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029話 初めてのおつかい★

 夜の化粧を施した世界、時刻は二十一時を回る。

 一度帰宅し再登校、ココとの最終打ち合わせを天空図書館で終えたルカは、現在魔界にいた。二度訪れた異世界の地は光に塗れ、しかしどことなく人の縦横は少ない。酒の席も空白が目立ち、早くも店仕舞いを始める店舗、いそいそと早足に袋を提げた獣人が自宅へと逃げ込むように帰っていく中、ルカは荷物を抱えて夜の街道を歩く。



「ここら辺にある筈なんだけど……」



 ルカが魔界リフリアの北北西を彷徨っているのは、ココから依頼された内容の一つ、荷物の運搬だ。天衝く建物や、宙浮く王城が多大な存在感を放つ一方、光を避けるように人通りが極端に少ない路地裏に向け何度も道を折れる。

 ココお手製の簡易的な地図に視線を落とす度に目に入る、丁寧に梱包され中身の見えない荷物。手首にぶら下げた袋が歩調と合わせて揺れ、ルカは魔界へ送り出される前の会話を思い返した。




± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ±




『受け取り場所に行く前にこれをAって書いてあるところに置いてきて欲しい』



 低身長の幼女の依頼説明を全て受け、傍らに置いてあった黒色の箱を手渡されるルカ。



『これは?』

『私の血よ』

『……は?』

『勝手に飲んだら殺すわよ』

『飲まねぇよ!? どんなサイコパスだと思われてんの!?』

『冗談。下界のお土産とでも思っておけばいい』



 凄みを利かせて念を押すココの冗談に、笑えないとルカは半眼で否定する。

 説明も指示も全てこなし、抜かりはないと巨大な本を開いて開門体勢に入ったココの様子に、ルカは溜息を一つ溢し、気を張り直した。微照明に晒される二人だけの天空図書館内に、亜麻色の幾何学模様が展開され、同色の髪がゆらゆらと靡く。


 温かな魔力。妖精が周囲で遊んでいるかのような優風。異世界事情に関わっているのが不思議なくらい儚げな幼女に、ルカは経緯が少し気になった。

 己やサキノとは違う特異な立場は自選したのだろうか。はたまた理不尽に巻き込まれたのだろうか。恐らく後者の方が可能性としては有力だろうと考え込んでいると、発光がより一段と強くなり、ココはその場を退いた。

 ルカの無言の頷きにココもゆっくりと首肯し、ルカは妖精門(メリッサニ)へと踏み入る。



『気をつけてね――』



 異界の地への旅立ちを心配してくれているのかと、体が温かな光に溶かされていき意識が魔界へと飛ぶ瞬前。



『――受け渡し人、疎いから』



 不吉な言葉が聞こえた気がした。




± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ±




「疎いってどういう意味……っと、これか」



 一般的に使われる文脈に当てはめてココの注意喚起を思案するルカだったが、ぽつんと灯された薄暗い照明下、円球状に区切られたカプセルのようなものが何列にも並んでいる場所を発見する。形容は違えど下界でいうコインロッカーだと、ココの説明からルカは認識していた。



「これに入れればいいんだな」



 荷物を中に入れ、蓋を閉じる。ブゥンと小さな音とともに青白い発光が球体を一周し、カプセルは何事もなかったかのように鳴りを潜めた。



「へえ、ちゃんと閉まってる。ココは任意の魔力反応で開くって言ってたし、魔界は本当になんでも魔力で補ってるんだな」



 荷物の受け渡しを安全かつ無人で行うことができるよう設置されたロッカーは、渡し手と受け手の魔力にのみ認証され開閉を行うらしい。便利なものを作るもんだなとルカは感心を寄せる一方、誰にも気付かれずに受け渡しを実行できることから犯罪にも利用されるのでは? と可能性を危惧したが、己には益体ないことだと思考を放棄した。



「一つ目の依頼はクリア。後は荷物を受け取って帰るだけだな。場所は……リフリア北北西奥部か」



 再度地図を広げ、暗澹な無人の隘路を進む。

 月明かりが差し照らす三又路で足を止め、地図に目を落とすルカへと。

 タッタッタッ、ダダダダダッ。



「はぁっ、はぁっっ!!」



 騒々しい二つの足音が左方から近付き、ルカの目が引っ張られる。まるで追駆されているかのような状況。闇夜に紛れる外套で全身を覆った先頭の小柄な人物は、呼吸を野放しに背後を気にしているため、前方にいるルカの存在を認知できていない。

 ルカは怪訝に思いながらもぶつからないよう横に逸れ進路を譲った。

 しかし。



「へ? うわわっ!?」


挿絵(By みてみん)




