに過ぎないのだから。
詰将棋のように追い込まれる姿は、ルカとラウニーの拮抗。
『傲慢』解放時の過剰な動きの消失は、ルカの『順応』によるものだ。
噛み合う。少しずつ、ズレが修正されていく。
ラウニーの豪快な右脚を後方への退避で完璧に回避したルカは紫紺瞳へ切替、出力を味方につけ、一心に右腕で大刀を振り抜いた。
その刃は一つの赤線をラウニーの頬へと刻み、空を切る。
「チィッ!!」
両者の距離四メートル。空間を把握し始めたルカの攻転にラウニーは舌を打った。
堪らず肉薄したラウニーの乱撃を、三メートル、二メートル半、二メートルと、創造の度にサイズダウンしていく大刀の峰でルカは防御を敢行していく。
通り難くなってきた攻撃に苛立ちを覚えたラウニーは強烈な踏み落としで地を捲り上げた。
ルカの視界を奪い、己は亜人族の優位性嗅覚を用いて攻め込んでやろうと画策したものの。
「はぁぁぁあああああッッ!!」
「ッ!」
右横に気配を感じたラウニーは小差しを盾に、ルカの一メートル半の黒剣を食い止めた。
(こいつッ――!?)
(まだ多い……!)
(出力を調整してやがるッ!?)
創造、消失、創造、消失。
速度、膂力は『傲慢』に甘んじ、魔力の調整を計るルカの姿にラウニーは驚愕した。
一瞬の判断を要求される戦闘において、能力・魔力調節とは熟練の戦士にも難を極める高等な技術。例えるのであれば一度誤れば即死の演奏会。使い慣れない楽器を使用しチューニングをしながら本番演奏するようなものだ。
激上した能力に平静を欠いた思考では、本来眼前の演奏に傾注することで手一杯の筈である。しかしルカが出力調節しながら演奏の進行を可能にした理由。
それがルカにも無自覚な『順応力』である。
幼少の頃から最近まで生きてきた『代償』。良く言えば『産物』。周囲に、ひいては環境に合わせて自己を委ねてきたルカは、ラウニーの『傲慢』にも順応を始めたのだ。
そして何より、魔力の調節とは一朝一夕に修得できるものではない。ややもすれば魔力不足に陥り、戦闘の続行も困難を極める。しかし得物を用いての白兵戦を主軸とし、魔法や能力の解放に魔力を宛がう魔界の人間とは異なり、常に魔力を操作し攻防の基盤としているルカの『創造』においてはその限りではない。
簡単な話だ。強撃を行いたければ増幅を甘んじればよし、サイズダウンをしたければ魔力の出力を絞ればいいだけで、ルカの魔力量に合わせて武器の規模が変幻自在なのだから。
翠眼の身体強化を用いずともラウニーと拮抗する速度、瞬発力を駆使し、ルカは標準サイズまで出力を抑えた黒剣を這わせる。自身の『傲慢』を使いこなすルカに歯を噛み、ラウニーは苛立ちをナイフに伝播させ迎撃していく。
まるで別人のような少年の動きにマシュロは開いた口が塞がらず、キャメルは戦闘中に成長を遂げる強者に心躍る。月明かりだけが照らす暗澹な世界に溶け込む黒閃と、黄閃が何度も交錯する様を慈愛の笑みで見届けるのはマシュロの治療を終えたコラリエッタ。
劇的な変化を遂げた少年とラウニーの死闘を、三者三様に目で追っていた。
とは言え左腕の負傷、慣れない戦闘速度に疲弊が重なるルカにとって長期戦が不利であることは明白。息つく暇もない攻撃の押し付け合いに一石を投じるべきはルカしかいない。
強者からの視点でキャメルがそう平行線の戦場を俯瞰した時。
ルカは創造した。
直径一メートル半を越す、S字を象る頭尾両端に刃が付いた巨大鎌を。
「ッ!? てめェ、それは【楽戦家】の得物だろッ!」
「レラ、力を借りるぞ!!」
巨大鎌を片手で回転させるルカは『魔物達の夜祭』のレラの戦闘を想起し、再現を試みたのだった。
× × × × × × × × × × × × ×
「――ローハートの順応力は限りなく武器だ」
「順応力が、ですか?」
ソアラの憶測通り、サキノがルカの殊勝な変化を察知し始める。真面目な話が交わされる中「あれウチの『獅駆真』ジャン!? あれ!? ある!! ナンデ!?」と、傍で横たわる己の武器を確認するレラ。「レラたんの武器そんな名前だったんですね……ダサ、あうあう……」と半眼で余計な一言を口走る前にぐりぐりを喰らうアルアを他所に二人の会話は進む。
「私でも【暴君】の増幅には順応出来ず、自滅覚悟の威力任せで押し切り互角だったんだ。しかしこの短時間でローハートの動きが変わってきているだろう。調整が出来ると言うことは奴の本領にも対応出来るということだ」
「本領、と言うことは『傲慢』による増幅だけが暴君の力じゃない……?」
不穏な単語にサキノがまさか、と小首を傾げるが、ソアラは期待を裏切るかのように首肯する。
「そうだ。奴が実力者にしか使用しない為に一般的に知られてはいないが、実のところエレオス側で出力の増減も解除も可能だ」
「え……と、つまり急速に速くなったり元に戻ったり、戦闘の緩急を操られるってことですか!?」
「そういうことだ。だから厄介なのだ、奴の何が何でも主導権を握る『傲慢』はな」
戦闘において緩急とは攻防移動問わず肝要となる事項だ。一瞬の隙にも繋がれば、戦端を切り開くことも可能な緩急の手綱を自由に握ることが出来ると言うラウニーの能力にサキノは吃驚する。
頑強な身体に加え、行動の不自由を押し付けられる展開がルカに待ち受けていることに、サキノに更なる絶望が押し寄せるも。
「あれ……? でもじゃあなんで今ルカは全力の増幅を貰い受けるだけで……『傲慢』の調整でルカの緩急を奪えば――あっ」
順応し始めたルカがいるのならば逆手に取り、増減を駆使すれば苦戦などする必要もないだろうとサキノは口走ろうとしたが、その矛盾性はラウニーの傲慢性が全ての元凶であることに合点がいった。
「ふっ、気付いたか。最初に言ったようにエレオスの根底は相手を激上させた上で叩きのめすことにある。一度増幅させた相手の能力を変化させると言うことは、相手に脅威を抱いたと認めるようなものだ。散々格下だと見くびっていた相手に、果たして奴は妥協することが出来ると思うか?」
ソアラの憶測は正鵠を射ていた。ラウニーの戦闘スタイルは相手に恩恵を与えながらも潰すことにあり、高慢が招いた苦戦であっても解除や増減の変化を付けることは矜持が許さない。
となればミュウが僅かな光明を示唆したように、現時点のルカが付け入る隙はラウニーの傲慢性から来る『傲慢』以外にないのだ。
次第に終演へと近付いている二人の死闘を、サキノは両手を胸の前で握り締め、十全の祈りを捧げた。
「ルカ……頑張って……っ」




