069話 つもり
大荒れの地。木々は倒壊、何かが勢いよく擦過して芝が抉れた跡を残す夜光修練場。
「……ぁ、ぅぅぁ……」
手放した傘は無惨に地へ突き刺さり、体中には泥汚れをも凌駕する血痕と殴打の痕。衣服は擦り破れ、伏臥に倒れ込む瀕死のマシュロは見るに堪えない風貌をしていた。
「勝てるわけねェが奮闘した同情が欲しい『自己憐憫』、強者相手に武器を交えた『自己満足』。どこまでも雑魚らしい『自己都合』だなァ?」
高火力の打撃を一毛も衰えさせず一方的に押し付けておきながら息すらも切らしていない疲れ知らずに、マシュロの戦意という灯は遂に消えかかっていた。
通用しなかった秘策、絶対防御を上回ろうとする苛烈な連撃、浪費していく魔力。
全てにおいて自己を上回るラウニーの戦闘力に、亡き者団長の気配が近付いてくる感覚がマシュロに囁いた。
『もう頑張らなくていい。これ以上苦しむな』
そう、言われた気がした。
それでもマシュロは小さな小さな残り火を絶やすことなく、往生際悪く体を引き摺りながらラウニーの元へと這い寄っていく。
「駄目で元々? 傍観してるだけは嫌? 違うな。てめェは救えない奴等に対する免罪符が欲しいだけだ。力を持ったと勘違いしたてめェは保身のために『つもり』を盾にして同情が欲しいだけだ」
「ふーっ……ふっー……」
「自己犠牲は強さとは言わねェ。そんな腐った思想で、力のねェてめェに誰かを真に守れるわけねェだろ」
勝機の策は確かに持ち得ていた。けれど勝つ『つもり』はなかった。負けて元々だ、万が一にも勝てるわけがないのだから。
それでもラウニーに立ち向かったのは、命を犠牲にしてでも戦ったという贖罪が欲しかったからだ。それは否定しない。
団長の幻聴を聞いたマシュロはラウニーの言葉を呑み込み、脚へしがみついた。
「こど、も……ちは、わた……しが……」
「うぜェ」
虫をあしらうが如く、しがみついた脚が振り払われる。取り付く力もなく、無様に地を転げる。
恥ずかしい。
みっともなく這いつくばっている自分が。
恥ずかしい。
自分のことで精一杯だった筈が、他者のために命を懸けていることが。
恥ずかしい。
自身に積もり積もった重責は全て『つもり』だったことが。
寝室で毎日休むことなく詰め込んだ大量の知識――勉強し、仲間の役に立つつもり。
冤罪を受け入れ、都市で強いられていた逃亡生活――子供達に寄り添ったつもり。
禁足地に赴き、子供達を自分の手で救いたい――ルカに助けてもらうつもり。
自身を犠牲にラウニーと敵対する――同情によって罪を軽くするつもり。
ラウニーの言葉は正論だ。
自分を犠牲にしてきた結果、一番に守りたかった子供達も守れていない。当時だけ守ったつもりで、最後まで守り抜けない。
つもりは積もり、マシュロの心の根を蝕み、積雪の下で苦しめる。
報われない『積もり』を溶かす力は自身にない。
ラウニーの言葉は紛れもなく正論だ。
「今際でさえてめェは無力な雑魚だ」
けれど認めない。
黒く靄がかかる思考の中、頭に浮かぶのはルカの姿。そして自身を救ってくれた温かい言葉。
『君の事を俺はまだよく知らないけど、弱さだけじゃない。自分を卑下する必要なんてないよ』
弱さだけじゃない。自分を卑下する必要などない。
自身に宿る『護る力』を認めてくれた初めての人。
『つもり』を認めてしまってはルカが報われない。
初めて恋慕を抱いた男の子が間違っていると思いたくない。
だから自分を責めはしない。卑下にならない。
例え自己犠牲が愚かだったとしても。
命を懸けてラウニーに挑んだことが無謀な行為だったとしても。
最後くらいは誇らしく散れるように。
