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027話 変化はすぐに表れるもの

 書籍の楽園は学園の最も天に近い場所に存在している。ルカ達三年生の教室階層六階から昇降機を使い、四階層分の上昇を経て扉が開くと、眼前には何百人もの生徒が往来しても余白が尽きない広大な通路が敷かれている。奥行きは学園の直径を有しており、反対側の昇降機は微かにしか見ることができないほど。


 通路右方、何個もある出入口の内、一番手前の扉から天空図書館内に踏み入ったココは、受付に座り分厚い本を読んでいた若年の女犬人(シーペルロ)の会釈に軽く手を上げて目の前を通り過ぎていく。ぶっきらぼうと言うよりかは、図書委員長としての貫禄のようなものを小さな体に感じ、真っ先に思い浮かんだ言葉が『親方』だった。言葉にすると恐らくココが手に持つ本の角が飛んできそうなので、ルカは言葉を呑み込んだが。


 後に続くルカには一顧だにせず螺旋状に続く階段を上り、天空図書館最上層を目指す。中層から見る下層にはざっと数百名ほどの生徒が静謐を保ちながら読書や勉強に耽っており、妙な圧巻が漂っていた。

 寥廓すぎる空間であるにも関わらず清掃は隅々まで行き届いていて埃っぽさは皆無。書籍への塵も見当たらない事から図書委員達の愛書家さがひしひしと窺えた。


 中層ではぽつぽつと本を探索したり、ベンチに座って読書をしていた人が作っていた光景も、上層を前にすると人気が薄れていくのが目に見えてわかる。三層構造となっている下層ですら莫大な量の書籍があるため、わざわざ上層に赴くのは目的を持った者以外には少数派なのかもしれない。


 何度もぐるぐると回った螺旋階段の最後を踏破し、ココは巨大なガラス窓の付近へと足を運んでようやく歩を止める。後続のルカを視認すると、ココは携えていた本をパラパラと開き目線を下方の文字へと落とした。



「…………」

「……?」



 沈黙。

 何か意図があるのか、見せたいものでもあるのかとルカは言葉を待つ。



「…………」



 何も進展はなく、ココがページを一枚捲る。

 どう見てもココがただただ読書をしてるようにしか見えない光景。



「……ココ?」

「…………」



 返事はない。

 速読を身に付けているのだろうか、目線は上下左右に速度を保ちながら移動する。

 もう一枚、新たにページが捲られた。



「ココ? え、これなんの時間?」

「ん? ローハート居たの? 気が付かなかったわ」

「思いっきし後ついてきてたんだけど!?」

「ストーカー? 気持ち悪いわ。こんな人気のないところに追いやってどういうつもり?」

「理不尽にもほどがある!?」

「世の中理不尽なことだらけよ。諦めなさい」



 とんだ濡れ衣を着せられるルカは、珍しく自身に対して諧謔を魅せるココに違和感を感じた。背後の晴天のようにどことなくすっきりとした様子のココに、ルカが呼び出された理由も悪い話ではないのだろうと肩の力を抜く。



「……で、本題は? こんな所に連れてきてどうした?」

「まずはお礼を言わせて。サキノを助けてくれてありがとう。あの子をこの先ずっと独りで戦わせ続けていたら、きっと取り返しのつかないことになっていたと思う。あの子は綺麗(まっすぐ)だから」



 二日前、ミュウとの激戦を終え、天空図書館で安堵を分かち合っていた時に見たサキノの様子を、そしてサキノの余裕や表情の柔らかさに、ココは全てを背負う少女の変化を感取していた。ルカの救いの手が、声が、少女を雁字搦めにしていた茨を解いたことを。

 眠気に襲われているような普段通りの半眼に誤差はないが、雰囲気が晴れやかになっている気がしたのは、異世界事情を共有し、一番サキノを心配をしていたであろうココの懸念が解消されたからなのかもしれない。

 だからこそココは何もできなかった己に出来ること、救済を懇願したルカへと感謝を告げた。



「ん、俺もそう思う」

「ぶっちゃけ期待はしていなかったけど」

「本人を前にぶっちゃけすぎだろ!? ココって俺の事密かに嫌ってる!?」

「密かにだなんて人聞きの悪い。そんなしょうもないこと隠すだけ無駄」

「配意が逃げも隠れもしないっ!?」

「まぁ……適任はアンタしかいないとは思ってたけど」



 感謝はするが素直にはしないと言わんばかりの冷罵をルカへと浴びせるココだったが、その軽口の端々には渋々ながらもルカへの信用が見え隠れしていた。果たしてルカがそれを漏らさず受信出来たのかは定かではないが。



「俺は俺がしたいと思ったことをしただけだ、結果サキノが認めてくれた、それだけだよ。感謝される謂れはないさ。そんなことよりココの用件は? 礼を言うためだけに俺を呼び出したわけじゃないんだろ?」



 ルカが述べる主観にココの瞳が僅かに開かれ、小さな上唇が上方に引かれる。何かを言いかけるココだったが、一息、ルカが催促した本題へと路線を変更した。



「用件は二つ。一つはお願い、もう一つは確認……いや警告ね。ローハート、アンタがこれまで秘境(ゼロ)に転移した回数は? ミュウ・クリスタリアは数えなくていい」

「三度、だな」

「間違いない?」

「あぁ……?」



 鶏頭蛇尾バジリスク、巨牛クジャタ、三頭狼ケルベロス。

 ミュウ・クリスタリア戦を数えなくていいのであれば確かに幻獣と遭遇したのは三度であり、同時に展開される秘境(ゼロ)転移も三度であるのは間違いない。

 ココの妙な慎重さにルカは腕を組み、疑義を抱いた。



「例外はあるけど、前提として秘境(ゼロ)へと介入するには私が開く妖精門(メリッサニ)を通過しなければ入れない。ローハート、アンタは三度全て私が妖精門(メリッサニ)を開門する前から秘境(ゼロ)へと進入していた。一体どうやって?」



