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033話 犬猿の旧敵

 深夜にも構わず多彩な光に照らされる大通りで、ルカは僅かな人と交錯していく。人通りの少なさや静黙とした空気は本来深夜としてあるべき姿だと言われれば言葉を呑むしかないが、それにしても様子がおかしい。皆が皆、同じように周辺を警戒しながら早足に進んでいく姿は、まるで何かに怯えているようだった。

 


「そういえば彼女も夜道は『危険』って言ってたな。何をそんなに警戒しなくちゃいけないんだ?」



 あまりにも見る人見る人全てが過敏。ルカの姿に悲鳴を上げて反対方向に逃げ出す者までいる始末である。

 主要大路(アベニュー)を堂々と闊歩することが不自然だとでも言うべきほどに過剰に反応を示されるルカは、それでも頓着せず幸樹(こうじゅ)を目指し脚を回す。



「通り魔……あの特殊電磁砲(エネルギアオヴィス)売りの男みたいな奴が他にもいるってことか……?」



 男と邂逅を来たしてしまったのは、いわば偶さかな事故だ。たまたま男が少女を追い、たまたまルカが付近をうろついていただけであって、偶然が重なってしまったが故の接触。一般人であればそこまで大仰に警戒する必要はないのではないかと高を括る。


 とはいえ思考に暮れれば、それはそれで矛盾が発生する。

 何か理由があり少女は都市から追われていると自ら証言しているが、あの特殊電磁砲(エネルギアオヴィス)売りの男小熊猫(ヒーレスパンディア)が都市側の追手とはどうにも考えにくかったのだ。

 詐欺紛いの商品押し売りに、会話をする気もない強制戦闘、そしてルカが戦闘中に感じた種族を盾に暴行を正当化する発言。都市の実情、男の素性を知らないルカであっても正に生きる側の言動ではない。



「まぁ、そうそうあれ以上の事が起きる事なんてないだろ」



 想像だけ駆動しているものの何かが起きることもなく、ルカは誰にも寄り添われることのない輝かしくも幽霊樹と化した魔界の幸樹へと辿り着き一息漏らした。

 コツコツと石畳を歩く音が泡沫のように漂う光と戯れながら、下界へ帰還する唯一の道筋妖精門(メリッサニ)を探すため、巨大な幸樹の周囲を左回りに移動を開始した――直後。