 道が開けているにも関わらず、小柄な人物は()()()()()と走行を寄せ、急なルカの出現に蹈鞴を踏んだ。その予測不可能な行動により、外套の人物は右手に持っていたフリルの付いた棒状のもの――いわゆる『傘』を振り回した。

 その行く先、辿り着くは勿論ルカの顔面。



「ぶッ!?」



 傘の奇襲を受けたルカは仰け反りながら後退するも、追い打ちのように顔面へ一瞬のモフッ。続く衝撃にルカは奇矯な行動を取った人物とともに転げる。



「~~~~~~~~~~~っ!?」



 まるで演劇の予定調和のように、連鎖的に襲い来る奇襲に現状把握が追い付かないルカは混乱に悶える。



「く……ぅっ!! 待ち伏せだなんてどこまで陰険なんですか!」

「一体全体何の話――うおっと」



 線の細い声が謎の人物から発声され、あらぬ疑いをかけられるルカは座り込んだまま弁明を求めるも、奇襲のように刺突される傘をひょいと躱す。

 一撃を放った人物はバックステップで三又路の一方向へと飛び退き、ルカと、そして追いかけられていた人物から距離を取った。



「あーあーあー……面倒臭ぇ……お前、そいつを庇うつもりか?」



 ようやく追いつき足を止めた後続の外套を羽織った人物のどこかで聞いたことのあるような野太い声に、ルカは魔界で出会った人物の顔を列挙するが思い当たる節は無かった。

 もう一方からも変な疑惑を掛けられるルカは、服の埃を払いながら立ち上がる。



「この状況見て庇ってるって判断できる方が凄くないか?」

「そうです! 待ち伏せだなんてとことん陰険ですよ!」

「さっきも同じ事聞いたし、君はどっちの味方なんだよ!?」



 三又路、それぞれの通路を背に三つ巴のような構図に誰も味方はいない。

 大事なことなので二回言いましたと言わんばかりの声の質から女性だと判断したルカだったが、助けを求めてくるでもなく敵意剥き出しの――いや、初めから味方など期待していないかのような口振りに不穏な空気を感じた。

 


「ようやく見つけたってのによ……仕方ねぇ、邪魔者から潰す!」



 言い放つと同時、男は瞬歩的にルカの眼前に現れる。轟然と振りかざされた拳を右方に身を捻じり回避、ドォン! と豪快な音を立てて壁が崩壊を余儀なくされた。

 攻撃を躱され、舌打ちをしながら振り返った男の外套が衝撃の余波によって晒される。


 赤みがかった橙黄色の頭髪、三角の形で頭に乗った同色の獣耳、男性にしては大きな双眼、尻から見え隠れするは黒と橙の縞模様の太く丸い尻尾。



「レッサーパンダ?」

「天下の小熊猫(レスパンディア)を知らないなんて無知が過ぎるぞ。都市の新参者か? ま、そうでもなきゃこんな夜に出歩かないよなぁ!」



 決して広くはない三又路で追撃が襲い来る。男の容赦ない暴行を弾きながら、すっかり当初の目的が食い違えていることに難を示す。



「なんで俺が標的になってるんだよ。俺はたまたま居合わせただけで無関係だって」

「そうやって油断させるつもりだろ? そんな小癪な手に俺は乗らん!」

「……魔界って人の話聞かない奴ばかりなのか?」



 ルカはちらと暗闇が口を開ける背後を顧みて、追われていた女性の姿を探すもそこにある筈はなく。厄介事を上手く押し付けられたかのような状況に、物憂げに眼前へと集中した。

 左右から間断なく飛んでくる拳を尽く往なすルカの様子に、僅かばかり感心した男は口端を不気味に歪めた。



「どうやら少しは腕が立つようだ」



 拳撃の傍ら、外套の下から銀色の光沢を放つ短剣を引き抜く男。



「なるほど、刃物で(そう)来るか」



 ルカは瞬時に抜刀の危険を察知し、男の短剣の横一閃に合わせ己も紫紺眼を開放して二本の短剣を創造した。魔界で能力を試行するのは初めてではあったが、ルカの思惑通りに創造を果たし、キィンと高音の金属がかち合う音が闇に呑まれていく。何度も打ち合う得物同士の金属音に、しかし何事かと近寄る者も、人影が出歩く姿すらも見当たらない。



「こんなに派手に戦って大丈夫なのか?」



 いくら夜であるとは言え、激しい剣戟は周囲に不審がられることは推して知るべしだ。下界でいう喧嘩のようなものだとすれば、公になれば制裁はあって然るべきだろう。両成敗という措置が取られるとすれば、下界の住民である己はどうなるのだろうか、という疑念とともに無駄な交戦を止めさせるべく迂遠ながらに問う。



