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028話 【クロユリ騎士団】

 夕陽が水平線に呑まれ、斑とした星々がそれぞれに主張を秘める魔界。

 世を照らす太陽とともに徐々に活気を失っていく都市の中、開放された鉄柵門前に下界でのバイトを終えたサキノはいた。


 まるで富豪の所有する巨大な庭園、広大な敷地に威を放ちながら重鎮する城。王城とまではいかないが都市の中でも指折りの立派さがある。

 二人の門番に会釈をされ、温和な笑顔で手を振り庭園へと足を踏み込んだサキノは眼前に聳える城――目的の本拠へと目指し移動する。


【クロユリ騎士団】

 二輪の花を象徴(シンボル)とした、サキノが属する女性団員のみで構成された騎士団の一つ。女性だけであるにも関わらず総員百名を超える規模を有す精鋭多し大規模騎士団だ。


 数多存在する騎士団の序列は五層のピラミッド型で構成されており『ステラ』で表される。最上位階層『ステラⅠ』は僅か二派閥のみに与えられた地位で、都市の半分以上の騎士団が傘下に与している。傘下の騎士団にも勿論騎士団ランクは存在し、下位派閥と呼ばれる『ステラⅣ』と『ステラⅤ』の騎士団達がおよそ上位以上の派閥の名を借りて都市でやり繰りしているのだ。


 そんな各々の下位騎士団が権力及び威厳を求め、上位騎士団が下部組織を手中に据える中、傘下を持たずして上位派閥『ステラⅡ』に君臨しているのが【クロユリ騎士団】である。

 理由は単純明快、男性が所属している騎士団の傘下入りを断っているからだ。それは例え【クロユリ騎士団】が懇意にしている騎士団であっても同様に。

 以上の理由から見て取れるように、女性団員だけで騎士団が構成されているというのは非常に珍しく、尚且つ上位派閥に上り詰めた異色を放つ騎士団として名実ともに名が広く知れ渡っている。


 そんな【クロユリ騎士団】の本拠敷地内、照明に照らされた多彩な植物が生える迷路のような道をサキノは進む。

 訪れるたびに植物園のようだなと感想を抱きながら歩くサキノの横でカサ……と。

 草葉が揺れ、突如として黒い影がサキノへと襲いかかった。



「サっキちゃーん! おっ久~~~っ!!」

「きゃあああああああああああああああああっ!?」 



 薄闇に木霊する黄色い大絶叫。

 自陣の領地内により無警戒だったサキノの白肌を、一つの影が背後から無遠慮に揉みしだいていく。



「相も変わらずや~らしい柔肌してますなぁ~?」

「やら――っ!? やらしくなんてないよっ! ちょ、ちょっと待ってレラ……」

「うーん? どうしたのかにゃ?」



 翠髪を横で結んだサイドテールの少女レラ・アルフレインが名残惜しみながらもサキノの体を手放すと、サキノはその場に崩れ落ちた。バクバク高鳴る心臓を押さえるサキノは目端に涙を溜め、背後から顔を覗かせるレラを見上げる。



「び、びっくりして腰抜けちゃった……」

「あははははは!! サキちゃんかっわい~!」

「笑っているけれどレラのせいだからねっ!? こんなところで何をしていたのよっ!?」



 雑多な植栽の中に潜んでいるなど意想外のサキノにとって、レラの行動は奇怪という他にない。

 挨拶とばかりに同性間のセクハラを行ったレラはケタケタと笑うが、体を跳ね上げ驚倒したサキノは歯噛みする思いだった。



「もっちろんサキちゃんを待ち伏せてたんだよ? ウチのサキちゃんレーダーはビンビンカンカンだからね~」

「普通に敏感って言いなさいよ……そもそも今日来るなんて一言も言ってない筈なんだけれど……まさか毎日張ってるわけじゃないよね?」

「まっさか~、サキちゃんのことを毎日毎日想ってるから通じ合えたんだよ~。恋する乙女のようにね!」

「調子のいいことばっかり……」



 サキノの正面に回り頭の後ろで手を組むレラは冗談か否か道化じみた言葉を連ねる。

 お調子者のレラに呆れを抱くサキノだったが、ふと、以前魔界での別れ際の「サキちゃんなら一人でも大丈夫か」という言葉が頭を掠めた。

 結果としてサキノの意志を後押しすることとなってしまった言葉ではあったが、ルカと反発し合い、僅かながらにも己を客観視できたサキノは、レラの主張も憂慮という一つの形だったのかもしれないと感じた。


