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068話 奇跡は諦めない者に

 クゥラは走る。



「はっ、はっ! ルカお兄ちゃん……! ルカお兄ちゃんっ!!」



 信頼のおける人物を探し求めて。

 己の立場など一切顧みることなく、人道の中を堂々と人込み溢れる人々の顔を一瞥していく。

 軽佻浮薄な行動だと理解している。己の正体が発露に至る危険性も、広範の都市にいるのかもわからない人物を探し求めて駆け巡ることも。

 それでもクゥラは走らなければならなかった。


 途轍もなく嫌な予感がした。

 姉の面持ちに、そして姉が家を出た瞬間に。それを気のせいに出来るほどクゥラは『子供』としての教育を受けていない。



「お願いします……」



 偶然でも良い。奇跡でも良い。

 一度だけでいい。数少ない頼れる人物に邂逅してもらえないだろうか……。

 大切な姉を失いたくない、何も出来ずに後悔したくない。その想いだけがクゥラを突き動かしていた。

 

 クゥラは脚と眼を早に動かし続ける。

 違う、違う、違う――。

 違って当たり前の人探しが敢行されていく中、経過時間と比例して湧き上がるのは焦慮だった。確たる根拠も虫の報せもないが、時間は残されていない気がしていた。

 兄よりも、同年代の子供よりも体力に自信はなくとも、この時ばかりは息切れに後れを取る訳にはいかない。



「はぁっ! はぁっ!! 神様っどうか……!」



 神に祈るその想いは、正面からくる人の波を避けようと体を縺れさせ、クゥラを転倒させた。



「あうっ! うぅ……」



 擦傷した膝が産声を上げ、真っ赤に暮れる街路に真っ赤な鮮血が彩りを添える。

 どうして自分はこうも気弱なのか。兄につんだって歩かなければ何も出来ないのか。

 慣れない痛みと己の至らなさに涙が滲む。しかしそんな些細なことを悄悄としている暇などない。

 体を起こし涙を拭うクゥラは立ち上がろうと脚に力を込めた。



「大丈夫か?」



 周囲の亜人族達が見て見ぬ振りをして往来する、焦燥と決意の世界に声が一つ落とされた。

 拭いきれない悔し涙に目を潤す迷い猫は、声の持ち主を見上げ、そして目を見張る。



「お願い、します……! お姉ちゃんを助けて下さい!!」



 瞬時の懊悩の末、クゥラは遂に見つけた信頼に足る人物達へと救済の懇願を申し出た。




± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ±




 一方、捜索から一日以上が経過したルカは情報の欠片さえも入手出来ずにいた。

 クゥラが足掛かりを見つけた反面、途方に暮れているルカとの両者の差を強いて挙げるのであれば、単に種族の違いだろう。他種族と話すことすら忌避する亜人族も少なくない魔界は、どこまでも人族に厳しい世界なのだ。



「参ったな、全然先行きが見えない。無策で飛び出して来たはいいものの、切羽詰まった状況ではないわけだし一旦下界に帰るか……?」



 秘境(ゼロ)の『認識の空白』ほどではないが、やはり長期間の魔界への転移は少なからず下界の人々の記憶を蝕んでいくと転移前にココから忠告を受けていた。ココの言う長期間というものがどれほどの期間を差すのかはわからなかったが、ルカは悪過ぎる進捗に考えが改まり始める。

 確かにマシュロは重責に苦しんでいる。けれど自分が無為に疲弊し、決戦時に万全でないことの方が返ってマシュロを締め付けることになるのではないか、と冷静になった頭が正論を唱えていた。


 下界にて策を練り直す時間くらいはあるだろうと、捜索を再開してかれこれ三度目となる橙黄眼による視野専有を最後にと三時間ぶりに発動した。対象は依然マシュロ・エメラ。

 一度目、二度目と同じく子供達の姿が視界に映れば、何事もない住処の様子を確認出来れば一日くらいの猶予はある筈だろうと高を括る。

 しかし。



「っ!? ラウニー・エレオス!?」



 期待はものの見事に裏切られることとなった。

 専有(ジャック)した視野には巨悪が。迫り来る残虐が視界に飛び込んできては転々とする場景。

 一目で理解に及ぶ徹底抗戦に、数秒前の自分の発言を負滅救斬(しょうめつ)させたくなったルカは焦燥感が引火した。



「マシュロの奴見つかったのか!? 一体全体どういう経緯でこんな短時間の間に戦闘が始まる羽目になったってんだ!」



 一番恐れていた事態だ。マシュロもラウニーも見つけられず、ひいては居場所すら特定出来ていない状況下での両者の邂逅。ラウニーを撃破し、マシュロを救うために行動していたのに、噛み合わない結果。

