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071話 ノルベール

 天井は高く、幅は広い。窮屈さを全く感じさせない長い長い天空の回廊を早足に進む。

 赤い絨毯が延々と引かれ、窓枠一つとっても金の装飾が施されている豪奢な造り。所々に置かれている嗜好品は見るからに高価な壺や金の置物。壁に掛けてあるのは歴戦の戦士の武器だろうか。


 視界に入れるなという方が無理なほどに威厳を象徴する品々を横目に、そして纏わりついてくる白髭を生やした老紳士の言葉を今でも無視しながら少年――ゼノンは目的地へと急ぐ。



「ゼ、ゼノン様、いけませんぞ! ご生存には驚きましたが、今は大事な閣議中でございます! 用件なら私がお伺いしますのでどうかっ」



 現在地『宙城』本館。東西南と巨大な城を周囲に携えた、最も大きい主要の城にゼノンはいた。

 何としてでもゼノンを引き止めようと躍起になる使用人の忠告は五度目。いい加減に飽きてきたところだが、相手にしては思う壺だと自分に言い聞かせ平常心を凪に保つ。


 重く体に纏わりつくのは半年間木箱の中で眠っていた正装だ。普段の雑な格好とは異なり、白と金を基調とした装束。まるで責任と権威が編み込まれたかのように重量を持つ『王の子』として相応しい正装を堅苦しく思いながら、広大な広間へと出たゼノンは奥に見える巨大な扉へと進路を取った。


 室内且つ宙に浮遊している筈であるのに両脇には噴水。「絶対技術と資源の無駄遣いだろ」と難儀を示しながら、横に長く湾曲した階段に差しかかかる。

 ゼノンは宙城が嫌いだった。安全と権威を誇張しているこの空間が民達との格差を認識させるに十分過ぎる故だ。何を取っても自分達の立場が上だと証明したいのだと思えてしまう卑しさが、ゼノンには耐えられなかった。


 噴水に続き無駄に長い階段を半分ほど登った頃。左方でニコニコと笑う金髪の少年を視界に捉え、ゼノンは思わず心の中で舌を弾かせた。



「ゼノンお兄様、よくぞ帰ってこられましたね。ゼノンお兄様の生存に私、オルファはとても歓喜しております」

「笑顔も社交辞令も胡散臭ぇぞオルファ。王族ならもっと高貴に繕え」

「けひひひ……相変わらず手厳しいですねぇ。ですがゼノンお兄様に言われたくはないですねぇ」

「俺はいいんだよ」



 齢十二になる双子のゼノンとクゥラの一歳下の弟の第三皇子オルファに駄目出しをする。

 いつも何を考えてるのかわからない不気味な笑顔と、やけに持ち上げてくる言葉遣いがゼノンには気持ち悪くて仕方がなかった。本心では思っていないことも雰囲気からぷんぷん漂っている。

 約半年ぶりに会った弟と会話に華を咲かせることもなければ、階段を登る足を止めることもなくゼノンは進む。



「そんなに急いで父上様に何用ですか? 王権継承を決められたのですか?」



 オルファがゼノンの顔を覗き込みながら一緒に階段を登り始めた。


 ――着いてくんな。大して興味ねぇだろ。


 脳内で渾身の拒否を示すが態度には一切出さない。

 右に白髭の紳士、左にオルファ。はっきり言って邪魔でしかなかった。



「なんでお前に用件を言わなきゃならねぇ。それに常々言ってるが王権を引き継ぐつもりなんて一切ねぇって」

「どうですかねぇ。私、オルファには、ゼノンお兄様が反抗期――いえ、子供が駄々をこねてるようにしか見えませんが。御心の中では継承の決意は固まっているのでしょう?」

「信じねぇのなら話は終わりだ、堂々巡りでキリがねぇよ」

「そうですか、残念ですねぇ。ゼノンお兄様、お時間がある時に鼠暮らしの体験談、聞かせてくださいね。けひひひ……」



 やけに馬鹿にしてくるオルファを相手にせず一笑に付す。

 ゼノンは今回の騒動――ゼノンとクゥラの暗殺騒動――にはきっとオルファが一枚噛んでいるような気がしてならなかった。そのような権力も伝手もいるとは思えなかったが、彼の王位への執着心は計り知れない。今でこそオルファはゼノンが王権を握ると言って止まないが、本心は面白くないのだろう。