 己の力を信用してくれていたこと。

 心配をかけていたこと。

 心配してくれていたこと。

 倒錯した遺志のためだと意固地になっていた当時と、乗り越えた現在。言葉の真意の受け取り方や見える世界が違うことにサキノは少しの驚きと安らぎを覚えた。



「レラ、ありがとうね」



 だから無力ながらもサキノ・アローゼという人物を思惟てくれていたことに感謝が旅立った。

 腰を抜かした割座の状態で言うべきことではないのだろうが、これだけは伝えなければならないと。



「んー? あ~あ」



 レラは何が何やらといった様子だったが、サキノの纏う雰囲気に変化を覚えたレラは笑顔を拵える。その屈託のない笑みに感化されたサキノもまた、笑みを深めた――が。



「え……サキちゃんがドМに目覚めちゃった……? ウチやらかしちゃった?」

「違うからぁ!? 今の笑顔なんだったの!? 完全に理解した流れだったよね!?」

「ドМに憧れを持ってるのかと……気付けなくてごめんね……」

「そんな憧れを持っている人なんているわけないでしょうっ!?」



 伝わっていなかった。

 少し引き気味で後退するレラに鋭いツッコミを浴びせるサキノ。気恥ずかしいながらも感謝を伝えた筈が、見事に解釈相違しサキノの顔は羞恥に塗れていた。



「あはははっ! 冗談、ちゃんとわかってるよ~。サキちゃん少し危なっかしいところあったから、気付いてくれて良かった。ウチも余計な事言っちゃったなって謝りたかったんだ。ごめんねサキちゃん」



 伝わっていた。

 本当にこの人は素直じゃないなと、辟易しながらもサキノはレラと顔を見合わせる。

 二人で面映ゆそうに、そして申し訳なさそうに笑みを分かち合った。



「そういえば話は変わるけど、サキちゃんは都市外の魔物が活性化する事件って知ってたっけ?」



 身体機能が復旧したサキノへ手を貸し、二人並んで庭園を歩きながらレラは話題を提供した。

 花々がそれぞれに甘く心地良い香りを届ける中、対照的に告げられた不穏な単語に、サキノは細い人差し指を顎へと押し付ける。



「確か一月(ひとつき)に一度、夜になると魔物が凶暴化するって噂は二、三か月ほど前に聞いたような気がするけれど……何か進展があったの?」

「少し条件がわかったみたいでさ、周期は一か月ごと。満月の夜を皮切りに約二日間活性化することが判明したんだ~」

「やっぱり噂は事実だったんだ……それにしても商人の人達は大打撃だね」



 魔界には魔物という存在が相当数蔓延している。魔物の存在は魔界リフリアにとって、そして世界各地にとって弊害となりうるもの。というのも、都市の外からの輸入品、都市の内からの輸出品といった貿易は隊商を通じて行われているため、魔物の動向に敏感な商人達の足を止めることに繋がるからだ。


 商人達は都市で懇意にしている騎士団、または現地で安価な騎士団を指名し、輸送中の護衛を依頼する。しかし約三か月前の夜、中堅派閥ステラⅢの騎士団員達が仲間を、そして商人達を欠いて血塗れで都市へ逃げ帰ってくるという凄惨な事件が発生した。

 魔物の活性化、及び凶暴化。

 商人達にとってこれほどまでに害悪で、恐怖を駆り立てられるものはない。


 都市に対策を講じるものの重い腰は上がらず、業を煮やした商人達が個別に騎士団へ護衛依頼をかけた。

 依頼を受けた騎士団は現場へ赴くものの、時は既に被害から三日経過しており、魔物にも付近にも変わった様子はない。報告を受けた騎士団長、商人達は不審がるものの証拠が見当たらず、有耶無耶となり自然消滅するといった結果になったのだ。


 しかし悲劇は忘れかけた頃に襲来した。一か月後、護衛任務を受けたステラⅣの騎士団員総勢十名が一向に都市へ帰還しない問題が発生。並びに魔物の強化・凶暴化の証言が数多くの騎士団で打ち上がったのだ。

『任務を遂行できなかった苦し紛れの妄言』と糾弾されていた者達の名誉が守られた瞬間ではあったものの、商人達からすれば迅速に解決を望むことには変わりはない。いくら二日間とはいえ。物流の停滞が困るのは都市としても同じだった。


 数か月に渡り部分的に魔物達が活性化する不審な事態を都市は『魔物達の夜祭(モンスターナイト)』と呼び、各地に注意喚起を呼びかけるとともに事態の鎮静化を探っている状態である。



「そう! その商人達がまた厄介でさ、『魔物達の夜祭(モンスターナイト)』に限らず最近魔物による被害報告が輪にかけて酷くてさ~。やれ討伐しろだの、やれ騎士団の質が落ちてるだの言いたい放題らしいんだよね~。ウチ等に言わせてみれば魔物を討伐してもキリがないし、ケチな商人が護衛代金を渋って下位派閥に頼んでるのが悪いと思うんだよね!」