 危機感を覚えるルカは橙黄眼を継続し、地面に近い位置でひたすら耐え忍ぶマシュロの視界から情報を取得していく。



「見渡す限りの木群……西日……宙城……何か、何かないのか!? どれも確定要素が弱い!」



 森のような樹木群は修練場という意味合いでは稀有だが、魔界知識に疎いルカが【夜光騎士団】の本拠事情など知る由もなく。二人の居場所が都市であるのか、はたまた都市外であるのかすら判然としない。

 自問自答を繰り返すルカを他所に二人の死闘は続いていく。相当なダメージを負っているのか視界は掠れ、立ち上がってもふらふらと蹌踉する感覚を共有する。


 休む暇も与えられず、また痛烈な一撃がマシュロへ撃ち込まれた。『絶対防御』を不認知のルカは、マシュロが一方的に殺意を生身で受け入れていると錯誤し、臓腑が焼き焦がされる思いだった。

 そんなルカの視界を掠めた一つの建造物。



「黒塔」



 マシュロの特殊電磁銃(エネルギアオヴィス)の砲撃により開けた先に姿を見せた巨塔。奇抜な建造物が多い魔界では目立ちはしないが荘厳な造りである黒塗りの尖塔には幾つか見覚えがあった。

 ルカもルカとて無意味に都市を駆け回っていたのではない。卒倒させるのが目的と言わんばかりの建造物が多い魔界での指標――『目印』となる建造物の位置を把握しながら捜索を遂行していたのだ。ルカの行動歴を洗い出すとすれば、高所からの位置情報把握、移動、捜索を延々と繰り返していた。


 その真意として視野専有を発動中、もしマシュロが出歩いている際に目印となる物が目に付けば、おおよその場所は推測可能かもしれないとマシュロの発見を先ずるつもりだったのだ。

 一日や二日で都市全てを回りきれるほどの規模ではないものの、ミュウとの指南場所を起点に反時計回りに都市の十時方向までを拙速に記憶していた。


 ルカの記憶に棘を刺したのは計三箇所。

 勿論、マシュロの視点から見た黒塔が把握箇所以外の場所――ミュウとの邂逅場を始点にした時計回りの大半――に存在する可能性も大いに有り得る。しかし自分の記憶に無いものを求めてもこの際キリがない。

 決して当てずっぽうで狙いを絞る訳にもいかないが、マシュロの劣勢から見て一刻の猶予もないのは火を見るよりも明らかだった。


 とにかく黒塔の周辺に木々が生い茂る場所を再度高所から探そうと橙黄眼を解除しようとした時、派手に映像が捻転。マシュロが大きく吹き飛ばされた。

 仰臥で速く大きく荒れる視界は横へと。

 泣いているのだろうか。視界がじんわりと潤んでいく。

 拭う気力もないのか閉じられていく世界の中で、ルカは遂に見た。



「あれは……都市門、か……?」



 木々の間隙。巨大な門が上部で微かにマシュロを覗いていた。

 記憶が鬨の声を上げる。



「ッッッ!!」



 ルカは疾駆した。

 魔界リフリアに存在する都市門は東西南北とその各中間の都合八つ。都市門が直近にある黒塔は、ルカが知り得る中で一つしかない。

 それが都市西端。つい一時間ほど前に現在地である都市西北西にて確認した記憶に新しい黒塔だった。


 ルカは駆けながらポケットの中に仕舞ってあった万能薬(エリクシール)を取り出し喉へと流し込んだ。若干――ほんの若干胸を痛めながらミュウの厚意を即座に使用せず、体力と魔力の自然回復を目論んでいたルカ。不眠故か大して自然回復はしなかったが、いざという時の為に取っておいた万能薬(エリクシール)が活力と十全の体力魔力(コンディション)を取り戻す。


 手段を選んではいられない。

 加速を試みる足は南へ。ルカは橙黄眼を遮断し、紫紺の瞳を顕現させた。

 人通りが比較的緩やかな街路を駆け、駆け、駆け。


 そして()()()


 跳ぶのではなく、翔ぶ。

 背には一対二枚の黒翼。一度秘境(ゼロ)で目撃したサキノの白翼を模倣し創造した漆黒の翼で急加速。初回故の不自由さなど感じさせない機動性で高度を上げて飛翔していく。


 ぎょっとして腰を抜かす亜人族達の眼も厭わず。

 顔を引き攣らせる他種族の忌憚の蒼白も構わず。

 出会えた仲間を救うためなら化物にでもなろう。


 ルカは人族としての尊厳を顧みず、友のために宙を翔けていった。


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