 あくまでも推測で、家族を疑うことはしたくないが用心に越したことはない。

 しかしゼノンとしては今はそんな些細なことはどうでもよかった。今はもっと集中しなければならない用件が控えているのだから。


 脚を止めたオルファを後方に置き去りにして階段を登り切る。真横で慌てふためく紳士を一瞥すらせずに巨大扉へと手を翳す。

 半年ぶり。少し緊張しながらも、一息入れ、ゼノンは扉を強く押した。



「失礼します」



 全体的に浅黄色を基調とした造りで、巨大な柱が天空のドームを支える大広間。天井には神が戯れているかのような絵画、多くのシャンデリア、天空を映し出すステンドグラス、大理石の絨毯が『王族』の立場を惜しみなく誇示していた。

 コツコツと響く足音に、豪奢なソファで円卓を囲む都合五名の人間の視線が向く。その中には人族の姿もあった。

 閣議を中断せざるを得ない状況に微かな戸惑いが生じる中、迷いも遠慮も一切なく踏み込んでいく。



「すまない。少々席を外して貰えないだろうか」



 最奥に腰かける王冠を被った若い男が、権威ある声で申し訳なさそうに他の者へ退出を懇願する。

 辟易、苛立ち、難儀、様々な感情を露わにしながら、続々と席を立つ四人の権威者。通りすがりに白い眼で見られるが、一切相手にしなかった。


 使用人の平謝りの声と足音が遠ざかっていき、巨大な扉が閉まる音が背後で響く。

 広大な空間でたった二人となったことが空気感から伝わってきた。



「……ようやく帰ってくる気になったか馬鹿息子め。家出は満足したか?」



 厳めしい権威を内包した声音が大気を揺るがす。

 王ウェルザス・ゲイブ・ノルベール。齢三十にしてリフリアの頂点に君臨するノルベール家の頭首であり実の父親だ。

 そして今回ゼノンが宙城に訪れた目的の人物。



「父上、ご迷惑及びご心配をおかけして申し訳ありません。ですが私、ゼノン・ウェシル・ノルベールは宙城へ戻ってくるつもりはありません。此度は正式に事を告げに参った所存です」



 事件とまで噂されていた息子の生存、突然の帰還に些かの驚きも見せない王ウェルザス。ゼノンの真意の告白にも当然の如く、脚を組んだ姿勢で眉すら微動だにしない。



「頭を冷やして帰ってきたかと思えば……王権に続き家柄まで放棄すると言うのか? どうして与えられるものを享受せん? 大衆がどれだけ望もうが手中に抱くことが叶わぬ地位、富、名声を何故自ら放棄する?」

「私が望むものではないからです」



 安全が保証された宙城。手練れの近衛兵達。圧倒的権力を持つ王家。莫大な資金。数々の尊崇敬慕。

 民達がどれほど努力し欲したとしても、手に入れることが不可能な『王位王権』を生まれた時点で獲得しているのが『ノルベール家』だ。誰もが一度は夢を見、必ず夢で終わる垂涎の権威。

 しかしゼノンは『そんなもの』には興味がない。



「大衆が望むものが私達の望むものと同一とは限りません。民が多くのものを望むように、私は『自由』を冀求しております。ないものねだりと言われても仕方がありませんが、何もせずとも手中に収めたものに、私は価値を感じません」

「薬師薬舗の夢か。お前が王権継承を前向きに検討するのであれば、宙城にお前とクゥラの研究室を用意してやってもいい。存分な環境と莫大な資金を注ぎこんでも文句は言わん」



 ――ぐっ……、正直かなり魅力的な提案だ。

 毅然と固めた決意を矢として放っていたゼノンの心が初めて乱れた。


 薬師にとって資金とは、何物にも代えられないほど超が付くほどに必須だ。失敗を経て初めて利益を生み出すことが可能な薬師は、己で全てを調達することが出来るのならば差し障りはないが、基本的には『依頼』を経由して品々を入手する。都市外で入手可能な『薬草』採集の依頼に始まり、特殊な器材の調達は存外に簡単とは言えない。


 良環境は良製品を生み出し、消耗品である器材の破損は勿論買い替えが付き物、容器や新薬研究費とどれもこれも資金がなければ難航してしまうのが薬師の実態だ。


 そんな不都合を即座に解決できる権利が目の前に垂らされているのだ。揺らがない方がおかしいだろうと言う話で。


 もしこの甘い話が家出前に持ち出されていたならば飛びついていたかもしれない。

 それでもゼノンが理性を保持出来ていたのは、ひとえに都市での逃亡劇。



「ありがとうございます。そうまでして頂けるとは感謝しかありません。――しかし違うのです。私は民に寄り添い、共に成長して参りたいのです。自らの体で大切な人達と触れ合い、自らの耳で意見を聴き、自らの目で必要なものを判断し創造したいのです」



