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051話 信じる者、信じたい者★

挿絵(By みてみん)


3章表紙です。

 未だ世界が惣闇に微睡む時間。

 足音を殺し、気配を隔絶に置いた一人の人物が廃工場地帯を練り歩く。闇に紛れ、影に擬態し、外套を被ったその姿はまるで亡霊のように。一つの工場に獣耳を添えてはその場を離れ、また別の工場へと移動して同様の行為を繰り返す。


 目的は人探し。広漠とした都市(リフリア)の中から特定の人物を探し出すという、無謀かつ骨の折れる作業が一人の人物によって行われていた。とはいえ何も手当たり次第(ノーヒント)というわけではない。

 どこぞの地区で見た気がする、目ぼしい人影をこの辺りで見かけた。そんな茫漠とした不確定情報を頼りに詮索が敢行されているのは否めないが。

 縋るものが少ない状況、曖昧な情報であっても希望を持ってしまうのはさもありなんといったところだろう。


 重い気を携えながら夜と同化した人物は虱潰しに頽廃した工場地帯の建物を一つ、また一つと内部の音を詮索していく。

 その内の一つ。裏路地に面し、周りと比べても比較的状態が良い工場に行き着いた人物は、既に二百を超えるであろう同じ作業を実行した。


 期待などなかった。どうせまた外れだろう、と三角の耳をピトッと薄い壁にくっつけた。

 中は静寂。小さな溜息をつき、次の工場へと移ろうと耳を離した瞬間。



「……すぅ、すぅ……」

「!」



 微かに耳朶を震わせた吐息に、人物は再度壁に耳を押し付けた。

 耳を澄ませば確かに聞こえる寝息のような穏やかな息遣い。これまでに見られなかった変化に、人物は心臓が一際高く跳ねるのを感じた。

 既に使用されなくなった廃工場地帯。闇が支配する時間、人間が居る事自体が不自然であるにも関わらず、寝泊まりをしている人間が居る事が不可解である。

 職を失ったホームレスや裏稼業の人間と言う前例もあったため即座に突入という訳にはいかなかったが、ようやく掴んだ尻尾に、しかし人物は思考に暮れる。


 そんな危機迫る屋内では三人の亜人族が眠りの世界に堕ちていた。

 毛布を蹴飛ばした金髪の少年、小さく丸まりながら毛布を抱きかかえる金髪の少女。

 傘を手元に置き、部屋の隅に丸まりながら壁に背を預けた少女。


 安らかに眠る子供達は硬い地面とは言え安眠そのもの。制限のある物資の都合上割を食っているのは、中でも年長である空色(スカイブルー)の髪の少女――マシュロ・エメラであった。

 薄汚れた小さな布切れを身に被せ、なんとか矮躯を中に潜り込ませている。その表情は決して快眠とは言えなかった。


 マシュロ・エメラは自分の立場を一番に理解し、睡眠中ながらにも常に警戒を怠らない。故に眠りは浅い。

 そんな彼女は現在苦痛が伴う夢の中にいた。

 それは彼女にとって思い出したくのない過去の記憶。



『無理に任務に同行する必要はないんだから本拠にいればいいよ』

小熊猫(レスパンディア)で強化も出来ないんじゃ夜の任務は危なすぎるだろ』

『雑魚は雑魚らしく強者に媚び諂え』



 見渡す限りの泡沫一つ一つに込められた罵倒の言葉に、夢の中のマシュロは蹲り耳を塞ぐ。

 やめて……やめて……と、呟きで声々を相殺しようとするも、閉じた眼前に広がってくるのは真っ赤な鮮血。

 閉じている筈の眼の内にじわじわと侵食してくる鮮血に震え、呼吸を乱しながら恐る恐るその先を見据えると。

 大雨の中、喉をナイフで掻き斬られ、大量の血飛沫が眼前の人物から飛び散った。



『逃……っ、……ろ』



 目の前の人物はドサリと倒れ、侵食した血がマシュロの体に纏わりつき、喉を絞め、血の闇に引きずり込んでいく。



「はあっ!! っはっ!! はっ! ……はっ、はっ……」



 夢はそこで終わりを迎えた。

 マシュロは布切れを跳ね除け、荒い呼吸を野放しに震える体を掻き抱いた。

 寝汗と涙で濡れた世界は現実――夢も、現実。



「だん……ちょう……」



 か細い声音が暗闇に呑まれ、外部で中の様子を窺っていた人物は――まるで最初からいなかったかのように姿を眩ませていた。




± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ±




 東の空に新しい太陽を迎え、都市が活気で賑わい出す。

 日課の哨戒ついでに大通り付近へ出向き、日付が三日程過ぎて捨てられた新聞を拝借して住処へと戻ったマシュロ。ぎゃいぎゃい言い合いながら製薬に勤しむ子供達を横目に、新聞を開きながら紅茶を嗜んでいた。



『第一王子、第二王女失踪から半年、事件かそれとも!?』



 新聞の見出しに目を滑らせていくマシュロはカップを静かに置く。



「失踪、ね……半年経って未だ見つからないんじゃ、事件性の方が高いと思いますが……王宮の方々は何故動かないんでしょうか……」



 背もたれに体を寄りかけながら天井を仰ぎ見るマシュロに、子供達の言い合いが瞬間鳴りを潜めた。

 何事もなかったかのように押し引きを再開する子供達を見て、微笑を浮かべ新聞を閉じる。残った紅茶を一口で飲み干したマシュロはくるりと体を子供達の方に向け、凛然とした顔付きを纏った。