 幸樹の真下、てんで無警戒に頭上を仰ぐ一人の少女が雅やかに、絵画のように佇んでいた。


 大いなる幸樹の極彩色が、主役を引き立てるための演出照明(スポットライト)という脇役へと準ずるかのような情緒。無風の中ですら精を感じ優しく揺らめく赤髪。

 軽装でありながら風柄漂う、忘れたくとも忘れられない少女。



「ミュウ・クリスタリア……?」



 迂回し別方向から妖精門(メリッサニ)探しをするべきか、見知らぬ顔で通過するべきかなど、どうするのが正解かと考える余地もなくルカは自然と口から呼名が漏れ出ていた。

 少女は艶やかに回頭し、己の名を呼んだ主をその赤眼に映す。



「ん? んあっ!? お、お主はルカ・ロ――ッ!?」

「やっぱり生きてたか」



 分かりやすいほどに驚愕を細身に受けた少女は、思わずルカの名を呼びかけ一歩後退する。



「し、知らんのう、お主のことなぞ!?」

「名前呼びかけてたよな?」

「し、知らんっ、知らぬわ存ぜぬわっ!」



 独自の三段活用を用いてあくまで白を切る少女は、ルカの前進に呼応するかのように後退を一歩ずつ繰り返していく。

 ルカとて別段会いたい相手ではなく、寧ろ避けるべき危険人物であるため、不認知を決め込んだミュウと諍いを起こすつもりはない。



「……人違いだったか、悪かったな」



 状況の進展も見込めないルカは、特に尾を引くこともなくその場を離れようとミュウに背を向けて立ち去ろうとした。



「~~~~~~~~ッ!?」



 そんな己に意を介さないルカに、拳を力強く握り締めたミュウは、ぷぅ、とむくれながら背後から一喝。



「少しは食い下がらんかァ!!」



 ミュウ・クリスタリアは見事に墓穴を掘った。 








 思いがけずルカを呼び止める形になってしまったミュウ・クリスタリアは、ルカを引き連れ幸樹(こうじゅ)の根元へと移動した。



「お主には本当に調子を狂わされる……」



 ぞんざいに艶やかな赤髪を搔き乱し、巨大樹へ背をもたれるミュウは辟易した様子で呟いた。



「君が勝手に自滅しただけじゃ?」

「こ、この前の戦闘も含めての話じゃ!」



 そんなこともあったな、とルカは厳重にしまい込んだ記憶の棚から魅了(エピカリス)を発動させた後のミュウの錯乱を取り出した。

 コホン、と軽く咳払いをして場を改めたミュウは、言葉を引き継ぐ。



「……まぁよい。それよりお主、妾が生きておることに対して驚きを見せなかったの」



 直撃を喫し、姿を亡くした筈の決定打。負滅救斬(エフティヒア)を被った筈の相手の生存を疑問に思わないルカに、ミュウは難を問う。

 傍から見れば存在もろとも消滅したかのように思えた戦後現場だったが、ミュウの姿を再び目撃したルカは微塵も動揺を見せず「やっぱり」と発するほど生存に核心を持っていた。



「ん、君との実力差や経験を鑑みても簡単には死なないだろ。そもそも手応えがなかったしな」

「妾を退けておきながらなーにが実力差じゃ。ふむ……成程しかし、気付かんほどに鈍感ではない、か。そうじゃ、直撃を被る前に秘境(ゼロ)から離脱したのじゃよ。拠無く、の」



 未熟な自身と経験豊富であろうミュウ。例えサキノとの共同戦線で不意を衝いたとて、まんまと死を受け入れる存在ではないことは戦闘の質にて実感済みだ。故にルカが独自に導き出していた結論としては、ミュウ・クリスタリアの()退()

 その結論がこうも早く証明されてしまったことにルカは肩を竦めたが、同時にミュウも不本意の様子であった。



「あれだけは……あの光撃だけは喰らってはならぬと、そう本能が叫んだ。あんなこと初めてじゃよ。あれは一体なんじゃったんじゃ?」

「敵に能力を教えるわけにはいかないだろ……黙秘権の行使だ」



 さり気なく不知の情報を盗もうとするミュウに、ルカは己の情報を隠蔽した——―が、実のところルカにも負滅救斬(エフティヒア)の詳細は不明であり、教えることがないというのが本音だった。



「そう言うでない、懐が狭いぞ?」



 そんなルカに委細構わず、悪態をつきながらも教えを乞おうとしてくるミュウ。



「器だろ。なんで金欠を指摘するんだ」

「こんなにか弱い女子(おなご)と深夜に逢引しておるというのに飲み物の一つも用意できんとなると、相当に気が利かぬか資金不足のどちらかであろう」

「か弱いってどの口が言ってんだ!?」



 冗談にもなってないぞとルカが全力でツッコミを入れるも、ミュウは前回の返報とばかりに攻めかかる。



「まぁ、お主が無一文なのはさておき」

「さておくな。なんで金欠から降格(ランクアップ)してんだ。なんで金欠ですらないことを知ってるんだ」



 当然魔界の貨幣概念すら知らないルカは無一文で正しかった。が、それを指摘するミュウが何かを知っているだろうと踏んでルカは迂遠に追究した。



「知りたいか? 妾が何故、お主が無一文だとわかったか知りたいか? お?」



 いじらしい笑みを湛えて迫ってくるミュウが何となく嫌だったルカは、



「……いや、別にいいや」

「だから食い下がらんかぁぁぁ!?」



 にべなく断った。

 恩着せがましく情報を押し与えようとしてたミュウだったが、目論見が尽くすり抜けていく。

 はぁ、と大きな溜息をつきながら再度幸樹へ背を預けたミュウは、独りでに説明を始める。



「……お主に誓印が見当たらんからじゃよ」

「セーイン」

「の? 下界でいう個人データの塊じゃ。誓印とは様々な役割を持つが、大きな目的は所属騎士団の証明、収支管理じゃな。体の一部に騎士団の徽章(エンブレム)を刻んで所属を明らかにする、その徽章内に埋め込まれたデータで収支を管理する。リフリアでは金銭のやりとりは全てデータで行われる」



