044話 視野専有
「あ、あの……ルカ、さん? 私が取り乱しておいてなんですけど、そろそろ降ろして頂いても……」
「もう少しこのままでいさせてくれ」
「ぴぃッッ!? そそそそそれはどういう意味でっ!?」
「君を抱えながら戦うのも大分慣れてきた。あと少しだからこのまま片付けるッ!」
「…………あ、はい。お、お任せします……」
そんな会話のやり取りを挟みながら魔物の軍勢を一掃したルカは「ふう、終わったか」と一息入れ、蒸気を吹き出しながら顔を手で覆っていた少女を地に下ろした。戦っている本人よりぐったりとした様子に首を傾げるルカだったが、疲れが集約したのだろうと思うことにした。
「本当にご迷惑をおかけしました……」
「全くだよ。護りながら戦えたし結果的に良かったのかもしれないけどな」
「返すお言葉もないです……」
一瞬の判断、一瞬の隙が戦場においては命取りになることを紛いなりにも理解していたルカは、此度の戦闘で第三者の要因が戦場を大きく動かすこともまた知った。己のみで戦闘に臨むのであれば、己の動きと敵方のみに傾注すればよいものの、第三者の介入によって予定通りにいかないことも多々あると。
普段秘境で幻獣を共に相手取っているサキノの動きがいかに弊害なく意思疎通した相手か、どれほど互いを理解した上で連携が取れている相手なのかと再認識に至った。
よくよく考えてみれば魔物との集団戦闘での電磁砲も呼名しただけでサキノは反応をしてのけた。期待していたのは間違いなかったが、単なる呼名に意図を汲むことが出来る仲間が世にどれほどいるだろうか。
やっぱりサキノは凄いな、と長期間一人で幻獣を相手し、騎士団員達にも教えを請うて来た戦場の先人に敬意を表した。
柔らかな表情で結果オーライだと返すルカに少し悄然とした少女だったが、思ってもみなかった救援に駆け付けたルカへと顔をおずおずと引き上げる。
「あの、ルカさんはどうしてここに……? どうして私が魔物と戦っていることを知っていたんですか……?」
それは当然の疑問であった。少女が水下市場にいることは依頼主であるコラリエッタを除いて知る者はいない筈だ。コラリエッタが裏に通ずるかもと子供達にでさえ通告していない。それなのに場所も、魔物に襲われていたことも、ひいては一度しか面識のないルカが何故知っていたのかを問う。
「魔物達の夜祭……魔物の討伐任務で北東地帯にいたんだ。君がここにいるってことは知らなかったがなんだか嫌な予感がしてな。俺の能力の一端――『視野専有』で君を見たら魔物に囲まれている最中だったんだ」
ルカが少女の危機に瀕し現場に駆け付けられた理由。
それは橙黄眼『視野広角』による能力の延長であり、ルカが『認識』した相手の視野の専有。未来予知が時間軸の前後に値するのであれば、左右への干渉が視野専有というわけだ。
夜空に立ち昇る青き電流を目の当たりにしたルカは凶兆から視野広角の専有を発動。そこで見たものとは、低地からオーガの大群に囲まれ今にも危うい光景。そう、少女が一気に形勢不利となり、地を転がっていた瞬間をルカは能力によって状況を把握したのだ。
勿論、視野専有発動には条件がある。『認識』の内には相手の氏名、容姿、そして一定数の信頼度が必要であり、誰彼問わず専有――悪く言えば覗き見出来るわけではない。
少年に心を許し、必要最低限の情報を与えなければ、ルカが能力を解放したところで不発に終わる。
それが今回発動したのは、ひとえに少女がルカを信じたがっていたから。
ゼノンの言う出会い最悪の初頭効果を厚意で補完したがっていたのかもしれない。長期間に渡る逃亡生活で心が荒み、信頼に値する人物を希求していたのかもしれない。
事実は少女にもわからないし、勘による正確性など証明しようがない。
それでもたった一つの事実として挙げられるのは。
少女がルカを信じ続け、命を繋いだということ。
ゼノンに何と言われようが、クゥラにどんな目で見られようが、少女はルカを信じたがっていた。
結果、信じる力は風前の灯火にあった少女の生を再燃させるに至ったのだ。
間違いではなかった。
この人を信じてもいいと心が叫んでいたのは間違いではなかったと。
同時に抱くのは迷惑をかけたことへの謝罪と、
「ごめんなさい……」
「どうして謝るんだ?」
「私に力がないから……私に力があれば、ルカさんのお手を煩わせてしまうこともなかったんです」
己の非力。
