052話 【軍姫】
「ナンデソウナルノ!?」
夕刻。
魔界【クロユリ騎士団】本拠の客間にサキノの絶叫が迸った。
魔物達の夜祭から一週間。都市周辺の見回り、他都市への導線確保、任務報告など、やらなければならない業務が山積みだった【クロユリ騎士団】は徐々に落ち着きを取り戻していた。翌日から商人達は怯えながらも行商を再開したが目立った被害報告は無し。上位派閥に依頼を申請していたことも幸いしていたようで、討伐網を潜り抜けた通常種を難なく撃退出来たとのことだ。
魔物達の夜祭自体は二日間という制約はあれど、一夜にして撲滅し、僅か半日足らずで商人達が通常業務の再開に至れたことは都市にも大いにメリットはあった。ひいては【クロユリ騎士団】は商人達や都市から大いに称賛されることとなったのだ。
子供達を送り届けた後にサキノは騎士団本拠に向かったが、山積みの業務に奔走する騎士団員達に狼狽。たまたま居合わせた騎士団長ソアラ・フリティルスに「忙殺が過ぎる。悪いが一週間後にきてくれ」と告げられ現在に至る。
「何でそうなったんだろうな? 俺にもわからんが色々あってだな……」
「一度命を懸けて戦ったみーちゃんとどうして情報交換をする仲になっているの……理解が追い付かないよ……」
そんなサキノが頭痛を堪えるような仕草でルカを糾弾している理由。それはルカが魔界の金銭の受理方法、すなわち誓印についての知識を持ち合わせていたのみならず、情報源がミュウ・クリスタリアだったからだ。
魔界リフリアでは貨幣というものが存在せず、全て誓印の魔力による通信でやりとりが行われている。報酬を受け取るためには誓印が必要不可欠の旨をサキノが説明したところ、ルカは既知だったというわけだ。
サキノが不審に思い問い質すと、犯人はミュウ・クリスタリアと判明。
敵方であるミュウにやけに対抗心を燃やすサキノは、ルカの意が知れず絶叫を飛ばすことになったのだ。
「最初に説明していなかった私も悪いけれど、なんでよりによってみーちゃんに……敵の筈でしょう……?」
ぶつぶつと文句を垂れるサキノは考えれば考えるほど腹の虫が主張を強めるのか、頬を膨らませてルカを睨めつける。理不尽だとはわかっていても仕方がないのだ。それが何故なのかはサキノにもわからなかったが。
「サキノなんで怒って――」
「怒ってなんかないよっ!」
ん~! と悶えたい衝動に駆られるも、眉を下げて困惑するルカの表情にハッとし、長く息を吐いて自分を律する。少しの申し訳なさを感じつつ、ルカに向き直ってひとまずの解決策を提案することにした。
「とりあえず今から仮誓印を受けに行くのも面倒だろうし、私がルカの分を預かっておく形でもいいかな? ルカが魔界に来て何か必要だったら私がそこから支払ってもいいし、魔界に関わる内に騎士団の誓印を受けたら譲渡すれば今は問題ないと思う」
「サキノに不都合はないのか?」
「うん。基本的な生活圏は下界だから誓印が不要だって思うのだったら私が持っていればいいだけだから。必要な時は私を頼って」
「わかった。じゃあそれで頼むよ」
ちゃっかり必要性を繋ぎ止めながら。
艶然と微笑むサキノは一度ルカと向き合う視線を外し瞑目した。
ずっと気になっていたことがある。聞きたかったことがある。
再度ルカに視線を紡ぐと、サキノは歯切れ悪く言葉を排しだした。
「……話は変わるけれど、あのシロっていう子……あの子とは、その……」
サキノの言葉を遮るようにコンコン、と扉が音を奏でる。
慌ててサキノが返事をすると、外から燕尾服を身に纏った灰髪の麗人が現れた。
「済まない、待たせたな」
「いえ、大丈夫です」
ソファから立ち上がるサキノを見てルカもその場に立ち上がった。
パタンと静かに扉が閉じ、左前に編まれた髪をそっと撫でながらソアラは二人に着席を求める。ソアラの気遣いにサキノはお辞儀をしながら腰を落とし、ルカはソアラの脇元に携えた二丁拳銃を目に留めてサキノに倣った。
「ローハート、先日は助力感謝する。お前達の協力もあって任務は恙なく完了した。過去を通して初めての対策だったが、都市も商人も不満はあれど非難は無いようだ。騎士団首領として改めて礼を言うぞ」
対面に腰を下ろしたソアラに「恐れ多いです」とルカが謙遜しながら対話する光景にサキノは新鮮さを感じた。
「ローハートの戦いぶりを少し拝見させてもらったが、また変わった戦い方をしているようだな。固定の得物を持たず適宜判断、魔物を蹴り飛ばしながら足場を作る、見ていて爽快だったよ。誰かから助言を貰ったか?」
魔物初戦闘、そして下界生活では無縁であろうルカの戦闘を目に、魔界暮らしであっても中々見ない数奇な戦闘スタイルに師が誰であるのかを問うが。
「最初は気にならなかったんですけど、倒していく内に邪魔だと思っての独自の判断です。割と上手くいってくれたので続けてましたが不味かったでしょうか?」