 シャツを(はだ)けさせ、左の胸元を見せつけるミュウ。性欲に殴打されるような色気を放つ妖艶な行為だったが、ルカは一切の興味を示さず。そこにはまるで幸樹を模したかのような樹木の徽章が薄光しながら浮き出ていた。



「誓印は隠蔽することも可能じゃが、基本は誰しも体の何処かに刻み常時見えるようにしておるの。騎士団の証明――威圧の意も込められておるのじゃろう。仮に騎士団に所属しておらんと言っても、妾のように仮誓印もないお主は魔界に来て間もないのじゃろう?」

「あぁ、これで三回目だな」

「下界に住を据えるお主が誓印を刻むかどうかは好きにすればよいがの。魔界のリフリアと少なからず関わろうと考えておるのならば必須だと言うことは覚えておくがよい」



 もうよいか? と見せつけている胸元を隠し着衣を整えるミュウも、ルカ同様一切の羞恥を抱いてはいなかった。

 ルカ自身が問うたわけではないものの、あれよこれよと話が進んでいき、ミュウの啓発によって魔界の仕組(カラクリ)を知り得る。紙幣や硬貨の存在しない数値やデータによる世界は魔界らしいなと、ルカは感想を抱いた。



「ありがとう。魔界のこと知らないことばかりだったから助かったよ」

「っ!? ぅ……か、閑話休題じゃ! 今回妾がお主を引き止めたのには理由があるのじゃ! 少しばかり情報共有をしたいと思うての!」

「情報共有?」



 微笑を作り素直に感謝を述べたルカの純然性に、ミュウは歯を食い縛ってそっぽを向く。次はこちらが教えてもらう番だとばかりに話題を強引に引き戻した。



「そうじゃ、お主の能力を妾に教えろ。……っと、先に言っておくが、妾に今はお主と敵対するつもりはない。安心せえ」

「今は、か。含みのある言い方だな」

「なぁに、敵意より関心が強いというだけの話じゃよ。そもそも妾は世の滅亡を諦めたわけではないからの。だからなっ!? な、よいじゃろ!?」



 先程の話の流れで聞き出すと言った真似をするわけでなく、直球で用件を交渉するミュウは嬉々としてルカへ詰め寄る。距離感が一度敵対したとは思えないほどに近いミュウは、本心からルカへ関心を寄せているように見えた。



「よくはないだろ。俺が君の能力に目処がついている以上、こちら側が一方的に教えるのはデメリットが多過ぎる」



 しかし敵方は敵方。やんわりと断りを臭わせるルカだったが、ふふん、と鼻を鳴らしたミュウは毅然とした態度で受け答えする。



「そう申すと思ってちゃんと考えておるわ。等価交換として妾の正体を教えてやろうではないか。なにお主にデメリットなぞない、寧ろこれは()()()()()()()()()()。お主が今後危険を回避したいのなら、の」



 言葉に圧を上書きしてはっきりと断言する。

 ミュウの正体には不明な点が多い。先駆者であるサキノを越えた魔力の濃度や実力、まるで人間離れした戦闘体形。そしてミュウから告げられた危険の意味。

 どうやら相応の情報料は見込めるとのミュウの口振りにルカは熟考し、最終確認へと出た。



「……敵対の意志はないんだな?」

「くどいのう。今は、じゃ。立場もあるんでの」

「……わかった」

「交渉成立じゃなっ」



 不承不承ながらにも折れたルカの眼前で、まるで健全な少女のようにくるくると回りながら喜色を示すミュウ。

 悪い方には働かないだろう、とルカは腕を組みミュウとの対談を続行していくのだった。


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