軽い体を持ち上げられ、水下都市の再現のように首を絞められる。
急激に酸素の供給を断たれた肺と脳が警鐘を鳴らし、瀕死のマシュロの各機能を根こそぎ奪い取っていく。
「かっ……はっ……ぁ、ぁぁぁ……」
「次は止めねェ。自分の無能に悔いて死ね」
持ち上げ抵抗しようとした腕も途中で力尽きダラリと垂れ下がる。
ミシミシと食い込んでいく指が力を強めていき、マシュロの意識が希薄となっていく。
苦しみと痛みが跋扈する世界。
そんな世界でマシュロは走馬灯に耽る。
『『ポンコツパンダー!』』
歳相応にはしゃぐ子供達の姿に、記憶の中の自分は笑えているだろうか。
こんな時にまで罵倒しなくていいではないか、と姉のように、母のように記憶の子供達を窘める。
――姉と慕ってくれたのに頼りなくってごめんなさい。
次はもっといい形で出会おうね、と。マシュロは二人に別れを告げた。
そして、何よりも謝らなければならない人物がルカだ。
『いつか君の事を教えてくれ』
ルカが謝礼の交換条件として出した約束。
初めて自分に興味を持ってくれた優しき少年に何度も救われた。
凛々しい立ち姿が、不器用な笑顔が忘れられない。
きっと運命というものがあるのならば、ルカこそが運命の相手だったのだろうか。
迷惑しかかけていないことを申し訳なく思いながら涙が次々と溢れていく。
――約束を守れなくてごめんなさい。ルカさんのお陰で、私の人生はまだまともな人生だったと思えることが出来……出来、ませんよ……もっと色々なことを話したい。ルカさんのお役に立ちたい。ルカさんのお傍で子供達の成長を見守りたい……っ! 嫌です! 嫌ですよこんなところで終わるなんて……助けて下さいルカさん……ルカさん! ルカさんッ!!
抱いてはいけない期待は。
「させるか!」
「チッッ!」
サンッ、と小気味良い剣閃の音が響くと同時に、実現の一歩を踏み出した。
ラウニーが縊りを止めた。一度言ったことは撤回しない傲慢な男が手を離し、バックステップで距離を取る。
水下都市の再来のように臀部へ衝撃を認知したマシュロは全身から崩れ落ち、各機能を必死に復旧させていく。
「かッはっ、はっっ! げほっ!!」
上空から眼前に降ってきた黒き物体の正体。自身を庇ってくれた英雄の正体を、マシュロは見ずともわかった。
こんな時に駆け付けてくれるのは一人しかいない。
「……る、……コホッ! ゴホッ!!」
「大丈夫だマシュロ、無理しなくていい。ゆっくり、ゆっくりだ」
白馬の王子様ならぬ、黒騎士の天使様だ。
危機に翔けつけてくれたのは紛れもないルカ・ローハート。切望の成就と英雄の再来に、溢れ続けていたマシュロの涙が勢いを増す。
どこまでこの人は運命的に助けてくれるのだろうか。
「う……うあぁぁぁぁ……る、るかざぁぁぁん……」
「抱き着くのは無しだぞマシュロ。あいつが相手じゃ流石に抱えて戦闘は無理が過ぎる」
水下都市魔物戦での前科がある。何やら似たような雰囲気を感じ取ったルカは、啼泣しながら動かすのも辛いだろう身体を引き摺り寄るマシュロへ、少々冷淡に後の行動の制限に先手を打つ。
「わ、わだ、ぐじの……ごど、ぎらいなんで、ずがぁぁぁぁぁ……?」
「聞けよ」
後半の理由を全く聞いていないマシュロへ鋭いツッコミが入り、全身ぼろぼろのマシュロにとって一番の痛手となり吐血した。
背後で苦しむマシュロも気になったが、正面を凝視し警戒を怠ることが出来ないルカ。その先には一番の脅威、上空から奇襲をしかけたものの咄嗟の反応で距離を取った仇敵ラウニー・エレオスがいる。
闖入者へ苛立ちを覚えながら樹木を薙ぎ倒すラウニーだったが、ルカの後方から更に追撃が走り、再び回避に乗じた。
