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048話 終演の時★

 順風満帆。

 一帯を埋め尽くすほどの魔物を全滅させ、五人は談笑を行っていた。


 ――そんな低難易度(イージーモード)であればどれほどの人達が血と命を落とさずに済んだだろうか。

 鬱蒼とした樹海は新たな客人を出口の見えない迷宮へと出迎えただけに過ぎなかった。




 ようこそ、そしてさようなら。

 彼等の善戦をせせら笑うかのように森全体がざわついていた。



「強化種だらけなんだけれどっ……!?」



 剣戟の音を撒き散らしながらサキノの苦悶の声が漏れる。

 クロユリ騎士団の任務(ミッション)とは打って変わって見渡す限りの強化種に、流石のルカとサキノも苦戦を強いられていた。対抗出来ないほどではないのだが数の多寡が過ぎるのだ。まるで魔物が森に操られているかのように次々と押し寄せる波濤の行軍に、案の定彼等に方向感覚など既に失われていた。


 子供達の救出という目的を達成した直後のルカはサキノの援護に回り迎撃主体で立ち回っていたが、一撃で葬ることの出来ない防御力、激上した攻撃力、備わった知能で包囲され始める連携に、ルカは逃走の一手をサキノと図り始めた。


 逃げ足に関してだけ言えば五人に圧倒的分があった。巨体が多い魔物達にしてみれば鈍足も鈍足、逃げ切れない理由がないほどだった。

 ところがまるで進路を妨害するのが目的とでも言うかのように、行く先々で待ち構えている魔物の集団に方向を転換せざるを得ない状況が何度も続いた。


 何度かの奔走を繰り返している間に位置情報も麻痺し、どこにでも現れる魔物の集団にとうとう足止めを喰らう。指標も道標もない彼等は観念し交戦を開始したが、ただただ体力と魔力を奪われていくだけの無益な戦いを強要されていた。



「数が多過ぎます!?」



 シロが子供達を護りながら接近を狙う魔物に電磁砲を放つ。都市外で亜人族が魔力を使い切った末路をサキノから聞いたルカは極力援護しながら戦闘に臨むも、全てが思惑通りに進む筈もなく、シロも戦闘に参加しなければならない場面が明らかに増えていた。

 とはいえ魔力の塊である電磁砲を頂戴したトレントは強化種でありながら一撃で地に沈み、それを見たルカは長剣を阻まれたサイクロプスを一瞥した。



特殊電磁銃(エネルギアオヴィス)が一番有効か……? いやでも魔力消費が嵩む電磁砲はあんなにバカバカ撃てないだろ普通……)



 特殊電磁銃(エネルギアオヴィス)は高威力である反面、一発の魔力消費を考えると、終わりの見えない交戦に使用するにはあまりにも危険度(リスク)が高い。涼し気な顔でホイホイ撃てている少女がおかしいのだ、とルカは都合三体の魔物の猛攻を受け流しながら辟易した。



「はあぁぁぁぁああッッ!!」



 出し惜しみをしている場合ではないとサキノも白纏を使用し、部位強化を施して応戦する。夜通しの交戦、状況によっては紫電重閃(しでんじゅうせん)を使用している分、流石に疲労の色が濃くなっていた。それでも気炎を吐き、勇姿を奮い立たせて前線を支配していく。



「はっ、はぁっ、このままだとジリ貧だよっ!? どうにか流れを変えないとっ!」

「変えるったってどの方角に向かえばいいのかすらわからないぞ!」

「なんかこう……ないのっ!? 全てを解決出来る便利グッズを出せる未来型ロボットみたいなもの! ルカの創造で作れたりしないの!?」

「ロボットを創造すんの!? その過程いる!?」



 躍起になっているのか、なりふり構っていられないのか、サキノはルカへと無茶振りを要求する。

 仮に創造出来るのであればロボットのくだりは不必要だと断ずる冷静なルカのツッコミに、サキノは汗を飛び散らせながら自身周囲の空気を薄桃色に変えた。



「ほらルカ、応援しててあげるから頑張ってっ! 上手く出来たら私の一日自由権を上げるから!」



 サキノには即座に休息が必要だ。大分お疲れのようである。

 途切らせることを絶対に許さない集中力は、サキノの頭を随分と蝕んでいた。



「いらねえよ!? サキノの一日貰ってどうするの!? そもそも『全てを解決する』みたいな抽象的な条件、創造には不適合だ!」

「いら……」



 配慮に欠けるルカの返答にサキノの刀が鈍る。好機と見誤った魔物達が一斉に飛びかかるが、悄然は極一瞬。笑顔の裏に悪鬼羅刹を見た魔物達は次の景色を見ることは叶わなかった。