「いやいや、素晴らしいよ。思いついても実行しようなどと思う者は多くは無いだろう。狙い通りにいかぬことの方が多いようだしな」
「……なんで私の方を見るんですか」
戦場に新たな波紋を齎したルカの懸念は杞憂だとソアラは断じる。道徳的なことを気にして命を落とすことになれば本末転倒だ。戦場における機転と行動力をソアラは素直に称賛し、笑みをサキノへと向けた。
一度試みた失態を絶対に見られていない筈だとサキノは平静を装うが、既知か否かソアラはふっ、と笑う。
「周囲を把握出来ていないと戦場の整理は叶わん。味方の位置や次の行動、方向感覚、迫り来る敵の数や種類、考慮せねばならんことは無限にある。しかし戦闘と清掃を両立出来れば小隊の優位に大きく働きかける故、ローハートの行動は大したものだよ。幹部たる役目としてレラにも常々言っているのだがな……」
「そういえばレラが凄く悔しがりながら本拠飛び出していったんですけど……何かあったんですか?」
ルカとサキノが【クロユリ騎士団】本拠へと辿り着いた時、自身の得物を携えながら「くそぉ~! 次は絶対勝ってやるんだから~!」と、二人に目もくれず飛び出して行ったことを告げる。
ソアラは窓の外に生える夕陽を眺めながら不敵な笑みを浮かべた。
「レラの提案でちょっとした勝負をしてな。叩きのめしてやったまでだよ」
「うわぁ……それでレラあんな悔しそうに……レラでも敵わないなんて、やっぱり流石団長ですね」
「フリティルスさんの得物……その脇の拳銃は特殊電磁銃なんですか?」
ソアラとサキノの話の流れに、ルカはずっと気になっていたソアラの持つ拳銃について口を挟んだ。
「気になるのか? いいだろう、持ってみるがいい」
ソアラは拳銃を引き抜きルカへと投げ渡し、受け取ったルカは隅々までをつぶさに観察していく。
黒と白の二丁拳銃は対を成し、白の拳銃には天使の、黒の拳銃には悪魔を象徴しているかのように、それぞれの銃尾に一対の翼が取り付けられている。目立った変化と言えばそれぐらいではあるが、まるで玩具のようなデザインに一度見れば印象は強い。
「それは私の専用武器『アーエール』だ。特殊電磁銃とは異なり、ましてや実弾も使用しない、簡略に言えば空気銃だ。空気の密度によって威力を変えることが出来る優れ物だが、扱いが至難でな。私も慣れるまでは何度も暴発したもんだよ」
「団長は【軍姫】って二つ名が付いてるほどに戦略的な戦い方をするの。私も団長の全部を知らないけれど『アーエール』の本領を解放した時の団長は百発百中を誇る無類の砲術師なんだって」
「百発百中、ね……えっ、無敵かよ」
【軍姫】ソアラ・フリティルス。
【クロユリ騎士団】を女性団員のみでステラⅡにまで引き上げた立役者だ。数多くの功績を残し、都市にも商人達にも多大な信用を得ているまさに英雄だ。騎士団としてはステラⅠへの候補として名が上がらないものの、名実ともに都市で信用の厚い騎士団の団長であることは間違いない。
サキノの説明を聞きながら再度武器の観察をするがそれ以上の進展はない。ルカは礼を言いソアラへと二丁拳銃『アーエール』をそっと返した。受け取ったソアラは華麗な銃捌きで脇のホルダーへとしまい、サキノがおぉー、と感嘆を漏らす。
「全てが能力次第というわけではないさ。相性もあれば、勝負なんてやってみなければわからないからな。いつかはお前とも手合わせ願いたいものだな。いい勝負になるやもしれん」
その好戦的な瞳の先に映るのは黒髪の少年。
「買い被り過ぎですよ」
まるでそんな豪傑と相手になるわけがないと、ルカはあっけらかんと切り捨てた。とはいえ、表には出さないがここ最近のルカも実は負けず嫌いではあるのだ。バチバチとした空気感が席巻し、サキノが苦笑を漏らす。
任務についての雑談を暫し交わしながら残った珈琲をルカが飲み干したところで、ソアラは「さて」と話の方向性を一つずらした。
「話は少し変わるが、任務中二人で逢引していた件についてなのだが」
和気とした空気から一転、トンデモナイ単語が飛び出し、サキノは紅茶を吹き出しそうになり盛大にむせ返る。
「ケホッ、コホッ! あ、逢引……!? 何のことですか団長!?」
「む? レラから二人が抜け出してキャッキャッウフフをしに行ったと報告があったのだが」
「レラは何を言っているの!? 全然誤魔化せていないじゃない!?」
レラの奇行に羞恥心フル稼働で赤面するサキノは、脳内でレラの首元を握り締めぶんぶん揺さぶり問い詰める。しかし笑いながら能天気さを見せるレラに、脳内のサキノもがっくりと項垂れ諦念を抱いた。
「部下の不手際についてこれから話合わなければならん、ローハートは席を外していいぞ」
「なんで私が……」