計五本のナイフ程度の大きさの赤黒い針のような物体は空を切り芝へと突き刺さる。
「?」
「何だァ、次から次へと」
背後からの追撃に眉を寄せるルカと億劫そうに疑問を発するラウニーの間に、軽快な着地音を奏でて一人の人物が舞い降りた。
「マシュロの救世主になり損ねたか。して、この者は誰だリッタ?」
「彼はルカ・ローハート様。味方ですわ」
「ぇ……え……? う、ぅそ……?」
手を前で重ね、にっこりと背後から歩みを寄せてくるふわふわの黄緑色のドレスを身に纏う女猫人コラリエッタは、ルカとラウニーの間に割って入った者の質問に答える。
ルカの出現に続きコラリエッタの参入にマシュロは驚いていたが、何より存在を驚愕させられていたのが、矢面でラウニーと対峙している人物だ。
夏も近いであろう季節に赤色のマフラーを風に靡かせる褐色肌の女性。毛先が針のようなモフモフの尻尾、小熊猫より大きい三角の耳が栗色の髪の上に生えている。短パンと無袖で丈長のコートを羽織る容貌魁偉なる女性はマシュロを肩口から一顧した。
「久しいな、マシュロ」
「だ、だん、ちょ……? 本当に、団長、なんですか……?」
【夜光騎士団】団長キャメル・ニウス。
ラウニーの殺傷より、半年間マシュロと同じく姿を眩ませていた首領だ。
既に死亡しているものと錯誤していたマシュロの、まるで幽霊を見るかのような表情も当然であると言えた。
開いた口が塞がらないマシュロの反応に、ふっと一笑したキャメルはラウニーへと視線を戻す。
「チッ……てめェやっぱり生きてやがったか……道理で死体が見つからねェ筈だ」
「はんっ……貴様のような姑息で愚鈍な卑怯者に後れを取った恥辱に死にたくはなったがな。生憎、貴様のような小物に殺される私ではなかったらしい」
「てめェ……死に損なった雑魚団長が何ほざいてやがる!!」
舌鋒鋭い無慈悲なまでの罵詈雑言にマシュロの顔が引き攣る。二人の関係性から元ある光景だと言えばそうだったのだが、以前よりも感情が籠っている気がした。
二人の言い合いを他所に、膝を下ろしたコラリエッタが魔法でマシュロの治療を始める。温かい黄緑色の光が少女の体を徐々に癒していき、悲惨な相貌は徐々に回復へと向かっていく。
「騎士団の私物化、団員への恐慌政治、数々の愚かな罪……私を殺そうとし消えぬ傷跡を残したことは許容出来ても、あの夜、マシュロ達を狙い殺そうとしたこと、そしてマシュロを陥れたことは万死に値する」
ラウニーに穿たれた傷が疼くのか、首元を擦りながら数々の罪を咎める。
以前のキャメルはマフラーなど着用していなかったことを思い出すマシュロは、相当深手を負っていたのだと事件当日の血飛沫に身震いした。
重度な創痍、身体内部の大損害以外は高価な万能薬や治療師による魔法で修復は可能だ。しかし死の狭間を彷徨うような危篤状態となれば、内部の補修に治癒が働き、外傷が残ることも往々にしてある。
見た目に影響を及ぼすほどの外傷を忌み魔法で隠す者も少なくない中、キャメルはマフラーこそ巻いているものの、己の未熟さを戒めとして傷を残している。でなければステラⅢに属する【ワルキューレ騎士団】首領という地位に君臨するコラリエッタほどの腕を持つ者が、女性であるキャメルの傷を修復、隠蔽しないわけがなかった。
手際のよい治療は見る見る内にマシュロの外傷を軽減させ、ルカはラウニーを警戒しながらコラリエッタの施術を守護する。
そんなルカや敗北者マシュロの存在など忘却しているかのように、ラウニーは眼前の女性に喰いついていく。
「てめェは一度俺様に負けてるだろうがッ! 日照ももう僅かだ。血液を武器にする、所詮女狼人の手負いの負け犬が、夜の領域で俺様に勝てると思ってんのか!?」