「すげぇ……すげぇよルカ兄ちゃん達……余裕だ……」

「……あの女の人、ルカお兄ちゃんと凄く連携が取れてる。きっと深い関係なんだよ」

「馬鹿なこと言ってないでちゃんと守られてなさい……」



 シロの陰から頭をひょいと出し、愉快な殲滅劇を目にする子供達はそれぞれに感想を告げる。

 命の恩人達を過大解釈するのはいいが、今はその時ではないとシロは呆れながら背後へと半眼を向けた。



「だけど本当に強い……」



 感心を抱きながらルカの動きを観察する。

 能力自体は予測でしかなかったが、敵との間合いに応じた武器編成や立ち回り、そして足場作りが素人目から見ても空間に適応し過ぎていた。サキノの慎重さと比べればまだまだ粗い部分は見えるものの、自身が所属する騎士団員と比べても実力自体は遜色ないのではとシロは評価を下す。


 これならばもしかしたらもしかするかもしれないと、帰還の可能性を大いに感じ意気込んだ。

 一方、期待に胸躍らせるシロとは対照的にルカは現状打破の方法を模索していた。講じる策がないことは誰の目から見ても明白で、サキノの言う流れを変えることも真理だと理解はしている。


 渺々たる樹道で出口を探して遭難することは得策ではないが、移動しなければ現状堂々巡りであることははっきりしている。ヒンドス樹道両端の岩塔にさえ突き当たってさえしまえば、運は絡むが入口への道は前進か後進と二択にまでは絞れるのだ。


 しかし問題は体力気力がどこまで持つか。シロは水下都市(アンダーマーケット)で自前の魔力回復薬(エナジーポーション)こそ使用したものの依頼明けで、子供達は言わずもがな。サキノとルカも強がってはいるが、やはり心身ともに疲弊していることは隠せない。