 ルカの中でサキノから聞いた妖精門(メリッサニ)の知識が反芻される。詳細を聞いてはいなかったものの、秘境(ゼロ)や魔界から、下界へと『帰還』するための門だと認識していたルカは、己の転移の仕方に不審の影が差す。



「水音が聞こえて、気が付けば秘境(ゼロ)の中だけど、普通じゃ、ない……?」

「普通じゃないわ。水音はよくわからないけど、アンタの言うそれは例外に該当する『強制召喚(レイドコール)』に間違いない」

強制召喚(レイドコール)?」

「そう。基本的には妖精門(メリッサニ)通過は任意だけど、幻獣の出現場所の付近にいる異世界に関わる者を強制的に召喚する現象。アンタは奇しくも三度ともその現象に巻き込まれてる。正直、異常よ」



 聞き慣れない単語がココの口から説明されるが、先駆者サキノよりも決まって幻獣と早く遭遇している当事者のルカは、体感的に自然と意味を理解していた。

 不明点はどうして自分だけが違うのかという点ではあるが、ココの様子から見るに誰にも答えはわからないのだろう。



「私の推測ではアンタはこの先強制召喚(レイドコール)が起こり続ける可能性は十分にある。杞憂であって欲しいところだけど、もしかしたら毎回と言う可能性も。だから警告。決して無茶はしないで。仲間(サキノ)が早く駆け付けられるよう私も尽力するから、一人でなんとかしようとしないで」



 ケルベロス戦でサキノが言ったように、これは遊びではなく己の命を賭した行為であること。そして何よりやり直し(リセット)の利かない一発勝負であること。能力の知れない幻獣に一人で立ち向かい、通用しなかったでは後の祭りだ。

 サキノやルカを全力で支援し、無事に帰ってくることを願うことしかできない、無力な自分(ココ)の唯一の懇願にルカは、



「あぁ、わかったよ」



 双眸を細めながら肯定を約束した。



「反故にしたらただじゃおかないから」



 少しの安心感を小さな胸に抱いたココは、ルカへと微笑を送った。

 そして開きっぱなしで持っていた本を閉じ、脇に手挟んだココは本題とばかりに一歩ルカへと距離を詰める。



「さて、もう一つの用件なんだけどローハートに少し御使いを頼まれて欲しいの」

「御使い?」



 ゴソゴソと懐を漁りながら歩を寄せるココの言動に理解が追い付かないルカだったが、眼下に立ったココが試験管のようなものを突き付ける。ちゃぷっ、と試験管の中で微小の波を起こした翠色の液体にルカは首を傾げた。



「これは魔力回復薬(エナジーポーション)と言って魔力を回復させる薬。私の妖精門(メリッサニ)はアンタ達の魔力とは違って少し特殊で、回復が物凄く遅い。いざという時に開門できませんは万が一にも起こってはいけない。借りにしておくから魔界まで行って取ってきて欲しいの」

「借りとか貸しとか気にするなよ。どうすればいいんだ?」



 依頼概要を聞いたルカが即諾すると、身長の関係から見上げていたココは目を丸くした。



「……? なんか変なこと言ったか?」

「いや……アンタがそんな反応するなんて思わなかったから……」

「?」

「以前のアンタなら何も考えずに二つ返事で承諾しそうだったから、借りにしておけば当たり障りないって思ってたのよ。それを拒否されるなんて……」

「打算込みだったのか」

「うるさい。二度と口利かないで」

「まさかの裏目に!?」

「時間、場所はこの紙に書いてあるから。魔界は下界と何もかもが違うから早めに向かった方がいい」

「口利くなって言った割に、普通に話進めていくな!?」



 寄り添ったり、突き放したり、忙しないココに振り回されながらルカは依頼を取り付けられていく。

 以前まではサキノに依頼していたこと、サキノの負担を減らしたくルカに依頼を持ちかけたことなど、ココのサキノへの配慮を感じながらルカは内容を頭に叩き込む。

 そんなこんなで魔界への初めての御使いが予定立てていかれる中。



「いいんちょー! 人手足りないから手貸してー!」

「今行く」



 上層まで駆け上がってきた図書委員の生徒に救援を求められ、話は区切りをつけた。ココがその場を去ろうと螺旋階段へと向かう背をルカは目で追うが、ピタッと。

 振り返ったココは先程見せた微笑よりも色の濃い笑顔を纏う。



「アンタ、変わったね」



 サキノ同様に、と。それだけ言い置くと亜麻色の髪の少女は螺旋階段へと姿を沈ませていった。

 ルカはガラス張りの窓に寄り、下界と魔界の唯一の共通点である、神々しく極彩色を灯す幸樹(こうじゅ)を眺望した。

 遠目からでもわかる鴻大な樹木の先に映すのは魔界の状勢。平和に守られた下界とは対の存在である魔界に、ルカは単身で踏み入る決意を秘める。


 今度は迷子ではなく、目的を持って。



(分断された世界を元に戻す方法――鍵と錠のことは一先ず置いておこう。ココが言ったように魔界と下界の調和が進まない事には、鍵と錠を見つけても意味がないからな……)


 

 日は傾き、世界が夜の毛皮を羽織る。

 ルカの長い魔界演劇が幕を上げようとしていた。


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