日没に圧倒的自負を持つ小熊猫の威勢のいい啖呵にキャメルは。
「ふふっ…………ははははははははははは!!」
高笑いで応答した。
「てめェ……何が可笑しい……」
「いやいや、すまんな。貴様の身の振る舞いはおろか、知能までもが愚かだったと知り、笑いが堪えきれなんだ」
「何が言いてェ糞女ァ……!」
強者を小馬鹿にする口撃は団長故の矜持か、それとも座長の奪い合いの同志としての対抗心かはマシュロにはわからなかった。
しかし短気なラウニーにとっては痛手のようで、血管が破裂しそうなほど次第に鬼の形相へと昇華していく。どこまでも己の術中に嵌っているラウニーを嘲笑うかのように、キャメルは自身の側頭部に指を突き立て、まるで「無能め」とでも言うかのように言葉を次ぐ。
「私が狼人でありながら何故、小熊猫の騎士団のトップに立っているか考えたことはあるか?」
それはマシュロや今も騎士団本拠で見据えている団員達ですら知らない事実。キャメルが団長として騎士団を発足した経緯。
「夜になるとイキり、力に溺れる貴様の様な小熊猫を制圧するためだ。ある地方では狼人は吸血鬼と同義だと俗伝されているが……その意味が果たして貴様にわかるか?」
キャメルの含意ある質疑にラウニーの双眸が鋭く狭窄する。
対してマシュロは瞠目した。
確かに言われればそうだ。『夜昇』の恩恵を持ち、夜に強化する種族である小熊猫を抑制するには並みならぬ実力が、もしくは引けを取らない特殊な能力が必要だと。
前者もキャメルに限っては考えられるが、ラウニーの暴君は折り紙付きだ。いつ何時逆襲を被るかわからない。
何より仮にラウニーだけで太刀打ち出来ずとも、基より暗殺を受け持つ野蛮な種族。キャメル失墜の奸計を働き、結束されてしまえば手に負えないだろう。
前者後者どちらかに該当しなければ、団長の座に着く者は毎夜恐怖に怯えることとなるのだ。そんな懸念をキャメルはこれまでに感じさせたことがなかった。
つまりはキャメルの英姿な自信は、団員達が束になり襲いかかってきたとしても瑣末なことだと言外に言っているわけだ。そんな絶対的自信となり得る未知の能力を、キャメルはこの場で堂々と言い明かす。
「特定条件下……他者の血液を摂取した上での夜行戦闘では、私は死なないんだよ」
吸血鬼。血を呑み不死身と化す夜の王者。
キャメルの能力は『とある者』の血液を摂取することで不死となる、吸血鬼を模した異質の能力だ。
明るみに出たキャメルの穎脱な能力にマシュロが驚愕に口を開く一方、しかしラウニーは動じない。寧ろ強者として血の昂りを覚えたかのように凶笑を濃くする。
「はっ! 上等じゃねェか。精々能力に胡坐をかいてろ! 次こそ息の根止めてやるッ!」
「病み上がりの準備運動には丁度いいだろう。天罰を下してやる」
ドンッ!! と踏鳴を一撃。地を割り戦意を鼓舞するラウニーに対し、キャメルは自身の腕を引っ掻き流血。手を伝う血液は次々と凝固していき、右手に赤黒い細剣を形成した。
そんな幹部同士の一触即発の正面衝突に大気が鳴動する中。
「リッタさん」
「はい、わかっておりますわ」
ルカは長剣を消失させ、黒日傘――『アストラス』を創造し、直上へと掲げて発砲した。
「「っ!?」」
轟声の火花を散らした電磁砲は空高くへと飛び発っていった。
ひりついた空気の緩和を覚え、視線こそ音へ向けないものの幹部両者難色の反応を示す。
「アストラスだァ? どうなってやがる?」
「貴様、何のつもりだ」
同じ物は二つと存在しない筈のマシュロのオーダーメイド。ラウニーは『本物』の仕込傘を一瞥すると、そこには確かに地面へ突き刺さったままの『アストラス』が。長剣を消失させたことといい、『アストラス』を複製したことといい、ラウニーはルカの能力に怪訝を抱いた。