 言葉の裏側には姉マシュロ・エメラの姿。

 泥臭くて、示しがつかなくて、それでいて格好いい彼女を身近で支えたい。

 自身を守るために傷付いた彼女を治癒させたように、見知らぬ人達の大切な人を自身が創った薬で守れるように。



「そこに王の肩書など必要ありません。ですから、どうかご理解を――」


±



「出来んな」

「父上……!」



 ゼノンの必死の説得もたったの一言で一蹴される。

 それは王として、そして親として認可出来ない懸念点があるからだ。



「民とは、王族、そして商業を営む者にとって宝だ。支持する者がいてこそ我々は生かされているに過ぎん。その中には勿論人族も含まれていることをお前は理解しているか? 私の政策上、人族の社会進出は上向きの推移を見せているが、人族を忌み嫌うお前がどうして民に寄り添える? 客として訪れる人族にお前は笑みを向けることが出来るか?」



 民と真摯に寄り添うことを誓っているようで、幼少期から種族の隔たりに縛られているゼノンの心中。どれだけ立派な決意を秘めていようと、人族を蔑ろにする商売を王ウェルザスは看過出来なかった。



「……確かに私は父上が人族を立場進出させる政策に疑問を持っておりましたし、人族のようにはなりたくないと常々思っておりました」



 少し悄然とした声音で心意を呟くゼノンに、王ウェルザスは溜息をつこうとした。

 だが。



「ですが、それが世界の偏見と私の独見だと気付かせてくれた者がいます。どれだけ罵詈雑言を浴びようとも、正対する亜人族を助けてくれました。優しい言葉を投げかけてくれました。決して多くは無いかもしれませんが、理不尽な世界でも人族の中にそういった強き者がいることも確かです」



 ゼノンの心の中に灯るのはルカ・ローハート。

 突き放す罵声を浴びせたにも関わらず、命を賭し、手を差し伸べてくれた少年。優しい言葉で安心をくれた温かき人。


 間違った世界の認識を正し、異世界共生譚(ファンタアリシア)以前の世界を取り戻すことが出来るのは、きっと彼のような人物達なのだろう。

 ならば(ルカ)とこれから未来を変えてくれる人物達を信じてみようと。

 そのためにも譲れない。ゼノンは譲れないのだ。



「だから私は父上の政策を受け入れ、大切な人達と共に傷付きながら歩んでいきたい。種族関係なく、心から寄り添える人達を増やしていきたい。そんな人達の傷を治すのは他の誰でもない、俺とクゥラだ」



 無は個へ。個は全へ。

 ルカ・ローハートというちっぽけな一人の少年の存在が、人族を何人たりとも寄せ付けなかったゼノンの価値観に波紋を呼ぶ。


 いつの間にか敬語が抜け落ち、揺るがぬ灯を瞳に掲げるゼノンに、王ウェルザスは少しばかり瞠目する。王族に似つかわしくない反抗ばかりの悪餓鬼だった息子の成長。半年間家を出ただけで、こうも人を成長させることが出来るのか、と。


 そして王権を継ぐ気は無いと言っているものの、王としての政策の意を理解し、立場の弱い民を気に留めるゼノンが、何よりも嬉しかった。



「それに……」



 言葉を続けようとするゼノンに微かに私情が垣間見え。



「姉の想い人を咎めることなど、私には出来ません」



 はにかみながら排した言葉に、呆れを通り越して空気が弛緩する。



「言葉遣いがいつまでも荒く、人族への不満を撒き散らしていたお前がな……はぁ、反抗心の強い奴め、勝手にしろ」

「父上……ありがとうございます!」

「二度と宙城に踏み入るな、とは言わん。お前が大切だと感じた者達を連れて、たまには顔を見せに来い。王権の件は保留にしておく」

「そこは諦めて頂けないのですね」



 ふふっ、と王位など関係なく、ただの親子として笑顔を交わし合う二人。

 程なくして、ゼノンは深くお辞儀をして踵を返した。その小さくも、それでもやっぱり小さい背を()()は眺め、息子の旅立ちを見送る。



「ふふ、フラれてしまいましたね。ですが、若き頃の貴方にそっくりです」



 一人遅れて笑いを吐き出す一人の女性。いつから大広間にいたのか、突如として王ウェルザスの背後から現れたのは王妃、ゼノン達の母親だ。

 実のところ王妃は最初も最初、閣議中から大広間で趨勢を見守っていたのだ。ゼノンやクゥラが禁足地ヒンドス樹道でフル活用した『気配遮断』を使用しながら。



「馬鹿を言うな。あいつは私よりもしっかり民の事を考えているよ。何も考えずに家出した俺よりも、な」



 血は争えないとでも言うかのように、ゆっくり閉まりゆく大扉の先を二人は微笑みながら眺めていた。

 月が朧を唄い、王宮の窓から静かな灯りを届ける。

 空は晴天。暗さを増していく日常とは逆行するように、ゼノンの未来が切り開かれたのだった。


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