041話 片鱗
「おりゃおりゃおりゃおりゃ~~~!」
豚頭人『オーク』、黒妖犬『ブラックドッグ』、小鬼兵『ゴブリン』。
獲物を食い殺すのは自分だとばかりに続々と現れる魔物を、レラは楽し気な気炎を吐きながら一掃していく。
少女が得物を一振りすれば何体もの魔物が真っ二つに両断し、意識の埒外で死を迎える魔物達はレラ陣営の鯨波の勢いを止められない。
命を張りながらも心底戦闘を楽しんでいる少女の姿はまるで鬼神。手に持つのは持ち手の棒の両端に刃がついたSの字の如く巨大鎌だ。
華奢な体躯、可憐な翡翠髪のサイドテール、掴めば折れそうなほどの細腕からは想像もつかない巨大な鎌をまるで玩具のように振り回している。
訂正。鬼神ではなく死神に近しいと言えるだろう。
「なんか今すっごい失礼なこと言われた気がするんだけど~!? 八つ裂きにしちゃうゾ!」
再訂正。レラは美少女である。
「何を一人でぶつぶつ……って、ちょっとレラ! こっちに飛ばさないでよ……」
「にゃはっ! ごめんごめ~ん! ほッ!」
心身ともに余裕を持ち善戦を展開するサキノは、レラが屠り弾き飛ばした、足元を擦過するオークの上半身に難色を示しながら飛び跳ね回避する。
口では謝罪を告げるも鬼神の奔放に変化は見られなかった。
常人であれば目も口も覆いたくなるような魔物の凄惨な姿に、サキノは既に慣れてしまっていた。
そう遠くもない過去、初めはサキノも心を痛めた。商人達にとって有害ではあるものの、処さなければならない理由がないサキノにとって魔物退治とは残忍以外の何物でもなかったから。それでも正義感の強い少女の扱いを理解している団長は『商人や他都市の者の為』と理由を与えることでサキノを説得。サキノは渋い顔をしながらもその言葉を受け止めた。
不定期ながらも騎士団の為にと、商人達の護衛や任務に携わろうとするサキノには魔物の死への耐性が必要不可欠であった。
何より下界は平和にどっぷり浸かっているが、魔界での正義は弱肉強食だ。強い者が権利を得、弱い者が搾取される立場にある。それは生であっても同じだ。
下界だけでなく魔界まで気にかけるサキノには強さが必要であることを、団長のソアラは誰よりも早く察知してサキノを狩りへと牽引したのだ。
都合十二回。団長ソアラや【クロユリ騎士団】メンバーに連れられ魔物を狩りに出た回数だ。
騎士団員達と比べて決して多いとは言えないが、理由を持ったサキノに迷いはなかった。
久々の共闘を目の当たりにして、少女の殻が砕けたことを悟るレラは微笑を浮かべ、一段と速度を上げた。
現在レラ達のパーティは一度目の魔物の集団と遭遇している。木々が生え茂る林の中、二十分にも及ぶ戦闘は泥沼と化していた。戦闘音が、魔物の雄叫びが、飛び散る血の匂いが、様々な要因が重なり次々と新たな魔物を呼び寄せている。
「わかってはいたけれど、魔物の数が多いっ!」
何十体目かの小柄なゴブリンに白線を走らせたサキノは、右方から牙を剥くブラックドッグを白刀で受け止める。
先日の三頭狼ケルベロスを彷彿とさせるも、攻撃力も速度も格段に劣る黒妖犬。力に任せ敵を弾き、着地の瞬間を狙って一閃、真っ黒の皮を被った頭頂から尾までを縦斬した。一瞬の撃破の硬直に、知能は低く動きも鈍い二体のオークが、好機到来とばかりに棍棒を振りかざす。
「っ!」
防御態勢を敷いていたサキノの眼前を峻烈な勢いで黒影が横切る。
『ブゴォォッ!?』
翠眼を引き連れたルカの衝撃波を生むような激烈な蹴撃が右方のオークを捉えた。弾力性のある贅肉を喰い込ませながらバキィッ、と骨に到達する醜音をその場に残し、もう一体のオークを巻き込みながら決河の勢いで吹き飛んでいく。
「ルカありがとっ!」
「気にするな。まだ来るぞ」
一瞬でサキノの援護に回っては、風のように舞い戻り周囲の魔物の掃討を再開するルカの姿に「ルカもなんとかやれてるみたいね」と、サキノは安堵を微笑に転化した。
しかし――。
「……?」
そんなサキノの予想を裏切るように、周囲の光景の違和感が頭の片隅をノックする。
戦闘に集中していて『原因』を追究しようとはしていなかったが、思えば戦場にあるべき姿がそこにはなかった。
サキノの違和をくすぐったのは、存在する筈の『魔物の死体』が周囲に散見出来ないことであった。