 どうしたものか、とルカは大剣で強化種オークの首を跳ねながら四顧し、突破口及び戦場の把握を試みた。



「……数が減ってる?」



 違和感に眉をひそめる。

 祭典もかくやと賑わっていた戦場だが、魔物の数がやけに減少していた。

 大変喜ばしいことではある。サキノが力戦奮闘し大いに討伐した可能性も否めなくはない。


 だがそれにしても。

 途切れることのなかった援軍すらも鳴りを潜め始めている。



「いくら有限とは言ってもネタ切れなんてことはないだろう……」

「ルカっ! 何か思いついた!?」



 身体強化で狩猟済みの魔物の亡骸を整理する中、怪訝な表情を取るルカにサキノは問いかける。

「いや……」と歯切れの悪い返事にサキノは首を傾げ、再び魔物に斬りかかっていく。



「それに……あんな死体あったか……?」



 もう一つの違和感。

 誰も着目しないであろう魔物の屍山。

 ルカの視線の先には心臓を穿たれ血を吐き出したミノタウロスの死骸。まるで巨大な槍に貫かれたかのような死体は電磁砲の痕跡ともまた異なる。

 誰が処理したのかも、なぜあの死体が目に付いたのかはわからない。

 誰も歯牙にかけないであろう一つの屍が、やけに不穏を助長させているような気がした。



「ルカさんっ! 残りも少ないので(わたくし)も出て全員で――え……?」



 空髪(スカイブルー)金眼の少女が一気に片をつけようと声を張った時だった。

 周囲の魔物達が一体残らず逃走を始めたのは。



「な……何が?」

「どうしていきなり逃走を……?」



 額から大量の汗を流しながら珍事に立ち尽すサキノ、全員を代弁するかのように呟かれたゼノンの声。

 敵前逃亡も致し方なしと蜘蛛の子を散らすように潰走する魔物達は必死で。

 まるで出で来る脅威から逃れるように。


 そして――。


 バキッバキバキッッ……!。



 木々が無惨に薙ぎ倒されながら接近する足音。

 鈍重な地鳴りの連続に、五人は固唾を呑んでその正体を目撃した。


 頭頂高五メートル、全長十メートル超、反対側の景色が丸見えな半透明の姿をした四足歩行の蜥蜴に、子供達の表情が絶望に染まる。



「……り、リキッドリザード……? こんなところに居るなんて、完全に非常事態(イレギュラー)だよ……」

「コイツだけはマジでやばい……逃げないとっ!?」



 別称『ドラゴンモドキ』。

 頭部に二本の角を生やし、巨大な口には鋭い牙がずらりと並ぶ。

 眼光だけで睨め殺しそうな凶悪な双眼に鱗のような紋が見られる体皮。

 遭遇自体が信じられないとでも言うかのように恐れ慄く子供達はじりじりと後退する。


 通常リキッドリザードはヒンドス樹道全域に一体しか存在しない。それも魔力の質が高い高層中層を好み、低層に降りてくることは滅多にないのだ。とある手記には遭遇した部隊は全滅が義務付けられているとまで表されているが、生態は不明。リキッドリザードの全てを見た者は全滅しているからだ。

 仲間を見捨て遁走した生き残りの偏見的な情報しかないが、ヒンドス樹道随一の脅威として名高いことは周知の通りだった。



「こんなの相手にしてる場合じゃないってのに……っ!」



 雄叫びも威迫も投じない無言のドラゴンモドキは短腕を振り上げ、巨体からの剛撃をルカへ撃ち下ろす。

 違和感が上回り、もの恐ろしさを微塵も感じないルカは、しかし反撃しないわけにもいかず長剣を頭上で薙いだ。

 黒の剣閃が瞬き半透明の腕に僅かに食い込んだ瞬間、パァンッッッと。

 凄烈な大波のように水飛沫が上がり、巨体の腕が弾け飛んだ。



(手応えがなさ過ぎる……!?)

「!?」

「ルカ兄ちゃん! リキッドリザードに実体はないんだ! 逃げよう!」



 サキノが驚倒に目を見張る中、知識のあるゼノンがルカの疑問を感じ取ったかのように真実を叫ぶ。

 ゼノンの疾呼の通り、リキッドリザードは破壊された腕を超速再生してのけ、逆腕での追撃を敢行する。

 何度やっても同じことだとルカは腰を入れて振り抜くが、二の舞になる腕は再度超速再生。


 再生自体は脅威だが、実力を見れば脅威には及ばない手応えのなさに違和感を。

 そしてルカは猛烈な危急の音を虫の報せのように聞いた。

 腕の再生に当てがわれる一瞬の隙にルカは橙黄眼を解放、時の前面――未来予知を発動させる。

 そこでルカが見たものは捨て身の全身攻撃(プレス)。頭上に跳躍したリキッドリザードの下敷きになる未来を予見した。



「逃げるのならルカが逃げられる隙を作らないと!」



 跳躍を開始するリキッドリザードがルカとの一騎打ちの最中、サキノが声を張る。



「遠距離の(わたくし)が隙を作ります! その間にルカさんは撤退を――」

(違うっ!!)

 


 ルカが見たもう一つの未来。

 少女が魔力を練り、銃口に光が収斂する。

 前面の脅威、リキッドリザードに専心している少女達は気が付かない。

 

 ――背後に忍び寄る魔の物を。



(リキッドリザードは餌だ!!)



 木を隠すなら森の中、擬態を隠すなら死体の中。リキッドリザードは本命を隠すための囮に過ぎなかった。

 刃渡り七メートルの長剣でリキッドリザードの胴体をぶった切り、水飛沫を全身に浴びながらルカは。



「後ろだマシュロォォォ!!」



 少女の名を叫んだ。



「えっ!?」



 少女が背後を顧みた時には既に。

 一体のミノタウロスが子供達の背後で斧を振り被っていた。

 それはルカが違和を感じた、心臓を穿たれた筈のミノタウロス。死体の筈の、動く筈のないミノタウロス。


 魔物達が一気に逃走したのも、ある筈のない死体が転がっていたことも。

 全てはリキッドリザードを恐れたわけではなく、確実に被食者を狩るためのヒンドス樹道の演劇であったのだと。前面の脅威に傾注させることで周囲の警戒を怠らせるための、演者達による手管であったのだと。


『ひとたび足を踏み入れたのなら命は既にないと思え』


 魔物の襲撃が途切れないというクゥラの見解も、ヒンドス樹道で迷い抜けられないというゼノンの見解も正しい。しかし本当の意味は『ヒンドス樹道の掌で躍らされている』ということだ。

 光の差さない暗澹とした劇場で、傀儡のように躍らされているだけなのだ。

 そう気付いた時には既に遅い。

 劇は終焉を迎えた。


 動き始める斧に子供達は固まり、今度こそ絶命を確信した。

 焦眉の急を感じ取ったルカは翠眼を解放し救助に向かうも、超速再生したリキッドリザードが良しとしない。サキノも地を抉りながら身を翻してミノタウロスに突貫するが間に合わない。

 マシュロと呼ばれた少女は焦燥に身を凍らせる。


 ――また、守れない。

 ――また、失ってしまう。

 ――また、奪われてしまう。



(嫌だ……嫌だ、嫌だッ! 嫌だッッ!!)