視線は正面のまま剣呑な物言いで背後へ審問するキャメルの横へ、コラリエッタにマシュロを少しの間託したルカはつかつかと歩みを進める。
「水を差すようで悪いが、こいつは俺にやらせてくれ」
唐突な発案にキャメルはルカの横顔を一瞥。まるで駆け出しの戦士のような初々しさの残る少年の陰影に、鼻で一笑した。
「貴様じゃ無理だ。マシュロを連れて下がってろ」
「無理かどうかなんて俺が決めることだ。こいつに今一番用があるのは俺だ」
言外に勝てるわけがないと追い払おうとするが、その実力差はルカも身に染みている。
それでも尚、怖気づかずに対峙するルカの心の根――マシュロの負の救済をキャメルは僅かに感じた。
だからキャメルは隣の少年を少しばかり試してみることにした。
「貴様が何者かは知らんがこれは騎士団間の問題だ。余所者である貴様が身体を張る理由を述べろ」
「取り返さないといけないものがある。それはいつかじゃ駄目なんだ。今、ここで取り返さないと意味がない」
「私じゃ取り返すことが出来ない理由は?」
「力を持つあんたじゃ意味がない。一度あいつに負け、圧倒的な実力差を思い知らされて、それでいてマシュロと関わりの浅い俺じゃないと駄目なんだ。首領のあんたがあいつに勝っても何も変わらない」
「……死ぬのも厭わないと?」
「今後マシュロが生きてく上で俺の命より大事なものだ。それに……死ぬ予定は一切ないな」
「……はんっ、意外と男じゃないか。いいだろう、一時は貴様に譲ってやる。だが、言ったからには死に恥を晒すなよ?」
決して勝てとは言わずに、ルカの首肯を見届けたキャメルは後方へと下がっていく。「かっこいい……」「シロ様、それは空気を読まなさすぎですわ」と気の抜けるやり取りを行っていた二人に苦笑いをして、両者の眼前に陣取ったキャメルは傍観を決め込むことにした。血は垂れ流し、警戒は張り巡らせながら。
キャメルの離脱に少々不服なラウニーは大きな溜息をつき、眼前の弱者へと標的を切り替えた。
「またてめェか……昨夜は俺様を狙って本拠に突っ込んだようだがご苦労なこった。だが報いは当然受けてもらうぜ?」
「……一体全体何の話だ?」
覚えのない叱責にルカは猜疑を呈す。
騎士団本拠への夜襲ともなれば、攻められた側からすれば穏便には済ませられない。騎士団同士の全面抗戦が蓋を開けてもおかしくはない一方的被害を被ったラウニーは憤激を露わにする。
「あァ? とぼけてんじゃねェぞ」
「とぼけるも何も事実無根だ。俺は一晩中お前を探して都市を駆け回ってたからな」
しかしルカの芯からの返答をラウニーは機微に事実を察する。そして辿り着いた答え、団員の嘘に苛立ちと辟易を相殺させた。
「あァ、そういうことか……クレアの野郎……はァ、まァいい。だがお前もお前だ、一度忠告したよなァ? 次に俺様の邪魔をしたら殺すと。はっ! 相変わらず学習能力がねェ、おめでてェ頭だこった。覚悟は出来てんだろうなァ!?」
今にも制裁を下したいラウニーの直情的な威圧に、空白を挟み。
「どうしてマシュロの平穏を奪った?」
ルカは意にも介さず質問を投げかけた。
「あァ?」
「どうして力を持つお前が仲間を導くために力を使わず、他者を陥れたんだと聞いてるんだ」
ルカはマシュロが奸計に嵌められたことを知っている。団長殺しの容疑で都市から追われていることも、脅威に逆らえず誤った世間の認識を正せないことも。
副団長という地位にいながら、自らの罪を非力だと嘆き悩む団員に押し付けたことを、ルカは叱責していた。
そんなルカの問いにラウニーは口端を吊り上げる。