魔物の死骸は幻獣のように命尽きても即消滅することはない。早くとも消滅まで三十分の猶予時間を要する。
つまり魔物との集団戦闘では骸が足元を埋め尽くし、死屍累々たる景色が広がっているべきなのだ。
そのため戦士達が心得ていることとは、第一に『足場の確保』である。当然サキノも団長より教授された。
戦闘の基本は移動。地に横たわる障害物を避けながらの戦闘は、一歩踏み違えれば死を誘発する。不安定な足場の中、魔物の行軍に耐え切れず命を落とした戦士も少なくない。骸の数々は、死して尚、戦士達を死へと引きずり込む悪霊の手となるのだ。
二十分を越す大乱闘でありながら、足場を歯牙にかけずとも戦闘に臨めているという異常事態に、サキノは魔物と斬り結ぶ傍ら四顧する。
血で濡れた地に無障害な足場、多数の魔物を攻防一体で豪快に迎撃するレラ、ブラッグドッグの首を黒剣で跳ねるルカ――そこまで視線を配り、サキノは衝撃の光景を目にした。
眼前のブラックドッグを仕留めた少年が闇夜に翠眼を光らせ、その骸を蹴り飛ばした。死骸が吸い寄せられた先、紫紺の瞳を凝らし見据えたものは堆く固められた何かの山。黒く、赤く、大小様々で、見覚えのある物体の山。
そう、魔物の遺体置場だった。
「――嘘でしょうっっ!?」
『足場の確保』の定石は、開けた場所を求めての移動である。隊商を背負った場合は迂闊に動けない事態もしばしばだが、非戦闘員がいない場では移動を軸に隊列を構成する。
しかし今回の集団遭遇では途切れない敵波に無意識に片付いていく足元。【クロユリ騎士団】幹部であるレラですら移動の必要性が抜け落ちている現状に、ルカの行動がいかに優勢に働いていたかを物語っていた。
初の集団戦闘とは思えないルカの機転になんとも言えない汗を湛え、驚愕の声をサキノは張り上げる。周囲を回顧すると同じような山がいくつも見つかった。道理で先程から戦い易いわけだ、と感嘆しながら再度ルカを視界に入れると、周囲の魔物を斬り伏せた傍ら、回避と連動して辺り一帯に転がる動かぬ障害物達を蹴り積み固めていく。特にレラが撃破した周囲は念入りに。
『ブオオオオオオオオ!!』
「はあぁッ!」
『ォッ――――――――』
オークの轟然とした棍棒の振り下ろしを流水のように躱したサキノは、二太刀で太腕と肉首を斬り落とす。断末魔さえ残さない流麗な直線の斬り返し、サキノは白刀の側面でオークの豪腕を弾き飛ばした。
(私だってっ!)
ルカに負けじと戦場整理を試みたサキノ。
果たしてその腕はあらぬ方向へと錐揉みしながら墜落し、地面から腕が生えているかのように綺麗に突き刺さった。まるでパニック映画で見るようなゾンビが這い出てくる前触れのように。
「…………ふふっ」
上手くいかなかったことへの失笑か、珍事の結果へか。
笑いが込み上げてくるサキノは二人に心の中で盛大に謝罪しながら、必死に笑いを堪えていた。
遊んでいる場合でないことは百も承知だが、予期せぬ笑いの風に一人の少女が悶え苦しんでいる中。
「ん~? やけに耐久も力も強い奴がいるな~! ほら頑張れ頑張れっ」
レラが戦場に変化の滴を声に落とす。レラが相手取るのは怪樹『トレント』。太い胴体に鋭利な腕、木の根を巧みに操り移動を、鞭のようにしならせることで攻撃を繰り出す移動砲台の樹木だ。林に紛れ擬態することで、護衛途中の戦士達を欺き奇襲を主とする狡猾な魔物。
普通であればステラⅡ騎士団員、ましてや【楽戦家】の二つ名を持つレラにかかれば瞬殺である。しかしトレントは反撃の隙も与えないとばかりに間断なく連鞭を放ち、レラに回避、防御を強いる。いや――連撃を強いられているのはトレントの方だった。
「これが魔物達の夜祭の強化種かにゃ? 黒い靄、赤い眼光……ふーん、それくらいの強化如きでウチを倒せると思って――お?」
レラが攻勢に出なかったのは分析を行うためだった。
そんなレラの余裕をトレントは本能で危機として感じ取っていた。連撃が途絶えた瞬間、少女の返報によって命を落とすと。つまり命を繋ぐための攻撃をさせてもらっていたのだ。
冷静に交戦した通常時の魔物との相違点を洗い出し、任務の本質を捉えたところで、まるで執行猶予は終わりだとでも言うかのように笑みを濃くするレラは、迫り来る触手を大鎌で切断しながら頭上を見上げた。