 魔物に生殖の概念は存在しない。しかし存在数は減少の一途を辿らない。

 過去何百年もの間、魔物を根絶やしにせんと先人達が各地に赴き討伐を繰り返してきたが成果はなし。自身達の被害を拡大する一方で魔物達は無限に湧き出てくるのだ。

 各地を旅し研究する者、解析をかける者の推測によれば、どこかに魔物の生産ポイントがある筈だと示唆されている。探索部隊が編成され長年派遣されてきたが当たりはなく、魔界の謎の一つとして認知される始末だ。

 こうした長年の徒労もあり、魔物の討伐を第一に置くのではなく、各都市が自国を守るという選択に落ち着いた。


 しかし魔物の討伐も一概に無駄というわけでもない。魔物の下限数に制限はないものの、生産間隔(インターバル)の存在が研究によって導き出された。一度討伐してしまえば一定期間は魔物の数は減少したままで、一日の時間の大半を都市外で過ごす商人からすれば、魔物が散見されないほど有難いことはない。自身の命の危機を少しでも緩和できるとあれば、定期的な討伐で安全を確保しろという商人の声もわからなくもない。


 故に商人達の都市への魔物討伐の声は強まるばかりなのだ。

 討伐する側からみれば無益に堂々巡りをしているに違いなく、商人達が護衛代金を渋りたいだけだろう、という騎士団側からの反発があることもまた事実。

 しかし通常であればステラⅢの騎士団員レベルであれば護衛は難なく行える筈が、魔物達の夜祭(モンスターナイト)では中堅派閥では太刀打ち出来ないとの報告も上がっている事から、都市の怠慢を指摘する商人達の風当たりが強くなっているのが現状である。


 不満を垂れるレラではあったが、しかしサキノはレラの歩調とやけに心躍っているような表情に心当たりがあった。



「まあ、事情はそれぞれだから……レラ、もしかして魔物の討伐任務(ミッション)?」

「よくわかったねサキちゃん! そうなの、都市がようやく踏み切ったみたいでクロユリに正式に依頼が来たんだよね~! 久々のBランク任務(ミッション)だからウチ張り切っちゃうよ~!」



 可愛い顔をした少女だが、レラは極度の戦闘狂(バトルマニア)だ。魔物だろうが騎士団間の抗争であろうが、戦闘とあらば嬉々として飛びつくほどである。

 魔界では傑出した実力者達に二つ名が与えられることがあるのだが、当然レラにもその名が付けられている。


楽戦家(トリックスター)】レラ・アルフレイン。

 本人は可愛くなーい! と暴れた逸話があるが、二つ名が与えられる実力は都市内外の誰もが認めるものであった。

 サキノの予想違わず、今から都市外魔物清掃任務にレラはメラメラと火を灯す。



「張り切り過ぎて空回りしないようにな、特攻隊長」

「だんちょ~! まっかせてよ! バッサバッサ斬り倒して跡形も残してやらないんだから~!」



 庭園を抜け本拠前に辿り付いた二人を待っていたのは一人の女性。

 刺々しさはあるも、どこか温和を漂わせる麗しき整った面立ち。しなやかでありながら詰め込まれた筋肉が燕尾服の内部に眠っており、全体的に小粋を前面に押し出した男性顔負けの人族の麗人。

 善悪を中和したかのような灰色の尻尾髪(ポニーテール)と左前で編み込まれた髪は女性としての唯一のお洒落だろうか。

 


 ソアラ・フリティルス。

 女性団員で構成される【クロユリ騎士団】の団長だ。

 レラへ優しく注意を促すソアラは鍛錬を行っていたのか、二丁拳銃を手に提げていた。



「前回の護衛任務を受けた商人達がレラの戦闘を見て怯え切っていたらしいぞ。レラの指名はもう止めようと呟いていたとか」

「ゲエ~ッ!? 嘘でしょ!? いやでも、あの依頼人ネチネチネチネチ嫌味言ってくるし感じ悪かったから、皆もおこだったと思うよ~!? そりゃちょっと黙らせようと派手に魔物ぶっ飛ばしたけどさぁ……」

「レラは相変わらずだね……団長、お久しぶりです」



 鍛錬を中断させ二人の元へ近寄ったソアラから、依頼人の悲鳴を聞いたレラは愚痴をこぼす。

 頭を抱え呻くレラの近況を察したサキノは、眼前の団長へと挨拶を告げた。



「ああ、おかえりサキノ。話の流れから見てレラから聞いたと思うが、クロユリは一週間後、都市外での任務(ミッション)を控えている。内容は『都市周辺の魔物の討伐及び魔物達の夜祭(モンスターナイト)の原因解明』だ。内容自体はC+ランクだが、都市外任務と魔物の凶暴化がランクを上げている。夜通しのハードな任務となると予想されるがサキノも大丈夫か?」