 


 少女は限界まで伸ばした腕に子供達を抱きかかえ、自己犠牲も厭わず斧との間に自身を潜り込ませた。

 少女以外の時が緩慢になる中、介在するものが何もない斧は豪速で風を斬り、少女の首へと振り下ろされた。








「姉、ちゃん……?」

「お姉ちゃん……?」



 血が滴った。



「マシュロ……?」

「シロ、さん……?」



 ミノタウロスの掌から。

 渾身の袈裟斬りは少女の首に確かに命中し、刃を突き立てていた。

 しかし刃が通り、首を斬り落とすことは叶わなかった。



『ブ、ブモォッ!?』



 斬首の悦に浸っていたミノタウロスから笑みが消える。

 原因は不明。しかし再度首級をあげようと血が滲む拳に力を入れた瞬間ミノタウロスは見た。

 肩口から見える少女の眼光は熊か、果たして虎か。丸く大きく、戦士とは似つかず女の子らしかった双眸は瞋恚からか鋭く。あろうことか二倍近い魔物が、弱く矮小な少女に戦慄を覚えた。



「ふッッ!」



 永劫に等しい時間停止の戦場に再動という雫が落ちる。

 素早く反転し振り抜いた傘は斧を弾き、ミノタウロスを怯ませた。流麗な動きで傘の先端――銃口が向かう先はミノタウロスの眼前。



「子供達を狙った罪、悔いて下さい」


挿絵(By みてみん)



 破邪の咆哮。上半身を吹き飛ばす重砲は身長差から斜めに立ち昇り、天然の天井に大穴を生じさせた。

 代わりに降ってくるのは迷宮で拝めることがない筈の暖かな日差し。

 夜は明け、東の空に陽が昇っていたのだ。


 胴体を分断しても再生し、執拗に腕や大顎を振り下ろしてくるリキッドリザードを相手取りながら、差し込む眩い光にルカの脳が断線していた回路を結合させる。すぐさま思考を全力回転させ劇場の暗雲に兆しを弾き出す。



「サキノ! ヒンドス樹道の出入口は南西だな!?」

「えっ!? そうだけれどそれがどうか――」

「南西に急げ! 今なら方角がわかる!」



 リキッドリザードの猛攻を掻い潜りながら切羽詰まった声を上げるルカの意図を真っ先に汲み取ったのはゼノンだった。



「光の角度か! こっちだ!」



 朝方太陽は東にある。つまり樹木で覆われたヒンドス樹道の内部に差す光は西方を差していることになるのだ。大方の方角に正当性が生まれ、利発なゼノンは方角を指示して素早く撤退を促す。

 それは終ぞ編み出されることのなかった攻略法。

 劇場に光が差さないのなら壊して吹き抜けを作ってしまえばいい。

 単純でありながら力業の手段は、きっと『迷宮』という固定概念に縛られていたが故の失念だったのかもしれない。


 ルカがリキッドリザードを切り抜け先行する四人の元へと向かう際に少女が撃ち倒したミノタウロスを一瞥すると、そこには上半身を失った黒い小人のような魔物が横たわっていた。そして広域ではわらわらと死体に擬態した魔物がゾンビのように這い上がる。まるで出遅れたとでも言うかのように、ルカを、そして四人を追従する姿にルカは翠眼で加速。相手にしなかった。



「サキノ、マシュロを頼む。一気に抜けるぞ」

「マ……? え? うん?」



 ルカが呼名した相手が判然としなかったが、サキノが女小熊猫(シーレスパンディア)を一瞥するとなんともぎこちない顔で浅く頭を下げた。ルカが子供達を両腕に抱えて更に加速する姿を見て、サキノは白光を全身に巡らせ少女を抱きかかえた。


 より一層移動速度が増す小隊に魔物の追跡は勿論、先回りの足止めも失敗に終わる。

 指針を得て逃走を決断した小隊は、混迷など一切なかった。

 そんな彼達の姿をリキッドリザードは見えなくなるまで無言で眺め続け。


 そして興味を失ったかのようにバシャンッと。

 全身液状と化し、巨大な姿を一瞬で眩ませた。



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