客間外で待機していた団員がルカに退出を促し、ルカが席を立つ。
雑談中報酬はサキノへ一任したことを告げていたため、用件を済ませたルカは頭を一度下げて扉へと向かった。
「ローハート、これからもサキノを頼むぞ」
「はい」
振り返り、毅然とした返答を最後に、ルカは団員に連れられて客間を後にした。
ゆっくりと遠ざかる足音にソアラは瞑目し、借りてきた猫のようにぽつねんと座すサキノは億劫さを隠せない。
カチッカチッ、と時計の針だけが動きを許される世界で、口を開いたのは勿論ソアラ。
「さて、サキノ」
両目を薄らと開き、僅かに剣呑な気配を漂わせるソアラを前に、サキノは弁明の機会を求める。
「あの団長、誤解ですか――」
「夜明け前、ローハート以外に連れていたもう一人の獣人の娘とはいつ知り合った? どのような関係だ?」
「っ! ……見てた、んですか……」
思わぬ話題にサキノは口を噤む。
ソアラが言及しているのはルカと逢引――任務中に抜け出したこと自体ではなく、連れていた少女との関係性についてだった。
目撃に至ったのは偶然と言ってもいい。遊撃隊として情報収集も並行していたソアラが北北西の担当部隊と接触していた際にルカ達三人の姿を目撃した。
切羽詰まった様子、強行軍に努める彼等の姿、向かう方向から目的地は禁足地だと推測するのは容易に出来た。
警告していた上、騎士団長としては止めるべきだっただろう。しかしソアラはそれをしなかった。
全ては己が制止をかけたところで止まるくらいであれば、レラが許可していない筈だから。
なんだかんだ言ってもソアラは己の部下達にかける信頼は厚い。サキノが伴っていることからルカの独断――一度目はこっぴどく厳重注意した事も含め――とは考えにくく、レラが許可したのであれば己は任務に傾注しようと考えたのだ。
しかしレラの判断により禁足地出向を一度は許可したものの、今後のマシュロとの関係だけは看過出来ない。
「魔界と下界を往復するお前のことだ、こちらの情報には疎いだろう。彼女は【夜光騎士団】のマシュロ・エメラ。現在、第一級犯罪者として都市を追われている者だ」
「え……」
「団長殺しの罪でな」
サキノの心臓が大きく跳ねた。
第一級犯罪者、団長殺し。その単語はサキノにとって到底受け入れ難いものであった。
「シロさんが……そんなことあるわけ……」
サキノは彼女と面識がある。接点を持ち始めたのは半年ほど前からだが、ルカがココにお遣いを頼まれる以前はサキノが仲介役を担っていたのだから当然のことであった。
常に外套に身を包んでおり全貌を見たのは事件の日が初めてであったが、薬受け渡しの愛想の良い彼女の姿を何度も見ている。
そんな彼女が自派閥の団長を手にかけたなど信じられる筈がなかった。そんな彼女が重罪を犯し、のうのうと生きているなど信じるに値しなかった。
「シロ、と言ったな? 偽名を使用していること、そして薬販を裏で行っていること、真偽の程は定かではないが火の無いところに煙は立たんだろう」
しかしマシュロの素性を全く知らないソアラは冷淡にまでに疑いを持ち上げる。
じりじりとマシュロへの信用が崖っぷちに追い込まれていくサキノは何も口にすることが出来ない。自身も何を知っているかと聞かれれば彼女について何も知らないのだから。
「だからこそお前に釘を刺しておかなければならない。彼女とは関わるな。情報が嘘であればそれでいい。しかし仮に真実であれば他騎士団の揉め事に首を突っ込むとクロユリにも飛び火がかかる。【暴君】がいる【夜光騎士団】なら尚更の事だ。冷酷かもしれないが首領としてお前に頼む」
「…………」
魔界では騎士団同士の抗争が稀に勃発することがある。その度に重傷者や最悪の場合死者も出るが、過失割合を考慮し、活動停止及び多大な罰金が科されることとなる。
罰則は騎士団にとって相当痛手であり、ソアラは団員達を護るため、サキノに警告を発さずにはいられない立場なのだ。
首領として引くべき線は引かなければならない。
百人を超える団員を持つ大派閥として、一人の私情で諍いを起こすわけにはいかないのだ。
それも相手は夜に強化する種族、小熊猫で構成された【夜光騎士団】なのだから。
ソアラは懊悩するサキノにふっと微笑みかけ、華奢な腰を持ち上げた。
「以上だ。私はこれから執務室に籠って魔物達の夜祭の発生原因について情報を纏めなければならない。如何せん有力な情報がないのが山窮水尽といったところなのだがな……」
辟易するように額に手を当てるソアラは扉に向かって歩を進める。
その姿を目で追いながらサキノは魔物狩り、そして禁足地での差異に違和感を持ったことを想起した。
扉に手をかけ「ゆっくりしていくといい」と別離の言葉を放つソアラに、サキノは立ち上がり口を開く。
「団長、お耳に入れておきたい報告が一つあります」