一人で解決出来る力を有していたのなら簡単に切り抜けられただろう。誰にも迷惑をかけずに何事もなかったかのようにコラリエッタの帰りを待つことが出来ただろう。
けれどそうはいかなかった。他者の手を煩わせてしまったことに少女は悔悟を抱かずにはいられない。
「一人で対抗してたんだろ? 別に恥じることじゃないだろ」
「誰でも扱える特殊電磁銃を撃ってただけです。私は小熊猫……夜に強化出来る種族でありながら、何も変わらない落ちこぼれなんです……」
少女は自分に自信がない。それは生涯においての成功例が極端に少ないことを含め、種族としての異端性にある。
同種族の仲間が夜に強化し数々の任務で功績を挙げていく傍ら、自身は能力の発現さえままならない。素の能力が高ければ日中も戦力になりうるものの、元から非力な彼女は日中においても夜間においても凡以下に位置付けられてしまう。
故に仲間達からは欠陥扱いされ、自尊心が育むことはない。
何においても上手くいかない、疑心暗鬼であり卑屈な少女は自分を認めることはないのだ。
しかしルカは少女の異端性を聞きながらも、素直に賛同することが出来なかった。
ルカは知っている。
特殊電磁銃は少女の言うように誰でも扱える。しかし、膨大な魔力を消費することを。
ミュウ・クリスタリア戦、戦術として様々な創造を駆使し魔力を消費した中で放った電磁砲は、特大とはいえ二発でルカの魔力を大幅に刈り取った。後に残されたのはお気持ち程度の小型の盾と根性による身体強化。そして気絶必至の切り札だ。
あの経験から学んだのは、現在のルカの魔力量では特殊電磁銃は多用出来ないということだった。
しかしどうだ、周囲に描かれているのは幾線もの土を抉った軌跡。数多くの焼き尽くされた骸に対して、少女に疲弊した様子は見られない。厳密にいえば疲弊はしているのだろうが、弾数が弾数なだけに面に出ないのがおかしいというのがルカの見解だった。
「これ……全部君がやったんだろ? 一体全体何発撃ったんだ……?」
「え? あ、はい。夢中で覚えてませんが十発以上、ですかね……? これしか能がないもので……」
やはりどこまでも卑屈で、己を卑下に扱う少女に真実を伝えようかと悩むルカだったが。
ピクッと三角耳が立ち上がり少女は身を震わせた。外套で頭を包み込もうとするも、そこにあるはずの外套はなく、オーガに破られたことを悟った少女は一気に焦燥に駆られる。
「ルカさんごめんなさいっ!」
早口の謝罪が告げられ付近に落ちていた己のアストラスを拾い上げた少女は、一目散に隔壁の向こう側へと身を消した。
間もなく時機を見計らったかのように風を切り、何者かがルカの付近に着地する音が響く。
「ちょっとルカ! いきなり単独行動なんてどうしちゃったの!?」
ようやく単独で小隊を抜けたルカを追蹤してきたサキノが到着に至った。
現場にあるオーガの遺体造形塔と返り血のみで外傷も見当たらないルカの姿に、焦りはあれ安堵の息を漏らすサキノは荒げていた声を落ち着かせ優しく問いかける。
「わざわざ大河まで渡って、ここに何があったの?」
「……悪い」
「悪いじゃ何もわからないのだけれど……んん……ルカのことだから何か目的があって来たんだろうけれど、勝手に一人で動かれるとこっちも困るの」
「……悪い」
正体を隠秘する少女の事は決して口にはせず、ルカは謝罪のみを告げ続ける。
だんまりを決め込むルカの真意を汲み取って、サキノはそれ以上言及することはなかった。
「悪いって言っていれば許されると思って……はぁ、まあいっか。この状況から見るに魔物に襲われている誰かを助けに来たってところでしょう? どこの誰かまでは聞かないわよ」
「名探偵セリンちゃんみたいだな」
「そうでしょうそうで――!? なんでこの間のセリンちゃんの放送知ってるのっ!?」
とある日、セリンちゃんを勧めるサキノの熱弁に負け、暇を持て余していたルカは魔法少女セリンちゃんの前回放送をリアルタイムで見ていたことをサキノは知らない。
少し恥ずかし気に、しかしようやくセリンちゃん同志が出来たことへの喜びか、一気に上機嫌になるサキノはルカに詰め寄り、その手を取ってレラ達の元へと戻っていく。
「さっ、団長とレラに迷惑かけた分取り戻すよっ」
向かうは戦場ということも忘れてにこにこと笑顔なサキノに、ルカは一度背後を顧みた。
隔壁の向こうに小さな影は見当たらず、息を潜めているだろう少女を心残りにして。
ぎゅっと握り締められる手に引かれながら戦場へと舞い戻っていくのだった。