「おいおい、いくら新参者ったって無関心過ぎやしないか? 都市に身を置いてんのなら情勢くらい知っておかないと大怪我する羽目になるぜ。今みたいに、なっ!!」



 無関心は愚行だと訴える男の目は依然激しさを増し、短剣を上から振り下ろす。弧を描く銀閃はルカの黒剣に阻まれるが、



「ぐっ……! こいつ急に……っ!」



 ズンッ、と苦鳴を漏らしながらルカの体が沈み込んだ。明確な力上昇、及び続々と放たれる一際速度を増した剣閃に、ルカの目が捉えたものは黄金色に染まる体皮の発光。まるで月明かりの恩恵のように、ぼわっと照る男の体は先程までには見られなかった変化だ。



小熊猫(レスパンディア)は最高種族だ。刃向かうと痛い目に遭うってのは覚えて帰れよ!」



 左上から繰り出される鋭利な直線はルカに警告を焚きつけ、咄嗟に二刀の短剣を交差させ防ぐ。全身に走る衝撃に目を眇めるも、右下から忍び寄る追撃――左拳の振り上げに一早く反応したルカは右膝で防御を敢行する。

 その威力は強烈極まりなく、骨がミシッと軋む音を立てながら後方へと吹き飛んだ。



「いってぇ……」



 夜道に軽快な音を立てて着地し脚を庇うルカへ再び乱撃が襲来する。膝に突き抜けるような痛手を負ったルカだったが、しかし頭は澄み切った凪のように冷静沈着。

 男の戦闘能力をさほど脅威には感じていなかった。


 ――翠眼解放。

 二刀短剣を消失させ、ルカの紫紺の瞳が翠眼へと変貌を遂げる。



「ふっ!」



 ミュウ戦で覚醒した身体強化を以て、男の攻撃を透かすように体を沈める。種族、能力を過信した男の上体のみの乱舞がルカの黒髪を微かに斬り落とすが空振り、男の疎かになった足元へ掃腿を放った。



「なっ!?」

「天下だか最高種族だか知らないが、襲いかかってくるって言うなら返り討ちにするだけだ」



 ルカの急激な攻転に体勢を崩しながら驚愕する男へ、ルカは地面に手を着き、腕の反発力も利用した渾身の側蹴を見舞った。



「かっっ!?」



 胴体へまともに攻撃を頂戴した男は吹っ飛び、地面を擦過する。僅かに前方へと跳躍したルカは体勢を整え、闇の中へと転がり消えた男の出方を窺う。と、その時。



「あ、雨天時(あのとき)特殊電磁砲(エネルギアオヴィス)を押し売りしようとしてきた奴か」



 脚への衝撃とともに脳天を揺るがした男の正体は、以前魔界でレラが救ってくれた詐欺疑惑の売り手であった。よくよく考えれば魔界で面識があるのはレラと、()の人物の二人以外にはいない。

 そんなルカの呟きを耳聡く聞き取ったのか、姿は見せないままに男の野太い声が暗闇に反響した。



「効いたぜ……あぁ、それにしても運命ってのは残酷なもんだな。あの時のカモ……お鴨様(きゃくさま)とこんな所で相見えるなんてよ」

「訂正したように聞こえるけど訂正出来てないからな?」



 暗黒の壁を挟みながら声だけの応酬が続けられる。ルカの蹴撃はダメージにはなったが、仕留めるまでは至らなかった。



「アイツも見失ったし……なんだか白けたなぁ。はぁ……仕方ない、旧知のよしみだ。今回は見逃してやるが、以後邪魔をするっていうのなら容赦はしないぞ」

「旧知って間柄でもないし、再三言うが俺は巻き込まれただけだ。話聞けよ」

「世間知らずのお前さんに忠告だ。世の中には可愛い顔して平気で悪逆を働く者もいる。女だから、か弱いからといって誰でも庇ってたら、いつか痛い目に遭うのは自分だぜ? ま、次は敵対しないことを願うよ兄弟――」

「急に距離間近いな!?」



 くくく、と不気味な嘲笑をどこまでも伸びる闇へ引き連れながら、男の声は遠ざかっていった。

 まんまと理由をつけて引き上げられた感は否めなかったが、戦闘を続行する理由も、追う理由もルカには一切ない。勝手に戦闘を始め途端に戦闘を終える、魔界の人間はどこまでも自由だな、と大きな吐息がルカから一つ漏れた。

 

 男は言葉通りに姿を眩ませたようで、殺気どころか気配すらも周囲には感じられず、ルカは身体強化を解除する。

 強制戦闘が偶発し中断せざるを得なかったが、黒瞳へと戻ったルカはココの依頼を遂行するため、北北西の奥地へ向けて移動を始めたのだった。


二章の表紙はこのシーンをイメージしたものです。

同等のイラストですがご賞味下さい。

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