「はい、大丈夫です。行けます」



任務(ミッション)』とは、商人、騎士団、個人から申請される『依頼』とは異なり、都市からの半強制の命令で断るには相応の罰金を支払う必要がある。勿論、都市も騎士団のステラによって正当な判断で委託はしているものの、得体の知れない任務は拒否する騎士団もあるのは仕方のないことであった。


 任務自体にもランクが存在し、最低ランクがD。D+、C、C+、Bと続き、最高ランクのS+まで十段階で表される。今回【クロユリ騎士団】が受諾した都市からの指令は、都市周辺の魔物の討伐という面で見ればC+がいいところなのだが、こうした条件の変化によっては任務のランク自体も変動することがある。ランクの上昇によっては報奨金も高額になるため、騎士団からすれば旨味のある話ではあるのだが。

 快諾するサキノではあったが、しかし依頼の内容が厄介であることに団長ソアラは少し浮かない顔を二人へと向ける。



「頼むぞサキノ。それとお前達に少し相談があってな、実は同日に並行して別の任務を受けているのだが、そちらにも人数を割かねばならない問題がある。都市からのBランク任務は都市外と言う事もあり、人族だけで編成となると何せ人手が足りない。騎士団として他所を頼るのもどうかと思うが、否応言っていられないというのが現状だ。条件がかなり限定されるのだが、騎士団無所属で人族かつ戦闘の心得がある者に心当たりがないかと思ってな」



 リフリアにいる人間はどこかしらの騎士団に所属する方がメリットが多い。集団を嫌い、個を選ぶ変わり者(フリーランス)もいるが、総合的にみれば騎士団というのは社会的に強い。実績のある騎士団に所属すれば、信頼を寄せる依頼人が挙って指名することも往々にしてあるのだ。


 傘下というシステムがあることからも無所属というのは類稀な存在であり、無知な若者もしくは都市への新参者と相場が決まっている。勿論戦闘の心得など期待はできない。

 深くない魔界の人間関係を洗い出し、条件に見合う戦士を詮索するサキノと難題に辟易するレラ。

 砂漠から一粒の砂を見つけるどころか、形や色まで指定されたのであれば存在すら疑うのが常だろう。



「団長無茶が過ぎるよ~……無所属ってだけでもハードル高いのに人族ってもう絶滅危惧種――あっ」



 少しの逡巡を経て、しかし言葉を詰まらせたレラの目は輝きに満ちていた。

 レラの喜びよう。つい数日前までは該当しなかった筈が、運命的にも条件を満たした者がいることにサキノは察してしまった。



「え、まさか……」

「団長団長! 一人いますよ! 超大型新人君が!」



 サキノがいの一番に抱いた所感は『巻き込みたくない』というものであったが、サキノの心緒も知らずレラは突っ走る。



「ほう、駄目元でも聞いて見るものだな。して、その者は誰だ?」

「サキちゃんの彼氏」

「ちょっとレラ!? 何を言っているの!?」



 期待せずに尋ねたソアラだったが思わぬ該当者に興味を示し、誤解しか生まない爆弾発言がすぐさま投下される。爆弾を目の前に慌てたサキノは赤面しながらオロオロと訂正を入れるも、ソアラの気風のよい笑みがサキノを見据えた。



「何……? 私のサキノに色目を使うとはいい度胸をしている奴だな……よし、連れてこい。締めてやる」

「団長違いますよっ!? ただの友達ですから! 目的も変わってます!」

「友達だと思ってるのはサキちゃんだけかもよぉ~ウシシ」

「レラはもう黙ってて!?」



 妙に乗り気になるソアラと、ここぞとばかりに茶々を入れるレラにサキノは大忙しだった。

 団長と幹部による謎の連携が繰り出され、サキノは息を衝く暇もない。



「ただの友達でありながら彼氏面とはけしからん。その性根クロユリで叩き直してやらねばな。レラ、入隊の準備だ」

「いえっさー!!」

「クロユリは男子禁制じゃなかったんですか!?」

「規則に縛られた人間じゃ他者を変えることなどできんからな。これもサキノを悪い男から守るためだ、わかってくれ」

「っだからルカはそんなのじゃないですってばーーーっ!?」



 規律など知ったものかと意気込むソアラとルカの入隊大歓迎のレラ。

 二人の愉快な哄笑とサキノの歯痒さを絡んだ声が暫時夜空に響いていった。


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