「俺様の騎士団躍進のためだ。キャメル率いる【夜光騎士団】は都市の弾かれ者。俺様が騎士団を再興させ、圧倒的地位を手に入れるためだったんだよ。そのための犠牲だ」
「大した自己都合だな。仲間を切り捨てて得た地位なんかに何の意味がある? 仲間を守るべき幹部の風上にも置けないな」
「言ってろ。仲間なんて粉飾だ、魚の糞程度にしか思ってねェよ。雑魚の実力不足にどうして強者が傷付かなきゃならねェ? どうして雑魚のために強者が時間を無駄にしなきゃならねぇ? 弱者は強者に媚び諂い、搾取され、利用される立場にあることを自覚するべきだ」
ラウニーの言葉は横暴だが世の中の摂理だろう。自然界然り、人間界しかり、弱肉強食の世界であることは紛れもない事実だ。
しかしそれでは弱者が報われない。ただの搾取で終わらぬよう、利用されるだけの生であらぬよう、立場ある仲間が手を取り、弱き者を導かなければならない筈だ。
その使命を怠り己の、そして己が取り仕切る騎士団のみを第一に考え、マシュロの平穏を褫奪したことにルカは得心がいかない。
「傲慢が過ぎるぞ。どうして下の者の意を汲み取れない? どうして他者に寄り添わない? 彼女は種族の中でも特殊でありながら大切なものを守れるように、役に立てるようにと苦しみ悩んでいた。マシュロの覚悟を蔑ろにするなよ」
「はっ! 弱ェ奴は言うよなァ。覚悟だの心の強さだの勇気だの。そんなもん強く在りてェ幻想への詭弁だろ! 心が強けりゃ勝てんのか!? 勇気さえありゃ生き方を選べんのか!? 違うなァ!! 弱ェ奴の覚悟なんざ何にも値しねェ! 肉体の強さが伴ってこそ正義が付いて回る!」
「お前は勘違いしてる。マシュロは決して弱くない!」
ルカは知っている。
彼女が弱さだけではないことを。
弱さを弱さと認め、それでいて共存しようとしていることを。
弱さを認めることは決して簡単ではない。
「てめェ等雑魚の意見なんざ聞いてねェよ。世の中強ェ奴の意見が全て正しい! 生き方も、選択も、常識も! 強者が全てを束ね、今を作ってきたんだ。負け犬が何を言っても遠吠えにもなりゃしねェ!」
超実力主義の中に生きる実力者故、きっとラウニーは話の通じる相手ではない。
郷に入っては郷に従え――力には力を。
もとより目的は一つ。ルカは相手の土俵で戦うことを心に誓う。
「そうか。だったら話が早い。……お前に打ち勝って、俺がマシュロの強さを証明する!!」
寝室で毎日休まずに詰め込んだ大量の知識――仲間を護る覚悟。
冤罪を受け入れ、都市で強いられている逃亡生活――子供達を護り抜く覚悟。
禁足地に赴き、子供達を自分の手で救いたい――ルカを信じる覚悟。
自身を犠牲にラウニーと敵対する――罪を償う覚悟。
マシュロの双眸から涙がはらりと落ちる。
ここまで他者が己の為に弁護してくれたことがあっただろうか。
ここまで己の未来を案じてくれた者がいただろうか。
温かい。とても。
「ルカ……さん……」
雪が解け、微光が差し込む。
ぽろぽろと地へ吸い込まれていく涙をキャメルは無言で眺め、コラリエッタは目を閉じ薄く笑う。
「あァ? てめェが俺様に勝つってか? エメラに続いて身の程を弁えねェ雑魚ってのはつくづく救いようがねェなァ!? やってみろよ雑魚がッ!!」
「マシュロの覚悟を否定するのは――」
知り合って間もないかもしれない。
彼女の何を知っていると聞かれても答えられないかもしれない。
それでも。
だからこそ。
知らないからこそ、彼女の知る部分は否定させない。
ルカは思いを言葉に乗せ、一振りの長剣を創造した。
ただの『つもり』を『覚悟』へと昇華させるために。
「――俺が認めないッ!!」