「ゼノン、クゥラ聞いて。(わたくし)達は暫くの間、この住処を動かないことにしようと思います」

「……?」

「どうして?」



 毅然とした口調に二人は喧嘩を止め、しかしマシュロの提案に同調しなかった。



「……今はそれが最善だからです」

「……だからどうして?」



 彼女等は基本的に同じ場所に二週間として逗留することはない。それはひとえにお尋ね者である彼女等が情報を攪乱させる目的と、居場所を掴まれた際の先手のためだった。現在の住処に腰を据えてから約一週間と少し。子供達もそろそろ転住の頃合いだと思っていた矢先の提案である。

 言葉少なに説得しようと試みるマシュロだが、突発的な提案に子供達は納得を呈さない。

 それは無駄かもしれない日課の哨戒を怠らないほどに警戒深く、転住先の下調べまで行う姉らしからぬ発言だったからである。

 思い付きの提案と言わんばかりにメッキが次々と剥がされていくマシュロは汗を湛え始めた。



「じ、情報を錯乱させるための撒餌は撒き終えましたし、貴方達も腰を据えた方が製薬も――」

「ルカ兄ちゃんか?」



 ビクリ、と。ゼノンの的を得た返答に獣耳と尻尾がわかりやすいほどに逆立つ。

 口端を引き結び作り笑いを浮かべるマシュロだったが、その行動は返って怪しさを醸し出していた。



「……住処を移したら会えなくなる、から?」



 滝のような汗を流し顔を背けるマシュロに、もう言い逃れは出来なかった。

 その不純な動機に顔をこれでもかと赭面させるマシュロは、接近してくる子供達のじっとりとした半眼を前に。



「そ、そうよ!? 悪い!? あれほど善意的に助けて下さったルカさんが、次に訪れてくれた時に私達がここに居なかったら――」



 完全に開き直った。

 口早に言い訳を羅列するマシュロだったが、ゼノンは決して馬鹿にはしなかった。が。



「姉ちゃん、気持ちはすっげぇわかる。ルカ兄ちゃんには返しきれないほどの恩があるし、気付いたら帰っちまって俺とクゥラに至っては礼だって言えてねぇ。……けどな、姉ちゃん自分の立場わかってるか? 俺達はお尋ね者だぞ。ルカ兄ちゃんには感謝しかねぇし、こんなこと思いたくもねぇが……ルカ兄ちゃんがここに人を連れてこない保証は……ねぇよ」

「ゼノンまだそんなこと言って――!?」

「俺だって命を拾ってもらったルカ兄ちゃんを疑いたくなんてねぇよ! けど……しょうがねぇだろ……? こうやって日陰でこそこそと人を疑いながら生きる選択をしたのは、俺達なんだから……」



 ゼノンの言うことはもっともだった。いくら恩義が大きいとはいえ所詮顔見知り程度の関係だ。ルカを善人だと思い込み盲信してしまえば、身を滅ぼす危険性だってゼロではない。論理派のゼノンが人を信用するのは、生半可な関係ではありえないのだ。



「言いたいことはわかるけど……」



 そこまで言い、マシュロは言葉を呑み込んだ。

 眼前の少年は涙を浮かべ、悔しさから握った掌からは血が滴っていた。

 マシュロの瞠目に慌ててティッシュを取りに場を離れたクゥラを他所に、マシュロは己の至らなさが慚愧に堪えなかった。

 

 誰よりも歯痒いのはゼノンだ。命を救われ、誰よりもルカを信じたいのはゼノンだ。

 しかし不確定要素があまりにも多過ぎるのだ。

 ルカの人となりにしろ、善意的に助けてくれた意図にしろ。何もかもがわからないままだ。

 手探りの状態である現状、実は破滅の道を進んでいるのかもしれない。


 信じたい。けれど怖い。

 そんな葛藤がゼノンにはあるのだ。

 純粋過ぎる心は時に反目を生み、反目は悔しさへと。

 何よりも人族を心から信用出来ていない己に。

 


「そう、ね……私の考えが軽率でした。ルカさんには合わせる顔がありませんが……住処を移動しましょう」



 ゼノンの掌にティッシュを宛がうクゥラを眺めながら、マシュロはそう切り出した。

 マシュロの決断に僅かな驚愕と、そして意図を汲んでもらえたゼノンは柔らかく微笑んだ。



「……ありがとう姉ちゃん。で、いつ移住すんだ? まぁ、少しくらいなら俺も待てねぇってわけじゃねぇからいいけどさ……」

「今からです」

「今から!? 極端過ぎねぇか姉ちゃん……」

「……随分と急だね。お外明るいけど大丈夫なの?」



 ゼノンの若干譲歩した提案もマシュロは即断で切り捨てる。

 子供達がそれぞれの思いを発するが、窓の外を眺めたマシュロは少し口惜しそうに作り笑いを浮かべてみせた。



「なぁなぁにしてると後ろ髪を引かれそうなので……次の住処まではそこまで距離は無い上、人通りが少ない経路を見つけてあるから大丈夫。それに、今なら貴方達も荷物が少なくて済むでしょ?」

「あはは……そう、だな」

「……ご、ごめん、なさい……」



 彼等はこれまで蓄えてきた道具(アイテム)を禁足地ヒンドス樹道へと向かったことで大量に消費した。よって荷物は以前よりも減り、準備が楽だろうと迂遠ながら事件のことをチクリと咎めると、子供達は顔を引きつらせて獣耳を折り畳んでしまった。

 いつもは悪態をつくゼノンですら事件の事は猛省しているようで、少し揶揄ってやったマシュロは艶然と笑う。



「ふふ、冗談です。さぁ、準備をしましょう。夕刻には新天地に着けると思うわ」



 子供達は以前より明るくなった姉の表情に目を見張りつつ、元気に返事を上げたのだった。


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