トレントの直上に躍り出ていたのは、サキノが見たものと同じ黒い影。大刀を装備したルカは黒一閃、淀みのない縦線をトレントに斬り下ろした。
『――――――オォォ……』
トレントのお株を奪うようなルカの奇襲に、成す術なくトレントは崩れ落ちる。
「強化種でも一撃なんて、ルカくんやっるぅ~! さっすがクロユリの期待の新人だね~!」
「いつの間にか入団したことになってない!?」
キャイキャイとレラが騒ぎ立て、ふと戦場を見渡すと、そこには魔物達の亡骸が積み上げられているだけで簫索とした林道が元の日常を取り戻していた。
何事もなかったかのように凛然と寄るサキノを交え、三人は長時間に渡る大混戦に一度終止符を打ったことを認める。
「いや~中々に長かったね~。初都市外でこれだけの大規模戦闘! ルカ君運がいいね!」
「絶対運が悪いの間違いだろ。これを運がいいって言うレラがどうかしてるぞ……」
「レラは戦闘狂だから……一緒にしちゃだめだよ?」
「サキちゃん辛辣~ま、否定はしないけどさ? 何はともあれ、向こうからジャンジャン寄って来てくれたおかげで捜し歩く手間が省けたんじゃないかな? ここらはもう狩りつくしちゃったでしょ」
緊迫していた空気が歓談によって弛緩するのを感じながら、サキノは白刀を鞘へと通す。
野獣の雄叫び一つ聞こえない三人が現在位置するのは、リフリアから北北東へ三キロほど進んだ場所。下界と同じく幸樹から発生し、都市外も延々と続く河を右手に進み、北部へと舵を切ったその数分後魔物と遭遇した。
魔物は基本的に群れる生き物ではないものの『敵』と認識した相手には集団性が働く。同士討ちをせずルカ達パーティへ怒涛の連戦が引き起こったのも優先順位の都合だった。
都市外任務にも係うレラから見てもここまでの大戦は珍しいとの評価。一帯に渡り魔物は掃討したのではないかとレラは推測した。
「それにしても魔物達の夜祭の強化種って言っても、大分数が少なかった気がするのだけれど。軽度であるに越したことはないけれど拍子抜けと言うか……聞いていた話と違うなって」
今回の任務の枢要は『強化された魔物』の調査及び退治であることは誰もが銘記して臨んでいる。商人や被害者達の声によって都市から【クロユリ騎士団】へ正式に任務が要請されたのだが、臍を固めて任務に当たった彼女等にとってあまりにも手応えがなさ過ぎた。
杞憂で済めば万々歳であるのは間違いないが、多くの人々が恐れ慄くには何かが欠けているとサキノは胸のしこりを言葉にする。
「確かにね~。あれだけの大群の中、はっきりと強化された魔物だってわかるのトレントの一匹だけだったもん。それもルカ君が瞬殺しちゃったし、想像してたのとは天地の差だな~。低級魔物だからって言われればそれまでなんだけどさ」
「全ての魔物が強化されてるわけじゃなくて、何か条件がある可能性があるんだな?」
「だね~。あの程度の数であの強さならステラⅣの騎士団員達でも連携次第でなんとでもなるだろうし、大事になるとは思えないな~」
大鎌を肩に背負いトレントを一瞥するレラに、二人の視線も寄せられる。
奇襲とは言え強化種である筈の魔物を一撃で葬ったルカは情報を纏め、二人の違和感に同調した。
「魔物達の夜祭の原因解明……一筋縄じゃいかないと思っていたけれど骨が折れそうね」
「まっ、任務も始まったばかりだし、ずっと気張ってても疲れちゃうだけだよ。のんびり行こうよのんびり~。頼もしいルカ君とのダブルデートなんだしさっ」
「二対一でダブルデートとは言わないし、そもそもこんな物騒なデート望んでないよ……」
先行きに暗雲を見るサキノへ、場を和ませようとレラお馴染みの冗談が林間をすり抜けていく。
下界では考えられない血生臭い非日常を否定するサキノが計らずも発した返答に、レラはにやにやと口角を湾曲させる。そんなレラの姿勢に難色を呈し問い詰めるも「べっつに~」と煙に巻かれ、レラは嬉々として北上を始めた。
余計なことを口走ったのかと不安に駆られるサキノは「白状するまで終わらせないんだからね!」とレラの横に張り付き尋問を開始。
楽しそうに笑顔を咲かせる少女、小さく頬を膨らませる少女。
そして少年は。
東風に後ろ髪を撫でられ、何一つ変化のない東の夜空を眺めていた。




